悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R04,フック船長と(魔法の)パン②

 闇に抱かれた洞窟の中。
 そこには、固く閉ざされた鋼鉄の扉が存在していた。


「船長、お気持ちはわかりますが……」
「この扉の先、なんだろ……!?」


 船長と呼ばれたその女性の拳には、血が滲んでいた。
 もう何百発と鋼鉄の扉を殴りつけているのだ。
 皮が剥げ、肉も裂けている。
 もしかしたら、骨にヒビまで入っているかも知れない。


 どんな鈍器も、刀も、大砲も、この巨大な扉の前には無力だった。


 悪足掻きの拳だった。
 もう1度拳を振るおうとした女性を、数人の男達が止める。


「っ……離せテメェら!」
「やめてください! こんなん、魔法でも使わなきゃ壊せませんって!」
対竜兵装たいりゅうへいそうの1つでもありゃ変わるんでしょうが……」


 その女性を中心とした集団の者達の中には、魔法使いも元自称勇者もいない。


「くっ……でも……」


 この扉の先には、女性が10年以上も抱き続けた「望み」を叶えてくれる存在が、いる。
 そして、叶えてくれるモノが、ある。


「喉の底から手が出るくらい欲しいモンが、目の前にあるんだよ……!? それなのに、引き返せってのかい!?」
「無理な物は、無理なんです……あんたが1番わかってんでしょう……だから俺達に『手伝え』って命令しないんだ」
「っ……」


 女性が命令すれば、ここにいる勇猛果敢な海の男達は皆その拳を振るってくれるだろう。
 例え無茶だと思っていても、この男達ならやってくれる。
 それでも、女性がそう命令しないのは、心のどこかで諦めているから。


 何十人でブン殴ろうと、この扉は開かない。
 ただ無意味に拳を壊すだけ。
 それを理解しているから、男達に命令できない。


「……ちくしょう……! なんで、応えてくれないんだ……!」


 この世の何よりも憎い。
 そんな視線で睨みつけても、扉は開きはしない。


「船長……陸に、戻りましょう。一旦頭冷やして、何か方法を探すんですぁ」
「…………あぁ……」










 春の日差しに程よく温められた砂浜。
 魔地悪威絶商会御一行が慰安旅行先に選んだ、ヒールフルビーチという観光名所だ。
 自然に囲まれた立地をしているため、交通は不便だが、その分海も美しいと言う訳だ。
 ファイヤーバードが集れる電線や建造物がほとんど無いおかげか、そんなに気温は高くない。


「観光名所と聞いていたので、人が多いと思ってたんですが……何か、閑散としてますね」
「そりゃそうだろ」


 王国中が真夏日状態とは言え今は3月。
 海で遊んで涼もう、なんて発想をする者は少ないだろう。
 居ても、こんな交通が不便ながっつり海水浴用の本格ビーチまで足を運ぶ訳が無い。


「アシリア早く遊びたい」
「久々の海……ああ、私ごときが心躍らせてごめんなさい」
「いえいえコウメさん、普通に心踊りますよ海。私も久々です!」


 ビキニ姿にパーカーを羽織ったテレサが、ブンブン手を振り回して力いっぱいはしゃぐ。


「つぅか何でビキニだよ。身の程を弁えろ」
「み、身の程ってなんですか! 私もうすぐ16歳ですよ! ビキニは標準装備です!」


 いいや、お前は絶対アシリアと同じフリフリ満点のワンピースタイプに浮き輪装備がお似合いだ。とガイアは全力で思う。
 ってか何でコウメまでワンピースタイプなんだ。テレサと完全に着るもの逆だろ。まぁ逆に良いけど。


「……? 何ですか? 何か言いたい事があるならはっきり言ってくださいよ」


 もうなんだろう。子供が背伸びしてる姿って微笑ましいはずなんだが……
 こう、何で悲しくなるんだろうか。
 ガイアは真剣に不思議でならない。


「ちょっ、水着ガールの胸元を見てその表情はおかしくないですか!?」
「……いや、まぁ常々思ってた事だよ。自由って言葉が諸刃の剣だってのは」
「何の話ですか!?」


 はっきり言うと泣くだろうし、詳しくは触れないでおこう。とガイアは決める。


「ねぇガイア、アシリアはもう我慢限界」


 今すぐにでも海へ爆走したいと、全身からオーラで訴えるアシリア。


「ちゃんと準備体操しろよ」
「海の中でやる!」
「浜でやりなさい」


 水中でストレッチって、むしろ痙攣を起こすリスクを上げる行為だろう。


 ガイアの指示に従い、テレサ・アシリア・コウメの3人は仲良く準備体操を始める。


「あれ? ガイアさんはやらないんですか?」
「ああ、俺は潮風で涼みに来ただけだからな」


 もう海でバシャバシャはしゃぐ歳では無いとガイアは自負している。


 そもそも、ガイアがこの慰安旅行に付き合った目的は涼を取るための海水浴では無い。
 ただ涼むだけなら、自宅なり大学の自習室なり、クーラーの効く場所がある。


 ガイアがここまで付いて来たのは、このアホの子達が危険な事をしない様に監視するため。
 ブルーシートを敷いてパラソル立てて、潮風を感じながら、その役目に従事させてもらう。


 と言う訳でガイアはブルーシート等の準備を始める。


「……ん? ねぇ、あそこに人がいる」
「へぇ、そりゃ気特な……」


 俺ら以外にもこんな所まで足を運ぶ奴がいたのか、とガイアはアシリアの指した方を見るが……


「……どこだよ?」
「あそこ、あのとんがった所」
「とんがった所って…………!」


 ああ、確かに人影っぽい物が見える。かなり遠い。注意して見なけりゃ普通は気付かない。流石は獣人、狩人の視力は並では無い。
 しかし、そんな事に感心している場合では無い。


 その人影は、アシリアの言う『とんがった所』……大波を受ける断崖絶壁の、先端に立っているのだ。


 人気の無いオフシーズンの海、その断崖岬に1人佇む影……


「あんな所で何してるんですかね?」
「嫌な予感しかしねぇぇぇぇ!」
「え、急にどうしたんですか? ガイアさん?」
「テレサ! 絨毯! 空飛ぶ奴! もしかしたらヤバい! ってか多分高確率でヤバい!」
「?」
「断崖絶壁の先端に1人で立ってる人がいたら、何すると思う!?」
「えーと……バンジージャンプですか?」
「ああ、ただ紐があれば良いけどな!」


 多分無い。おそらく無い。絶対無い。


 ようやく、テレサもガイアが何を慌てているかを悟ったらしい。


「や、ヤバいじゃないですか! 早く止めないと!」
「だから絨毯!」
「は、はい!」








 小高い岬に立ち、静かに大海を眺める。
 その女性は、気分が冴えない時はいつもそうしていた。
 そうしていれば、小さな事は気にならなくなってくるから。


「……やっぱ、駄目か……」


 今、彼女が抱えている物は、冗談でも『小さな事』とは言えない物だった。
 どれだけ大海を前に黄昏ていても、気分は一向に改善されない。


「もう、戻るか」


 これ以上沈んでいたってどうにもならない。
 闇雲にでも、走り回ろう。


 そう女性が決意した瞬間、


「ノーモア、紐なしバンジー!」
「……は?」


 ひどく焦った少女の叫び声。
 何やら、遠くからすごいスピードで大きな何かが接近して来るのに気付いた。


 それは、畳一畳分程の大きさの、空飛ぶ絨毯。


「え、は? ちょっ……どぅふっ!?」


 上に乗っている4人組の容姿を細かく把握する前に、女性は絨毯に思いっきり跳ね飛ばされ、海へと落ちた。

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