悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R26,悪の組織VS悪の組織(笑)④

「お前は何をそんなに焦っているのじゃ?」


 族長に、そう言われた事がある。


「兄としての体面か? だったら悪い事は言わない、諦めを付けるんじゃ。お前の妹は『天才』じゃぞ」


 そんなの、俺が1番わかってる。
 あいつは、化物だ。まだ生まれて10年も経っちゃいないくせに、里の大人達と互角に近いの身体能力を身に付けてる。
 きっとすぐに、この里の誰よりも強くなる。
 今に、俺や族長ですら届かない高みへと向かうだろう。


 あいつは、それだけの才覚を持っている。
 物騒な神に愛された、生粋の狩人。


「プライドを持つ事は大事じゃ。じゃが、相手が…」
「違う」
「……何?」


 俺は、あいつに負けたくない。
 俺は、あいつより強い存在で無ければならない。


 それは、プライドなんてモノを守りたいからじゃない。


 俺が強くなって守りたいのは……俺が、強く在り続けたい理由は―――








「火傷はしない様に調整してある。気後れせずに掛かって来い」
「うん、わかった!」


 轟音を伴って燃え盛る炎を展開するアシャードに、アシリアはその身ひとつで正面から飛び込んでいく。


 久しぶりに会った兄へ、元気良く飛びつこうととする妹。その構図自体は実に可愛らしいモノだ。
 ただ、飛びつこうとする目的と、相対する兄の笑顔が物騒過ぎるのが問題である。


「うにゃあっ!」
「ふっ……にゃぁあっ!」


 実にネコ科っぽい掛け声をあげ、2人の獣人がその研鑽した肉体を動かす。
 アシャードの動きに追随し、炎も舞う。


 まず先に届いたのは、アシリアの蹴り。
 アシャードはそれを、炎の手甲でコーティングした右手で難なく受け止めてみせた。


 続いてアシャードの左手刀。袈裟斬り状の軌跡でアシリアを狙う。
 アシリアも、それを腕でガードしてみせた。
 だが、


「甘い」
「っ!」


 アシャードの手刀を追って、炎の斬撃がアシリアに襲いかかる。


「にっ……!」


 アシリアは、自身の蹴りを受け止めている炎の手甲を再度蹴り付けて、跳んだ。
 紙一重、炎の手刀が空を切る。


「ちょっ……思い描いていた兄妹のじゃれ合いと大分違うんですが!?」
「確かに、ちょっと見ててひやひやするな……」


 当然、あの炎の斬撃は切断性能を下げているのだろうが、見守るガイア達としては気が気でない。


「え、兄妹で遊ぶ時って大抵あんな感じでは?」


 ガイア達のリアクションに、カゲヌイがきょとんとしている。
 まぁ、あの兄にこの妹ならそうなってもおかしくはないか……とガイアは思う。


「にゃぁらぁっ!」


 アシャードの短い叫びに呼応し、炎の飛礫つぶてが飛ぶ。


「うー……この炎、厄介……!」


 至近距離では強烈な連撃ラッシュに繋がり、中・長距離に置いては射程的アドバンテージ保持力が非常に高い。
 丸腰のアシリアに取って、これほどしんどい相手は無いだろう。


 炎の飛礫を躱しながら、アシリアは打開策を模索する。


 接触距離クロスレンジに跳び込んでも手数で負ける。
 しかし、距離を取っていてはそもそもこちらの攻撃が届かない。


「そうだ!」


 そこでアシリアは思いつく。
 自分もあの炎を出せば良いんだ、と。
 そうすれば、条件を互角に持ち込める。


「ふん、超猫耳発火能力パイロキニャシスを真似るつもりか?」


 アシリアの思考を読み、アシャードが笑う。


「この能力は『猫耳燃え』を極めし者のみが……」
「出た!」
「こんの天才がッ!」


 アシリアの耳の周囲で、小さな火の玉が躍る。


「だが、いくら天才と言えど、修練を積んでいない能力ではその程度!」


 アシャードの豪炎に比べれば、アシリアのそれは酷く頼りない灯火でしかない。


「……いや、天才うんぬんとかじゃなくて、そもそも何で耳から火が出るんだよ……いや、耳からじゃなくてもさ」
「火くらい出せますよ」
「まぁ、標準機能ですよね。真の忍者以前の話です」


 テレサは魔法で、カゲヌイは忍法で、それぞれ掌に火の玉を躍らせる。


 ……万能魔法使い(阿呆)にトゥルー忍者に獣人。
 考えてみれば、この空間にいる常人はガイアだけだった。


 最早この空間は、常識の無法地帯と化している。
 少年漫画ならインフレが止まらなくなり始める段階。捕獲レベル8の大きなワニとかで大騒ぎしてた頃が懐かしくなる頃合だ。


「行っけぇ!」


 アシリアは火の玉を操作し、アシャードへ突進させる。


「ふん、そんな雑な挙動で! 無駄無駄ァッ! にゃらぁっ!」


 炎の飛礫で火の玉を全て撃ち落とし、アシャードがテンション高めに叫ぶ。


「ならもっと!」


 アシリアは全力で力み、耳を盛んにぴこぴこと動かし始めた。
 すると、ポコンポコンと間抜けな音を立てて小さな火の玉が溢れ出していく。
 不慣れな技術力を物量でカバーするつもりなのだろう。
 しかし、


「ぃにゃっ!?」


 短い悲鳴を上げ、アシリアが耳を抑えてうずくまってしまった。


「どうした!?」
「……熱い……!」


 耳を抑えるアシリアの指の隙間から、黒煙が立ち上り始める。


「ふっ、当然だ。猫耳燃えを極めた俺ですら、調子に乗って使い過ぎると『おーばーひーと』して耳が熱ぁっ!?」


 言ってる傍から、アシャードの耳もオーバーヒートを起こしてしまったらしい。
 アシャードの周囲に展開されていた紅炎が虚空に溶ける様に消滅した。


「うにゅぅ……」
「ぐにゃぁ……」


 兄妹仲良く黒煙燻る猫耳を抑えてうずくまる。


「……ぐ、ぐにに……繊細な温度調節が想定以上の負荷になっていたか……!」
「うぅ……よくわかんないけど、アシリア負けない……!」


 耳から黒煙を上げながら、猫耳兄妹が立ち上がり、対峙する。


「あ、アシャお兄ちゃんの炎も消えてる!」
「ふっ、チャンス到来とでも言いたいか? 侮るな!」


 獣人は常に生存性能サバイバリティを研磨する種族。
 当然、アシャードは超猫耳発火能力パイロキニャシス以外の修練を怠る様な真似はしていない。
 炎を出せなくなっても、問題として捉える程の事では無い。


「しゃぁにゃあッ!」
「うにゃあぁぁああぁッ!」


 再び、接触距離クロスレンジで交わる兄妹の腕と脚。
 拳撃と蹴撃の応酬は加速し、すぐにガイアやテレサの目ではまともに捉えられない域に達した。


「ふん! やるなアシリア、だが!」
「っ……!」


 アシャードの方が、疾い。
 徐々に、アシリアが劣勢になっていく。


「さぁ、思い知れ! お前の兄は、こんなにも強いのだと!」
「にっ……そんなのずっと前から知ってるモン!」


 だから、


「だから、アシャお兄ちゃんに、勝ちたい!」
「ッ!?」


 不意に、アシャードの手首に巻き付いた柔らかい感触の何か。
 それは、赤毛に覆われたアシリアの尻尾。


 大抵の生物が持つ尻尾の役割とは、動作のバランスを安定させるためのツール。
 尻尾を振るう事で体幹の軸を調整し、本来ならバランスを崩してしまうだろう急激な動作変更や奇抜な挙動も安定的にこなす事ができる。
 尻尾を持っているからこそ、獣人はアクロバティックな戦術を展開できる訳だ。


 戦闘中は常に尻尾を動かし、本能的感覚でバランスを調整し続ける。
 戦闘時、獣人に取って尻尾とは、己の身体的パフォーマンスを最大限発揮するために必要不可欠な装置。


 アシリアは、それを武器に転用した。


 獣人の常識的に、ありえない発想だ。
 何故ならそれは、とてつもないリスクを伴う行為だから。


 尻尾を武器として使っている間は、当然、尻尾をバランス調整装置として使えない。
 もし、この手を相手に読まれ、咄嗟に反撃されれば、回避行動は難しい。
 よしんば回避できても体勢を崩し、圧倒的不利な状況に陥る可能性が高い。


 獣人の感性では、思いついてもまず選ばない選択肢。
 だからこそ、この奇手は成功した。


 予想外の尻尾による巻き付きに、アシャードは一瞬、対応が遅れる。
 その一瞬が、アシリアにチャンスをもたらす。


「うにゃあッ!」
「ぬぐぉ!?」


 全力で体をひねり、アシリアは尻尾を、そして尻尾で絡め取ったアシャードの手を、引く。
 そして、前のめりになったアシャードの顎目掛け、実に回転の利いた縦回転の回し蹴りを叩き込んだ。


「にゃ、ごはっ……!?」
「まだ!」


 獣人の脚力で、顎をモロに蹴り上げられた。
 常人ならば、まず意識を保ってはいられない。割と普通に死ぬ可能性もある。


 でも、アシャードなら絶対に一瞬で持ち直す。アシリアはそう確信していた。
 何故ならアシャードは、『とっても強いお兄ちゃん』だから。


「に、あ、ぁぁあぁッ!」


 アシリアの期待通り、アシャードは即座に蹴り上げられた頭を振り戻した。
 期待していたからこそ、アシリアは既に追撃……いや、『トドメの一撃』を備えていた。


 アシャードの正面で、アシリアは腰を深く落とし、正拳突きの構えを取る。


「!」


 その姿を視認した瞬間、アシャードは咄嗟に防御行動を取った。
 胸上から頭にかけての人中線上、人類種の急所が集中しているラインを、腕を交差させた盾で守る。


 ……だが、その判断は完全に誤りだった事を直後に知る。


 アシリアがトドメに選んだ一撃。
 それは、数多くの強敵達を沈めてきた、とある人物の必殺技からインスピレーションを受けた『新必殺技』。


 その名を、


「アシリア式・テレサの真似パンチッ!」


 アシリアの全膂力が乗った、大型装甲車の装壁をも簡単に撃ち抜いてしまえるだろう拳。
 その一撃は、アシャードの股座へ、一切の容赦なく突き立てられた。
















 何が、どうなった。
 アシリアが正拳突きの構えを取っていた辺りからの記憶が無い。


 ただ、俺は倒れていた。
 そして何故か、涙が溢れている。
 涙で滲む視界で、枝葉に覆われた空を眺めていた。


 何故俺は泣いている?
 この涙は、感情的なモノでは無い。それはわかる。


 ……動けない。いや、動くべきでない気がする。
 少しでも身を捩ったら、何かとんでもない痛みが全身を走り抜けそうな予感がするのだ。
 ダメージが引くまでしばらくマジで安静にしていろ、と俺の本能が叫んでいる。


 一体、俺はアシリアに何をされたんだ。
 わからない。完全に記憶が飛んでいる。


 ただ、わかる事があった。


 俺は、負けたんだ。


「アシャお兄ちゃん」


 アシリアが、俺の顔を覗き込んできた。
 その顔には、満面の笑みが浮かんでいた。
 とてもとても楽しそうで、見ているこちらまで口元が緩んでしまう。
 そんな幼気で、無邪気で、爽快で、まるで春の太陽を思わせる笑顔だ。


「アシリアの勝ち!」
「……あぁ、そうらしいな」


 アシリアがその手に持っていたのは、アシャードが指定した枝。
 アシャードを倒し、枝を手に入れた。
 この勝負、アシリアの勝ちだ。


「……アシリア。やはりお前は強いな」
「うん!」


 嬉しそうに、笑ってくれる。


 ……その笑顔だ。
 アシリアはいつだって、俺に勝った時、とても嬉しそうに笑う。


 それは、俺を強者だと認めているから、憧れてくれているからだろう。


 俺が強者だから、俺に勝った時、アシリアは心の底から溢れる喜びをその顔いっぱいに溢れさせるんだ。


「次は負けん。覚えておけ」
「うん。でもアシリア、次も勝つ! アシャお兄ちゃんよりもっと強くなる!」
「……ふん……」


 俺は、強い兄で在り続けなければならない。
 でなければ、アシリアのこの笑顔を拝めなくなる。


 次は負けない様に、兄の強さを示すために、修練に励まなければならない。
 このどこまでも強くなっていく天才的妹よりも、更に上の次元を目指し続けなければならない。


「……やれやれだ……」


 敗者をこの空間から弾き出す、光の渦。
 その渦に包まれながら、アシリアには聞かれない様に、一言だけ愚痴らせてもらった。


「……お前みたいに可愛い妹を持つと、苦労するな」


 次は、負けない。
 勝って、俺の事を強い兄だと再認識させなければならない。


 またいつか、アシリアに負けた時、この笑顔を拝むために―――



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