悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R41,料理は真心(だけではどうにもならない)

 蒼葬烈焔そうそうれっか・エキドナ。


 3年前の悪竜大戦時、人間たちに「悪竜の王に匹敵しかねない怪竜」だと恐れられた、悪竜の王の腹心。
 まぁ、あの頃のドラングリムは2%の力で人間を相手にすると言うスーパー舐めプタイム発動中だったので、正確には「エキドナが50匹いれば悪竜の王に匹敵しかねない」だが。


 とりあえず、エキドナと言う蒼き雌竜については、「ゲームで言うと、シリーズ前作でラスボスの1歩手前に出てきた奴」くらいの認識で問題無い。


 そんなエキドナさんは現在、ナスタチウム王国騎士団副団長として、割と平和な毎日を送っていた。


「人間は何故こんなに美味い菓子ばかり作るんだ。流石の私でもそろそろ血糖値がヤバいぞ。けしからんな。訴訟だ訴訟」


 爽やかな朝。王城の廊下。
 やめられない止まらない素敵甘味に愚痴をこぼしつつも、個包装のチョコバーをかじりながら歩く青髪の女騎士。その青髪からは角が覗き、口内にはチョコ塗れの牙が並ぶ。


 この青髪の女騎士こそがエキドナ(の擬人化状態)。
 チョコバーを咀嚼し「むふー」と悩まし気な声をあげつつも幸せそうな微笑を浮かべるその様に、かつての怪竜の面影を見出すのは中々難しい。


「エキドナさん、歩き食いははしたないですよ」


 エキドナを嗜めるのは、偶然出くわした無表情メイド長、シノ。


「む? おお、あの阿呆忍者の1件以降、第3王子と裏でイチャコラバーゲンセール中のメイド長じゃないか」
「ぶっ!? ちょっ、エキドナさん! 一応それ公的に知られるとヤバい奴ですから!」


 チャールズとシノのあれこれがなんだかんだ結構良い感じに集約しつつあることは、この王城内でも極一部の者しか知らない。しかも関知の者には、国王エドワード直々に「いやマジでそれ表に出すなよ」と箝口令を言い渡されたはず。
 一応あんなんでも、チャールズは王族であり、これはそのスキャンダルと言える話なのだから。


 挨拶感覚でひやかすには、少々情報機密優先度が高過ぎるネタだ。


 でもエキドナはその辺いまいちわかってない。
 2人の関係について、「さっさと狂った様に交尾すりゃ良いのに何をモタモタしてんのこのカップルつがい」くらいの感想しか持っていない。まぁ人間に擬態してるとは言えドラゴンだからね、仕方無いね。


「大体なんなんだ。相思相愛なら裏でこそこそしてないでさっさと…えーと、なんだっけあれ。人間のつがいがやる、多くの観覧者を集めて接吻を見せつける奴」
「け、結婚式のことですか……?」
「そうそう、それだ。さっさとその結合式をやってしまえ。私は待ち望んでいるぞ」


 エキドナは知っている。
 人間の王族のめでたい日には、必ず宴がある。
 チャールズが結婚するとなれば、当然宴になるはず。そしたら祭事用の特別なご馳走が食える、とエキドナは密かに目を輝かせながらチョコバーをかじる。


「……そう単純な話じゃないんですよ…もう。大体、私たちは相思相愛ではなく、私の身の程知らずな恋慕を、チャールズ様が寛容してくれている、と言うだけです」
「? いや、あの第3王子の態度は多分……まぁ良い。相変わらず人間は面倒臭いと言うことだけはわかった」
「そうです。面倒なんです。色々と……そうだ」


 ここでシノは反撃のネタを思いつく。


「そう言えばエキドナさん、団長とはどうなんですか? たまに良い噂話が聞こえてくるのですが……」


 エキドナは、現騎士団長が直々に騎士団へと引き抜いた存在。
 悪竜軍に所属していた彼女を騎士団に入れるため、団長はそこそこ奔走したと聞いている。そう言うこともあり、薄ら薄らとだが「そう言う噂」もある訳だ。


「ん? ああ、特に何もないぞ」
「またまたトボけ…」
「団長が所帯持ちで無ければ押し倒して蹂躙し尽くしても良いんだがな。流石の私でも、あの幸せを絵に描いた様な夫婦つがいから旦那を寝取ると言うのは、気が退ける」
「……さ、さいですか」


 まぁ、ドラゴンが相手では反撃として機能しないネタだった。


「……ん?」


 と、ここでエキドナは何かに引っかかったご様子。


「どうしたんですか?」
「……いや、団長関連で、何か重要なことを忘れている様な……」


 チョコバーを咀嚼しながら、エキドナは少し考え……


「んー……思い出せん」


 思い出せんのなら大したことじゃないだろう、とエキドナは適当に流すことにした。






 数時間後。昼過ぎ。


「と言う訳でメイド長。キッチンと食材を貸せ」
「どう言う訳ですか?」


 シノの私室を訪ねて来たエキドナは、何故か半裸にエプロン姿に帯刀と言う謎装備だった。


「思い出したんだ」
「思い出した…と言いますと?」
「団長、明日誕生日だ」


 あぁ、それがさっき言っていた「団長関連で忘れていたこと」か。


「プレゼントを用意しようと思ったが、生憎チョコバーの買い込みで今月の給金は使い切った。金が無い」
「その買い込んだチョコバーを贈ると言う発想は……」
「奴はチョコが嫌いだ。どうだ、詰んでるだろう?」
「威張らないでください」
「とりあえず、そう言う訳だ。城の食材で飯なり菓子なりを作らせろ。食材費は騎士団の賄い費として計上しておけ。後日払う」
「はぁ……」


 シノは給仕の総管理人。
 エキドナの頼みは充分に聞けるポジションにある。
 そしてその要望に応えることに特に問題も感じ無いが……ひとつ、気になることが。


「……エキドナさん、料理とかできるのですか?」
「できるできないを語る以前にやったことが無い。でも、まぁどうにかなるんじゃないか?」
「エキドナさん、団長の身の安全を考慮して却下させていただきます」
「何故だ!? あの男ならきっと大丈夫だ! なにせ私を倒した男だからな! 鍛え方が違うはず!」
「どんな屈強な男の人でも、内臓は鍛え様がありませんよ」
「ぬぅ……」
「……仕方ありませんね。微力でよろしければ、私が協力しましょう」
「おお! 本当か! それは助かる!」






 王城、軽食用厨房。


「で、確か団長の好物はアップルパイでしたね。そうなればアップルパイ1択でしょう。材料はここに……」
「おい、肉類が無いぞ」
「アップルパイつってんでしょうが」
「アップルパイに肉を使わないなど偏見だ! もっと広い目で世界を見るべきだメイド長! さぁ、王族御用達ロワイヤルな肉をここに!」
「とりあえず涎を拭いてからそう言う台詞は吐いてください」
「……ダメ?」
「ダメです」




「む? おい、砂糖が足りんぞ」
「え、そんなはずは……エキドナさん!? どう見てもこれ入れ過ぎですよ!?」


「リンゴ切るのめんどい」
「ちょ、エキドナさん!? 面倒だからって握り潰さないでください! ああもう爆裂四散しちゃったじゃないですか!」


「せいっ」
「エキドナさん!?」


「何でそんなに時間をかけて焼くんだ。我が蒼炎の火力ならば刹那に焼きあがるぞッ! ヴォォォォオオオァアアアァァァアアッ!」
「やめてーッ!?」






 そして、


「「……………………」」


 ボロボロのシノとエキドナの眼前には、美しい正円形のアップルパイの姿が。実に食欲をそそる甘くとろけた良い香りも漂っている。


「……メイド長」
「……なんですか?」
「自分で言うのも難だが……何故あの調理工程でこんなに良い出来栄えのアップルパイになるんだ? 因果律どうしたボイコットか」
「得体の知れなさ加減が激しく恐怖を誘いますね……」


 色々と工程すっ飛ばしたり盛ったり混入したり蒼き炎で焼き尽くしたりしたのに、眼前のアップルパイは完璧そのもの。
 何かが狂っている。そう予感せざるを得ない。


「と、とりあえず、味見をですね……どうぞエキドナさん」
「いやいやメイド長。日頃の労いを兼ねて1口目は貴様にくれてやろう」
「生憎、甘いモノはあまり好みではありません。それにエキドナさん、PL法ってご存知ですか?」
「それを言うなら貴様もこの謎ップルパイ製造の片棒をかついだでは無いか!」
「私はただ自分の無力感を噛み締めながら目の前の惨劇を諦観していただけですよ! さぁ! 責任を持って、エキドナさん!」
「ぬ…い、嫌だ! 流石の私もこれは嫌だ! 本当に嫌だッ!」


 エキドナの直感が告げている。目の前の存在に牙を突き立てることは得策では無いと。
 こんな気持ちになったのは、初めてドラングリムと遭遇した時以来だ。


 要するに、因果律を歪めて誕生した様なこの謎ップルパイには、悪竜の王に匹敵する何かがある。


 ぎゃーぎゃーと揉めるシノとエキドナ。
 と、そこへ…


「ふぅ、頭脳労働は疲れるな……あ、シノ。ここにいたか」
「う、ウィリアム王子……」
「だ、第1王子……」
「? エキドナ副団長がキッチンにいるとは珍しいな」


 程良い眼鏡マッチョ、第1王子ウィリアム。
 大臣の仕事にひと段落付け、脳に糖分を補給したいと思い、ウィリアムはシノを探していたのだ。


「すまないが、何か甘いモノを用意してくれないか?」
「あ、はい、すぐに……」
「第1王子、丁度良いモノがあるぞ! アップルパイだ! ほれ!」
「ちょっ!?」
「おお、これは…香りも見た目も素晴らしいな。もらって良いのか?」
「ああ、遠慮せずに食らうが良い」
「待ってくださいウィ…むごっ!?」
「……黙っていろメイド長……もしかしたら普通に美味いかも知れんぞ……もしかしたらな……!」
「もごっ……!」


 いや、流石に王族を実験体にするのは不味いって、とシノは抗おうとしたが、もう遅い。


 疲弊し切っていたウィリアムは、良質な糖分を目の前に上機嫌。
 ササッと素早くパイを切り分け、あっと言う間にそのひとかけにかじり付いてしまった。


「ん…ふむふむ、これはまた、味も良いじゃないか」
「! そうか! 味も良かったか!」


 どうやら因果律は地平の彼方へ吹っ飛んで……


「うむ、これはイケ…ヴっ」


 いなかった様だ。


 一瞬にして、ウィリアムのハンサムフェイスが「・v・」的なシンプルな顔文字みたいな感じになってしまった。
 明らかに美味しいだけのパイを食べた人間のリアクションでは無い。


「だ、第1王子……?」
「……………………」


 しばらくの沈黙のあと、ウィリアムは何を思ったか、その腰に下げていた剣を抜いた。


「て、ててて、テレサにあ、仇名す害獣、足削ぐ、俺、笑う」
「お、おい? 第1王子? ちょっと待て!? 何処へ行く!? と言うか何故地を這って移動しているんだ!? おいっ!?」


 突然、ウィリアムは床に手を付き、そのまま4足歩行でどこかへ向かってしまった。


「…………………………」
「……え、エキドナさん……」
「……メイド長」


 とりあえず、アレだ。


「プレゼント買ってくるから、金を貸してくれ」
「まずはウィリアム王子を追ってください! 多分アレ、理性ブッ壊れて本能の赴くままにガイアさんを狩りに行きましたよ!?」


 過程と結果は矛盾しない。
 エキドナは1つ、賢くなった。

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