悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R21,お狐Q&A(コックリさん)
「お」
ガイアがいつも通り期待せずにメールチェックをしていた時の事。
新着ボックスに「依頼の相談」と言う件名のメールが届いていた。
差出人の名前は『ヨーコ』。
メールの内容によると、女子高生。
「良かったなテレサ。学割の効果が早速出たぞ」
「え、学生さんからの依頼ですか?」
「おう、女子高生だ」
「セーラー服が機関銃ですね!」
「セーラー服と、な」
あとそれは一般的な女子高生を表す言葉では無い。
「で、ガイアさん、その人は一体どんなお悩みを!?」
「えーとな……」
メールに書かれてるざっくりとした内容説明によると……
「……コックリさん……?」
「どうも、今回は相談を受けていただけると言う事で……ありがとうございます」
魔地悪威絶オフィス。
ソファーに座り、ペコリと頭を下げる今回の依頼人、ヨーコ。
ブラウスタイプの制服を着用した少女。髪色は薄い茶褐色だが、毛先がやや白く染まっている。狐っぽい色合いだ。
そして頭頂部でピコピコ揺れるお耳はイヌ科のそれ。枕にしたら良い夢見れそうなもふりとした尻尾も生えている。
どこからどう見ても、狐系の獣人族だ。
「セーラー服でも機関銃でも無いッ……!?」
「驚く所はそこか?」
ガイア的には獣人族と言う所の方が意外だ。
獣人族は基本的に人里離れた大自然の中で生きる少数民族。
その獣人族の少女が実にまともそうな雰囲気の女子高生やってると言うのはかなり珍しいケースだろう。
「ヨーコ、アシリアと同じ獣人?」
「うん。そうだよ」
隣りに座ったアシリアの問いかけに対し、ヨーコは柔らかく微笑みながら回答。
「ヨーコも里のぐろーばる化のために来た?」
「里? ……あー。ううん。私は生まれも育ちもこの王都だよ」
どうやら、アシリア達の里よりも以前に、里の外へ若者を送り出す活動を行っていた獣人の集落があったらしい。
ヨーコはその子供世代と言う事だ。
「じゃあ、ヨーコはアシリアの先輩!」
「うーん……そうなるのかな? よろしくね」
ネコ科とイヌ科の獣人少女達が熱いシェイクハンド。
微笑ましい光景だ。
「え、えぇと……お茶です、ごめんなさ…じゃなくて、ごゆっくり」
コウメがヨーコの前に湯呑を置いた所で、ガイアは本題に入る事にする。
「で、ヨーコさんだっけ。あのメールのコックリさんがどうのって……」
「あ、はい。実は、私の通っている高校では今、コックリさんがプチブームでして」
「コックリさんってアレですよね、10円と油揚げをあげたらどんな質問にも答えてくれるヤッホイ知恵袋的な狐さん」
そんなホンワカした雰囲気のモンじゃなかったはずだが……まぁ、テレサの知識なんて毎度そんなモンだ。
「コックリさんってのは……確か、降霊術紛いな事をして、狐の神様だか妖怪だかに色々占ってもらうモンだろ?」
「はい、大体ざっくりそんな感じです」
鳥居と五十音、それからYES・NOの選択肢を書き記した魔法陣を用意し、そこに設置した10円玉を媒介に『狐的な何か』を召喚する。
コックリさんが憑依した10円玉は術者の質問に対し、文字をなぞって回答してくれる訳だ。
それがコックリさんと言う儀式。
まぁ、精霊の力を借りる降霊術式魔法の1種…の真似事だ。
素人が遊び感覚で精霊やその類を呼び出せる訳が無い。
基本的に成功しない、仮に成功しても大したモンは呼び出せず、目に見える様な恩恵は受けられないはずだ。
「先日、私も友達に勧められてやってみたんです。そしたら、ちょっとエラい事になりまして……何か私、そういう素質があったみたいなんですよね」
「ヨーコさん、見た目完全に狐さんですもんね」
「そこは関係ねぇだろ……多分」
ガイアも一瞬テレサと同じ事を考えてしまったので、強くは否定できない。
「普段、皆がやる分には10円玉が死にかけのカナブンみたいにモゾモゾ動く程度なんですが……私の場合、がっつり狐っぽい何かを召喚してしまったんです」
「そらまたエラい事になったなおい」
「しかもそのコックリさん……どれだけ頼んでも帰ってくれないんです! すっごいしつこいんです! ずっと教室の隅っこに居るんです! 私だけじゃなくてクラスの皆も全く授業に集中できない日々が続いてて……!」
「迷惑な狐さんですね……」
「で、今回の依頼ってのは、その厄介なコックリさんをどうにかして欲しい、と」
「はい。陰陽師とかエクソシストとかを頼ろうとも思ったんですが……私が呼び出した手前、乱暴な手段で追い出すのは可哀想で……できれば、穏便に済ませたいんです」
それで、魔法が使える便利屋と言う触れ込みのテレサ達に相談に来た、と。
「コックリさんが帰りたがらない理由ははっきりしてるのか?」
「もっと質問攻めにされたい……とかで」
構ってちゃんかよ面倒くせぇ、とガイアは溜息。
「とりあえず、直接会って交渉するしか無いか」
「って事は、高校に行くんですね!?」
「そうなるけど、何でそんな嬉しそうなんだ……って、あぁ。お前、普通の学校って行った事ないんだっけ」
「はい!」
テレサは義務教育課程を城内の個人教室で修め、高校へは進学していない。
つまり、学校とは無縁の人生を歩んで来た訳だ。
「さぁ! はりきって行きましょう! 異能とファンタジーとラブコメの坩堝! 高等学校!」
「お前は教育機関をなんだと思ってんだ」
サブカルチャーを信じ過ぎである。
夜。ヨーコに案内してもらい、ガイア達はヨーコの通う高校へとやって来た。
完全な部外者だが、チャールズに手を回してもらい、入校許可申請は済んでいる。
「話には聞いてましたが……よ、夜の学校ってかなり不気味ですね……」
完全に怯え切ったテレサは、ガイアのシャツの端を摘んでプルプル震えながら移動。
……昼間のはしゃぎ様は何だったのか。
まぁ、確かにガイアも夜の学校は不気味だと思う。
暗闇に閉ざされ、先の見えない廊下。全貌が掴めそうで掴めない、何かが潜んでいそうな教室。
木材が軋む音。中庭の方から薄ら聞こえてくる鈴虫の声や枝葉の擦れる音。時折聞こえる呻き声。自分達の足音の反響音。
今までに2度、自分自身が霊体(生)と化してる上に亡霊の知り合いまで居るガイアだが……流石にこれはちょっと不安になる。
何と言うか、本能的な恐怖を煽られている感覚だ。
今、不意に「わっ!」とかやられたら、驚きの余り反射的に相手を殴り殺してしまうかも知れない。
「つぅか、そっちは割と平気そうだな」
ガイアと並んで歩くコウメ・アシリア・ヨーコの3人は割と平常通りだ。
コウメに至っては普段より元気そうに見える。
「……私、こういう雰囲気、好きなので……テンション上がっててごめんなさい。ウザいですよねごめんなさい。でも好きなんです」
うふふ、とコウメが静かに笑う。
「ホラーとか平気な感じなので」
ヨーコはにっこりと、爽やかかつ柔らかスマイル。
「動揺を見せたら殺られる」
アシリアに関しては、ホラー的なモノを恐れ過ぎて、覚悟の境地に達しているだけの様だ。
「あ、ここです。私の教室」
表札に刻まれた文字は『1-B』。
ここに、例のコックリさんが居る。
夜の学校なんて余り楽しい所でも無いし、さっさと片付けよう。
そう意を決し、ガイアは教室の扉を開ける。
「む? この時間に警備員以外が来るとは珍しいコン」
「おぉう? ワシらを呼んだ小娘じゃないかだワン」
「こんな時間に童が出歩いてるのは関心しないポン」
「………………」
何か、ガイアが想像してたコックリさんとは大分違うコックリさんがそこに居た。
確かに、狐だ。中々デカい。山吹色に薄く光る毛皮に包まれたその巨躯は、成獣の熊にも匹敵する。その背後では9本の太い尻尾が揺らめいていた。
ここまでは俗に言う「九尾の狐」だ。
ただ……狐の頭の右側には犬、左側には狸の頭がくっついている。
そして狐も犬も狸もゆるキャラっぽくてちょっと可愛い面構えなのが逆に気味が悪い。
「……確かに『狐狗狸』とは言うけどよ……」
こんな気味の悪い巨獣が教室内に居ては、確かに気になって授業に身が入らないのも無理は無い。
「が、ガイアさん……私の思ってた狐さんと微妙に違います……!」
「俺が思ってた狐さんとはかなり違ぇ」
「強そう」
「き、気色悪…あ、私にそんなこと言う権利無いですよね、ごめんなさい」
「で、何だ貴様らは。ワシらに何か用か? だコン」
「きっとワシらに聞きたい事があるに違いないワン」
「マジで? テンション上がるポン」
「いや、質問っつぅか……帰ってくれないかなーと言う交渉に来t」
「断固拒否だコン」
「嫌だワン」
「ポンポコポン」
狐頭のクイ気味な拒否の言葉。犬頭も同意見、そして狸頭は最早拒絶の気持ちを言葉にする気すら無いらしい。
「何でそんなに帰るのが嫌なんですか?」
「ワシらは知識をひけらかしにここに来たコン。知恵者であると言う優越感に浸りたいコン」
「だのにその小娘始め、どいつもこいつもチョロい質問しかしないワン」
「つまらんばーよ、だポン」
うわっ、本格的に面倒くせぇ奴だ、とガイアは顔をしかめる。
「ワシらに帰って欲しければ……そうだな、ワシらが満足するまで問答を続けるか……」
「ワシらに勝ってみろだワン」
「だあるポン」
「勝つ……何か、勝負するの?」
アシリアの質問に、3つの頭が同時に頷いた。
「知恵比べの様なモノだコン。もし貴様らがワシらに回答できない問いかけをできたら、ワシらの負け。大人しく帰るコン」
「だが、ワシらが答えれた場合、ワシらは貴様らを全力でバカにするワン。そして絶対に帰らないワン」
「まぁ、そーゆー事だポン」
「質問ってのは、どんなモンでも良いのか?」
「基本何でもありで構わんコン。バーリトゥードだコン」
「ワシらの『神通力』はあらゆる事象を知識として集約する事ができるワン。聞かれた質問の答えをその場で知り、答える事ができるワン。ワシらは全能では無いけど擬似的な全知、軽くチートなのだワン」
「うんうん。その通りだポン」
「ただし、ワシらは道徳を重んじるコン」
「プライバシーを侵害する様な問いかけは一切受け付けないワン」
「それと……あー…………ポン!」
「あっ、あと『確定していない未来の事象』への質問も受け付けないコン。未来は無限大だコン。可能性に限りが無く、まさしく答えが切れないのだコン」
「わかったかワン?」
「え、えぇと……ぽ、ポン!」
「………………」
非常にどうでも良い事だが、何か狸からテレサに近い鈍臭さを感じる。
と、まぁ、その辺は置いといて……
「うーん……これは難しくないですか?」
ヨーコの言う通り、今さっきの犬頭の発言からすると……
神通力…魔法みたいな便利能力で、このコックリさんはどんな質問の答えも「質問されてから知る」事ができる。
つまり、こいつらが答えられない質問なんてこの世に……
「……待てよ……なぁ、不確定な未来の事は受け付けないっつったよな?」
「そうだコン」
「例えば、『俺が将来どうなるか?』って質問はNGって事だよな」
「その通りだコン。貴様がどうなるか、現時点では可能性が多過ぎるコン。数字にするのも馬鹿らしい数だコン。それを全てを回答するなど冗談では無いコン」
「じゃあ、『俺が教師になるにはどうすれば良い?』とか、『未来』じゃなくて『手段』を問う質問はどうだ?」
「ふむ、それならまぁ良いワン。ただし、それも1日1日のスケジュールを指定するのは膨大な手間、大まかな方針の回答に終始させてもらうワン」
「ポン」
そうか。それが良いなら、勝目がある。
「テレサ。お前の出番だ」
「ほぇ? いや、でもガイアさん。私、そんなに博識じゃ……」
察しの悪い奴だ。
と言う訳で、ガイアが代わりに質問する。
ぞんざいにテレサを指差し、
「なぁコックリさん。このチンチクリンが『ダークヒーロー』になるには、どうすれば良い?」
「チンチクリンて! あ、でもそれは確かに聞いてみたいです!」
「ふん! 容易い質問だコン!」
「どんな質問もワシらの前には愚問ワン! 神通力発動! 『絶対全知』!」
「POOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
ぎゃんっ! と言う鋭い音を発し、3匹の瞳が輝き出した。
6つの瞳がテレサをじっと捉え、そして、
「見えて来たコン!」
「ふふふ、チョロいワン!」
「その極小娘が将来ダークヒーローになるためには……ぐぴぇ」
ぽんっ、と言う軽快な破裂音。
コックリさんの中で、何かが弾けた。
「こぉぉぉぉぉおおん!? ぐぁっ、ば、バァカなぁッ!?」
「み、見えないワン!? 何も見えないワン!? どれだけ必死になって覗き込んでも見えないワァァァン!?」
「まるで地球から冥王星で暮らす1匹のミジンコを観測する様な……そんな途方も無い話だポン!」
「ひどくないですか!? えっ、本気!? 偽り無い本気の言葉ですかそれ!?」
「マジだコン! 証拠に見ろぉぉぉおおぉぉ! ワシらの全身がギチギチと音を立てて歪んでいるコン! ぐぅあぁぁぁぁあぁ!?」
「これは神通力の反動ッ……! 身の程を越えた知恵に触れようとした愚者への神罰ワン!」
「こうなったら最後だポォン! ワシらは狂い、悶えるしかないポン……激痛でなぁ!」
どったんばったん、とコックリさんが阿鼻叫喚しながら教室内を転げ回る。
椅子や机が宙を舞う。
「ぶるぁぁああぁぁあッ! あひぃ、あひぃぃぃぃっ!?」
「た、助けてくれワン!」
「あがいっ!? あががががががぽぉぉぉぉぉぉぉぉんッ!? あっ」
「お、おい大丈夫か!? これどうすりゃ良いんだ!?」
「し、質問を撤回してくれコン!」
「神通力は目的を果たすまで効力が持続するワン! 質問を取り下げ、答えを求める必要がなくなれば反動も止まるワン! 頼む! 助けてくれワン!」
「……………………」
「わ、わかった! 質問を取り下げる!」
狸が白目剥いて何も言わなくなっている。完全に危篤状態だ。
ガイアは慌てて質問を撤回する。
瞬間、コックリさんの全身を襲っていた謎の圧力が消える。
「ふ、ふひぃ……た、助かったコン……」
「うぅ……『じんつーりき』と言うのを以てしても、私がダークヒーローになれる可能性は見えなかったって事ですか……?」
「まぁ、しょげるなよ」
わかり切ってた事じゃないか。
「この勝負……ワシらの完全敗北だコン……」
「約束通り、大人しく帰るワン」
「……………………」
「何はともあれ、一件落着……だよな?」
ヨーコの要望である「穏便な解決」となったかは微妙だが……ヨーコも「一件落着ですね」って感じでスマイリーだし、OKだろう。
狸の意識が未だに戻らないのは心配だが、無事依頼達成である。
「にしても……このワシらを負かすとは……貴様ら、中々見所があるコン」
「そうだ、巷で流行りと言うアレをやるワン」
「……………………」
「あれとは?」
「友達の証に、この『メダル』を……」
「怒られそうだからやめろ!」
「何故だコン。このメダルと『特殊な時計』があれば、いつでもワシらを呼び出せるコン」
「便利だワン」
「……………………」
「あ! これあれですね! 今流行りの妖怪ウォッ…」
「コラ!」
「……………………」
……って言うか、本当に狸は大丈夫なのか、これ。
ガイアがいつも通り期待せずにメールチェックをしていた時の事。
新着ボックスに「依頼の相談」と言う件名のメールが届いていた。
差出人の名前は『ヨーコ』。
メールの内容によると、女子高生。
「良かったなテレサ。学割の効果が早速出たぞ」
「え、学生さんからの依頼ですか?」
「おう、女子高生だ」
「セーラー服が機関銃ですね!」
「セーラー服と、な」
あとそれは一般的な女子高生を表す言葉では無い。
「で、ガイアさん、その人は一体どんなお悩みを!?」
「えーとな……」
メールに書かれてるざっくりとした内容説明によると……
「……コックリさん……?」
「どうも、今回は相談を受けていただけると言う事で……ありがとうございます」
魔地悪威絶オフィス。
ソファーに座り、ペコリと頭を下げる今回の依頼人、ヨーコ。
ブラウスタイプの制服を着用した少女。髪色は薄い茶褐色だが、毛先がやや白く染まっている。狐っぽい色合いだ。
そして頭頂部でピコピコ揺れるお耳はイヌ科のそれ。枕にしたら良い夢見れそうなもふりとした尻尾も生えている。
どこからどう見ても、狐系の獣人族だ。
「セーラー服でも機関銃でも無いッ……!?」
「驚く所はそこか?」
ガイア的には獣人族と言う所の方が意外だ。
獣人族は基本的に人里離れた大自然の中で生きる少数民族。
その獣人族の少女が実にまともそうな雰囲気の女子高生やってると言うのはかなり珍しいケースだろう。
「ヨーコ、アシリアと同じ獣人?」
「うん。そうだよ」
隣りに座ったアシリアの問いかけに対し、ヨーコは柔らかく微笑みながら回答。
「ヨーコも里のぐろーばる化のために来た?」
「里? ……あー。ううん。私は生まれも育ちもこの王都だよ」
どうやら、アシリア達の里よりも以前に、里の外へ若者を送り出す活動を行っていた獣人の集落があったらしい。
ヨーコはその子供世代と言う事だ。
「じゃあ、ヨーコはアシリアの先輩!」
「うーん……そうなるのかな? よろしくね」
ネコ科とイヌ科の獣人少女達が熱いシェイクハンド。
微笑ましい光景だ。
「え、えぇと……お茶です、ごめんなさ…じゃなくて、ごゆっくり」
コウメがヨーコの前に湯呑を置いた所で、ガイアは本題に入る事にする。
「で、ヨーコさんだっけ。あのメールのコックリさんがどうのって……」
「あ、はい。実は、私の通っている高校では今、コックリさんがプチブームでして」
「コックリさんってアレですよね、10円と油揚げをあげたらどんな質問にも答えてくれるヤッホイ知恵袋的な狐さん」
そんなホンワカした雰囲気のモンじゃなかったはずだが……まぁ、テレサの知識なんて毎度そんなモンだ。
「コックリさんってのは……確か、降霊術紛いな事をして、狐の神様だか妖怪だかに色々占ってもらうモンだろ?」
「はい、大体ざっくりそんな感じです」
鳥居と五十音、それからYES・NOの選択肢を書き記した魔法陣を用意し、そこに設置した10円玉を媒介に『狐的な何か』を召喚する。
コックリさんが憑依した10円玉は術者の質問に対し、文字をなぞって回答してくれる訳だ。
それがコックリさんと言う儀式。
まぁ、精霊の力を借りる降霊術式魔法の1種…の真似事だ。
素人が遊び感覚で精霊やその類を呼び出せる訳が無い。
基本的に成功しない、仮に成功しても大したモンは呼び出せず、目に見える様な恩恵は受けられないはずだ。
「先日、私も友達に勧められてやってみたんです。そしたら、ちょっとエラい事になりまして……何か私、そういう素質があったみたいなんですよね」
「ヨーコさん、見た目完全に狐さんですもんね」
「そこは関係ねぇだろ……多分」
ガイアも一瞬テレサと同じ事を考えてしまったので、強くは否定できない。
「普段、皆がやる分には10円玉が死にかけのカナブンみたいにモゾモゾ動く程度なんですが……私の場合、がっつり狐っぽい何かを召喚してしまったんです」
「そらまたエラい事になったなおい」
「しかもそのコックリさん……どれだけ頼んでも帰ってくれないんです! すっごいしつこいんです! ずっと教室の隅っこに居るんです! 私だけじゃなくてクラスの皆も全く授業に集中できない日々が続いてて……!」
「迷惑な狐さんですね……」
「で、今回の依頼ってのは、その厄介なコックリさんをどうにかして欲しい、と」
「はい。陰陽師とかエクソシストとかを頼ろうとも思ったんですが……私が呼び出した手前、乱暴な手段で追い出すのは可哀想で……できれば、穏便に済ませたいんです」
それで、魔法が使える便利屋と言う触れ込みのテレサ達に相談に来た、と。
「コックリさんが帰りたがらない理由ははっきりしてるのか?」
「もっと質問攻めにされたい……とかで」
構ってちゃんかよ面倒くせぇ、とガイアは溜息。
「とりあえず、直接会って交渉するしか無いか」
「って事は、高校に行くんですね!?」
「そうなるけど、何でそんな嬉しそうなんだ……って、あぁ。お前、普通の学校って行った事ないんだっけ」
「はい!」
テレサは義務教育課程を城内の個人教室で修め、高校へは進学していない。
つまり、学校とは無縁の人生を歩んで来た訳だ。
「さぁ! はりきって行きましょう! 異能とファンタジーとラブコメの坩堝! 高等学校!」
「お前は教育機関をなんだと思ってんだ」
サブカルチャーを信じ過ぎである。
夜。ヨーコに案内してもらい、ガイア達はヨーコの通う高校へとやって来た。
完全な部外者だが、チャールズに手を回してもらい、入校許可申請は済んでいる。
「話には聞いてましたが……よ、夜の学校ってかなり不気味ですね……」
完全に怯え切ったテレサは、ガイアのシャツの端を摘んでプルプル震えながら移動。
……昼間のはしゃぎ様は何だったのか。
まぁ、確かにガイアも夜の学校は不気味だと思う。
暗闇に閉ざされ、先の見えない廊下。全貌が掴めそうで掴めない、何かが潜んでいそうな教室。
木材が軋む音。中庭の方から薄ら聞こえてくる鈴虫の声や枝葉の擦れる音。時折聞こえる呻き声。自分達の足音の反響音。
今までに2度、自分自身が霊体(生)と化してる上に亡霊の知り合いまで居るガイアだが……流石にこれはちょっと不安になる。
何と言うか、本能的な恐怖を煽られている感覚だ。
今、不意に「わっ!」とかやられたら、驚きの余り反射的に相手を殴り殺してしまうかも知れない。
「つぅか、そっちは割と平気そうだな」
ガイアと並んで歩くコウメ・アシリア・ヨーコの3人は割と平常通りだ。
コウメに至っては普段より元気そうに見える。
「……私、こういう雰囲気、好きなので……テンション上がっててごめんなさい。ウザいですよねごめんなさい。でも好きなんです」
うふふ、とコウメが静かに笑う。
「ホラーとか平気な感じなので」
ヨーコはにっこりと、爽やかかつ柔らかスマイル。
「動揺を見せたら殺られる」
アシリアに関しては、ホラー的なモノを恐れ過ぎて、覚悟の境地に達しているだけの様だ。
「あ、ここです。私の教室」
表札に刻まれた文字は『1-B』。
ここに、例のコックリさんが居る。
夜の学校なんて余り楽しい所でも無いし、さっさと片付けよう。
そう意を決し、ガイアは教室の扉を開ける。
「む? この時間に警備員以外が来るとは珍しいコン」
「おぉう? ワシらを呼んだ小娘じゃないかだワン」
「こんな時間に童が出歩いてるのは関心しないポン」
「………………」
何か、ガイアが想像してたコックリさんとは大分違うコックリさんがそこに居た。
確かに、狐だ。中々デカい。山吹色に薄く光る毛皮に包まれたその巨躯は、成獣の熊にも匹敵する。その背後では9本の太い尻尾が揺らめいていた。
ここまでは俗に言う「九尾の狐」だ。
ただ……狐の頭の右側には犬、左側には狸の頭がくっついている。
そして狐も犬も狸もゆるキャラっぽくてちょっと可愛い面構えなのが逆に気味が悪い。
「……確かに『狐狗狸』とは言うけどよ……」
こんな気味の悪い巨獣が教室内に居ては、確かに気になって授業に身が入らないのも無理は無い。
「が、ガイアさん……私の思ってた狐さんと微妙に違います……!」
「俺が思ってた狐さんとはかなり違ぇ」
「強そう」
「き、気色悪…あ、私にそんなこと言う権利無いですよね、ごめんなさい」
「で、何だ貴様らは。ワシらに何か用か? だコン」
「きっとワシらに聞きたい事があるに違いないワン」
「マジで? テンション上がるポン」
「いや、質問っつぅか……帰ってくれないかなーと言う交渉に来t」
「断固拒否だコン」
「嫌だワン」
「ポンポコポン」
狐頭のクイ気味な拒否の言葉。犬頭も同意見、そして狸頭は最早拒絶の気持ちを言葉にする気すら無いらしい。
「何でそんなに帰るのが嫌なんですか?」
「ワシらは知識をひけらかしにここに来たコン。知恵者であると言う優越感に浸りたいコン」
「だのにその小娘始め、どいつもこいつもチョロい質問しかしないワン」
「つまらんばーよ、だポン」
うわっ、本格的に面倒くせぇ奴だ、とガイアは顔をしかめる。
「ワシらに帰って欲しければ……そうだな、ワシらが満足するまで問答を続けるか……」
「ワシらに勝ってみろだワン」
「だあるポン」
「勝つ……何か、勝負するの?」
アシリアの質問に、3つの頭が同時に頷いた。
「知恵比べの様なモノだコン。もし貴様らがワシらに回答できない問いかけをできたら、ワシらの負け。大人しく帰るコン」
「だが、ワシらが答えれた場合、ワシらは貴様らを全力でバカにするワン。そして絶対に帰らないワン」
「まぁ、そーゆー事だポン」
「質問ってのは、どんなモンでも良いのか?」
「基本何でもありで構わんコン。バーリトゥードだコン」
「ワシらの『神通力』はあらゆる事象を知識として集約する事ができるワン。聞かれた質問の答えをその場で知り、答える事ができるワン。ワシらは全能では無いけど擬似的な全知、軽くチートなのだワン」
「うんうん。その通りだポン」
「ただし、ワシらは道徳を重んじるコン」
「プライバシーを侵害する様な問いかけは一切受け付けないワン」
「それと……あー…………ポン!」
「あっ、あと『確定していない未来の事象』への質問も受け付けないコン。未来は無限大だコン。可能性に限りが無く、まさしく答えが切れないのだコン」
「わかったかワン?」
「え、えぇと……ぽ、ポン!」
「………………」
非常にどうでも良い事だが、何か狸からテレサに近い鈍臭さを感じる。
と、まぁ、その辺は置いといて……
「うーん……これは難しくないですか?」
ヨーコの言う通り、今さっきの犬頭の発言からすると……
神通力…魔法みたいな便利能力で、このコックリさんはどんな質問の答えも「質問されてから知る」事ができる。
つまり、こいつらが答えられない質問なんてこの世に……
「……待てよ……なぁ、不確定な未来の事は受け付けないっつったよな?」
「そうだコン」
「例えば、『俺が将来どうなるか?』って質問はNGって事だよな」
「その通りだコン。貴様がどうなるか、現時点では可能性が多過ぎるコン。数字にするのも馬鹿らしい数だコン。それを全てを回答するなど冗談では無いコン」
「じゃあ、『俺が教師になるにはどうすれば良い?』とか、『未来』じゃなくて『手段』を問う質問はどうだ?」
「ふむ、それならまぁ良いワン。ただし、それも1日1日のスケジュールを指定するのは膨大な手間、大まかな方針の回答に終始させてもらうワン」
「ポン」
そうか。それが良いなら、勝目がある。
「テレサ。お前の出番だ」
「ほぇ? いや、でもガイアさん。私、そんなに博識じゃ……」
察しの悪い奴だ。
と言う訳で、ガイアが代わりに質問する。
ぞんざいにテレサを指差し、
「なぁコックリさん。このチンチクリンが『ダークヒーロー』になるには、どうすれば良い?」
「チンチクリンて! あ、でもそれは確かに聞いてみたいです!」
「ふん! 容易い質問だコン!」
「どんな質問もワシらの前には愚問ワン! 神通力発動! 『絶対全知』!」
「POOOOOOOOOOOOOOOOOOON!」
ぎゃんっ! と言う鋭い音を発し、3匹の瞳が輝き出した。
6つの瞳がテレサをじっと捉え、そして、
「見えて来たコン!」
「ふふふ、チョロいワン!」
「その極小娘が将来ダークヒーローになるためには……ぐぴぇ」
ぽんっ、と言う軽快な破裂音。
コックリさんの中で、何かが弾けた。
「こぉぉぉぉぉおおん!? ぐぁっ、ば、バァカなぁッ!?」
「み、見えないワン!? 何も見えないワン!? どれだけ必死になって覗き込んでも見えないワァァァン!?」
「まるで地球から冥王星で暮らす1匹のミジンコを観測する様な……そんな途方も無い話だポン!」
「ひどくないですか!? えっ、本気!? 偽り無い本気の言葉ですかそれ!?」
「マジだコン! 証拠に見ろぉぉぉおおぉぉ! ワシらの全身がギチギチと音を立てて歪んでいるコン! ぐぅあぁぁぁぁあぁ!?」
「これは神通力の反動ッ……! 身の程を越えた知恵に触れようとした愚者への神罰ワン!」
「こうなったら最後だポォン! ワシらは狂い、悶えるしかないポン……激痛でなぁ!」
どったんばったん、とコックリさんが阿鼻叫喚しながら教室内を転げ回る。
椅子や机が宙を舞う。
「ぶるぁぁああぁぁあッ! あひぃ、あひぃぃぃぃっ!?」
「た、助けてくれワン!」
「あがいっ!? あががががががぽぉぉぉぉぉぉぉぉんッ!? あっ」
「お、おい大丈夫か!? これどうすりゃ良いんだ!?」
「し、質問を撤回してくれコン!」
「神通力は目的を果たすまで効力が持続するワン! 質問を取り下げ、答えを求める必要がなくなれば反動も止まるワン! 頼む! 助けてくれワン!」
「……………………」
「わ、わかった! 質問を取り下げる!」
狸が白目剥いて何も言わなくなっている。完全に危篤状態だ。
ガイアは慌てて質問を撤回する。
瞬間、コックリさんの全身を襲っていた謎の圧力が消える。
「ふ、ふひぃ……た、助かったコン……」
「うぅ……『じんつーりき』と言うのを以てしても、私がダークヒーローになれる可能性は見えなかったって事ですか……?」
「まぁ、しょげるなよ」
わかり切ってた事じゃないか。
「この勝負……ワシらの完全敗北だコン……」
「約束通り、大人しく帰るワン」
「……………………」
「何はともあれ、一件落着……だよな?」
ヨーコの要望である「穏便な解決」となったかは微妙だが……ヨーコも「一件落着ですね」って感じでスマイリーだし、OKだろう。
狸の意識が未だに戻らないのは心配だが、無事依頼達成である。
「にしても……このワシらを負かすとは……貴様ら、中々見所があるコン」
「そうだ、巷で流行りと言うアレをやるワン」
「……………………」
「あれとは?」
「友達の証に、この『メダル』を……」
「怒られそうだからやめろ!」
「何故だコン。このメダルと『特殊な時計』があれば、いつでもワシらを呼び出せるコン」
「便利だワン」
「……………………」
「あ! これあれですね! 今流行りの妖怪ウォッ…」
「コラ!」
「……………………」
……って言うか、本当に狸は大丈夫なのか、これ。
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