悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
第48話 シラユキ(♂)と七つの大罪⑥
薄暗い、森の奥深く。
樹齢数万年規模の巨木の中に広がるフローリングな3LDK。
「えぇー、では、説明は以上です。わかりましたか? ガイアさん」
ガイアの目の前でにこやかに笑う少女。
なんでも、精霊の女王らしい。
名前はグラだそうだ。
どことなく、雰囲気がテレサに似ている。
「……こ、こは生命が…還る森で、俺は『生霊』……」
非常に喋り辛いが、ガイアは声に出して確認する。
「はい。その通りです」
グラの説明によれば、肉体から離れた魂は、特に何事も無くこの森の中に溶け、転生の時を待つ。
しかし、例外が2パターンだけ存在するという。
その1つが、『亡霊』。
生前に何か強い想いを抱き、それを果たす事なく死した者。
もしくは強すぎる『特別な力』を持っている者。
それらは、『意思』や『力』が魂の霧散を防ぎ、霊体を形成。
いわゆる幽霊として、活動を続ける。
「……で、グリ…ムは、悪竜の王、の亡霊が……機械の器に、収まった状態……」
「ソウイウ事ダ」
ヴァハハ、と軽くグリムが笑う。
ダークヒーローっぽいとかなんだと巷で騒がれている怪人グリム。
その正体があの悪竜の王の亡霊とは、流石のガイアにも予想外過ぎる。
「シカシ、20年ブリノ再会ガオ互イ死ンデル状態トハナ……笑エル」
「笑え、ねぇ…よ……! つぅ、か……俺はま、だ死んでねぇよ……」
何げに「あれって20年も前だったんかい!」という驚きもあるが、それより重要な事がある。
そう、ガイアはまだ、死んではいない。
正確に言うと、『完全には』死んでいない。
ガイアの胸から伸びる、細い蜘蛛の糸の様なそれが、何よりの証拠。
この糸は、ガイアの肉体と繋がっているそうだ。
『生霊』。
生命活動が停止し、亡霊化したものの、蘇生の可能性が残されている場合。
もしくは、昏睡や仮死など「肉体が動かせない状態」に陥った際、本能的に魂を体外に放出し、「何らかの目的を果たそうとする」生命機能が起動した場合。
大きく分けてその2つのケースで発生する、非常にレアな霊体。
「私の見立てでは、おそらく、あなたは後者です」とグラは推測を立てた。
前者の場合、糸の形状がもうちょっと不安定だったり、視認が難しい程に細かったり色が薄かったりするそうだ。
何らかの目的を果たすため……ガイアに心当たりがあるとすれば、当然、
「テ、レサ達を……助け、ねぇと……」
そう、テレサ達は、おそらくシラユキとやらの手に落ちた。
一刻も早く助けなければ、何をされるかわかった物では無い。
……それに、自分の肉体も心配だ。
今ガイアが『生霊』だという事は、ガイアの肉体は今の所無事なのだろう。
しかし、いつまで『無事』かは保証が無い。
「誰かを助けに行くつもりですか? ……ぶっちゃけ無理ですよ?」
「……な、に……?」
「だって、生霊だろうと霊体は霊体ですよ。私たち精霊の様な『見える種族』か、同じ霊体の者にしか認識されないし、干渉もできません」
「そ、んな……」
つまり、今のガイアでは、精霊でも霊体でもないシラユキやその部下には手出しができない。
何か打つ手は無いか、そう思った時、グリムが視界に入った。
「……! そ、うだ……俺にも、器、を、貸し、てく、れ……!」
「ホウ……1ツ聞クガ、コノ流レダト闘ウノハ当然、オ前ヲ『ソンナ状態』シタ相手ダロウ? マトモニ動カセモシナイ不慣レナ器デ、闘エル相手ナノカ?」
「……!」
グリムの言う通りだ。
20年使い慣れた肉体に加え、対竜兵装まであったのに、ガイアはあの6人に手も足も出ずに敗北し、生霊となっているのだ。
「で、も……俺は……」
このまま黙って見過ごせはしない。
テレサ達の身が心配だし、何よりこのままだとマジの亡霊になってしまうかも知れない。
若い身空で気ままに亡霊ライフなど冗談では無い。
まさに必死なのだ。
「……わかりました。私達が手を貸しましょう」
「!」
「人助けをしたいと言う人を見捨てるなんて、気分が良い物ではありません。異論は無いですね? グリム」
「……ドウセ聞ク耳モタネェダロ……」
呆れた様に溜息を吐きながらも、グリムは「ソレニ」と続ける。
「無謀ナ人間ハ嫌イジャナイ。ヤブサカジャネェサ。更ニ言エバ、恩モアルシナ」
「悪竜の王……って、恩……?」
ガイアは悪竜の王に恩など売った覚えは無い。
「オ前ノ予言ガ無ケリャ、俺様ハ人間ニ喧嘩ヲフッカケズ、タダ退屈ニ死ンデタダロウ。俺様ガ笑ッテ死ネタノハ、オ前ノオカゲダ」
「よ、言って……」
思い出す。
確かに、ガイアは悪竜の王に対し、「人間まだまだ捨てたモンじゃないぜ☆」的な発言をした。
(……アレのせいで悪竜の王が戦争を起こしたって事は……)
あれ? 何気に俺があの戦争の発端? とガイアはここにきて超ド級の衝撃的真実を叩きつけられる。
「何ショック受ケテンダ?」
「そ、りゃ、お前……」
いや、説明しても無駄か。
ドラゴンに人間の倫理観は通じないだろう。
……とりあえずこの件が解決したら、あの戦いで怪我をした自称勇者達とドラゴン達に匿名で謝罪文を書こう。
「デ、ドコノドイツヲブッ飛バセバ良インダ?」
まぁ衝撃的事実の発覚は一先ず置いておこう。
今は、悪竜の王というとんでもなく頼もしい味方ができた事を喜ぼう。
「……あ、でも……」
シラユキ達の居場所を、ガイアは知らない。
ガイアはいつの間にか「あの森」に連れて行かれたのだから。
「………あ」
そんな時ガイアの目に入ったのは、自身の胸から伸びる物。
霊体と肉体をつなぐ、たった1本の糸。
この国の王都周辺には、大きな森が3つある。
1つは、獣人達が住む『カリバの森』。奥に進むにつれ危険度上昇傾向。
獣人達の里まで到達しようと考えるなら、決死の覚悟が必要。
もう1つは、『ダフマの森』。
大昔から『死者の魂が還る場所』とか『天国への入口がある場所』と信仰され、余り人が足を踏み入れない聖なる森。
精霊の女王がひっそりと暮らしている、なんて噂もチラホラ。
そして、最後の1つ。
特に、言い伝えとか特徴とか無い、ただの森林地帯。名前すら付いていない。
ただ、その森には、1つだけ都市伝説がある。
それは、その森の中心にある、「不思議な花畑」にまつわる都市伝説……
森の中心部にある、開けた空間。
巨木の枝葉という天井が無く陽光が遠慮なく降り注ぐその場所には、鮮やかな配色の花畑が広がる。
その花々に囲まれて生える、1本の古木。
そんなに高くも低くもない、中途半端な高さの木だ。
葉は全て枯れ落ち、素朴だが力強い枝だけが裸で残されている。
それなりに太さがある事を利用し、その木の天辺には、木製の小屋が建てられている…というか、上手い具合に乗っけられている、という表現が正しいかも知れない。
数時間あれば簡単に建てられてしまいそうな、簡素で貧相な小屋だ。
小屋内には、外観とは非常に不釣り合いな豪華なイスが持ち込まれていた。
そのイスに座すのは、漆黒のドレスを着飾った、銀髪の美女……の様に見える男。
シラユキだ。
そして小屋の中には、シラユキ以外に6つの影。
力無く壁に背を預けるマモンを含む、『七罪の魔人』によって生み出された魔人達だ。
昨晩、ガイアにトドメを差した妖艶な女性の姿だけが見当たらない。
それに気付き、シラユキは6人に問いかける。
「『色欲』は?」
「……例の……『式場』……」
「姫君のドレスアップ。それと、それが終わったらおまけで手に入った3人で色々遊ぶとか言っていたのである」
応えたのは内気そうな少女と顎鬚のダンディ。
「にしてもさー、ご主人様さー、睡眠とかーいらないのー?」
気だるそうに間延びした声で喋る幼い少年。
「ああ。不思議とね」
アンラにもらったアンプルを飲んでから、シラユキの体には言い表し様の無いエネルギーが漲っていた。
昨晩眠らなかったどころか、もう半日以上水分一滴すら摂取していないのに、シラユキの体に負の変調は一切無い。
「……挙式が楽しみだ。今日中に挙げよう。そうしよう。そして明日からめくるめく新婚生活だ」
シラユキの狂気に濁ったつぶやきを聞きながら、壁にもたれたマモンは小さく一笑。
笑える。本当、イカれ始めてるな、こいつ。
マモンに浮かぶのはそんな呆れ笑いだ。
だってそうだろう。
今、あのお姫様は他のお仲間同様、『色欲』の能力で、永久に覚める事の無い仮死状態へと落ちている。
そんな死体同然の女との結婚にウキウキワクワク心躍らせる野郎を見て、「イカれてる」以外にどう評価できようか。
厄介な主人に当たった物だ。
きっと他の6人も内心そう嘲笑っているだろう。
マモンがそんな事を考えていた時だった。
ドッ、と、衝撃が彼の胸を貫いた。
「あ?」
マモンの胸から、黒い何かが生える。
鋭い5本の突起が束ねられた槍の様な、何かが。
それは、大爪を持った黒い腕だった。
マモンの胸から生えている、訳では無い。
小屋の外から、壁も、マモンの胸も貫き、そこにあるのだ。
「な、がへぁっ…!?」
マモンが本格的な悲鳴をあげる前に、次が来る。
その黒い腕から、黒い何かが放たれる。
衝撃が、マモンの体を木っ端微塵に吹き飛ばし、内部から小屋を食い千切り、そこにいた全ての者達に襲い掛かる。
「何だぁっ!?」
叫んだのは筋骨隆々とした男。
多少傷は負ったものの大事に至った様子は無い。
シラユキと、マモンが欠けた5人の魔人達が次々と花畑に着地する。
「チッ、朝ダカラ『闇』ノ『量』モ『ノリ』モイマイチダナ……」
そんなつぶやきの中、元のストラップ人形に戻ったマモンを一瞥すらせず、襲撃犯は悠然と枝の上に立っていた。
黒ずくめの体に、『闇』そのものの様なモヤを纏い、目の無い顔で静かにシラユキ達を睨みつける。
「……『人形』ガ5体……ソンデ、妙ナ気配ダガ一応人間ラシイノガ1匹……」
「!」
人形。
擬似生命である七罪の魔人の本質を見抜いている様だ。
「人形ハ、『殺ス』トハ言ワネェヨナァ……」
マモンを葬った黒爪を構え、そいつは臨戦態勢。
6対1。
それが何だと言わんばかりに、自然な動作でシラユキ達と交戦意思を見せる。
「アノ人間以外ハ、加減無シデ問題無ェッテ事ダナ」
漆黒の怪人、グリム。
生前は世界を震撼させた悪竜の亡霊が、魔人達に牙を剥く。
アッチニ妙ナ気配ガ固マッテル。俺様ハアッチカラ片付ケテクルゾ。
グリムはそう言うと、ガイアとグラを残し、単身森の奥へと駆けて行ってしまった。
一応シラユキはテレサの友人だし、その部下である彼らもどんな関係性があるかわかったものでは無い。
極力誰も殺さない様に頼んではおいたが……
グリムはガイア達人間と「生命を奪う」という行為への価値観が、根本的に異なる。殺戮を楽しむ様な柄では無い様だが、勢い余ってテヘペロ☆、とか、充分ありえそうな悪寒がしてならない。
さっさとこっちを済ませて合流しよう、とガイアは全力で思う。
「……ってい、うか……こ、っちは…こっちで大丈夫…なの、か?」
ガイアは生霊。
ほぼ無能状態だ。
グラは対して腕っ節が強そうには見えない。
しかも、魔法は使えるけどそのレパートリーには戦闘向きなのは一切無いとかさっき言っていた。
今、2人はガイアの胸から伸びる『霊体と肉体をつなぐ糸』を辿り、ガイアの肉体がある場所を目指しているのだが……
そこに、敵が1人もいないという保証は、無い。
「大丈夫ですよ」
柔らかく笑いながら、グラは言う。
「以前、グリムの不在中、私、ちょっとヤバイ事になった時があるんですが……」
「や、ばい?」
「はい。心臓を抉り抜かれました」
それを「ちょっとヤバイ事」で済ますとは、流石は精霊の女王と言ったところか。
「その時、グリムは誓ってくれたんです。絶対私を守るって」
そして、それは言葉だけの誓いでは無い。
ちゃんと、「いついかなるピンチにも対応できる」具体的な手段も示してくれた。
それがあるから、グリムは特に迷う事もなくグラを放置しているのだ。
「私には『竜王の加護(物理)』があります。ご心配なく」
「か、(物理)……?」
一体、どんな加護なのだろうか……
樹齢数万年規模の巨木の中に広がるフローリングな3LDK。
「えぇー、では、説明は以上です。わかりましたか? ガイアさん」
ガイアの目の前でにこやかに笑う少女。
なんでも、精霊の女王らしい。
名前はグラだそうだ。
どことなく、雰囲気がテレサに似ている。
「……こ、こは生命が…還る森で、俺は『生霊』……」
非常に喋り辛いが、ガイアは声に出して確認する。
「はい。その通りです」
グラの説明によれば、肉体から離れた魂は、特に何事も無くこの森の中に溶け、転生の時を待つ。
しかし、例外が2パターンだけ存在するという。
その1つが、『亡霊』。
生前に何か強い想いを抱き、それを果たす事なく死した者。
もしくは強すぎる『特別な力』を持っている者。
それらは、『意思』や『力』が魂の霧散を防ぎ、霊体を形成。
いわゆる幽霊として、活動を続ける。
「……で、グリ…ムは、悪竜の王、の亡霊が……機械の器に、収まった状態……」
「ソウイウ事ダ」
ヴァハハ、と軽くグリムが笑う。
ダークヒーローっぽいとかなんだと巷で騒がれている怪人グリム。
その正体があの悪竜の王の亡霊とは、流石のガイアにも予想外過ぎる。
「シカシ、20年ブリノ再会ガオ互イ死ンデル状態トハナ……笑エル」
「笑え、ねぇ…よ……! つぅ、か……俺はま、だ死んでねぇよ……」
何げに「あれって20年も前だったんかい!」という驚きもあるが、それより重要な事がある。
そう、ガイアはまだ、死んではいない。
正確に言うと、『完全には』死んでいない。
ガイアの胸から伸びる、細い蜘蛛の糸の様なそれが、何よりの証拠。
この糸は、ガイアの肉体と繋がっているそうだ。
『生霊』。
生命活動が停止し、亡霊化したものの、蘇生の可能性が残されている場合。
もしくは、昏睡や仮死など「肉体が動かせない状態」に陥った際、本能的に魂を体外に放出し、「何らかの目的を果たそうとする」生命機能が起動した場合。
大きく分けてその2つのケースで発生する、非常にレアな霊体。
「私の見立てでは、おそらく、あなたは後者です」とグラは推測を立てた。
前者の場合、糸の形状がもうちょっと不安定だったり、視認が難しい程に細かったり色が薄かったりするそうだ。
何らかの目的を果たすため……ガイアに心当たりがあるとすれば、当然、
「テ、レサ達を……助け、ねぇと……」
そう、テレサ達は、おそらくシラユキとやらの手に落ちた。
一刻も早く助けなければ、何をされるかわかった物では無い。
……それに、自分の肉体も心配だ。
今ガイアが『生霊』だという事は、ガイアの肉体は今の所無事なのだろう。
しかし、いつまで『無事』かは保証が無い。
「誰かを助けに行くつもりですか? ……ぶっちゃけ無理ですよ?」
「……な、に……?」
「だって、生霊だろうと霊体は霊体ですよ。私たち精霊の様な『見える種族』か、同じ霊体の者にしか認識されないし、干渉もできません」
「そ、んな……」
つまり、今のガイアでは、精霊でも霊体でもないシラユキやその部下には手出しができない。
何か打つ手は無いか、そう思った時、グリムが視界に入った。
「……! そ、うだ……俺にも、器、を、貸し、てく、れ……!」
「ホウ……1ツ聞クガ、コノ流レダト闘ウノハ当然、オ前ヲ『ソンナ状態』シタ相手ダロウ? マトモニ動カセモシナイ不慣レナ器デ、闘エル相手ナノカ?」
「……!」
グリムの言う通りだ。
20年使い慣れた肉体に加え、対竜兵装まであったのに、ガイアはあの6人に手も足も出ずに敗北し、生霊となっているのだ。
「で、も……俺は……」
このまま黙って見過ごせはしない。
テレサ達の身が心配だし、何よりこのままだとマジの亡霊になってしまうかも知れない。
若い身空で気ままに亡霊ライフなど冗談では無い。
まさに必死なのだ。
「……わかりました。私達が手を貸しましょう」
「!」
「人助けをしたいと言う人を見捨てるなんて、気分が良い物ではありません。異論は無いですね? グリム」
「……ドウセ聞ク耳モタネェダロ……」
呆れた様に溜息を吐きながらも、グリムは「ソレニ」と続ける。
「無謀ナ人間ハ嫌イジャナイ。ヤブサカジャネェサ。更ニ言エバ、恩モアルシナ」
「悪竜の王……って、恩……?」
ガイアは悪竜の王に恩など売った覚えは無い。
「オ前ノ予言ガ無ケリャ、俺様ハ人間ニ喧嘩ヲフッカケズ、タダ退屈ニ死ンデタダロウ。俺様ガ笑ッテ死ネタノハ、オ前ノオカゲダ」
「よ、言って……」
思い出す。
確かに、ガイアは悪竜の王に対し、「人間まだまだ捨てたモンじゃないぜ☆」的な発言をした。
(……アレのせいで悪竜の王が戦争を起こしたって事は……)
あれ? 何気に俺があの戦争の発端? とガイアはここにきて超ド級の衝撃的真実を叩きつけられる。
「何ショック受ケテンダ?」
「そ、りゃ、お前……」
いや、説明しても無駄か。
ドラゴンに人間の倫理観は通じないだろう。
……とりあえずこの件が解決したら、あの戦いで怪我をした自称勇者達とドラゴン達に匿名で謝罪文を書こう。
「デ、ドコノドイツヲブッ飛バセバ良インダ?」
まぁ衝撃的事実の発覚は一先ず置いておこう。
今は、悪竜の王というとんでもなく頼もしい味方ができた事を喜ぼう。
「……あ、でも……」
シラユキ達の居場所を、ガイアは知らない。
ガイアはいつの間にか「あの森」に連れて行かれたのだから。
「………あ」
そんな時ガイアの目に入ったのは、自身の胸から伸びる物。
霊体と肉体をつなぐ、たった1本の糸。
この国の王都周辺には、大きな森が3つある。
1つは、獣人達が住む『カリバの森』。奥に進むにつれ危険度上昇傾向。
獣人達の里まで到達しようと考えるなら、決死の覚悟が必要。
もう1つは、『ダフマの森』。
大昔から『死者の魂が還る場所』とか『天国への入口がある場所』と信仰され、余り人が足を踏み入れない聖なる森。
精霊の女王がひっそりと暮らしている、なんて噂もチラホラ。
そして、最後の1つ。
特に、言い伝えとか特徴とか無い、ただの森林地帯。名前すら付いていない。
ただ、その森には、1つだけ都市伝説がある。
それは、その森の中心にある、「不思議な花畑」にまつわる都市伝説……
森の中心部にある、開けた空間。
巨木の枝葉という天井が無く陽光が遠慮なく降り注ぐその場所には、鮮やかな配色の花畑が広がる。
その花々に囲まれて生える、1本の古木。
そんなに高くも低くもない、中途半端な高さの木だ。
葉は全て枯れ落ち、素朴だが力強い枝だけが裸で残されている。
それなりに太さがある事を利用し、その木の天辺には、木製の小屋が建てられている…というか、上手い具合に乗っけられている、という表現が正しいかも知れない。
数時間あれば簡単に建てられてしまいそうな、簡素で貧相な小屋だ。
小屋内には、外観とは非常に不釣り合いな豪華なイスが持ち込まれていた。
そのイスに座すのは、漆黒のドレスを着飾った、銀髪の美女……の様に見える男。
シラユキだ。
そして小屋の中には、シラユキ以外に6つの影。
力無く壁に背を預けるマモンを含む、『七罪の魔人』によって生み出された魔人達だ。
昨晩、ガイアにトドメを差した妖艶な女性の姿だけが見当たらない。
それに気付き、シラユキは6人に問いかける。
「『色欲』は?」
「……例の……『式場』……」
「姫君のドレスアップ。それと、それが終わったらおまけで手に入った3人で色々遊ぶとか言っていたのである」
応えたのは内気そうな少女と顎鬚のダンディ。
「にしてもさー、ご主人様さー、睡眠とかーいらないのー?」
気だるそうに間延びした声で喋る幼い少年。
「ああ。不思議とね」
アンラにもらったアンプルを飲んでから、シラユキの体には言い表し様の無いエネルギーが漲っていた。
昨晩眠らなかったどころか、もう半日以上水分一滴すら摂取していないのに、シラユキの体に負の変調は一切無い。
「……挙式が楽しみだ。今日中に挙げよう。そうしよう。そして明日からめくるめく新婚生活だ」
シラユキの狂気に濁ったつぶやきを聞きながら、壁にもたれたマモンは小さく一笑。
笑える。本当、イカれ始めてるな、こいつ。
マモンに浮かぶのはそんな呆れ笑いだ。
だってそうだろう。
今、あのお姫様は他のお仲間同様、『色欲』の能力で、永久に覚める事の無い仮死状態へと落ちている。
そんな死体同然の女との結婚にウキウキワクワク心躍らせる野郎を見て、「イカれてる」以外にどう評価できようか。
厄介な主人に当たった物だ。
きっと他の6人も内心そう嘲笑っているだろう。
マモンがそんな事を考えていた時だった。
ドッ、と、衝撃が彼の胸を貫いた。
「あ?」
マモンの胸から、黒い何かが生える。
鋭い5本の突起が束ねられた槍の様な、何かが。
それは、大爪を持った黒い腕だった。
マモンの胸から生えている、訳では無い。
小屋の外から、壁も、マモンの胸も貫き、そこにあるのだ。
「な、がへぁっ…!?」
マモンが本格的な悲鳴をあげる前に、次が来る。
その黒い腕から、黒い何かが放たれる。
衝撃が、マモンの体を木っ端微塵に吹き飛ばし、内部から小屋を食い千切り、そこにいた全ての者達に襲い掛かる。
「何だぁっ!?」
叫んだのは筋骨隆々とした男。
多少傷は負ったものの大事に至った様子は無い。
シラユキと、マモンが欠けた5人の魔人達が次々と花畑に着地する。
「チッ、朝ダカラ『闇』ノ『量』モ『ノリ』モイマイチダナ……」
そんなつぶやきの中、元のストラップ人形に戻ったマモンを一瞥すらせず、襲撃犯は悠然と枝の上に立っていた。
黒ずくめの体に、『闇』そのものの様なモヤを纏い、目の無い顔で静かにシラユキ達を睨みつける。
「……『人形』ガ5体……ソンデ、妙ナ気配ダガ一応人間ラシイノガ1匹……」
「!」
人形。
擬似生命である七罪の魔人の本質を見抜いている様だ。
「人形ハ、『殺ス』トハ言ワネェヨナァ……」
マモンを葬った黒爪を構え、そいつは臨戦態勢。
6対1。
それが何だと言わんばかりに、自然な動作でシラユキ達と交戦意思を見せる。
「アノ人間以外ハ、加減無シデ問題無ェッテ事ダナ」
漆黒の怪人、グリム。
生前は世界を震撼させた悪竜の亡霊が、魔人達に牙を剥く。
アッチニ妙ナ気配ガ固マッテル。俺様ハアッチカラ片付ケテクルゾ。
グリムはそう言うと、ガイアとグラを残し、単身森の奥へと駆けて行ってしまった。
一応シラユキはテレサの友人だし、その部下である彼らもどんな関係性があるかわかったものでは無い。
極力誰も殺さない様に頼んではおいたが……
グリムはガイア達人間と「生命を奪う」という行為への価値観が、根本的に異なる。殺戮を楽しむ様な柄では無い様だが、勢い余ってテヘペロ☆、とか、充分ありえそうな悪寒がしてならない。
さっさとこっちを済ませて合流しよう、とガイアは全力で思う。
「……ってい、うか……こ、っちは…こっちで大丈夫…なの、か?」
ガイアは生霊。
ほぼ無能状態だ。
グラは対して腕っ節が強そうには見えない。
しかも、魔法は使えるけどそのレパートリーには戦闘向きなのは一切無いとかさっき言っていた。
今、2人はガイアの胸から伸びる『霊体と肉体をつなぐ糸』を辿り、ガイアの肉体がある場所を目指しているのだが……
そこに、敵が1人もいないという保証は、無い。
「大丈夫ですよ」
柔らかく笑いながら、グラは言う。
「以前、グリムの不在中、私、ちょっとヤバイ事になった時があるんですが……」
「や、ばい?」
「はい。心臓を抉り抜かれました」
それを「ちょっとヤバイ事」で済ますとは、流石は精霊の女王と言ったところか。
「その時、グリムは誓ってくれたんです。絶対私を守るって」
そして、それは言葉だけの誓いでは無い。
ちゃんと、「いついかなるピンチにも対応できる」具体的な手段も示してくれた。
それがあるから、グリムは特に迷う事もなくグラを放置しているのだ。
「私には『竜王の加護(物理)』があります。ご心配なく」
「か、(物理)……?」
一体、どんな加護なのだろうか……
「コメディー」の人気作品
書籍化作品
-
-
969
-
-
111
-
-
107
-
-
6
-
-
1359
-
-
29
-
-
3395
-
-
3087
-
-
59
コメント