悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R08,社会人の顔(名刺)

 セルフ焼き鳥ファイアーバード達が新天地へと向かい、すっかり春らしさを取り戻したナスタチウム王国。


「今日も依頼のメールは無し、と」


 相変わらずファンレターばかりが蓄積されていくメールボックスに辟易としながら、ガイアはノートPCを閉じた。


「アルビダスさんからのメールもまだなんですか?」
「そりゃあ、昨日の今日で着る訳ないだろ」


 ピーターさんとの件に進展があったら報告してくれるとアルビダスとは約束している。
 ただ、ドゥモの話からしてピーターさんを篭絡するのには時間がかかるだろうし、まず若返りのパンを作るのにも最低1週間かかるという話だ。
 結果の良し悪しに関係なく、報告を聞けるのはしばらく先になるだろう。


「待ち遠しいですねー……よし、これはどうでしょう……うーん……」
「ところで、お前はさっきから何してんだ?」


 テレサはさっきから小難しい顔でデスクに向かい合い、落書き帳に何かを書いては消し、を繰り返していた。
 かれこれ小一時間繰り返しており、デスク上にまとめられた消しカスは小山を形成する程に溜まっている。


「名刺のデザインを考えているんです」
「名刺?」
「はい。ほら、昨日アルビダスさんに我社のことを紹介する時、わざわざスマホでホームページを見せてたじゃないですか」
「ああ、成程」


 名刺さえあれば、その辺がもう少しスムーズになる。
 阿呆姫テレサにしては随分とまともな考えでまともな事をしている。


「で、とりあえずこんな感じのはいかがでしょう?」
「ん? どれどれ……って……」


 テレサが見せて来た落書き帳には、名刺サイズに四角く区切った枠が書いてあり……


「………………」


『魔地悪威絶商会ボス テレサ・リリィ・ナスタチウム』


 まぁ、書いている事はまともだ。
 育ちが良いだけあって、文字も丁寧である。
 ただし、描いているものがおかしい。


「……お前な……」


 実に可愛らしい、童話テイストなお花さんやウサギさんが、名刺の枠内を埋め尽くしている。
 余白デッドスペースに親でも殺されたのか? と聞きたくなるくらい埋め尽くしている。
 あと、基本全員白兎なのに、何か右下の隅に1匹だけふてぶてしい雰囲気の黒兎がいてやたら目を惹かれる。


 そのふてぶてしい黒兎の存在感、そして全体的にそこそこ絵が上手いせいで、肩書きと名前が霞んでしまっている。
 助演が豪華過ぎて主演を食い殺し尽くしてる感じか。


 こんな名刺もらっても、記憶に残るのは「可愛い名刺をくれた人」と言う印象と、右下の黒兎だけだ。
 名刺としての意義が完全に失われている。
 何と言うか、陸上100メートル走なら9秒台出せるけど水泳一筋な人的な惜しさと言うか残念感を覚える。


「とりあえず……装飾過多だ」
「そうですか? 私としては更にこの辺にミツバチさんを飛ばしてみても良いかな、とか思ってたんですけど……」
「ミドルネームとファミリーネームの間にミツバチを捩じ込んだ名刺なんて見た事ねぇよ……」
「新感覚ですね!」
「………………」


 アレか、クリエイターやライター気取りの素人アホが斬新さや独創性を求めすぎてクレイジーな何かを生み出してしまう現象が今、目の前で起こっているのか。


「テレサ、お前が作っているのはバースデーカードやウェルカムボードじゃなくて、名刺だよな?」
「はい!」


 元気いっぱいである。元気いっぱい、おかしな方向へと走り出している。元気の用法用量を守っていただきたい。


「アシリアちゃんとミーちゃんのはウサギさんを猫ちゃんに、コウメさんのは亀さんに、ガイアさんのはスピアに変える予定です」
「俺のだけ随分と物騒だなおい」


 確かにガイアの武器はスピアの形状をした木槍だが。


「物騒じゃないですよ、ちゃんとデフォルメしますから」


 と、テレサはまた落書き帳に何かを描き始め……


「こんな感じでどうでしょう!」
「キモい」
「ばっさり!?」


 テレサが落書き帳の隅に描いたのは、やたら物憂げな表情で遠くを見つめるスピアの様な何か。しかも線がやたら濃ゆい。いわゆる劇画調だ。
 デフォルメのニュアンスを何やら履き違えている気がする。


「ってか、何故画風を変えた?」


 せめてそのウサギやら何やらみたいなフワッとした画風だったならば、ギリギリ許容範囲だったろうに。


「男らしさを前面に押し出してみました」
「要らん気を利かせやがって……っていうか、意外と絵が上手いな」
「えへへ……子供の頃はお絵かきばかりしてたので」


 まるで今は大人だと言いた気な物言いだな、とガイアは思う。
 大人の女性はこんなガキ臭い無邪気な照れ笑いはしないだろう。


「そう言えば、お前と初めて会った時にもデフォルメキャラの紙芝居を見せられたっけか……」
「あれも私作です」


 何故にこうも才能や技量を無駄な所で発揮するのだろうか。
 ダークヒーローより絵本作家なりなんなり目指せば良いモノを……


「……とりあえずだ。表面は名前と役職、キャラクターを入れるとしてもワンポイント程度にしとけ」
「えぇっ!?」
「名刺は名前を覚えてもらうためのモンだぞ? それ、名前より右下のやたらふてぶてしい黒兎の方が記憶に残るだろ」
堕落兎ダークラビットの『だら』さんですよ!」
「どうでもいい。とにかく、名前より目立つモンがプリントされてるなんて、名刺としては致命的だ」
「うー……確かに、これだと名前が目立たないですけど……でも、ワンポイントじゃ地味ですよう!」


 普通のサラリーマンの名刺は地味なモンだ。
 アーティストか何かかお前は……とガイアは溜息を吐きつつ、


「裏面にしこたまプリントすりゃ良いだろ」


 それが妥協案だろう。


「なるほど! ナイスアイデアですよガイアさん!」
「はいはい」


 と言う訳で、テレサは次のページに新規案を描き始め……


「こんな感じでどうでしょう!」


 今度の案は、肩書きと名前が中心に持ってこられ、そしてその隣りには、あのふてぶてしい黒兎が。


「……だらさんを残すのか……」


 よりにもよって。


「はい! ゆくゆくはウチのマスコットになる予定なので!」
「……ところで、素朴な疑問なんだが……なんで兎?」
「可愛いからです!」
「………………」
「あ、心配しなくても、ガイアさんのはちゃんとさっきのスピアおじさんに差し替えますよ」
「やめろ。俺のは文字だけでいいから」


 誰が得をするかもわからない様な得体の知れない化物が描かれた名刺を配り歩くなど、冗談ではない。


「似合うと思いますよ?」
「全力で撤回を要求する」
「そんなに嫌ですか!?」


 その後、なんやかんやこの議論は続き、妥協・折衷案としてガイアの名刺にもだらさんがプリントされる事になった。


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↑だらさんwith白兎。



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