悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
R19,体で学ぶ算数(ツッコミ不在)
「……で、では問題です……」
「うん」
いつも通りいつも通りないつも通りのオフィス。
『よいこのさんすう』と表紙に記された1冊を手に、コウメがアシリアに問いかける。
「リンゴが2つあります。そのリンゴを食べたい人は4人います。どうすれば良いですか?」
「戦う」
淀み無き瞳と声で、アシリアは堂々と回答した。
「あ、アシリアちゃん、そのですね……」
「甘いですよ、アシリア氏。その回答では40点です」
いつの間にかコウメの隣りに腰掛けていたくノ一、カゲヌイが不敵な薄ら笑いを浮かべる。
いや、0点だと思うのですが……とコウメは思うが、その性格上口にはできない。
「2つのリンゴを4人で食べるためには、リンゴを切り分ける必要があります。だとすれば、当然そのための刃物が用意されているはずです」
「わかった! まずはその刃物を確保して、戦う!」
「その通りです。まずは己の優位性を確保。ただ正面から戦うだけでは掴めぬ勝利もあるのです。備えよ常に」
「うん!」
「……あの……算数の問題なんですが……ごめんなさい」
2つのリンゴを4人で食べるために切り分ける必要がある、とわかっているのなら、切り分ければ良いだけの話だ。
この問題は、4人にリンゴが行き渡る様にするため、2つのリンゴをどう分けるか、と問うている。
2つのものを4つに分けるにはどうすれば良いか、2が4になるにはどんな掛け算が必要なのか、割り算を使って逆算する。
掛け算と割り算の考え方を組み合わせた小学校2・3年生程度の問題だ。
単純に人数を引き算しようなんて主旨の問題じゃない。
そもそも算数はそんな殺伐とした学問ではないはずなのだ。
「……まぁ、その……」
コウメは色々と思うが、やはりその性格上はっきりと口に出して突っ込む事ができない。
「あ、そうだ……アシリアちゃん、これならどうでしょう。テレサさん、ガイアさん、アシリアちゃん、私、この4人で2つのリンゴを食べるとしたら、どうします?」
「ガイアに切ってもらう! で、皆で分ける!」
「そうですね、じゃあ、どの様に切ってもらいますか?」
「うさぎ!」
惜しい。ちょっと回答のベクトルが違う。
「あ、アシリアちゃん……」
「ガイア、果物の切り方すごい! この前は梨をペンギンみたいに切ってくれた!」
ガイアは「俺は子供受けはあんま良くねぇーんだよなぁ」とか言いつつ、地味に子供が喜ぶツボを心得ている。
まぁとりあえず、そう言う事じゃないんですよ、とコウメは思う。
しかし、ガイアの果物処理技能の高さについて語るアシリアの楽しそうな笑顔に、水を差す様な真似などできるはずがない。
「今度、コウメの分も切ってもらう! 一緒に食べる!」
「あ、はい……気を遣わせてごめ…じゃなくて、ありがとうございます……」
もう良い、この問題はもう良いや。
と言う訳で、コウメはパラりとページをめくる。
「そうですね……三角形の面積を求める問題……これなら……」
一応、アシリアは基本的な足し引き割り掛けはできる。
シンプルな計算問題はケアレスミスさえなければ完璧と言える。
ただ、算数の問題は子供に馴染みやすくわかりやすい様にふんわりした文章問題が多い訳だ。
こういう文章問題だと、アシリアは獣人的独特な感性でベクトルが全く違う答えへ行き着いてしまう。
シンプルに面積だけを求めるこの問題なら、難なくクリアできるはず。
「アシリアちゃん……底辺が10センチ、高さが5センチの三角形の面積、わかりますか……?」
「てーへん……? たかさ……? 面積って、縦と横じゃないの?」
「それは四角形ですね……あ……もしかして三角形の面積の公式、知らないですか?」
「うん、聞いた事ない」
「ご、ごめんなさい、すぐに説明を……って、はへ?」
説明しようとしたコウメを、カゲヌイが静かに差し出した手が制止する。
「アシリア氏、わからないと言えば答えが与えられる……獣人であるあなたが、そんな温い環境に身を置いていて良いのですか?」
「でも、これは考えてもわからないよ?」
「そ、そうですよ、流石に公式を習わずにこの手の問題を解くのは無理があるかと……」
「コウメ氏、では、その公式を考えたのは何者ですか?」
「え、えーと……それは、数学者さん、ではないでしょうか……曖昧な答えでごめんなさい」
「謝る事はありません。その通りですから。算数は人の生み出したモノ。神が与えた英知では無いのです。算数、及び数学は、人間が『事象』を整理・分析・予測するために発展研究を進めた科学的学問でしかありません」
「は、はぁ……」
「つまり、人間的知性があれば、教えられずとも思いつけるモノと言う事です」
「カゲヌイの言ってる事、むずかしくてよくわかんない」
「や、やっぱり無茶ですよ……」
年端もいかない少女が、何のヒントも無しに底辺×高さ÷2に到れるとは思えない。
「ふむ、ではこうしましょう。試練を与え、それをクリアできたなら公式を教えてあげます」
「試練って……」
「さぁ、ではまず、イメージするのです」
「いめーじ?」
「そう、イメージするんです。あなたの前に立ちはだかる、三角形の姿を!」
ぶわっ、と言う謎の効果音と共に、オフィスの光景が一変。
桃色のモヤが渦巻く不思議空間へと変貌する。
「な、何かおかしな事に……!?」
「真の忍者ならば、『イメージ拉致』もできます」
「い、イメージ拉致とは……」
「『己のイメージ世界へ他人を引き込む』超能力の事です」
まぁぶっちゃけるとただの幻術です。とカゲヌイはさらっと自白。
「すごい」
アシリアはピンクのモヤをパタパタと手で掻き分けて遊び始めた。
「遊んでいる場合ではありませんよ、アシリア氏。これは算数の授業なのですから」
パチン、とカゲヌイが指を鳴らすと、ピンクのモヤが一変、不穏な雰囲気を感じさせる藍色へと変貌した。
そして、ズシン…! ズシン…! と何か巨大なモノが近づいて来るような音が不思議空間内に響く。
「うぼぉぉああぁぁああぁぁああぁぁぁああ……!」
コウメ達の前に姿を現したのは、マッスルな四肢を生やした三角錐の化物。
面の部分に張り付いた巨大な単眼は実に不気味で、大きく裂けた牙まみれの口からは絶えず粘着質な黄緑色の唾液が滴っていた。
輝く瞳をぎょろりと動かし、三角錐はアシリアを視界に捉える。
「ひっ……!? なんですかあのキモい化物……!? あ、キモい生き物代表の私よりはあっちの方がマシですよねごめんなさい……」
「あれは私が思い描いた三角形の化身、『門賀ササルちゃん』です。三次元化の都合上三角錐となっていますが」
「い、痛そうな名前ですね……」
「なお、名前の割りに角で刺すよりもその豪腕で獲物を握り潰す事を好みます。草食系ですが無駄に獰猛です」
「そ、その無駄に恐い設定のササルちゃんさんを呼んで、一体何を……?」
「ササルちゃんの脳には『三角形の面積を求めるための公式』が記された巻物が埋め込まれています」
「……へ……?」
「アシリア氏、これは私からの試練です。三角形の面積を求める公式を知りたくば、ササルちゃんの頭蓋を叩き割り、巻物を入手しなさい!」
「わかった! アシリアこういうの得意!」
「うぼぉぉ……割り算の領域にようやく足を踏み入れた程度の小童が、我が面積を求めようなど……身の程を知るがいいわ!」
ササルちゃんさん、喋るんだ。
と言うどうでもいい感想を抱きながら、コウメは最早呆然と立ち尽くす。
「コウメ! アシリア勉強頑張る! 見ててね!」
「あ、はい。が、頑張ってください……はい」
これ、私の知ってる勉強と違う。
三角錐を元気良く蹴り飛ばすアシリアを眺めながら、やはりコウメは心の中でつぶやく事しかできなかった。
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