悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

R03,フック船長と(魔法の)パン①

「眠れないのかい?」


 あの夜、彼は、アタシに優しく語りかけてくれた。


「だって……私、明日になったら、ここから出て行かなきゃいけないんでしょ……?」


 この次の日、アタシは13歳の誕生日だった。
 もう、この『聖域』に留まる事はできない。


「大丈夫。ここから出た子供には、必ず暖かな『家族』が現れる」
「……私、家族なんていないもん……」
「血の繋がりじゃないさ。新たな家族が、きっと君を出迎えてくれる。ここには、そういう素敵な魔法がかかっているんだ」
「……ヤだ……どんな家族もいらない……私、ピーターと一緒が良い! そうだ、ピーターも一緒に行こうよ!」
「ありがとう。でもね。それは無理なんだ」
「……そんな……」
「そんな泣きそうな顔をしないで。僕まで悲しくなってしまう」


 彼は、私を安心させてくれようと、その手を優しく握ってくれた。
 とっても、暖かかった。


「僕はこの聖域を司る精霊……ここから出る事は、できないんだ」
「そんなの……そんなので、諦めきれないよ……」
「その気持ちは、とっても嬉しいよ」
「ピーター……!」
「今日はもうお休み。子供は夢を見るべきだ。楽しくて、綺麗な夢をね」


 その日、アタシは眠れなかった。
 一晩中泣いていた。


 でも、気付いたら、見た事もない孤島の浜辺に、1人座っていた。


「ピー……ター……?」


 何もかもが知らない光景だった。


 お菓子の家も、もふもふ雲のタクシーも、おしゃべりする薔薇も、ダンスが得意なカピバラも、見当たらない。
 彼の笑顔も、無い。


 前方には海、後方には森、足元には白い砂。それだけだった。


 私の手の内に、暖かい感触だけが残っている。


かしらぁっ! 浜に女の子が!」


 野太い、男の声だった。


「何? こんな絶海の孤島にか?」


 アタシの前に現れたのは、三角帽を深く被り、コートを翻す大男だった。
 大男のその渋みある声は、彼とは種類が違うが、とても優しそうな何かを含んでいた。


「原住民……ってのは無さそうだな。こんな孤島でふりっふりのドレスが作れるたぁ思えねぇ」
「漂流民にしても見た目が綺麗過ぎますぜ」
「何にしても、放っとく訳にゃ……っと、俺がガキに近づくべきじゃあねぇな。まーた泣かれちまう。ヨセフを呼んで来い。あいつ、ガキの相手得意だろ」
「でも頭、この子、全然ビビってる様には見えませんぜ」
「何……? ……ふむ。中々、良い目をしてるガキだな」
「……おじさん達、何?」
「俺達か?」


 アタシと視線を合わせるためにしゃがみ込み、大男は微笑を浮かべた。


「俺ぁヴァルバロス・フック。まぁ、俗に言う『海賊』の頭領をしてる」
「かいぞく……?」
「さぁ、俺ぁ名乗ったぜ。嬢ちゃんの名前、教えてもらえるか?」
「あ、アルビダス……」
「ほぉ、娘っ子のくせにかっけぇ名前だ」


 大きくて、無骨な手。
 でも、その手は、優しく、ふんわりとアタシの頭を撫でてくれた。


「で、どうだアルビダス? 行くとこが無いなら、俺達と来ねぇか? ここで野垂れ死にするよりゃ、楽しいと思うぜ」


 彼の言っていた通りだった。
 アタシは、あそこを出てすぐに、暖かな家族に恵まれる事になった。


 まぁ、多少荒くれ者ではあったけどね。




 一般船カタギは襲わない。
 悪質な海賊や悪徳貴族の船を襲い、生計を立てる。
 困ってる輩を見れば、とりあえず助けておく。


 そんな、任侠の海賊団。


 そこが、アタシの新しいホームだった。












 いつも通りのオフィス、のはずだった。


「お、おかしいです……何ですかこの気温……」


 温度計の赤いメーターは40℃付近から一向に降りる気配が無い。


 テレサは羽無し扇風機に頭を突っ込んでグッタリ。
 いつもの元気はどこへやら、すっかり暑さにやられてしまっている。


「ったく、夏も顔負けだよ……」


 流石のガイアも参っている。そこの街頭で配っていた団扇でパタパタと自分を扇ぎながら、風を求めて窓際へ。


「ちょっと前まで、数十年ぶりの豪雪とかじゃなかったですっけ……?」
「ニュースで言ってたが、ファイアーバードの異常発生が原因らしいな」


 肉体の8割近くが炎に覆われたファイアーバード(別名『セルフ焼き鳥』)。
 渡り鳥である彼らの発生量次第では、この様に春先とは思えない惨状が出来上がる。


 ガイアが適当に窓の外を探しただけでも、電線で羽を休めるセルフ焼き鳥共が見える。
 炎を纏った赤い鳩、って感じだ。


「ま、今日の夕方には解消されるだろ。……それまで地獄だけど」


 ただ……


「うぅ……私ごときが苦しんだりしてごめんなさい……」


 ソファーでぐったりしているコウメ。


「大丈夫?」


 そんなコウメをアシリアが団扇で扇ぐ。
 アシリアも結構汗だくではあるが、他の3人に比べると顔色が良い。


「お前はよくそんな平気そうな感じでいられるな……」
「アシリア、暑いのも寒いのも結構平気」
「流石だな……」


 ガイアに褒められて嬉しかったのか、アシリアはにっこり笑顔でコウメを扇ぎ続ける。


 アシリアは獣人というサバイバル民族の末裔だ。
 気温の極端な上下にもある程度耐性があるのだろう。


「つぅか、お前の魔法でどうにかなんねぇの?」
「氷を出す魔法ならありますけど……すぐに溶けてオフィスがびっちゃびちゃになっちゃいます」
「打つ手無しか……」
「……仕方ありません、冷房を入れましょう……!」
「それはそんな苦渋に満ちた顔で言う事か?」
「そりゃそうですよ! 3月ですよ!? 反エコにも程があります! でもエコのために死ぬ覚悟は私にはありません!」


 下手にエコにこだわって熱中症になってはシャレにならない。
 テレビでも、あのアホアナウンサーが珍しく真面目に暑さ対策を呼びかけていた程だし。


「んじゃ、冷房入れるか……」


 コンセントを差し込み、リモコンで電源を入れる。


 しかし、冷房は動かない。


「あれ?」
「ど、どうしたんですか?」
「動かねぇぞ、エアコン」
「えぇっ!? せっかく決意したのに!?」


 決意はさておき、ボタンを連打しても全く動く気配が無い。


「……ダメだな、こりゃあ」
「そんなぁ!」
「んな泣き出しそうな顔されてもな……」
「どうにかならないんですか!?」
「どうにかって言われても……現にウンともスンとも言わない訳だし……」


 残念ながらガイアには電器修理に関する知識は無い。
 他の3人娘にもそんな知識があるはずも無い。


「じゃあ修理の人を……あ、そうだ! 今こそ、アレですよ!」
「アレ?」
「そうです、あの……えーと……何て言うんでしたっけ……その……アレです!」
「わかんねぇよ」
「ほら、会社の皆で旅行に行く奴です!」
「ああ、慰安旅行か」
「そうそれです! いやん旅行です!」


 何か今のお前の発音はピンク色な感じがしたんだが、とガイアは思ったが、暑くてダルいので突っ込まないでおく。


「ファイヤーバードさん達がどこかへ行くまで、涼しい所にいやん旅行です!」
「旅行……アシリア、した事ない。楽しみ」
「異世界なら行ったろ」
「あれ旅行?」
「……まぁ、どっちかっつぅと冒険か」


 平和的な旅、という意味では、まぁ初めての旅行と考えてもいいか。
 しかし、


「……このノリだと、なーんかロクな事になんねぇ予感がするんだよなぁ……」


 なんか一波乱というか面倒事が起きそうなパターンな気もするが……子供組がワクワク止まらないって感じだし、水を差すのはアレか。
 っていうか止められるとは思えない。
 そして、こいつらだけで行かせたら集団失踪に発展する可能性が高い。


 ガイアも、同行した方が良いだろう。保護者として。


 こうして、魔地悪威絶商会の慰安旅行が決定した。



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