悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R23,悪の組織VS悪の組織(笑)①



 オーロラ商店街。
 魔地悪威絶商会オフィスビルから徒歩5分程の所にある商店街だ。
 近年、シャッター商店街が増加だどうだと騒がれているが、今の所この商店街からはカッコウの声は聞こえない。


 住宅街とオフィス街に挟まれる形で展開している商店街通り、
 と言う立地の良さも大きいだろうが、出店者側の努力も所々に見受けられる。


 女性にウケそうなオシャレ志向のベジタブルカフェを兼営している八百屋のおっちゃん。今流行りらしいアクアリウムグッズもちょこちょこ販売してる魚屋のおばちゃん。Wi-Fiスポットを設置した駄菓子屋の旦那。店頭で愛くるしいミニブタ達を飼育し始めたコロッケ屋のおばあちゃん。残り4匹。


 そんなオーロラ商店街の南エリアは、比較的、若者向けの娯楽施設が集中している。ゲーセンやカラオケ、玩具屋にコンビニ、件の駄菓子屋なんかが軒を連ねる。


「18時17分……コックリさんの指定した時間より少し早めに着いちまったな」


 トワイライトに染まった商店街。
 ゲームセンターの入口前にてガイアはスマホで時刻を確認。


「じゃあ、指定の時間までゲームセンターを堪能しましょう!」
「お前な……」


 テレサの瞳はやかましいくらいにキラキラと輝いていた。
 まぁ、このお姫様の事だ。どうせゲーセンも初めてなのだろう。


「あのな、お前わかってんのか? 多分、お前がこれから勝負を挑もうってのは……ガチの悪の組織のボスだぞ」


 物騒な勝負にはならないとは言え、緊張感が足りな過ぎないか。


「ほぇ? 何で、相手が組織のボスだってわかるんですか?」
「コックリさんの言ってた事を少し考えてみりゃ、わかるだろ」


 コックリさんは、相手はテレサの出す条件「反省文作成」と「組織活動のマイルド化」を承諾すると言っていた。
 承諾すると言う事は、その2つが可能な人物と言う事になる。
 反省文の作成は加害者として当然可能として……


「組織活動の方向性を変えるなんて、その組織内で相当の権力を持っていないと不可能だろ」


 幹部ですらそこまでの権限は無いはずだ。
 なら、考えられる役職は、ボス一択。


「確かに……でも、相手がボスだろうとラスボスだろうと関係ありません。私は勝ちます! そして今の私はゲームセンターに非常に興味があります!」
「………………」


 このお姫様を見ていると、若干緊張している自分が馬鹿らしくなる。
 そらもう深い深い溜息が溢れるくらいに。


「……しゃあねぇな……」


 もう、好きにしたらいい。


 考えてみればいつだってそうだ。
 テレサはいつだって好きにして、ガイアは可能な限りそれに付き合う。
 そんなモンだ。


「ただし、無駄遣いはすんなよ」
「ガッテンです!」


 釘を差して置かないと、このお姫様は無限の財力にモノを言わせてクレーンゲームを肥やしそうだ。


 と言う訳で、ガイアとテレサはゲーセン内へと足を踏み入れた。
 そこで早速目に入ったのは、1台のゲーム機の周りを囲んだ人垣。


「ガイアさん、人が集まってますよ?」
「音ゲーだな」


 人垣ができているそのゲーム機の上部には、『ヒップをホップにスパンキング!』と言う看板。有名な音ゲーシリーズだ。
 肌色の桃みたいな形の大型操作盤コンソールを、リズムに合わせて乗馬用鞭で叩くと言うゲーム。
 ストレス社会を生きる方々に非常に人気だと聞いている。


 人垣の奥から軽快なスパンキング音が鳴り響く。


「おとゲーってアレですよね。タンバリンの達人とか、そう言う系の」
「ああ。で、あの手のゲームはな、たまにやたら上手い人がいるんだよ。達人レベルで」
「なるほど! この人垣は、その達人芸を見物する人々の群れと言う事ですね!」


 ま、そんなモンだ。


「おや、感じた事のある気配だと思えば。テレサ氏にガイア氏ではありませんか」
「うおっ」


 いつの間にかガイア達の目の前に立っていた忍装束姿の女性。いわゆるくノ一。
 トゥルー忍者と言うとんでも人種の末裔、カゲヌイだ。
 いつも通り、やる気の無い薄ら愛想笑いを浮かべている。


「あんたはいつも、いつの間にか現れるな……」
「真の忍者とはそう言うものなので」
「カゲヌイさんも、ゲームをしに来たんですか?」
「はい。現在進行形で楽しませてもらっています」


 カゲヌイが親指で差した方向は、例の人垣の方。
 ガイア達が視線をやったと同時、一際大きなスパンキング音が響いた。


「今ここに居る私は分身体です。本体は今、真の忍者としてハイスコアを目指しております」


 尻みたいなモノを、軽快なリズムに合わせて鞭でシバき倒すくノ一、か。
 そら人垣も出来る。


「つぅか、当然の様に分身してるな」
「真の忍者なので」
「ガイアさん! ここ最近全くやってないので忘れられてるかもですが」「私だって分身できますよ! ほらこの通り!」
「せんでいい」


 鬱陶しいから。


「ガイア氏達も何かゲームを嗜みに?」
「いや、一応それ以外の目的がメインだ」
「はい!」「私達はアーリマンの人の情報を得るために来たんです!」
「……アーリマンですか……」
「カゲヌイさん」「知ってるんですか?」
「軽く。非常に厄介な連中だと聞き及んでいます」


 あの化物然としたトゥルー忍者ですら「厄介」と認識している存在。それがアーリマン。


 確かに、カゲヌイの兄であるカゲロウの敗因を作ったのはアーリマンの伝統工芸品だ。
 生物的性能差と言うより、生物的相性の意味合いでの「厄介」も兼ねているのだろう。


「そんな連中に会って、どうするおつもりで?」
「勝負をするんです!」「そして勝ちます!」
「……正気ですか?」
「いや、勝負つってもそんな物騒な話じゃないぞ?」


 ガイアはカゲヌイに軽く経緯を説明する。


「ほうほう、なるほど。ゲームで勝負と」
「まぁ、どんなゲームになるかはわかんねぇけど……」
「そう言う事なら、私も微力ながら協力しませうか?」
「「本当ですか!?」」
「つぅかお前はいい加減に分身を消せ」


 やかましい。


「何を隠そうこのカゲヌイ、古今東西あらゆるジャンルのゲームを中々に食い噛じっています。かなり広くそこそこ深く、と言う感じです。今までの人生の3割をゲームに捧げたと言っても過言ではない」
「……あんた、由緒正しい忍者なんだよな?」
「忍者だって遊びたいのです。ぶっちゃけ、あたら若きビードロの少女時代を鍛練のみに費やすなど冗談ではございません。セーラー服を脱がせないで、と言う奴です」
「あんたどう見ても俺と同い歳かちょっと下だろ」


 セーラー服の少女時代はとうに終わってるはずだ。


「ガイア氏、女子おなごの歳を詮索してはいけません。地獄の底で磨り潰されて堆肥に混ぜ込まれてしまいますよ」
「そこまでか……」
「これでも温情判決です。で、どうします? どんな形であれゲームでの対決なら私が傍に居て損はしないはずです。助太刀しましょうか?」
「ゲームが得意でトートー忍者のカゲヌイさんが味方してくれるのは心強いです!」
「トゥルー忍者な……つぅか、ヤケに親切だな」
「ちょいちょいお宅のオフィスにお邪魔して茶や菓子をいただいてますからね。これくらいのお返しは致します。真の忍者なので」


 カゲロウのおかげで、トゥルー忍者の強さは嫌と言う程に知っている。
 物騒な勝負じゃないにしても、その存在が味方陣営にいると言うのはどこか頼もしいものだ。


「して、あと11秒程でお話に聞いた18時22分ですが」
「お、本当だ。……つぅか、よく時計も何も見ずにそこまで正確に……」
「真の忍者なので。流石に0コンマ以下は集中しないと測りかねますが」


 ああ、お前らはそうだよな。と最早ガイアはツッコミを放棄。
 トゥルー忍者のスペックに関しては口を出すだけ野暮だ。


「時間帯の指定があると言う事は、テレサ氏に情報をもたらす存在は可動物、生物である可能性が非常に高いでしょう」
「ああ、そんでゲーセンに出入りする生物は人以外は考えにくい」


 つまり、18時22分に来店する客が、テレサにアーリマンの情報をくれる。
 そう考えるのが妥当だ。


 と言う訳で、ガイア達は視線を出入り口の方へと向けた。


「って……」


 ガイア達が見守る中、店内に入ってきたのは小学校高学年から中学生くらいの年代の少年。
 フードを深く被っているが、緑色の毛先が若干覗いている。肌の色は茶褐色。


「ん? 何この熱烈な視線?」


 そして、ガイア達と少年の視線が交差する。
 少年の瞳は、サファイアを思わせる深い蒼色。


 緑髪、褐色肌、碧眼。
 グラやドゥモから聞いていたアーリマンの特徴全ビンゴ。


「テレサ氏、ガイア氏。どう考えてもアレだと思います」
「ああ、あいつだな……」


 これ以上に無い程にアーリマン関係者だ。間違いない。
 あの少年が、テレサの望む情報を持っている。つまり、シラユキを唆したアーリマンの所在を知っている。


「そこのアーリマンのあなた!」


 そして早速、テレサがアーリマン少年の方へと駆け出して行った。


「へぇ、人間なのにアーリマンの事を知ってるんだ、珍しー…………って、人間? だよね……?」
「はい! と言う訳であなたに聞きたい事があります! えーと…」
「ああ、僕はアンラ。アンラ・マンユ。よくわかんないけどよろしく」
「はい! 私はテレサです、と言う訳でアンラさん! シラユキちゃんと言う人を知りませんか?」
「しらゆき?」


 誰それ、と声にせずとも語るアンラの表情。


「えぇとですね、銀色の髪が綺麗な女の子…みたいな男の子です!」
「あ、知ってるかもその人」
「本当ですか!?」
「うん、多分、僕がセールスしたお客さんだ」
「!」
「その人が、どうかしたの?」


 あっけらかんとした様子で、アンラが問いかける。


「……おいおい……」


 話を聞いていたガイアは唖然。


 コックリさん、まさかの大サービスだった様だ。
 現れたのは、シラユキを唆したアーリマン、ご本人。
 テレサの探し求めていた人物。


 あれが、おそらくはアーリマン・アヴェスターズのボス。
 ガイアの想像よりも見た目が幼過ぎるが、アーリマンは精霊と同様に人智を越えた高次元の生命体。
 精霊にはテレサ並に幼い見てくれでも数万年も生きている奴がいる。つまり、外見年齢は全く宛にならない。


「……アンラさん」
「ん?」


 テレサは真っ直ぐにアンラを指差し、


「私と勝負してくりゃしッ!」




「………………」
「……テレサ氏、激しめに噛みましたね」


 大事な所は外してくる。それもテレサくおりてぃである。












「と言う訳です!」
「ふーん。それで僕と勝負をねぇ」


 ゲーセン向かいの駄菓子屋前に設置されたベンチ。
 テレサはアンラと並んで座り、美味まーさん棒を片手に事の経緯を語って聞かせていた。


「僕が負けたら、反省文を作成、組織活動のマイルド化、か……」


 明太子味のまーさん棒をサクッと噛じり、アンラは少し考える。


「うん。別に良いよ」
「……大分軽く受けるな……」


 コックリさんの話から、受ける事は知っていたが……ここまで軽いとは。


「ガイア、だっけ? そりゃあ受けるよ。面白そうだし、負ける気しないもん」


 実に子供らしい笑顔で言うアンラ。
 そこには絶対の自信がある。


「億が1に負けたとしても、反省文なんてシェリーのおかげで書き慣れてるし、活動内容をちょっと制約されたって、もっと面白そうな活動を追求するだけさ」
「でも、悪意を世界に広げるってのは、アーリマンって種族の最大の目的なんじゃないのか……?」
「人間の生物としての最大の目的は、子孫を残す事だよね?」


 唐突な、アンラの質問。


「人間の中には『子孫を作るため』の生殖活動セックスの快楽に酔い、それを『娯楽のひとつ』として愛好する個体がいるよね。僕が『悪意の育成』に興じるのはその感覚に近い」
「ガイアさん、せっくすとは……」
「テレサ、ひとまず黙ってろ」
「何が言いたいかと言うとね。『悪意の育成』はアーリマンと言う種族全体に取っては『最大の目標を果たすために必要な手段』だけど、僕個人に取っては所詮『娯楽のひとつ』でしかないのさ。そして、この世には楽しい事はごまんとある。このお菓子みたいな美味しいモノを追求したり、世界中のゲームセンターで遊び尽くしたり」


 アンラが悪を助長するのは、刺激を求めての事。刺激を得るにはそれが効率的だと遺伝子レベルで知っているから、そうしているだけ。
 別にそれを封じられたなら、代替行為を模索すれば良い。それだけの話。
 1番効率的行為を封じられたのなら、2番目に効率的行為を探し、実行する。


「だから、『悪意の育成』……たったひとつの娯楽に必死に拘泥する必要性は、余り感じ無いね。代えはいくらでも利く」


 例え負けても、失うモノはアンラに取っては微々たるモノ。
 この世界に数多とある娯楽のひとつを封じられるに過ぎない。
 そんなモノ、補填する事がそう難しいとも思えない。
 だったら、それを対価に目の前の面白そうな勝負に乗るのも一興、と言う事だ。


「まぁ、ぶっちゃけ今の活動内容でも暇してるからねー。いっそ、抜本的な活動内容の改革も良いかもな、とか前々から思ってたりもするんだよね。もしも仮に負けたら、その辺を本腰入れて検討すれば良いだけさ」


 悪とは自由。自由とは、己のルールのみに従って生きる事。
 タルウィタートはそう言っていた。


 ガイアがアンラの言動から受ける印象は、まさしく自由・勝手気まま。
 自分が面白そうだと思った事のためなら、一族の目的すら簡単に差し出してしまう。


 楽しさや面白さ、娯楽の追求。そのためなら多少の犠牲は厭わない。
 きっとそれが、アンラの掲げるルールのひとつなのだろう。


「じゃあ、勝負を受けてくれる事に関して、全く問題は無いんですね」
「いや、少しだけ条件がある」
「条件?」
「勝負の内容・日時・場所は僕の都合に合わせてもらうよ。そして、そっちも相応のモノを賭けてもらう。受ける必要の無い勝負を受けてやる上での当然の優位性ハンディ、そして勝負を盛り上げるための措置だ」
「むむ……わかりました。ちなみに、私は何を賭ければ?」
「そうだねぇ。妥当な線としては、君の経営してるって言う組織、その活動内容のワイルド化、とかかな」
「わ、わいるど?」
「つまり、(笑)なんて付かない……笑えない方の悪の組織になってもらう」
「元々(笑)なんて付いてませんよ!?」
「え、話を聞いた限りじゃ……」
「絶対に付きません!」


 いや、付くから。とガイアは思う。


「では、1回整理しましょう」


 何故かここで、きなこ棒を大人買いして味わっていたカゲヌイが仕切り始めた。


「勝負の内容などは全てアンラ氏が決定。テレサ氏が勝利した場合、アンラ氏はシラユキ氏とやら宛に謝罪の意を示す反省文を作成、更にアーリマン・アヴェスターズなる組織を『悪の組織』から『悪の組織(笑)』として運営する」
「うん。そういう事だね」
「アンラ氏が勝利した場合、テレサ氏は魔地悪威絶商会を『悪の組織(笑)』から『悪の組織』として運営する」
「ああ、そうなるな」
「ちょっと待ってくださいよカゲヌイさん&ガイアさん! 元々『悪の組織』ですってば!」
「そう思ってるのは君だけなんじゃないかな?」


 話に聞いただけのアンラによる的確な指摘。
 つまり、魔地悪威絶商会は誰が聞いてもそう思う、悪の組織(笑)の中の悪の組織(笑)と言う事だ。


「うぅ……全然納得が行きません……!」
「じゃあ、勝負は無し?」
「い、いえ……やりますけど……」
「じゃあ、勝負の内容は後日ねー」


 こうして、テレサとアンラの対決が決定した。





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