悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R11,あなたの悩みを聞きましょう(誘惑)



「……私、このままで良いのでしょうか……」


 雑踏溢れる街頭。
 ペットショップのショーウインドウの前で、コウメは深々と溜息を吐いた。
 彼女がしゃがみ込み、眺めているのは、もそもそとキャベツを食むゾウガメさん。


 甲羅を背負う者同士、亀とはなんとなくシンパシーの様なモノを感じていたりする。 
 なので割と落ち着く。


「……でも、私如きがシンパシーを感じるなんて、最大級の侮辱ですよね、ごめんなさい」
「何であんた、亀に謝ってんのよ?」
「ひっ!?」


 コウメのすぐ横から響いた声。
 いつの間にか、コウメの隣りに1人の少女がしゃがみ込んでいた。
 年齢的にはコウメと同年代くらい。日焼けが染み付いた様な褐色の肌が特徴的で、簡素なフード付きパーカーにホットパンツと言ういかにも活発そうな服装をしている。フードから僅かに溢れた髪の色は、若草色。


「あう、あば……」
「……? 大丈夫?」


 風船ガムをプクーっと膨らませながら、褐色肌の少女が不思議そうな顔でコウメを眺める。


 コウメは、いわゆるコミュ障である。見知らぬ人に突然声をかけられると、キョドる。


「何かあんた、悩み事がある風だったけど、私が聞いてあげよっか?」
「え、ぁ、いや、その……」
「あ、私はドゥルジャーノイ。長いから、ドゥル子とかノイちゃんって適当に略して呼んで良いよ。ガム食べる?」
「は、はぁ……が、ガムは大丈夫です……私如きに気を使わせてしまってごめんなさい……」


 ヤバい、この人は初対面とか関係なくグイグイ親しくなりに来る人だ……とコウメは察する。
 コウメが最も苦手とするタイプである。


 しかし、わざわざ気を使って話しかけてきてくれたのに苦手だからと拒絶して良いのだろうか、私如きが……とコウメは思ってしまう訳である。


「……その……恐縮ですが……本当に、相談して良いんですか?」
「うん。バッチ来い。多分私、大抵の悩み事は解決できるよ」


 すごい自信である。


「は、はぁ……では……そのですね。私、その……こう、不器用かつネガティブ過ぎる自分に、ちょっと嫌気が差してきたと言いますか……どうにかしたいと言いますか……」


 コウメは、その謝罪癖とネガティブシンキングとコミュ障状態をどうにかするためにこちらの世界にやって来た。と言うより、そのために乙姫に送り出された。
 それなのに、今の所、コウメの状態は全く改善してはいない。
 ガイア達魔地悪威絶商会のメンバーとはそれなりにコミュニケーションを取れてはいるが、それはガイア達がコウメに慣れ、適応してくれているだけ。コウメはほとんど変わっていないのである。


「皆さんに気を使わせてしまって、本当に申し訳ないですし……」


 何より、


「このまま竜宮城に帰ったら……またバリカンの恐怖が……!」
「ふぅーん。何かよくわかんないけど、とりあえず後ろ向きな性格を直したいって事でOK?」
「あ、はい。簡略するとその通りです……自覚はありながら改善できないだらしない駄目女ですごめんなさい」


 せめて、普通の性格に、できれば前向きな人間になりたい。
 そうコウメは思う訳である。


「うんうん、OKOK」


 ガムを噛みながら、ドゥル子はスマホを取り出し、弄り出した。


「丁度良いのがあるよ」
「へ……?」
「たらららったら~♪」


 どっかの猫型ロボットが道具を取り出す効果音的なモノを口ずさみ、ドゥル子はスマホの画面をタップ。
 すると、画面が過剰発光し始めた。
 画面上に展開される光の魔法陣。そこから出現したのは、首から下げるタイプの携帯扇風機。


「『厚顔無恥な北風マイウェイ・ブルーム』。あんたにピッタリな道具だよ」
「…………?」
「あんたが後ろ向きな性格を直したい理由ってさ、ずばり、そういう性格なのがイケない事、悪い事だと思ってるからでしょ?」
「え、あ……は、はい」


 だから、改『善』したいとコウメは考えている。


「悪い事、悪、上等じゃない。何で改める必要があるの?」
「それは……」
「それは、悪は社会的に淘汰されてしまう存在だから」
「…………」
「なら、1番手っ取り早い話は淘汰されないくらい強い悪になってしまえばいい……でも、自分自身を変革するのは面倒臭い事よ。特に安定した環境で生きてる奴にはかなりの苦行。そういう環境で生きてる奴は大体、ありのまま、今まで通り、特別な事をせずに生きていける事を望んでる。昨日と同じ様に今日を生き、明日を迎えたいと思ってる」


 だから、とドゥル子は続ける、


「『あんたの悪』が『淘汰されない社会』を顕現させてしまえばいい」
「!」
「あんたは変わらなくていい。何1つ苦労しなくていい。この道具を使えば、あんたは変わる事なく、『望み』を叶える事ができるはずよ」


 ドゥル子は楽し気に笑い、静かに携帯扇風機をコウメへと差し出した。


「この扇風機は、特殊な風を起こす。その風を浴びた者は、例外なく使用者と同じ性格になるの。使用者の価値観を押し付ける風……まぁ要するに、あんたが使えば、ネガティブな奴を量産できる」


 そうやって、世界中の人間をネガティブにしてしまえばいい。
 そうすれば、ネガティブが『普通』。改善する必要のないモノとなる。


「世界を変えてしまいなさい。あんたの『悪』に則って、思うがままに……ね」


 ドゥル子の蒼い瞳に、妖しい光が宿る。
 誘う。悪の道へと。


「………………」


 コウメの手が、静かに扇風機へと伸びかけた……が、止まった。


「……やっぱ、良いです。せっかく紹介していただいたのに、ごめんなさい」
「え?」


 完全にドゥル子の予想を裏切る言葉が、コウメの口から放たれた。


「……私、その……自分の事、好きじゃないんです……」
「だからそれは、周りの価値観に合わせて……」
「確かにそうかも知れません。……でも……例え押し付けられた価値観だとしても、正直、納得している私がいるんです」
「!」
「……私、アシリアちゃんや、テレサさん、ガイアさんみたいな人達が好きなんです。私なんかがこんな事を思っていいのかわかりませんが、ああいう人達が、素敵だと思うんです」


 その「素敵だ」と思う感性も、周囲の価値観に影響されているだけだと言われればそうなのかも知れない。
 しかし、コウメはその感性に納得している。それで良いと感じている。拒絶の意思を示すつもりは毛頭無い。


 押し付けられるモノが全て自分に合わないとは、限らない。
 強制される事が全て負に繋がっている訳ではない。


「純粋無垢で、天真爛漫な女の子は素敵です。少し意地悪だけど、ちゃんと相手を思いやれる大人もとても素敵です。きっと、そういう人は結構いると思います」


 だから、


「そういう素敵な人達が、私みたいになると言うのは、ちょっと……気持ち悪いと言うか……」


 自分が嫌いだから、素敵な人達を自分と同じにはしたくない。
 そうすれば簡単に悩みが解消できるとしても、コウメの中の天秤は、失われるモノと得られるモノの価値が釣り合っていないと言う判断を下した。
 問題解決の喜びより、払った犠牲への喪失感の方が遥かに上回る。そう思った。


 羨望の存在が飾られていたはずのショーウィンドウを覗き込んだ時、そこに嫌いなモノしか飾られていないなんて、嫌なのだ。
 華やかな世界が広がっているはずのテレビの向こうに、嫌いなモノしか映らないなんて、嫌なのだ。


 羨望の存在になりたい、華やかな世界で生きたい。そう言う願望はあるが、羨望の存在を貶めたり、華やかな世界を汚したいとは決して思わない。


 前を行く人の足を引っ張り引きずり込むのは、コウメの本懐ではないのだ。
 前を行く人に追いつき、並び立ってみたい。


「……ごめんなさい。せっかく提案していただけた所悪いんですが、私は他の方法を探します。本当にごめんなさい」
「ふぅん……私の『目』を見た上でそういう言葉を吐けるって事は、それがあんたの純粋な本望って訳ね。自分が変わる方を望むなんて、気特な事で」


 やれやれと言わんばかりに、ドゥル子は溜息。


「あーあー……雰囲気的にイケると思ったんだけどなー……やっぱ私はアンラと違って勘が鈍いわ……」
「あの……何かがっかりさせてしまってごめんなさい……」
「がっかり? とんでもない。良いんじゃない? それを望むなら。私らとは相容れない方向性だとしても、自分に素直な相手には好感を覚えるわ」
「はぁ……好感ですか……歪んだ趣向に目覚めさせてしまった気が……情操教育によろしくない存在ですね私。ごめんなさい……」
「…………あんた、本当にそんなんで大丈夫な訳?」
「大丈夫じゃないので……早めにどうにかしたいと思います……でも具体案は……口先だけの女でごめんなさい」
「まったく……はい、これ」
「え?」


 ドゥル子は携帯扇風機を引っ込め、代わりに小さな紙切れを差し出してきた。


「私の名刺。手書きハンドメイドだけど。ま、あれよ。多分無いかもだけど、気が変わったり、何か要り用の時はいつでもお気軽に連絡しちゃって。何かあんた放っとけない雰囲気だわ」
「は、はぁ……放っとけない雰囲気、ですか……」
「私、こう見えて結構世話好きなんだよね。姐御肌って奴? 自分で言うのもアレかな?」
「……私如きにこんなに手を焼かせてしまって本当にごめんなさい……」
「こう言う場合はお礼を言うのが筋じゃないの? 親切にどうも、とか」
「あぅ……以前ガイアさんにも同じ事を言われた記憶……学習しないゴミでごめんなさい……」
「……こりゃ根が深そうね」
「……うぅ……」
「まぁ、頑張んなさいよ。応援はしとくから。それじゃあ、またいつか機会があったら」
「は、はい……あの……あれ……?」


 気付けば、もうドゥル子はそこにいなかった。


「………………」


 白昼夢、にしてはしっかりし過ぎていたし、何よりコウメの手の中にはドゥル子に渡された名刺がある。
 決して夢ではない。


 その証明である名刺に目を落として、コウメはある事に気がついた。


「……え……?」


 そこに書かれていた、ドゥル子の所属組織は―――


「『アーリマン・アヴェスターズ』って……」




 絶対悪の原典たる者達アーリマン・アヴェスターズ。商品営業。ドゥルジャーノイ。

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