悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第54話 おしまい(続かないとは言ってない)

「……あーあー……何か負けちゃったっぽいよ、昨日のお客さん」


 太陽が丁度真上に来る頃。
 買い物の荷物持ちをさせられながら、アンラは不満そうにつぶやいた。


「……シェリーがクレープ買ってくれないからだ」
「何の因果関係があると言うんですか」


 シェリーと呼ばれたアンラの組織の会計、兼アンラのツッコミ役(本人非公認)の女性は呆れた様に溜息。


「……しかし、あなたの血を飲んでなお阻まれるとは、相当厄介な輩に手を出したんでしょうね」
「本当にねぇ。いい筋いってたんだけどなぁ、彼。残念」


 ま、いいや。とアンラは笑い飛ばす。


「この世界には、いくらでも『お客さん』はいるんだ。次に期待しよう」


 生物は、欲望からは逃げられない。
 欲望ニーズある限り、それを効率的に満たすチカラが廃れる事は無い。




絶対悪の原典たる者達アーリマン・アヴェスターズ』が潰える事は、無い。










「っ……う、……ん?」


 静けさの戻った花畑。


 ゆっくりと、シラユキの瞼が開く。
 真上から降り注ぐ陽光が目を焼き、少し驚くが、それどころじゃない事を思い出し、シラユキはガバっと飛び起きた。


「ぼ、僕は、一体……!?」


 はっきりとした記憶。


 その中で、シラユキは―――


「何であんな事……!?」
「目が覚めましたか?」
「テレサ……! それと、その他の方々!」
「反省してる風に見えたが、喧嘩売ってんのか」
「ご、ごめんなさい……正直テレサ以外どうでも良くて……」
「…………」


 まぁいい。
 ガイアが見る限り、シラユキに先程までの邪悪さは面影も無い。


「急に身の丈に合わない力を手に入れると、欲望の制御が出来なくなる。人間に限らず、全ての生物に言える事です」
「ソウカ?」
「あなたの場合生まれつき、いわゆるカンスト状態ですもんね」


 グリムには到底理解できないだろうが、そういうものなのだ。


 力が無いから、無理だから。
 長い間、そう押さえ込んでいた願望を叶える力がある日突然に手に入った。


 大体の人間は、その興奮に我を失い、なりふり構わず願望を叶えようとするだろう。
 都合の良い解釈で自分を騙しながら。


 質素倹約してきた主婦が、初めてクレジットカードを手にした途端に買い物衝動を抑えきれなくなる事があるのと一緒だ。
 後先考えられなくなってしまう。


「……僕は、最低だ……」


 シラユキは『力』を失った事で、冷静さを取り戻せたのだろう。
 半ば暴走状態にあった頃の自身の行動を思い返し、頭を抱える。


「そう自分を責める物ではありません。あなたは、『悪神族アーリマン』の玩具として利用されてしまっただけなんです」
「アーリマン? そういや、洞窟でもそんな名前出してたな」
「生物が『繁殖し種を繁栄させる』という目標を掲げる様に、当然の如く『誰かの悪意を増長させる』という目標を掲げていた、種族総出で趣味の悪い方々です」


 特に目的や想いがある訳では無く、ただただそうしたい。
 そういう理由で悪意を増長させる連中が、一昔前に栄えていた。


 どういう訳か、突然精霊族に戦争をふっかけ返り討ちにあい、ほぼ全滅させられたらしいが。


「このストラップは、彼らが悪意を増長させるために作っていたという物に非常に酷似してます」


 グラが取り出したのは、魔人を象っていたストラップ。


「……そうだとしても、僕は力さえ手に入ればあんな事をしてしまう人間だった、という事でしょ?」
「それは……」


 そう、あくまで連中は、悪意を増長させるだけ。


 元々悪意の素養を持っていなければ増長させようが無いし、増長させられた後にどう行動するかは、本人の意思。


「僕は……っ……もう、いなくなってしまった方が、いいのかな……?」
「シラユキちゃん……!? 何を言ってるんですか!」
「だって僕の本性はあんなんなんだ……またいつ、どんな間違いを犯すか……!」
「……人間なんてそんなもん、なんじゃねぇのか?」
「え……?」


 ガイアは、ふぅ、と溜息。


「俺も似たような経験あるよ。初めて対竜兵装を手に入れた時だ」


 3年前、ガイアは初めて対竜兵装を手に入れた時、
 そしてその力でドラゴンと戦った時、シラユキと似た様な状態に陥った記憶がある。


 夢中、だったのだ。


 自分がこんなにも強い力を持っている。
 ドラゴンすら圧倒できる、そんな力を持っている。


 その興奮に我を忘れ、兵装の力を自分の強さと勘違いした。
 その力を誇示したくて、初めて戦闘したドラゴンを、殺そうとした。


 もう戦えない、助けてくれ、そんな事を言うドラゴンから、生命力まで根こそぎ奪い取ろうとした。
 俺はここまでやれるんだ、と。
 自分の優秀さを親に認めさせたい幼子の様な考え方で、1つの生命を奪おうとした。


 もしあの時、自分を殴ってでも止めてくれる人がいなかったら、きっとガイアは今もなお、後悔し続けていただろう。


「自分を責めるな、なんて言わねぇ。言われたってどうしても責めちまう気分は痛い程わかる」


 激しい自己嫌悪。
 反吐が出るほどに、ガイアも自分を責めた事がある。


 でも、何もかも投げ捨てるなんて事はしなかった。
 もうあんな風にはならない。そう決意して、また兵装の柄を握った。


 身勝手な考えかも知れない。批難されても文句は言えない。
 今後、絶対に間違いを犯さない、そんな確約もできない。
 それでも、少なくとも、同じ間違いだけは犯さない。


 そう強く誓って、立ち止まらず、進んだ。


 その決意の現れとして、ガイアは自身の対竜兵装を「相棒」と呼んでいる。
 これは決して『俺』の力じゃない。自分ではない相棒べつのだれかの力。
 そう戒めるために。


「……俺が言うと開き直りにしか聞こえねぇかも知れねぇけど、間違わねぇ人間なんていねぇよ。1個間違う度に自分責めまくって生命投げてたら、高齢化現象なんて起きやしねぇだろ」


 皆が皆、悔やましい過去を無数に抱えている。
 その1つ1つと折り合いを付け、自己満足だとしてもきっちり埋め合わせて、生きているのだ。


 人間なんてそんなもん、と言ってしまえばそこまでだが、そういう事だ。


 死ぬのは簡単だ。
 努力せずに、「償ったつもり」になれる。
 確かに、どうしようと償えない罪、という物もあるだろう。
 それでも、それを言い訳に償う努力をしない、というのは何か違うはずだ。


「あんた自身が、また同じ間違いをくり返すっつぅ絶対の自信があるなら、自殺でもなんでも好きにしろよ。……でも、2度と同じ間違いをしようなんて気分は起きねぇだろ」


 彼が本気で自分の過ちを許せないと考えているのなら、そうであるはずだ。


 人間は辛い思いをしたくないと考える生き物。『自分を責める苦しい未来』が待っていると判明している行動を、自分から取ろうとはしない。
 本当に後悔しているなら、同じ過ちだけは、絶対に繰り返さない。
 それが人間だ。


「…………」
「シラユキちゃん、私、一応嬉しいんですよ?」
「え……?」
「だって、誰かに正面から好きって言われるのって、悪い気はしないじゃないですか」


 シラユキの過ちは、全てテレサを想い過ぎる気持ちが招いた事。


 シラユキはテレサの事をそんなにも想っている。
 その事実だけは、テレサとしては純粋に嬉しく思える所もあるのだ。


「でも、私はやっぱり、シラユキちゃんと結婚するっていうのは、どうもこう……ピンと来ません」


 だから、


「今度は、ちゃんと手段を選んで、私に結婚したいと思わせてください」
「テレサ…………!」




「……フン、ヤッパ甘イナ、人間ッテノハ。アソコマデサレテ、アンナ事言ッテヤガル」
「でも、悪くない判断だとは思うんでしょう?」
「マァナ。連中ハ、『裁ク』ヨリ『許ス』方ガ、雰囲気ニ合ッテル」


 俺様ト違ッテナ、そう言って、グリムは歩きだした。


「行クゾ、グラ」
「どこ行くんですか? これから皆さんと御飯に行くって約束したの、忘れたんですか?」
「アア、ソウダッタナ……マァソレニシテモダ。両手モゲタ状態デ街ニハ出レネェダロ。新シイ器、用意シテクレ」
「ガッテンです!」


 テレサ達に「グリムの器を探しに行ってくる」と告げ、2人は歩き出す。


「……で、グリム。あなた、あのシラユキって人に接触した『悪神族アーリマン』を片付ける気、ですね?」
「ヨクワカッテンナ。マァ、飯ヲ食ッタ後、ダガナ」


 お節介ついでだ。
 あいつらには出来ないであろう『完膚無きまでに敵を裁く』という行為を請け負ってやろう。
 少なくとも、そのアーリマンとやらを、二度と悪さが出来ない様にしてやる。


 まずは悪党共への地道な聞き込み(物理)になるだろうが、どうせグリムには暇な時間が山程ある。


 グリムが久方ぶりに面白いと思えた人間のためだ。
 少しくらい、サービスしてやろう。










 数日後。


「ガイアさん、依頼のメールって来てないんですか?」
「全然」


 そんないつも通りの会話が、魔地悪威絶商会オフィスで展開される。


「うぅ、シラユキちゃんの1件以来、すっかり元通りの日常過ぎて、ちょっとアレです……」
「平和で良いじゃねぇか」
「それはそうですが……私としてはこう、シャレになる程度でドタバタしたいと言いますか……」
「そんなに暇なら、あっちでアシリアとコウメと一緒にババ抜きしてこい」
「丁度終わった」
「やりますか?」
「私はダークヒーローとして活躍したいんですよう!まぁババ抜きはやりますけど!」


 相変わらずガキだな、とガイアがパソコンを操作していると、丁度、メールボックスの最上部にnewの表示が。


「お、新着……」


 しかも、件名には『依頼』の文字が。


「……テレサ、良かったな。依頼だぞ」
「マジですか!? 俄然やる気が湧いてきました! このゲーム、さっさと勝って終わらせます!」
「アシリア負けない」
「わ、私だって伊達に1人ババ抜きを極めてはいませんよ……!」
「ふふふ! 私のババ抜き力を見せてやります!」


 ババ抜きに実力もクソもあるか、とガイアは溜息。


 相変わらず、アホだ。


 ……ま、いつもの事か。




 これからも、きっと他愛の無い日常が続くだろう。


 世を脅かす魔王なんてこの世界にはいない。
 この世界はとてもとても平和なのだ。


 まぁ、たまには紋々太郎やシラユキの時の様な結構な事件も起こるかも知れない。


 でも、結局どうにかなりそうな気がするのだ。


 なんだかんだ、『幸せな未来』が約束されている様な。


 確証は無いが、そう信じていい気がする。


「……お」


 窓の外に、鮮やかなブルーカラーの花びらが1枚、舞っていた。
 向かいの花屋の花々から流されて来たのだろうか。


 ……もしかしたら、あの花畑から?
 いやいや、そんな訳が無い。
 何でそんな事を考えてしまったのだろう。


《―――巡り会えた2人に―――》


「ん?」


 今、何か声が聞こえた気がした。


 気付けば、カキツバタの花びらはもう見えなくなっていた。


「……幻聴か?」


 疲れてるのかな俺、とガイアは目を抑える。
 確かにもう大学3年生だし就活とか面倒だなぁとか少々陰鬱な気分にはなっていたが……


「あがりです!」
「うお、マジで早いな」
「ババ避けテレちゃんとは私の事です!」


 何かヤダなその異名。


「さぁ、ダークヒーロー目指して頑張りますよ!」
「へいへい……」


 何を目指すかは、個人の自由だ。


 こんなアホなお姫様が、ダークヒーローを目指したって良いだろう。


 ……ま、なれるかどうかは置いといて、だ。




 かくいうガイアだって、勇者なんて物に憧れた。


 それは、ヒーローだから。
 魔王を倒したり、世界を救ったり、お姫様を助けたりする様な、単純明快なヒーロー。


 まぁ結局、そんなんは夢のまた夢。
 テレサがダークヒーローになるとほざいているのと、大差は無かった。


 魔王は倒せない。そんなもんいないし。


 世界は救えない。世界は全然平和だ。


 お姫様を助けようにも、身近なお姫様は悩み1つないド阿呆。


 でも、お姫様の夢の手助けくらいなら、出来る。
 ダークヒーローになるという彼女の夢を、支えるくらいなら、出来るはずだ。


 ……念を押しておくが、なれるかどうかは置いといて、だ。


(俺には、それくらいがお似合いだ)






 この後、テレサがダークヒーローになれたかどうか。
 この魔地悪威絶商会が立派な悪の組織になれたかどうか。


 それはご想像にお……


「ひゃわぁ!? く、黒いG!? こっち飛んできましたよ!?」
「あ、アシリア、あいつは苦手!」
「ひぃぃぃぃ……私ごときが哺乳類に生まれてごめんなさい……」
「助けてガイアさん!」
「…………」




 ……お察しください。







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