悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R37,味方の粗暴キャラは大体良い奴な法則(漫画あるある)

「アンラァ! 俺と勝負しやがれ!」


 アーリマン・アヴェスターズ本社ビル、会議室。
 薄青色のLEDライトで照らされるその一室に、荒々しい怒号の様な声が転がり込む。


 声の主は、緑髪のポニーテールを荒ぶらせるアーリマンの青年。
 フード付きのロングファーコートを褐色の素肌に直で着ると言う奇妙なファッションスタイル。
 鋭い三白眼と、尖り過ぎて口を閉じても露出してしまう大きな八重歯が、とても攻撃的な印象を与える。


「アスト? なんか久々だね」


 アンラは円卓にひとり腰掛け、スマホでマインスイーパーに興じていた。
  

「前のUNO大会以来だから……2週間ぶりくらい? とりあえず、おかえり」
「おう! ただいまァ! で、俺と勝負しやがれアンラァッ!」


 アストと呼ばれた青年は一瞬にしてアンラの眼前、円卓の上に立ち、叫ぶ。


 その姿と声に、アンラは「相変わらず無駄に元気だなぁ」と思う。


「にしてもアレだね。まだ諦めてなかったんだね。僕に勝つこと」
「当然だダァホ! 何のために半裸で南極サバイバル生活してきたと思ってんだ! このための修行だオラァ!」
「今回は長いこと帰って来ないなぁと思ったら、そんなことしてたんだ……」


 アストは生来、アンラに1度も勝負ゲームで勝てたことがない。
 なのでアンラに勝つことを当面の目標としている。


 そのために、アストはよく修行の旅に出る。
 そして旅から帰還する度、こうしてアンラに勝負をふっかける訳だ。


「でもな、さっき気付いたんだ! あんま修行になってねぇって!」
「まぁ僕たち絶対零度の宇宙空間でも平気だしね」


 アーリマンに取って南極なんぞ、秋頃に19度設定のクーラーをかけてる部屋程度の感覚だ。
 要するに「うおっ寒ッ。馬鹿かッ」くらいである。


 アストは結局、悠々自適に氷河の上でゴロゴロしながらアザラシやペンギンと戯れの一時を過ごして帰って来ただけだ。
 この修行でアストが得た成果と言えば、「ペンギンって意外と臭い。あと見た目から期待するほど柔くない」と言う微妙な実体験のみ。
 むしろペンギンに対する夢見がちな少年心を失って帰って来た。


「つぅ訳で帰って来た! 精神的に前より少しだけ大人になった俺と勝負しろアンラァッ!」
「別に良いけど、何で勝負するの?」
「そぉだな……じゃあ今回はモリオカートだ!」


 モリオカートとは、世界的な認知度を誇る配管工のおじさんが何を血迷ったかスーパーカーを駆り出し、カーレースに興じる模様をゲームにしたモノだ。
 通称モリカ。


 モリパ・モリテニ・スカブラに次ぐ「小学生の時、友達の家でやったよね」なゲームの代表格である。


「ふふ、よりにもよってモリカを選ぶなんて……トラウマになっても知らないよ?」
「はっ! 舐めんじゃねぇ! 今から俺はモリオの化身だッぜ!」


 お互いに魔法で4DSを召喚。電源を入れる。


「いざ尋常に……」
「勝負だッ! ヒャッハァァァァアアァァァ!!」






「……もうモリカなんて2度とやらねぇ……バナナなんて滅びれば良い……」
「だから言ったのに」


 5分後、そこには4DSを逆パカして膝を抱くアストの姿が。


「もぉアレだ。ちょっとバナナ滅ぼしてくる」
「やめてよ。僕結構バナナヨーグルト好きなんだから。割と本気の全力で止めるよその暴挙」
「じゃあ、俺のこの胸の中で渦巻くバナナへの憎しみはどうすりゃ良いんだよッ!?」
「とりあえずバナナでも食べて落ち着きなよ。はいバナナ」
「あぁん!? 上等だ! 手始めにそいつから滅ぼしてやんよッ!」


 アストはやや乱暴にバナナを受け取ると、皮ごとまるっと口に放り込み、これでもかと言うほどに咀嚼。


「ッ!? 美味ェッ!? こんなに美味いんじゃ惜しくて滅ぼせねぇじゃねかクソがッ! 不味くなれアホ! まぁそれはひとまず置いといて、ごちそうさんッ! 確かな満足感だ!」
「はいはいお粗末様。で、どうするのアスト。また旅に出るの?」
「あぁ? まぁそぉだな。次は防寒具クソほど着込んで火口にでも跳び込んでみっか」
「……防寒具、着る意味ないんじゃないかなそれ」


 多分、服だけすぐ溶ける。最初から裸で飛び込むのと大差無い。


「思い立ったが吉瞬だ! つぅ訳で行ってくるぜアンラァ! 俺が帰って来るまで誰にも負けるんじゃねぇぞッ! テメェの無敗神話をぶっ潰すのはこの俺だ!」
「え? ……あ、そっか。アストはいなかったから知らないのか」
「あぁ?」
「僕、結構最近1回負けちゃったんだよねー」










 魔地悪威絶商会オフィスは今日も平和だ。


 何もやることがない。


 組織としてどうなんそれ? とか言われても、こう言う組織だとしか言えない。


「ガイアさん、暇です!」
「ひとりで鬼ごっこでもしてろ」
「それただの走り込みじゃないですか! せめてガイアさんが相手してくださいよ!?」
「ジャンプを読んでて手が離せない」
「もう終盤も終盤じゃないですか! 来週の告知と目次くらいしか残ってないですよねそれ!?」
「あー今週も作者コメント欄は手に汗握るわー。熟読&読み返し不可避だわー」
「絶対に嘘だ!? うーっ! 構ってくださいよう! アシリアちゃんたちもいつの間にか散歩行っちゃっててガイアさんしか遊んでくれる人がいないんです!」
「………………」


 やれやれ、とガイアは雑誌を閉じ、


「流石ガイアさ…」


 また最初の1ページ目を開く。


「きーっ! 期待させといて! 期待させといてその仕打ちですか! このきちくっ!」
「え~勝手に期待しといてその言い様かよー。ちょっとー、身勝手過ぎなーい? やれやれだぜ☆」
「なんですかその喋り方! あとまたその☆! その☆本当にたまにですけどイラッとするんでやめてください!」
「キラッ☆」
「きぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!」


 デスクをバンバンと叩いて悔しがるテレサ。
 その様を楽しむガイア。


 これも割といつも通りである。


 あと2・3回テレサにきーきー言わせてから、ガイアが「仕方無ぇな」と何かしら相手をしてあげるのがお決まりのパターン。


 しかし、今日は少しだけ違った展開になる。


「ここかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」


 突如、緑髪褐色肌のポニーテール男が床をブチ抜いて参上。


「ほあぁっ!? が、ガイアさん! ガイアさん! 緊急事態です! 謎の植物が! ズバーンて! ズバーンて生えましたよ!?」
「落ち着けアホ」


 確かに緑頭に褐色肌なせいで、ピントをぼかして見れば木っぽいが、これは人だろう。アーリマン。


 ガイアは、アンラのおかげでアーリマンのなんでもありっぷりはよく知っている。
 今更床の1枚くらいブチ抜いて来た所で驚きゃしない。


「あれ? でもこいつ、知らない奴だな……」


 よっこらせ、と床から這い出して来たアーリマンは細身以上マッチョ未満な青年。
 見た目少年なアンラでも、巨漢マッスルなタルウィタートでも、一応女子のドゥル子でも無い。
 しかし、その髪肌瞳から判断するにアーリマンであることは確実だろう。


「おうおうおうおう! 床から失礼するぜ! 俺ぁアーリマン・アヴェスターズのアストウィーザ・ハードダンサー! 『不幸』を司ってるぜ! アストと呼べやオラァ!」
「アストさん、ですか……どうも、テレサです。初めまして」
「おう、初めましてでよろしくぅッ! で、だ! 衝動任せにアポ無しで来た訳だが! もし都合悪ぃんなら日を改めて出直すぞおい!」


 アストは自分がぶち抜いた床の穴を魔法で修復しながら、無駄に大声で喋る。


 何か荒々しいのか礼儀正しいのかよくわからない。


「いえ、激しく暇だったので特に都合は…」
「そぉか! そいつぁ良かった! じゃあ俺と勝負しろッ!」
「はぇ?」
「テメェがテレサで間違いねぇだろ!? なら勝負しろッ!」


 確かに、テレサはテレサで間違いない。
 さっききっちり名乗ったし、アストも承知の上だ。


「……なんで、私がアストさんと勝負を?」
「テメェ、アンラに勝ったんだろ!?」
「確かに、勝ちましたけど……」
「アンラを最初に倒すのは俺のはずだったんだ! だのにテメェが倒しちまった! だからとりあえずテメェを倒す! そしたら満足して帰って寝る! そんな感じだから俺と勝負しろテレサァ!」


 わかるようでよくわからん理屈だ。


「だぁが、俺もテメェも同じく生きモン! 急に勝負とか言われても今は気乗りしねぇってこともあるだろうよ! その場合はメアド渡しとくからその気になり次第連絡よこせコラァッ!」


 アストが勢いよく取り出した名刺をテレサに突きつける。
 そこにメアドも書いてあるのだろう。


「まぁ、受けてやっても良いんじゃねぇか?」


 どーせアーリマンこいつらのことだ。勝負つっても適当なゲームだろう。
 そしてテレサはさっきまで激しく暇を持て余していた。


 渡りに船的な感じではないか。


「わかりましたアストさん! あなたの挑戦、受けて立ちますよ!」
「よぉし話がわかるじゃねぇか! ありがとよッ! んじゃあ何で勝負するかだぁが……ここは勝負を受けてくれた手間賃として、テメェに選ばせてやるよ!」
「はい! では、そうですね……リバーシにしましょう!」
「……無謀じゃないか?」


 テレサは基本的に、知恵を使うゲームは非常に弱い。
 理由はやはり、阿呆だからだろう。


 最近ルールを把握したばかりのアシリアにすら一色統一ストレート決められるレベルだ。
 一体どこまで身の程知らずなんだこの阿呆姫は。


「リバーシか! 上等だ! 特にこれと言って得意って訳でもねぇが負けねぇ!」
「ふふふ……やるからには負けませんよ! 角取りテレちゃんと謳われる私の実力を見せてあげます!」






「っしゃぁ! ファイナルアストブラストォ!」
「ふぇっ!? が、ガイアさん! 私の白石が全滅してるんですけど!? 何で!?」
「……まぁ、1+1が2になったってことじゃねぇの?」
「当然の帰結ってことですか!?」
「アンラに勝ったテレサに俺が勝った……つまり、ついに俺はアンラを越えたのか!? おいガイアとやら! そこんとこの判定どうなんだ!?」
「知らん」
「そうか! じゃあアンラに確認してくる!」


 と言う訳で、アストは手早く帰り支度。


「あばよッ! 今日は付き合ってくれてありがとなッ!」
「アストさん! 次は負けませんからね!」
「ふん、いつでも相手になるぞ! 食うか寝るか修行してるかで基本毎日暇だからいつでも呼びやがれ!」


 こうして、テレサが暇な時に遊んでくれる奴が増えた。



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