悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R13,忍者の花嫁(強制)②

 魔地悪威絶商会、オフィス。


「お城でパーティ?」


 アシリアが復唱したのは、御伽噺でしか聞かない様なフレーズ。


「はい! チャールズ兄様の誕生記念パーティです!」


 今週末、第3王子チャールズの誕生日を記念するパーティが王城で開催されるらしい。
 そしてテレサは、


「ガイアさん達もどうでしょう!」
「いや、いいのかそれ」


 ガイアもアシリアもコウメも、チャールズと直接の面識は欠片も無いのである。
 同僚としてテレサに招いてもらえば参加する事自体は可能だろうが、面識の無い相手の誕生パーティに参加するってどうよ、とガイア的には思う。
 しかもただの誕生パーティじゃない。一国の王子の誕生パーティだ。


 それに、ガイア個人で言えば王城には会いたくない人物もいる。
 軽い気持ちで人の足をこそぎ落とそうとする第1王子とか。


「大丈夫です、チャールズ兄様からは呼んで良いと許可をもらっていますので!」
「懐が深いっつぅか……お前と言い、この国の王族の危機管理能力はどうなってんだ……」


 まぁガイア達は知る由も無い事なのだが……なんやかんやあってチャールズはシノを通じ、魔地悪威絶商会の状況について定期報告を受けている。アシリアやコウメの事もきっちり把握している。
 なのでチャールズからすれば魔地悪威絶商会の面々は全くの他人と言う訳でもない。
 故に「会社の人を呼びたい? うん、構わないよ」とテレサにあっさりOKを出してくれた訳だ。


「と言う訳でこれが招待状です!」


 テレサが取り出したのは、3通の封筒。
 見ただけでも上質なモノだとわかる紙が使用されており、封に使われているロウには王家の公式文書である事を証明する印が押されている。


「俺はパスだ」
「えっ……何でですか?」
「ガイア、パーティ嫌い?」
「いや、祝い事は嫌いじゃないんだけどな……ま、色々とあんだ」


 世間体を気にしてハメを外し過ぎない様にはするが、ガイアは祭りとか祝儀系のイベントは割と好きな部類だ。
 人の幸せを祝ってやる事は別に誰かの不利益になる訳でもないし、やぶさかではない。


 だが、ガイアとしてはやはり、あの第1王子様にはできればお会いしたくないのだ。
 姉の件があったし、もう気軽に脚部を狙われる事は無いだろうが……過去に自分の足をテケテケの如く狙ってきた人物と顔を合わせる事を、前向きに検討できる人物がいるだろうか。
 いないと思う。マジで。


「えー、行きましょうよー。美味しいモノとかいっぱいありますよ?」
「アシリア、お祭り好き。パーティ行きたい」
「いや、お前らだけで行けば良いじゃねぇか」
「またそんな事を言って! どう思いますかコウメさん!」
「ひぇ、あ、ば!?」


 何やら考え事をしていたらしい。
 急に話を振られ、滅茶苦茶に動揺している。


「……そういや、コウメ。お前何かこの前からその紙切れと睨めっこしてモノ考えしてるけど……何かあったのか?」
「い、いや、あ、あああ、の、その、ですね。ちょっとあの、色々とどうすればいいか判断に困る案件をかかえてしまっていてですね、その……ごめんなさい」


 コウメはその『案件』について、全く具体的な内容を口にしようとはしない。
 ガイアやテレサはおろか、最も親密なアシリアにすら一言も、だ。


 誰かに相談する事も憚られる悩み、と言う事なのか。
 男であるガイアや子供であるテレサやアシリアには相談できない、「大人の女の悩み」だったりするのかも知れない。


「まぁ、マジでどうにもならないと思ったら何でもいいから相談してくれ。対処できそうな事は対処する」
「そうですよコウメさん! 是非とも頼ってください!」
「アシリア、頼られたら頑張る」
「あ、はい……その、気を使わせてしまってごめんなさい……」


 見た感じ、コウメからはそんなに深刻そうな雰囲気は感じない。
 悩んではいるが、そこまで追い詰められる様な事柄では無いと言う事だ。
 なら、相談を無理強いする事は無いだろう、と言うのがガイア達3人の総意である。
 なので、「いつでもドンと来い」と言う意思表示だけはしておく。


「で、話を戻しますよガイアさん! パーティ行きましょうよ。皆で行った方が楽しいですって」
「お祝いするなら、楽しい方が良い」
「いや、でもなぁ……あの第1王子には……」
「ウィリアム兄様がどうかしたんですか?」


 ウィリアムの件、言っていいものだろうか。
 下手すると、「兄様がそんな事を!? 謝らせるので会ってあげてください!」とか言ってあのテケテケ王子とマンツーマンでご対面……なんて展開になりかねない。


「ウィリアム兄様の何を気にしているのかわかりませんが……パーティの日は居ませんよ?」
「そうなのか?」
「はい。残念ながら、国際なんちゃらって言うのの集まりがあるらしくて、父の付き添いで、明日からしばらく留守にするんです」


 まぁ、第1王子と言えば次期国王候補筆頭だ。
 あのテケテケはもう三十路手前らしいし、そろそろ王位継承の下準備等で色々と忙しくなってくるのだろう。


「父もウィリアム兄様も、チャールズ兄様の誕生パーティを欠席するのは心苦しいと言ってましたが、世界規模のお話合いがあるんじゃ仕方無いです」


 身内の誕生パーティをすっぽかさなきゃならないと言うのは、残念な事だ。
 しかし、そこは王族。公務とあっては仕方無いと割り切るしか無いだろう。


 ……まぁ、あのテケテケがいないのであれば、ガイアとしてはパーティ参加もやぶさかではない。








 なんだかんだ、テレサとガイアの付き合いは長い。
 テレサは何度かガイアの家に押しかけた事もある。


 しかし、ガイアがテレサの家、つまりは王城に足を運ぶのは初めての事だ。


 親しい相手とは言え、やはり家柄の差と言うモノがあるのだ。
 まぁ、阿呆姫テレサの方はいつでもウェルカムだっただろうが。


「やっぱデケェな……」


 夕暮れ染まる王城前。


 この城門の建設費だけで俺の実家を丸々買い取れそうだな、とガイアが呆れ果てる程に豪華で巨大な城門。
 その奥には、更にド派手で巨大なお城が見える。


「………………」


 やっぱドレスコードってあるよなー……とか、そう思って大学の入学式の時に買ったスーツを着てきたガイアだが……
 多分この向こうには、この「庶民が断腸の思いで購入する様な上質なスーツ」を「ボロ」と言い切ってしまう様な人種が跋扈しているだろうと予想できた。


 ……どうしよう、本気で帰りたい。とガイアは顔を覆う。
 あのテケテケさえいなけりゃいいや、とか安請け合いしてしまった事を全力で後悔する。


 アシリアとコウメは、テレサにドレスアップしてもらうために先に城に入っている。
「自前があるから」とか言わずにテレサの財力を借りれば良かった、とガイアは思う。


「客か?」
「あ、はい」


 声をかけられ、顔を上げたガイアの視界に入ったのは……


「……ど、ドラゴン?」
「ああ、そうだが。よくわかったな」


 青髪の女性。騎士の征服に身を包んでいる。
 だが、その頭部には角が生えており、口からは牙が見えている。
 角と牙を持ち、どことなくワイルドな雰囲気を醸し出すその姿に、ガイアは覚えがある。
 ドラゴンの人間擬態状態だ。


「見慣れてたモンで……」


 過去の話だが、ガイアは悪竜軍と闘うべく立ち上がった自称勇者の1人だ。
 擬態したドラゴンとも何度か遭遇した経験がある。


「それより…」
「私はエキドナ。元はドラングリム様の側近をしていたが、今ではこの国の騎士団の副団長だ。だから問題ない」


 ガイアが「ドラゴンが何でこんな所に」と口にする前に、その疑問を察して回答してくれた。


「ご丁寧にどうも……にしても、随分と振り切った転身経歴で……」
「よく言われる」


 ドラゴンの親玉の側近から、ドラゴンと敵対していた生物の親玉を守る組織のNO,2に。
 N極がS極になったってレベルだ。


「で、客なら招待状を見せろ」
「うす」


 ガイアはテレサからもらった招待状を取り出し、エキドナへと渡す。


「ふむ……確認した」


 封筒のロウの印、中の便箋を手早く確認し、エキドナが顎で門を差す。


「入城を許可する。楽しんでいくと良い」








 会場となる大広間。部屋の端が霞んで見える程の広々空間。
 1畳分でも平均的サラリーマンの月収に相当しかねない超高品質のカーペットが敷き詰められ、傷ひとつ付けようものなら人生が崩壊しかねない弁済が発生するだろう豪華絢爛なテーブルが無数に並ぶ。
 ここはきっと一般庶民をストレスで殺すための施設に違いない。


「あ、ガイアさん。ちゃんと来てくれたんですね!」
「ああ……」


 もうすでに帰りたいがな、とガイアは力無く笑い、聞き慣れたノー天気な声の方へと顔を向ける。


 てこてことこちらに向かってくる3人の少女達。
 テレサ・アシリア・コウメだ。
 普段とは見違える程にドレスアップされている。


 ただコウメは相変わらず甲羅を背負ってるし、髪型はいつも通り、前髪が鼻の頭まで覆い隠している。


「……前髪フィルターだけは死守しました……ごめんなさい……」


 余程、現実世界を肉眼で直視するのが嫌らしい。


「ガイア、スーツ似合う」
「そうか……? まぁ、ありがとな。お前も似合ってるぞ」


 褒められて嬉しかったのか、アシリアの耳と尻尾が大暴れだ。


「ガイアさん、私はどうですか!? 今日の私、輪をかけて大人っぽくないですか!?」
「似合ってるぜ☆、とだけ言っておく」


 テレサのそのドレス姿は一応は様になっている。
 全国学童ピアノ発表会に紛れ込んでいても絶対にバレないだろう。
 つまりそういう事である。


「曖昧な返事は却下です! 大人っぽいですか!? それとも否ですか!? YESorNO!」
「その傷つく事を恐れない精神は尊敬するが……ズバリ言ったら泣くだろお前」


 流石にパーティの主役の妹を泣かすのはどうかと思う。


「もうほとんどズバリ回答してるじゃないですか! 何でですか!? これ絶対大人っぽいですよ! ガイアさんおかしいです!」
「大丈夫、テレサ可愛い」
「ありがとうございます、アシリアちゃん。でも私が求めてるコメントはそれじゃないんです! 麗しいって言われたい!」


 だったらまずお淑やかにしろ、とガイアは思うが……無理難題を押し付けては可哀想だと思い留まる。


「やぁ、皆さんお揃いだね」
「! ……あんたは……」


 わいわい騒ぐ魔地悪威絶商会の面々に声をかけて来たその人物は、


「チャールズ兄様!」


 いかにも貴族って感じの純白の衣類に身を包んだ青年。
 今夜の主役、第3王子チャールズ・フィクセン・ナスタチウムである。


「シノにガイアさんが到着した様だって聞いてね。パーティの前に会っておこうと思って」
「はぁ……わざわざどうも……」
「ウチの妹をよくしてくれている方だ。挨拶するのは当然ですよ」


 テレサの兄とは思えない、実にしっかりした対応である。


「あ、誕生日、おめでとうございます」
「ありがとうございます」
「でも兄様、何でわざわざパーティ前に来たんですか?」
「パーティが始まってからだと、ゆっくり話せる時間が無いからね」


 まぁ、王子だし、今夜の主役なんだ。
 貴族の方々を振り切ってガイアに会いに来る訳にはいかないのだろう。
 仕方の無い事…


「このパーティで絶対に嫁を見つけてみせる……!」


 ……どうやら、「婚活の絶好のチャンスに野郎にかまってられるか」と言う意味だった様である。


 本当に結婚に関して貪欲なんだな、とガイアは苦笑。
 シンデレラの件の前後で、チャールズのその辺りの話は聞き及んでいる。


「……それに、早く結婚なきゃ、シノの事に……」
「ん?」
「あ、いや、とにかく、今日は来てくれてありがとう、ガイアさん。兄上の件の謝罪とか、色々話したい事があるので、少しばかり時間をいただいてもいいですか?」
「兄上の……あー……テケテケ事件……」


 どうやらチャールズはご存知らしい。


「あと、ガイアさんは現役の大学生……今時の女子大生と生で接しているその視点から聞きたい話もある」
「はぁ……」












 すっかり月が登った頃。


「もうボチボチ皆帰ったかね」


 城門を守る衛兵の1人がアクビ混じりにつぶやいた。


 本日開かれた第3王子の誕生記念パーティ。
 国内だけではなく外国からも来賓があるため、いつもの3倍近い数の警備が配置されていた。


「しっかし、この国でそうそうそんな物騒な事なんて起こるはずないのにな」
「全くだぜ」


 この国は基本的に平和だ。
 3年前に悪竜戦争、13年程前に大規模なテロ事件はあったが……
 その2つ以外、ここ数百年でこの国を揺るがす様な事件は起こっていない。
 更に言えば悪竜戦争については自称勇者達が大体片付けてしまったため、城の兵団の感覚では事件としてのレベルは低い。


 既にパーティ終了から30分が過ぎ、大体の来賓がこの門を抜けて帰っていった。
 要するに、衛兵達の予想通り、今日も1日いつも通り平和に終わった、と言う訳……


「ここで間違いない」
「ん? 何だあんたは」


 衛兵達の前に現れたのは、忍者装束を身に纏った変わった風体の青年。バラの花束を携えている。


 パーティの余興に呼ばれた一座の人間か? と衛兵達は思ったが、それだと大遅刻にも程がある。


「さぁ、参ろうか」
「おい待て、もうパーティは終了している。部外者を入れる事はできない。帰った帰った」
「帰らない。俺は目的を果たしに来た」
「目的?」


 そうだ、と肯定し、忍者青年は宣言した。


「この『トゥルー忍者』カゲロウ、この城のメイド長を迎えにきた」



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