悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R35,M(×2)

 気が遠くなるほど昔。
 精霊と悪神族アーリマンと言う種族間で、全面戦争が勃発した。


 結果は数で押し切る形で精霊側が勝利し、悪神族アーリマンは滅んだ。


 ……と、言うことになっている。


 実は当時の精霊王、アフラ・マズダは知っていた。


 5人の悪神族アーリマンが生き残っていることを。


 と言うか、アフラ自身がその5人の悪神族アーリマンを『見逃す』と決めたのだから、知っていて当然だ。


 しかし、アフラが彼らを見逃す所に立ち会ったアフラの側近達は、決して納得しなかった。


 奴らは信用などできない。すぐに殺すべきだ。
 奴らを生かして何か事があってからでは遅い。
 奴らを殺した所で誰が文句を言おうか。
 殺せ。奴らを殺せ。


 側近達は精霊にあるまじき非道な言葉を並べるばかり。
 王であるアフラですら、彼らの説得は難しかった。


 偉大なる王の言葉でも、揺らすことすらできない『黒い楔』。
 それだけの『呪い』を残すほどに、精霊と悪神族アーリマンの関係は歪んでしまっていた。


 側近達を納得させるため、アフラは『一応の保険』として策を講じる。


 アフラは己が持つ奇跡の力を集約し、とある武装を作り上げたのだ。
 悪神族アーリマンが何か派手にやらかそうとした場合に起動する、カウンター武装。


 その名も、『アフラ増田ますだ』を―――








 そして現在。


 とある国の地下深く。
 アフラがアフラ増田を封印・安置しておくために作り出した空間。


 封印中、と太字で書かれたみかん箱が揺れる。


 やがて、静かにみかん箱が内側から押し開けられた。


 中から出てきたのは、ソフトボールくらいの大きさの、白くて丸っこい小動物。
 顔面器官は大きな目玉が1つと小さな口だけ。
 単眼の白スライム、と言う感じだ。
 ヨーグルトの味がしそう。


 この奇妙な単眼小動物こそが、精霊王アフラ・マズダが後世に残した対アーリマン用生体武装、アフラ増田である。


「何か、アーリマン共がわそわそしてる気がするのである」


 すごくアバウトな直感に任せ、増田は起動してしまった。


 そのぞんざいなネーミングからもわかる通り、実はアフラ増田、結構雑に作られている。
 所詮、「一応の保険」程度の感覚で用意されただけの代物と言う事だ。「どーせこいつが稼働する機会なんて無いだろうし」とタカをくくって、本気で手を抜いて作られている。


 その辺の悲しい現実など露知らず、増田は与えられた使命に忠実に行動する。


「まず、地上に出るのである」


 増田に与えられた使命、それは、アーリマンと戦う戦士を見つけ出す事。


 増田自身に高い戦闘能力は無いが、増田は生物と融合する事で精霊王の分身として実に相応な能力を発現する仕組みだ。
 まさしく増田は生体『武装』なのである。


 と言う訳で、地上に出て、自身との融合に耐え得る強い肉体と精神を持った生物を探しに行こうとしたのだが……


「……地上に出るのである……」


 闇に支配された地下空間。
 増田の目は暗視仕様対応なので暗闇である事に不都合は無いのだが……


「……………………」


 無い。
 出入り口らしきモノが、見当たらない。


 全力で室内を見回しても、全然それっぽいモノすらない。


 まっさらな壁が四方上下を取り囲んでいる。


「…………マジかよ、である…………」


 創造主のうっかりミスにより、目覚めて早々、増田に試練が襲い掛かる事となった。








 茜色の光が、地面から這い出した白い小動物を照らす。


 増田だ。
 純白だったはずのその体は、すっかり泥まみれ。


「……どうにかなったのである」


 増田は80時間以上にも及ぶ格闘の末、自力で土を掘り進み、地上へと出る事に成功した。
 その根性は、腐っても精霊王の分身(的なモノ)と言う事だろう。


「流石に疲労困憊なのである……でも頑張るのである……」


 周囲の状況を確認する。


 どうやらここはどっかの家の庭先らしい。


「町に出て、適正のある者を探すのである」


 地下からの脱出を遂げた増田の次の目標は、己を使用する『戦士』を探す事。
 肉体と精神が強い者でなければ、増田を武装として使いこなす事はできない。


「うわっ、なんだこの大福みたいなの」


 この家の住人らしい中年女性が増田を発見し、近づいて来た。


「むむむ……ふむふむである」


 その中年女性を、増田はマジマジと眺める。
 増田はその大きな1つ目で、相手の身体能力や精神力を数値化して認識する事ができるのだ。


「身体・精神力の合計値計測……適正値、たったの5……ゴミなのである」
「何かよくわからん大福にゴミって言われた!?」
「お庭で何を騒いでらっしゃるのですか? お義母様?」


 ふと、買い物袋を持った若い女性がやって来た。
 ボロっちい服を着せられており、髪の手入れも明らかに足りていない。
 しかし、磨けば輝きそうな容姿の女性だった。


 彼女の名はシンデレラ。通称デレラ。
 継母や義理の姉に日々奴隷の様にこき使われ……


「丁度良かったわシンデレラ! この無礼で変な生き物を保健所に連れてって頂戴!」
「買い物を終えて帰ってきたばかりだと言うのに、ここから徒歩で1時間は掛かる保健所へ行けと……!? 喜んで!」


 ……その境遇を堪能している、生粋のドMである。


「あのね、普通にタクシー代くらい渡すわよ」
「そ、そんな! いつからそんな人並みの気遣いを覚えてしまったのですか!? 血も涙も枯渇し切ったお義母様は何処に!?」
「あ、あんたね……」
「うぅ……私を失望させないでくださいお義母様! 裏切られ弄ばれるのは大好きですが、こういう裏切られ方は普通に嫌です! 真面目に辛い方の辛い奴です! 私は放置プレイとか焦らしプレイとか駄目な方のMなんですよ! アクティブ派のMなんです! 生きていれば森羅万象なんでもご褒美変換できるMビッチに至るにはまだまだ修行が足りないのです! こんな未熟な私をどうか熾烈に罵倒してください!」
「知らないわよ!」


 マゾだって人間、十人十色。
 確かに放置プレイ好きのMもいるだろうが、何もされないのは耐えられないタイプもいる。
 そしてデレラは耐えられないタイプ。刺激に飢えている。


 いつぞやの沸騰紅茶や激辛団子の様に、デレラは相手の虐めてもらうため、時にはわざわざ相手の怒りや憎しみを買いに行くくらいアクティブ派である。


「カムバック、ドライマザー! 潤いなんて不要! ムチを! 愛の有無とかどうでも良いのでただひたすらシンプルにムチを!」
「うわっ! すがり付くな気持ち悪い! わかったわよ! 歩きたきゃ歩け!」
「ありがとうございます! と言う訳で大福さん、私と一緒に保健所へ行きましょう」
「むむ……! これは……!」
「?」


 増田の目に映るデレラのステータス。
 身体能力値はほぼ平均的だが、肉体の耐久性と精神力が常人とは桁違いだ。


「適正値53万……! お前、良い、すごく良いのである!」
「はい?」


 その数値は、人間の枠組みを遥かに越えている。
 精霊や魔族等の高次元的存在でも中々叩き出せない領域。


「お前で決まりである!」


 肉体と精神に増田を受け止めきるだけの耐久力があるのなら、その他の数値はいくらでも補える。


「お前、我輩と契約して悪と戦うのである!」
「戦う……? 何やら不幸な事に巻き込まれそうな予感! 喜んで!」
「よし、ならば早速行くのである! アーリマン共をけちょんけちょんのおげれぺぺーにしてやるのである!」








 夕暮れの住宅街。
 コウメとアシリアの散歩コース。


「わろっしゅ」


 非常に「……犬?」って感じの鳴き声を上げたのは、やたら眉の太い小さなチワワ。
 その首から伸びるリードを持つのは、前髪フィルター常時展開亀娘、コウメ。
 そのコウメの隣りをテコテコ歩く赤髪猫耳少女アシリア。


 そして、


「あぁ、お姉様……何故私のリードは引いてくれないのですか……?」


 電柱の陰からコウメたちを恨めしそうに眺める、ドゥル子。
 その手にはリードと首輪。


「……………………」
「コウメ、今日もドゥル子が見てるよ?」
「わろっしゅ」
「は、はい……気付いてはいるのですが……どう対処して良いものか……ごめんなさい」


 現在、コウメとアシリアはお散歩中だ。
 本日は以前仕事の関係で知り合ったJK狐娘ヨウコの飼い犬、チワベロス2世も同伴。
 ヨウコはテスト勉強で忙しいと言うことなので、コウメたちが散歩に連れて行ってあげることになった。


 そしてドゥル子は、数日前に「アタシを犬として扱ってください!」とコウメに土下座で懇願するも普通に謝罪されながら拒否され、「捨て犬的な視線で良心を攻める」作戦を実行中……と言うのが現状だ。


「あぁ、私のお姉様の隣りを我が物顔で歩きやがって……憎らしや猫耳娘……あんたなんてカーテンに引っかかってニャーニャー鳴いてればイイのよ……!」
「ねぇねぇコウメ、わがものがおって何? アサガオの友達?」
「え、えぇっとですね……こう、図々しいと言うか、ふてぶてしい顔のことだったかと……」
「? よくわかんないけど、アシリア、変な顔してるの?」


 むにむにと自分の頬を揉むアシリア。


「アシリアちゃんは悪くないですよ……」


 元はと言えば私が何もかも悪い、とコウメは疲れきった笑顔を浮かべる。


「こうなったらあの猫娘を私の能力で……あぁ、でもそんなことしてお姉様に嫌われたら……うぅ、ジレンマ! ジレンマドゥル子!」


 ハンカチ代わりに首輪をガジガジ噛みながら、ドゥル子は羨まし泣き。


「早速見つけたのである!」


 そんなドゥル子の背後から、声。


「ん? あんたら誰よ?」
「どうも、私はシンデレラと申します。デレラと呼んでいただいて結構ですので踏んでください」
「いきなり降伏宣言!? 話が違うのである!?」
「踏みやすい様にしゃがむので、さぁ!」
「おい! やめろである! 我々は戦いに…あぁんもう何これである!」
「いや、何これは私の台詞なんだけど……」


 いきなりドゥル子の前で土下座体勢のデレラ。
 そしてデレラの頭にチョコンと乗っかって喚く白団子、増田。


 ドゥル子からしてみれば、頭に不思議生物を乗っけたボロ服の女がいきなり自分に土下座して「踏んでくれ」と懇願してきていると言う非常に謎の事態である。


「えぇい、とにかく、ここであったが百年目であるアーリマンめ! アフラ・マズダが創造せしこの我輩、アフラ増田が貴様に引導をプレゼントするのである!」
「アフラ・マズダが創造した……? ってことはあんた、あのクソジジィが作った……おやつ?」
「団子でもヨーグルトキャンディでも無いのである! 我輩は貴様らアーリマンへの対抗兵器であぁ! つまむなつまむな! 降ろせこの外道!」
「対抗兵器ぃ? あのジジィが? 私達に?」
「うきゅ! 降ろせ! きーっ! 降ろすのである! 降ろしてください! お願いっ!」


 ドゥル子につまみ上げられ、増田は必死に足掻くが、その白い体がプルンプルンと波打つだけ。
 先にも言ったが増田単体ではビニール袋にも劣る戦闘能力しかない。


「確かに気に入らないジジィだったけど、『約束』を破る様な柄じゃ…ってか、あのジジィが作ったにしてはお粗末過ぎない?」


 兵器として見るとあまりにもあんまりな出来のアフラ増田。
 在りし日のアフラ・マズダを知るドゥル子としては、彼が作る『兵器』がこの程度のクオリティだなんてにわかには信じられない。


「……んー?」


 破られるはずの無い約束。
 あんまりな増田。


 それらを冷静に統合し、ドゥル子はとある答えを導き出した。


「あ、成程なーる。周りでピーチクパーチクうるさかったのを黙らせるために、か。納得納得ぅ」
「えぇい! 何やら勝手に納得してないで離すのである! このっ! このっ!」


 手も足も無い増田では文字通り手も足も出ない。
 虚しく波打つ増田をつまみながら、ドゥル子は視線を下げる。


「で、さっきから私のストンピングを待ってるあんたは?」
「私はデレラです! お願いします! 最近色々と飢えてるんです! もう誰でも良いんです! このだらしない牝僕にどうか慈悲の心を! 慈悲の心で無慈悲な仕打ちを!」
「何か嫌。キモい」
「生理的に無理と言うことですね! 蔑みの視線をありがとうございます!」


 本当になんなのこいつら、とドゥル子は呆れ果てながら、視線をコウメたちの方へ戻…


「……い、いない……!?」


 いつの間にか、コウメたちはいなくなっていた。
 当然だ。コウメたちは散歩をしていたのだから。
 しばらく目を離せばそりゃいなくなる。


「そいやっ! 脱出成功である!」


 ドゥル子の手から逃れ、増田はデレラの頭に着地。


「さっさと立てである貴様! 戦う気があるのであるか!? ふざけるなである!」
「あぁん…もっと叱ってください……!」
「よしわかったである。契約する奴ミスった!」


 今更気付いてももう遅い。


「……あぁぁんたぁぁらぁぁぁぁぁ……!」
「ひぇっ!? ヤバいである! あのアーリマン何やら急に殺る気である!」
「ご褒美!? ご褒美の時間ですか!?」
「馬鹿なこと言ってないで早く我輩を使って奴と…ってうわっ!? 何であるかこのカラス共は!?」


 突然、周囲の電線や民家の屋根に集まっていたカラスたちが、増田とデレラに集り始めた。


「痛たたた!? つつくな! ついばむな!? もぎゃすッ!? 目はやめてマジで!」
「イエス! イエス! カミンカミンカミンッ! シーハーシーハー! もっと激烈にッハーダープリーズミー!」


 ドゥル子ことドゥルジャーノイ・ライアーは『虚偽』を司る悪神族アーリマン
 彼女が誇る固有能力は、簡単に言えば『認識操作』。


 あらゆる生物に、本来は持たざる『偽りの認識』を植え付ける。


 今、増田を阿鼻叫喚させデレラをよがらせるカラスたちは、彼女の能力で『この白いのと変態は餌』と言う認識を植え付けられている。


「ちょ、ひぃえ!? どこに連れて行く気であるか!? ちょっと待つのである! マジガチ待つのであぁぁぁる! お願い! いやぁ! いぃやぁぁぁああぁぁ!?」
「あぁん……めくるめく快楽地獄の予感……!」
「あーあ、妙ちきりんのせいで時間を無駄にしてしまったわ。さて……お姉様ぁ~何処ですかぁ~」


 夕日の向こうのお山へとテイクアウトされる増田とデレラ。
 2人に構わずさっさとコウメを探しに行くドゥル子。


「覚えていろであぁぁぁるぅぅぅぅぅ! あっ、本当に目はやめて!」


 増田の戦いは始まったばかりである。



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