悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R30,悪の組織VS悪の組織(笑)⑧

「さぁ、次は誰がやる?」


 ガイア達の方へ、アンラが声を放る。
 その直後、


「ま、まだで、ふ……」
「!」


 白いクリーム塗れのテレサが、ゆっくりと立ち上がった。
 その動きは、実に力無い。
 ガクブルな膝は、誰がどう見ても、まともに力が入っていない。
 当然だ。テレサのHPゲージは0なのだから。


「へぇ」


 アンラの設定通りなら、「前日に死ぬほど働きまくった休日の朝の1度目の起床時」並の眠気がテレサを襲っているはずだ。
 最早1度起きた事すら覚えてないレベルの深い2度寝に就き、昼下がりに目覚めてしまう程の眠気。


 本来ならば、まず立つ事すらできないはずなのだ。


「この勝負は『先に眠った方の負け』だからね。良いよ。続行だ。まぁ、その状態でまともにゲームを続けられるなら、だけど」
「う、うゅ、ぅ……ぜ、全然平気でふぃ……む、むにゅ……」
「さっきも言ったけど、僕は手を抜かないよ!」


 アンラは頬が裂けかねない程に勢い良く口角を上げ、その手にいくつものパイを召喚。マシンガン式にテレサへと連射する。


 当然、テレサは回避などできない。
 全部、まともに食らってしまう。


「ふびゅうぅぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶぶッッ」


 力無い悲鳴。
 どてーん、とテレサが仰向けに倒れてしまう。


「さぁて、今度こそ……」


 不意に、アンラの頭上から影が差し込んだ。


「ッ!?」


 急いで上を見上げたアンラの視界が、白いクリームで埋め尽くされる。


「まさか……!?」


 テレサがその技ゲージのほぼ全てを注ぎ込み、『超巨大パイ』を精製、アンラのすぐ頭上へと転移させたのだ。


「ははッ! まだそんな事が出来る意識があるのか! 良いよ! でも甘いよ! こんなの華麗に避、けぶちっ」


 テレサの巨大パイの落下。
 察したアンラは、当然下敷きになるまいと回避しようとした。
 だが、意識を上空の巨大パイに割き過ぎてしまった。


 アンラの横顔に、通常サイズのパイが強襲。
 そして、直撃した。


「うべほっ!? うぺっ、ぺっ! まさか1発分は残してっぷんぬ」


 テレサが控えていたのは2発分だったらしい。
 更にもう1発、アンラの顔面にパイが直撃。


「ぐぬぉ、小癪な…って、しまっ……」


 どべしゃああぁぁぁぁああぁぁぁぁッ! と言う轟音と共に、巨大パイがアンラを飲み込み、大地へと落下した。


「う、うぴゅふぅ……ど、どうれすか……わ、わたひらっへ、やれびゃできりゅ子……」


 最早完全に呂律が狂い切っているが、テレサはフラフラと立ち上がり、「どうですか、私だってやればできる子!」と威張っているつもりらしい。


 もう酔拳の達人よりも酩酊感溢れるふらっふらぶりだ。
 あまりにもふらふらし過ぎて目が回り、更にふらつくと言う悪循環に陥りつつある。


 先程の巨大パイと奇襲パイ×2でゲージを使い果たしたらしく、テレサの技ゲージはリロードが始まっていた。


「……こんな時に言う事では無いかも知れませんが、テレサ氏が白いクリームに塗れて息を荒げてる様って、アンモラチックと言うか犯罪臭が半端じゃないですね。頬を紅く塗ったら確実に発禁ファッキンですよこれは」
「本当にこんな時に言う事じゃねぇなおい」
「と言うか……あの……これはどうなってるんですかね……?」
「あのアンラって人、出てこない」


 ふらふらと、グルグルお目目で独り躍るテレサ。
 静寂を保つ巨大パイ、の下敷きになっているだろうアンラ。


「まぁ、あんなデカいのの直撃もらえば、HPゲージは……」


 黒い雷撃が、迸る。
 黒雷に引き裂かれ、巨大パイが真っ二つに。
 パイの裂け目から現れたのは、テレサ動揺にグルグルお目目でふらつくアンラ。
 HPゲージもテレサと同じくすっからかん。


「ほ、ほぁお、おぉう……こ、この眠気はエグい……!」
「う、うぃ、ま、まりゃやりゅんれすか……! あなたもやりましゅね……!」
「ははは、当然さ、僕はアーリマン……あ、あしょびのプ、ぷりょりゃもん!」
「もうダメだなあの2人」


 泥沼だ。お互いにロクに思考が働いちゃいないんだろう。
 ハチャメチャなステップでダンスしながら、四方八方にパイをバラ撒いている。


「うに、おいあいあうあ、うぃぅー!」
「ほ、ほぉあえ、うぇ、あうあうあー……!」


 最早傍からは何を言っているのかわからない領域に突入し始めた。
 ただ、テレサとアンラ間ではかろうじて会話が成立しているらしい。
 謎言語での言い合いが白熱していく。


「うりゃうおに、あー」
 ※ぐっ……しぶといな! 一体何が君をそこまで頑張らせるんだ!
「くぴぇ、あぅぁへ、お、おぉうふ……!」
 ※シラユキちゃんの……大切な人のためですよ! 頑張るに、決まってるじゃないですか!
「っ」
 ※!


 ブレる意識の中、アンラの脳裏を過ぎったのは、過去の親友の笑顔。


 大切な人のためなら死ねる。
 無邪気に笑いながらそう断言して、本当に死んでしまった大阿呆。


「ぅ、ぉいうあ……!」
 ※君は……いや、お前はまだそんな阿呆な事を……!
「いぅ、ぺぺれけ、びびでぃばびでぃぶぅぅぅぅぅ!」
 ※私は阿呆だ馬鹿だ身の程も世間も知らない奴だとよく言われます(主にガイアさんに)! でも……「根性無し」って言われた事は無いんですよ!


 テレサはその手にパイをひとつ召喚。
 そのパイを保持したまま、不安定な足取りでアンラへと接近する。


「あう、ぃく……だ、かりゃ…」


 テレサはアンラにしがみつき、そして、


「っ……だ、から私は、頑張り、まひゅッ!」


 その手のパイを、アンラの顔面へと押し付けた。


「っ、ぁ……」


 テレサがアンラを押し倒す形で、2人は倒れ込む。


「どう、ですか……!」
「……………………」


 アンラは弱々しく震える手で、顔面にへばりついたパイを退ける。
 その蒼い瞳に、輝かしい陽光が差し込んだ。


「うぅぃ……くぁ、はぁ……」
 ※……本当に、君は……いや、お前は……


 昔、アンラには掛け替えのない親友がいた。
 その親友は、太陽の光が大好きだった。


 アーリマンは、太陽の光を嫌う。
 その理由は、誰もわからない。
 ただ大昔から、そうだったから、そうで在り続けていた。


 皆は損をしていると、アンラの親友は断言して笑い飛ばした。


 訝しむアンラに、親友は「じゃあ最高の日向ぼっこプレイスを紹介してあげるよ」と言って、ある場所へと連れて行った。


 それが、このアーリマハル第5階層の元となった場所。
 そこで眠れば最高の夢を見れると確約される、素晴らしい世界。


「おみゃ、ぇ、は…………お、前は……阿呆だよ……」


 大切な人がいる。その人のために、僕は死んでも構わない。
 そう言って、その親友は本当に死んでしまった。
 百花繚乱の中心で、涙と血に塗れて、全てを終えていた。


「……阿呆は、1度死んだくらいじゃ、治らないんだな……」


 呆れ果て、アンラは笑う。
 そして、瞼を閉じた。


「僕の、負けだ」


 この阿呆には、勝てる気がしない。昔からそうだ。


 だから、アンラは眠る事にした。


 ここで眠れば、良い夢が見られる。


 1度生まれ変わっても阿呆な所は変わらない。そんなド阿呆な親友のお墨付きだ。




















「……ちょっと、私のジャガリコーンが無いんですけど!?」


 昼下がりの魔地悪威絶商会オフィスに、テレサの可愛らしい怒声がこだまする。


「うん、そうだね。不思議だね。美味しいね」
「アンラさんんんんんん! せめてその手に持っている空箱を隠してトボけてくださいよ!」
「おい、まずそこよりも先に突っ込む事があんだろうが」


 このツッコミ素人め、とガイアは呆れ溜息。


「で、何で当然の様にあんたがいるんだ」
「んー? 別に良いじゃん。いざこざは解決したんだしさぁ」


 先日の勝負、アンラがテレサに敗北した事で、魔地悪威絶商会側の完全勝利で幕を閉じた。


 アンラはシェリーの指導&監視の元、速やかにシラユキ宛の反省文を作成、提出。
 シラユキからは「テレサ達が許すと言うのなら、僕から彼を責める事は無い」との返信をいただき、テレサとアンラの因縁はさっぱり精算された訳だ。


「それに、もうウチは実質この魔地悪威絶商会の提携会社みたいなモンじゃん。仲良くしようよ」


 アーリマン・アヴェスターズは現在、その業務内容を魔地悪威絶商会と同種、つまりは『学割の利く便利屋』へと変更している。
 名実ともに、悪の組織(笑)として新たなスタートを切った訳だ。


 魔地悪威絶商会との勝負に敗れ、魔地悪威絶商会と同じ業種になった。
 確かに、吸収合併の様な感じではあるかも知れない。


「仲良くするのは歓迎ですが、私のお菓子を取らないでくださいよう!」
「んん~? 君の? どこにそんな証拠が? 名前でも書いて……げっ」
「ふふふ! カゲヌイさんに既に同じ事をされていたので対策済みなのです! さぁさぁ! 私のジャガリコーンに手を出した落とし前、付けてください!」
「ぐぬぬ……やっぱりお前…じゃなくて君には敵わないな……」


 と言う訳でアンラはワープゲートを展開。その中へと消えた。
 駄菓子屋にジャガリコーンを購入しに行ったのだろう。


「……なんつぅか、お前はアンラに対してだけはやたらに強いな」
「私も不思議ですが、何故かアンラさんには負ける気がしません! なんででしょうね?」
「知るか。前世で何かあったんじゃねぇの」


 適当に回答し、ガイアはノートPCでメールをチェック。


「お、依頼のメールだ」
「マジですか!? どんな!?」
「えーと……簡単に言うと、アイデアコンサルタント、か?」


 何でも、依頼人の少女はマッチ売りのバイトをしているそうなのだが、全然ノルマを達成できない日々が続いているのだそうだ。
 できれば、マッチが売れるアイデアを一緒に考えて欲しい。
 それが無理なら、せめて私を励ましてください。生きる力をください。


 ……と言う、ちょっと悲痛な匂いがするメールだった。


「い、今流行りのブラック企業戦士さん、ですかね……」
「さぁな……で、どうすんだ?」
「当然、受けますよ!」
「ふぅん、じゃあ僕らも参戦しようかな」


 いつの間にかお菓子を買って帰ってきていたアンラが、不敵に笑う。


「どっちが先に依頼を解決できるか、勝負しようよ。魔地悪威絶商会VSアーリマン・アヴェスターズ第2Rだ!」
「望む所です! ねぇガイアさん!」
「いや、別に俺は望んでねぇけど……」
「今度こそ負けないよ」
「こっちこそです! ねぇガイアさん!」
「いちいち俺に振るのやめれ」


 ガイアには未来予知能力なんてモノは無いが、ひとつ確信している事がある。
 これからはこんな感じで、今までより一段とドタバタする事になるんだろうなぁ、と。



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