悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R38,堕落(物理)
昼飯時を少し過ぎたくらいの繁華街。
平日の中途半端な時間帯だからか、人通りはまばら。
そんな繁華街を、ガイアは欠伸を噛み殺しながら歩いていた。
本日は午前中で講義終了、昼食を取り終え、魔地悪威絶商会のオフィスに向かう道中だ。
「ん?」
そんな中、ガイアはあることに気付いた。
建物と建物の間……いわゆる路地裏。
何か見慣れた色合いの物体が、そこに転がっているのだ。
「……………………」
若草を思わせる爽やかな緑色の長髪。色合いこそ爽やかだが野良犬みたいなゴワゴワ感が見ただけで伝わってくる。相当適当に手入れされているのだろう。
そして、褐色肌の肢体。なんかプニプニもちもちとしていそうだ。決して筋肉質では無い。
……おそらく間違いない。
あの路地裏のジメジメ空間でうつ伏せに転がっているアレは、アーリマンだ。
あの髪の長さと髪質には覚えが無い。
前回のアスト同様、ガイアたちと面識の無い奴だろう。
アンラが言うには、現存しているアーリマンは全員アーリマン・アヴェスターズに所属していると言う話だ。
あの万能生物が断言し切っていたし、間違いは無いだろう。
つまり、アレもきっとアーリマン・アヴェスターズの構成員。
ガイアたちとは決して他人では無い。
「……あー……もう」
クソ面倒くせぇ、と心中悪態を吐きつつも、放っておく訳にもいかず。
ガイアは路地裏へと向かう。
「おい、あんた大丈夫か?」
その緑頭を軽く叩き、声をかける。
……返答は無い。
路地裏でブッ倒れていて、声をかけても返答が無い。
これは緊急事態だろう。
あんまり焦る気になれないのは、アーリマンの万能生物っぷりを知っている所為か。
いや、でもまぁ一応救急車くらいは呼ばんといかんか、とガイアはスマホを取り出す。
でも、アーリマンって精霊同様の高次元生命体だよな。
普通に救急車を呼んで、対応できるモノだろうか。
「……ぅ……」
「お」
今、かすかにだがアーリマンから呻き声の様なモノが聞こえた。
意識が戻った様だ。
「おーい。大丈夫か?」
「ぶふぅ……だぁれ?」
のそっ、と緑色の頭がもたげられた。
「………………」
女性だ。それも結構な顔面高偏差値。
でも、「わー、美人だなー」とか思う前に、ガイアはひとつ思ったことがある。
「……あんた、もしかして寝てたのか?」
女性の目の感じは、擬音で言えば「ぽやぁん」としてる。
何かこう、寝起きのテレサとかアシリアの目によく通じるモノがある。
「そりゃぁ……転がってたらぁ、寝てるに決まってるじゃないのぉ……もぉぉ……」
「いや、それはTPOに寄るくね?」
白昼、こんな路地裏に身一つでうつ伏せになってる奴を見て、「よく寝てますねぇ」なんて感想を抱く奴がいるだろうか。
かなりいないと思う。
「でぇ? あなた、誰なのよぅ、なんで私の惰眠を邪魔する訳ぇ?」
「あ、ああ……俺はガイア・ジンジャーバルト。いや、別に睡眠を妨害したかった訳じゃなくて……」
ガイアはアンラを始めとするアーリマン連中と知り合いであること、彼女が倒れてるモノだと勘違いしたことを伝える。
「あぁー……そぉなのぉ……なぁんか余計な心配させちゃってごめんにー……」
すんごいスローな動作で持ち上げた手を振り、「私は元気よぉ」と女性は実に眠そうな微笑。
「私はねぇ、ブーシュヤンスタン・ドリーマぁって言うのぉ。『堕落』を司ってるしぃ、愛してるわぁー……はぁ……らぶみーどぅ」
「堕落……」
ああ、確かに。
このブーシュと言う女性から感じるだらしなさは半端では無い。
何の予定も仕事も無い日曜日の主婦よりもだらしないと思う。
「ぶふふ……あなたもどぉ? ここ、結構日当た り悪くてぇ、良い夢が見れるわよぅ」
「いや、遠慮しとく」
ついでにもう行かせてもらう。
ただ惰眠を貪っているだけと言うなら、放っといても何の問題も無いはずだ。
「ぶふぅ、まぁまぁ、若い方がそう仰らずにぃ」
そう言って、ブーシュはしゃがみ込んでいたガイアのシャツの裾を掴む。
なんだよもう鬱陶しい、とガイアがその手をそれなりに丁重に振りほどこうとした、その時、
「ぁ?」
ズシッ、と、ガイアの体に、上から何かが伸し掛って来た。
「ッ……!?」
しかし、ガイアの体に目に見える変化は起きていない。
当然、何かが上から伸し掛っている訳でも無い。
「っ、ぁ、な、にが……!?」
耐え切れない。
潰れかけたガイアを、ブーシュが軽く突き飛ばす。
ガイアはそのまま、仰向けにブッ倒れてしまう。
「ず、ぁ……!?」
「ぶふふー……動けないでしょー……」
「な、に、しや、がった……!?」
「言ったでしょぉ……」
仰向けに倒れたガイア。
そのガイアの体の上を這う様に、ブーシュが前進する。
上空から見れば、緑色の毛の塊がガイアを飲み込んでいく様に見えるだろう。
ガイアの腹を枕にしながら、ブーシュはゆっくりと口角を上げる。
「私はぁ、ブーシュヤンスタン・ドリーマー……堕落を司るのぉ。今ぁ、あなたにかかっている『重力』を加算してぇ、あなたを堕落の道へと引きずり込んでいるのよぉ」
「っ、はぁ……!?」
「体が重いでしょぉ? 良いのよぉ……無理に動かすことは無いわぁ……辛い時は辛いと言って良いのぉ……さぁ、そのまま眠ってぇ、私と良い夢を見ましょぉ」
堕落は堕落でも、どうやら精神的な話では無いらしい。
物理的に体を動きを鈍らせて、強制的に「寝てるだけ」と言う怠惰な時間を過ごさせる。
それが、ブーシュの能力。
「あぁー……良い感じの肉付きだわぁ……硬過ぎず柔らか過ぎずぅ。BMI標準値的なぁ? うんうん、よきかなよきかなぁ……良い枕が手に入ったわぁ」
……どうやら、ブーシュに取ってガイアはもう抱き枕でしか無いらしい。ガイアに覆いかぶさったまま、頭を下ろし、そしてすぐに寝息を立て始めた。
「っ、ぃ……!」
洒落になってねぇ、と叫びたかったが、声が出ない。
心臓の動きがおかしい。体の末端から徐々に痺れを感じる。
今、ガイアの体には普段とは比べモノにならない重力がかかっている。
当然、臓器系が平常活動できる訳もなく、血流も普段通りとはいかない。
割とマジでヤバい。
洒落になってないと言うか、このままだと普通に殺される。
ブーシュは既に夢の中。「ぶふぷぴー」と言うなんかムカつく間抜けな寝息を立てている。
多分、ブーシュにはガイアを殺す気なんぞ無いだろう。
ただただ、ブーシュは凡庸人種の肉体強度の低さを理解していないだけ。
誰か助けてマジで、とガイアは眼球だけをどうにか動かして周囲に助けを求める。
しかし「路地裏の空間で男女が抱き合って転がっている」と言うこの状況。
まず人通りが少ないこの時間帯。表通りを歩いている人がガイアたちの存在に気付くこと事態が少ない挙句、気付いても腫れ物を見る様な視線を送って通り過ぎて行ってしまう。
こんな必死の形相でイチャつく奴がいるか、と叫びたかったが、マジで声が出ない。
「だ、ぁ、れか……!」
ヤバい、軽く詰んでる。
今まで、割と生命の危機が何回かあったガイアだが、ここまで堅実に生命を奪いに来てる危機は初めてだ。
(そうだ……!)
こんな時こそ、カゲヌイだ。
トゥルー忍者的超直感で、自分のニーズを探知していつの間にかあらわれる忍者の鑑(いや、忍者が元来そう言うモンなのかはぶっちゃけ知らんけど)。
頼むカゲヌイ、助けて。何か奢るから。
ガイアは切に願う。
そして、その祈りは天に届いた。
ただ、若干変な届き方をしたらしい。
「む? 貴様は……確か、俺の邪魔をした輩の1人」
ガイアの目の前に降ってきたのは、確かにトゥルー忍者だった。
でもトゥルー忍者違いだった。
その忍者の性別は、男。
カゲヌイの兄、カゲロウだ。
王城を強襲した1件の責任を取り、現在は王城で雑務処理を担っていると聞いている。
「ぁ、……!」
何か思ってたのと違うけど良いや、助けてくれ。
ガイアはそう視線でカゲロウに訴える。
「ふむ、何か知らんが、助けを求められた以上、応えぬ訳にも行くまい。真の忍者だからな!」
流石は真の忍者。あっさりとガイアの願いを察してくれた。
「た、助かった……ありがとう、カゲロウ、だっけ」
「礼には及ばん。いつぞやの1件で、貴様らにも迷惑はかけているからな」
カゲロウはトゥルー忍者のなんやかんやでガイアにかけられていた過重力を解除。
更にブーシュの下からガイアを引きずり出してくれた。
ブーシュはと言うと、抱き枕の有無など些事だと言わんばかりに熟睡中。
「しかし貴様、何やら激しめの女難の相が見えるが、大丈夫か? 最早死相だぞ」
相まで見れるのか。流石はトゥルー忍者。
「……女難、ねぇ……」
確かに、テレサに始まり、最近ロクな女性と関わっていない気がする。
ガイアの周辺人物に置ける「個性が激しい女性」の選手層の厚さは異常だ。
本格的な女難の相が出てても特に驚かない。
今後も今回の様なことがあったら体が持たない気がする。
「ふむ……丁度良いかも知れんな」
「え、何が?」
「実は俺はこれから、忍の里へ一時帰宅する所なのだ。働きぶりが評価され、里帰り休暇がもらえた」
「へぇ、良かったな……」
「真の忍者だからな。評価されぬ訳が無い」
「……ん? ところで、それと俺の女難(死相)の何が関連して『丁度良い』んだ?」
全く話が見えないが。
「ここで会ったのも何かの縁だ。貴様も忍の里へ連れて行ってやろう」
「……はぁ?」
「あそこで修行を積めば、如何な凡人も3日でそこそこの忍者になれる。……生きていればな」
「おい、ボソっとすげぇ物騒なこと口走ったろ今」
「まぁ、そう言う訳だ。今回の救出だけであの1件でかけた迷惑料を精算できたとも思わん。貴様に良いよm…じゃなくて、師を紹介してやろう」
「いや、良い」
全力で遠慮する。
多分死ぬ。将来的に死ぬ前にすぐ死ぬ。と言うか殺される。
「真の忍者相手に遠慮など不要だぞ」
「いや、マジで良…どぅ!? おいコラ離せ! 離してマジで!」
「悪い話ではあるまい。貴様は強くなれる。俺は貴様と言う『若い男』と言う手土産を持ち帰ることで、一族の未来に貢献できる」
「っ!? 待て! 何か今すごい勢いで女難の相フラグが建った気がするぞ!? 気のせいか!? 気のせいじゃないよね多分! お前、俺とトゥルー忍者の誰かをお見合いさせようとしてるよね!?」
「安心しろ。これからお前に紹介する師の娘さんは、……まぁ、カゲヌイよりは若干マシだ」
「比較対象! 比較対象がおかしい!」
お前それ、大魔王よりはマシだつって魔王を引っ張ってくる様なモンだぞ。
「ぶっちゃけ、この前の1件で多分俺はすごい怒られる。族長の怒りを少しでも和らげるために、良い手土産が必要なのだ……真の忍者助けだと思って、な?」
「絶対に嫌だけど!?」
「そう堅いことを言うな。会ってみれば意外と、と言う奇跡が起きるかも知れんぞ。いやきっと起きる。この真の忍者が保証…いや、それは流石に保証しかねるか。うむ。まぁ頑張れ」
「おぉい!? トゥルー忍者が自信持て無いって相当だよね!? ちょっ、ねぇ!? マジで降ろして!? 頼むから! かくなる上は大学生の本気泣きを聞かせるぞテメェ! マジで泣くぞ!? おい!」
「むむっ?」
「どうしたのテレサ?」
オフィス。
アシリアとおやつを食べながら、テレサが何かを気取った。
「何やら、ガイアさんの阿鼻叫喚が聞こえた様な……気のせいですかね」
「そう言えばガイア、今日はお昼には来るって言ってたのに、遅い」
「ですねー。……にしてもこのドラ焼き美味し過ぎませんか!?」
「アシリアも思った!」
「コウメさん! これもっと買って置いときましょうよ! 常備推奨ですよこれ!」
「は、はぁ……と言うか、ガイアさんは本当に大丈夫なんでしょうか……? 何か胸騒ぎがしないでも……あ、私なんかが思わせぶりなことを言ってしまってごめんなさい」
「まぁガイアさんですし、多少何かあっても大丈夫じゃないですか? それよりも今はドラ焼きです!」
「ドラ焼き!」
「じゃ、じゃあ皆さんで買いに行きましょうか……?」
「はい! レッツラゴーです!」
「にゃー!」
ガイアの明日はどっちだ。
平日の中途半端な時間帯だからか、人通りはまばら。
そんな繁華街を、ガイアは欠伸を噛み殺しながら歩いていた。
本日は午前中で講義終了、昼食を取り終え、魔地悪威絶商会のオフィスに向かう道中だ。
「ん?」
そんな中、ガイアはあることに気付いた。
建物と建物の間……いわゆる路地裏。
何か見慣れた色合いの物体が、そこに転がっているのだ。
「……………………」
若草を思わせる爽やかな緑色の長髪。色合いこそ爽やかだが野良犬みたいなゴワゴワ感が見ただけで伝わってくる。相当適当に手入れされているのだろう。
そして、褐色肌の肢体。なんかプニプニもちもちとしていそうだ。決して筋肉質では無い。
……おそらく間違いない。
あの路地裏のジメジメ空間でうつ伏せに転がっているアレは、アーリマンだ。
あの髪の長さと髪質には覚えが無い。
前回のアスト同様、ガイアたちと面識の無い奴だろう。
アンラが言うには、現存しているアーリマンは全員アーリマン・アヴェスターズに所属していると言う話だ。
あの万能生物が断言し切っていたし、間違いは無いだろう。
つまり、アレもきっとアーリマン・アヴェスターズの構成員。
ガイアたちとは決して他人では無い。
「……あー……もう」
クソ面倒くせぇ、と心中悪態を吐きつつも、放っておく訳にもいかず。
ガイアは路地裏へと向かう。
「おい、あんた大丈夫か?」
その緑頭を軽く叩き、声をかける。
……返答は無い。
路地裏でブッ倒れていて、声をかけても返答が無い。
これは緊急事態だろう。
あんまり焦る気になれないのは、アーリマンの万能生物っぷりを知っている所為か。
いや、でもまぁ一応救急車くらいは呼ばんといかんか、とガイアはスマホを取り出す。
でも、アーリマンって精霊同様の高次元生命体だよな。
普通に救急車を呼んで、対応できるモノだろうか。
「……ぅ……」
「お」
今、かすかにだがアーリマンから呻き声の様なモノが聞こえた。
意識が戻った様だ。
「おーい。大丈夫か?」
「ぶふぅ……だぁれ?」
のそっ、と緑色の頭がもたげられた。
「………………」
女性だ。それも結構な顔面高偏差値。
でも、「わー、美人だなー」とか思う前に、ガイアはひとつ思ったことがある。
「……あんた、もしかして寝てたのか?」
女性の目の感じは、擬音で言えば「ぽやぁん」としてる。
何かこう、寝起きのテレサとかアシリアの目によく通じるモノがある。
「そりゃぁ……転がってたらぁ、寝てるに決まってるじゃないのぉ……もぉぉ……」
「いや、それはTPOに寄るくね?」
白昼、こんな路地裏に身一つでうつ伏せになってる奴を見て、「よく寝てますねぇ」なんて感想を抱く奴がいるだろうか。
かなりいないと思う。
「でぇ? あなた、誰なのよぅ、なんで私の惰眠を邪魔する訳ぇ?」
「あ、ああ……俺はガイア・ジンジャーバルト。いや、別に睡眠を妨害したかった訳じゃなくて……」
ガイアはアンラを始めとするアーリマン連中と知り合いであること、彼女が倒れてるモノだと勘違いしたことを伝える。
「あぁー……そぉなのぉ……なぁんか余計な心配させちゃってごめんにー……」
すんごいスローな動作で持ち上げた手を振り、「私は元気よぉ」と女性は実に眠そうな微笑。
「私はねぇ、ブーシュヤンスタン・ドリーマぁって言うのぉ。『堕落』を司ってるしぃ、愛してるわぁー……はぁ……らぶみーどぅ」
「堕落……」
ああ、確かに。
このブーシュと言う女性から感じるだらしなさは半端では無い。
何の予定も仕事も無い日曜日の主婦よりもだらしないと思う。
「ぶふふ……あなたもどぉ? ここ、結構日当た り悪くてぇ、良い夢が見れるわよぅ」
「いや、遠慮しとく」
ついでにもう行かせてもらう。
ただ惰眠を貪っているだけと言うなら、放っといても何の問題も無いはずだ。
「ぶふぅ、まぁまぁ、若い方がそう仰らずにぃ」
そう言って、ブーシュはしゃがみ込んでいたガイアのシャツの裾を掴む。
なんだよもう鬱陶しい、とガイアがその手をそれなりに丁重に振りほどこうとした、その時、
「ぁ?」
ズシッ、と、ガイアの体に、上から何かが伸し掛って来た。
「ッ……!?」
しかし、ガイアの体に目に見える変化は起きていない。
当然、何かが上から伸し掛っている訳でも無い。
「っ、ぁ、な、にが……!?」
耐え切れない。
潰れかけたガイアを、ブーシュが軽く突き飛ばす。
ガイアはそのまま、仰向けにブッ倒れてしまう。
「ず、ぁ……!?」
「ぶふふー……動けないでしょー……」
「な、に、しや、がった……!?」
「言ったでしょぉ……」
仰向けに倒れたガイア。
そのガイアの体の上を這う様に、ブーシュが前進する。
上空から見れば、緑色の毛の塊がガイアを飲み込んでいく様に見えるだろう。
ガイアの腹を枕にしながら、ブーシュはゆっくりと口角を上げる。
「私はぁ、ブーシュヤンスタン・ドリーマー……堕落を司るのぉ。今ぁ、あなたにかかっている『重力』を加算してぇ、あなたを堕落の道へと引きずり込んでいるのよぉ」
「っ、はぁ……!?」
「体が重いでしょぉ? 良いのよぉ……無理に動かすことは無いわぁ……辛い時は辛いと言って良いのぉ……さぁ、そのまま眠ってぇ、私と良い夢を見ましょぉ」
堕落は堕落でも、どうやら精神的な話では無いらしい。
物理的に体を動きを鈍らせて、強制的に「寝てるだけ」と言う怠惰な時間を過ごさせる。
それが、ブーシュの能力。
「あぁー……良い感じの肉付きだわぁ……硬過ぎず柔らか過ぎずぅ。BMI標準値的なぁ? うんうん、よきかなよきかなぁ……良い枕が手に入ったわぁ」
……どうやら、ブーシュに取ってガイアはもう抱き枕でしか無いらしい。ガイアに覆いかぶさったまま、頭を下ろし、そしてすぐに寝息を立て始めた。
「っ、ぃ……!」
洒落になってねぇ、と叫びたかったが、声が出ない。
心臓の動きがおかしい。体の末端から徐々に痺れを感じる。
今、ガイアの体には普段とは比べモノにならない重力がかかっている。
当然、臓器系が平常活動できる訳もなく、血流も普段通りとはいかない。
割とマジでヤバい。
洒落になってないと言うか、このままだと普通に殺される。
ブーシュは既に夢の中。「ぶふぷぴー」と言うなんかムカつく間抜けな寝息を立てている。
多分、ブーシュにはガイアを殺す気なんぞ無いだろう。
ただただ、ブーシュは凡庸人種の肉体強度の低さを理解していないだけ。
誰か助けてマジで、とガイアは眼球だけをどうにか動かして周囲に助けを求める。
しかし「路地裏の空間で男女が抱き合って転がっている」と言うこの状況。
まず人通りが少ないこの時間帯。表通りを歩いている人がガイアたちの存在に気付くこと事態が少ない挙句、気付いても腫れ物を見る様な視線を送って通り過ぎて行ってしまう。
こんな必死の形相でイチャつく奴がいるか、と叫びたかったが、マジで声が出ない。
「だ、ぁ、れか……!」
ヤバい、軽く詰んでる。
今まで、割と生命の危機が何回かあったガイアだが、ここまで堅実に生命を奪いに来てる危機は初めてだ。
(そうだ……!)
こんな時こそ、カゲヌイだ。
トゥルー忍者的超直感で、自分のニーズを探知していつの間にかあらわれる忍者の鑑(いや、忍者が元来そう言うモンなのかはぶっちゃけ知らんけど)。
頼むカゲヌイ、助けて。何か奢るから。
ガイアは切に願う。
そして、その祈りは天に届いた。
ただ、若干変な届き方をしたらしい。
「む? 貴様は……確か、俺の邪魔をした輩の1人」
ガイアの目の前に降ってきたのは、確かにトゥルー忍者だった。
でもトゥルー忍者違いだった。
その忍者の性別は、男。
カゲヌイの兄、カゲロウだ。
王城を強襲した1件の責任を取り、現在は王城で雑務処理を担っていると聞いている。
「ぁ、……!」
何か思ってたのと違うけど良いや、助けてくれ。
ガイアはそう視線でカゲロウに訴える。
「ふむ、何か知らんが、助けを求められた以上、応えぬ訳にも行くまい。真の忍者だからな!」
流石は真の忍者。あっさりとガイアの願いを察してくれた。
「た、助かった……ありがとう、カゲロウ、だっけ」
「礼には及ばん。いつぞやの1件で、貴様らにも迷惑はかけているからな」
カゲロウはトゥルー忍者のなんやかんやでガイアにかけられていた過重力を解除。
更にブーシュの下からガイアを引きずり出してくれた。
ブーシュはと言うと、抱き枕の有無など些事だと言わんばかりに熟睡中。
「しかし貴様、何やら激しめの女難の相が見えるが、大丈夫か? 最早死相だぞ」
相まで見れるのか。流石はトゥルー忍者。
「……女難、ねぇ……」
確かに、テレサに始まり、最近ロクな女性と関わっていない気がする。
ガイアの周辺人物に置ける「個性が激しい女性」の選手層の厚さは異常だ。
本格的な女難の相が出てても特に驚かない。
今後も今回の様なことがあったら体が持たない気がする。
「ふむ……丁度良いかも知れんな」
「え、何が?」
「実は俺はこれから、忍の里へ一時帰宅する所なのだ。働きぶりが評価され、里帰り休暇がもらえた」
「へぇ、良かったな……」
「真の忍者だからな。評価されぬ訳が無い」
「……ん? ところで、それと俺の女難(死相)の何が関連して『丁度良い』んだ?」
全く話が見えないが。
「ここで会ったのも何かの縁だ。貴様も忍の里へ連れて行ってやろう」
「……はぁ?」
「あそこで修行を積めば、如何な凡人も3日でそこそこの忍者になれる。……生きていればな」
「おい、ボソっとすげぇ物騒なこと口走ったろ今」
「まぁ、そう言う訳だ。今回の救出だけであの1件でかけた迷惑料を精算できたとも思わん。貴様に良いよm…じゃなくて、師を紹介してやろう」
「いや、良い」
全力で遠慮する。
多分死ぬ。将来的に死ぬ前にすぐ死ぬ。と言うか殺される。
「真の忍者相手に遠慮など不要だぞ」
「いや、マジで良…どぅ!? おいコラ離せ! 離してマジで!」
「悪い話ではあるまい。貴様は強くなれる。俺は貴様と言う『若い男』と言う手土産を持ち帰ることで、一族の未来に貢献できる」
「っ!? 待て! 何か今すごい勢いで女難の相フラグが建った気がするぞ!? 気のせいか!? 気のせいじゃないよね多分! お前、俺とトゥルー忍者の誰かをお見合いさせようとしてるよね!?」
「安心しろ。これからお前に紹介する師の娘さんは、……まぁ、カゲヌイよりは若干マシだ」
「比較対象! 比較対象がおかしい!」
お前それ、大魔王よりはマシだつって魔王を引っ張ってくる様なモンだぞ。
「ぶっちゃけ、この前の1件で多分俺はすごい怒られる。族長の怒りを少しでも和らげるために、良い手土産が必要なのだ……真の忍者助けだと思って、な?」
「絶対に嫌だけど!?」
「そう堅いことを言うな。会ってみれば意外と、と言う奇跡が起きるかも知れんぞ。いやきっと起きる。この真の忍者が保証…いや、それは流石に保証しかねるか。うむ。まぁ頑張れ」
「おぉい!? トゥルー忍者が自信持て無いって相当だよね!? ちょっ、ねぇ!? マジで降ろして!? 頼むから! かくなる上は大学生の本気泣きを聞かせるぞテメェ! マジで泣くぞ!? おい!」
「むむっ?」
「どうしたのテレサ?」
オフィス。
アシリアとおやつを食べながら、テレサが何かを気取った。
「何やら、ガイアさんの阿鼻叫喚が聞こえた様な……気のせいですかね」
「そう言えばガイア、今日はお昼には来るって言ってたのに、遅い」
「ですねー。……にしてもこのドラ焼き美味し過ぎませんか!?」
「アシリアも思った!」
「コウメさん! これもっと買って置いときましょうよ! 常備推奨ですよこれ!」
「は、はぁ……と言うか、ガイアさんは本当に大丈夫なんでしょうか……? 何か胸騒ぎがしないでも……あ、私なんかが思わせぶりなことを言ってしまってごめんなさい」
「まぁガイアさんですし、多少何かあっても大丈夫じゃないですか? それよりも今はドラ焼きです!」
「ドラ焼き!」
「じゃ、じゃあ皆さんで買いに行きましょうか……?」
「はい! レッツラゴーです!」
「にゃー!」
ガイアの明日はどっちだ。
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