悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第45話 シラユキ(♂)と七つの大罪③

「悪の組織……」


 超美女系男の娘、シラユキの前に現れた謎の少年、アンラ。
 この褐色肌の少年は、自分の事を悪の組織のボスであり営業マンだという。


 そして、シラユキから『ニーズ』とやらを感じ取り、営業をかけにきた、という事らしい。


「という訳で、早速『能力しょうひん』のご紹介だよ。僕の『直感』によると、君へのオススメはこの辺かなー……まずはこちら」


 アンラが広げた小さな掌。そこに赤黒い線で描かれた魔法陣が浮かび上がる。
 魔法陣から現れたのは、スマホに付ける様な7つのストラップ。
 その先には木製の小さな人形がくっついている。


「『七罪の魔人ギルティ・シンボル』。君に絶対服従。便利な能力を持った七人の擬似生命魔人が出来上がるよ」
「擬似生命?」
「ま、要するに作り物の命だね。もちろん命だけじゃなく人格も外見も作り物。君をベースに、それぞれの『罪』に合わせた人格と外見を構成する」


 人には、『人を罪へと導くであろう七つの感情』という物がある。
 いわゆる、『七つの大罪』という奴だ。


 フィクションで敵役等のモチーフによく取り上げられるし、どこかしらで聞いた事があるだろう。


 強欲、嫉妬、高慢、憤怒、暴食、色欲、怠惰。


 アンラが自信を持って紹介する『七罪の魔人ギルティ・シンボル』という商品は、その七つの大罪に沿った形で、人造魔人を精製する。
 それも、それぞれが異質な特殊能力を持つ七人の下僕だ。


「使い方は簡単。このストラップ人形の鼻みたいなボタンをポチっと押すだけ。『パー○ンのアレじゃね?』とかいうツッコミはご遠慮ください」
「ま、待って、色々ツッコミ所があるんだけど……そんな物を使って、僕は何をすれば良いの?」


 シラユキの言う通りだ。


 シラユキは、テレサと結婚したいだけ。
 それなのに、特殊能力を持つ七人の人造魔人なんて何に使えと言うのか。


「そりゃあお客さん、決まってるじゃん」


 楽しそうに、アンラは笑う。


「好きに使えば良いんだ」
「え?」
「常識も、法律も、誰かの意思も、何にも縛られず、ただ自分の欲望に従って、このチカラを好きに振りかざせば良い。そうすれば自然と満たされる。とっても簡単だ」
「そんなの……」
「悪い事?」


 更に楽しそうに、アンラの口角が吊り上がる。
 頬の肉が裂けてしまいそうな程の笑みだ。


「悪い事の何が悪いの?そもそも悪い事をしてはいけないなんて法律や常識を作ったのは誰?」
「それは、お父様達や……僕らの先祖の……」
「その人達は、神様か何かなの?」
「え……」


「違う、所詮は、人間だろう?」


 アンラの口調が、変わる。
 その言葉から、幼さが抜け落ちる。
 豹変、そう言っても良い。


「貴様ら人間は、法律という力で同じ人間を隷属させている。そして人々がその隷属を受け入れるのは、そうするしかないからだ」


 法律という物に付随する力に、人は抗えない。


 法律に隷属する者達は、隷属しない者達を認めない。排除しようとする。
 人は少数で生きていくことが難しい。
 だから、多数である『隷属する者達』に組み込まれる事を受け入れる。


 だから従うしかない。
 法律とそこから派生する常識に支配され、人は生きている。


「貴様はこれから法律に隷属する必要など無くなる。そういう力を得る。法律を捨て去り生きる事ができる。ならば、善悪に対する概念も変わってくるはずだ」
「…………」


 アンラの言葉は、シラユキの中の黒い何かを増長させる。
 そういう因子が、その声には含まれている。


 しかし、これは決して催眠などの類では無い。
 むしろ逆。


 覚醒を、促している。


「法は貴様を縛る敵。罪は貴様を解放する味方だ。法から解き放たれた貴様は知るだろう。悪という快楽を」
「…………」
「……とまぁ、そんな感じだよ」


 アンラの口調が、少年のそれに戻る。


「……わかった。その商品、買うよ」


 シラユキのその言葉に、アンラは営業用の一般的な笑顔を作った。
 とても子供らしい、無邪気を装った笑顔。


「お買い上げ、ありがとうございまーす」
「……ちなみにいくら?」


 一国の王子であるシラユキ。
 その財力は本来、物を買う際に金額なんぞ気にする必要は無いレベルだ。
 しかし、今は生憎手持ちが少ない。
 カードが使えれば問題無いが、現金キャッシュでの買い物には限界がある。


「これくらいでいかがなモンかと」
「い、意外と安い……」
「まぁ、僕の趣味でやってる商売だしねー。ちなみにお支払いはエディもイケるよ」


 そう言って、どこからかエディをスキャンする機械を取り出したアンラ。


 せっかく出してくれた所悪いが、シラユキは現金で支払いを済ませ、商品を受け取った。


「あ、あとこれ」
「……薬?」


 差し出されたのは、1本のアンプル。
 中には赤色の液体が入ってる。
 鮮血っぽい赤味だ。


「さっき言った、『法律に隷属しなくて良くなる力』だよ。商品をお買い上げいただいたお客さんには無料で提供してる物さ」
「何か、血っぽいけど……」
「うん、僕の血。効能としては、平均的魔族を軽く凌ぐ魔力とタフネスが手に入るよ」


 アンラはさらっとすごい事を言い、アンプルをシラユキの手に握らせる。


「この商品を使う前に、必ず飲んでね」
「……わかった」
「じゃ、頑張って」


 その一言の後、アンラの姿が虚空に溶け始める。




「僕たち『絶対悪の原典たる者達アーリマン・アヴェスターズ』は、悪を望むお客さんを、心から応援するよ」












「ど、どどどどど…どうしよう……」


 城内の女子トイレの個室で頭を抱えるテレサ。
 あの手のトラブルは初めて過ぎてどうしていいかわからない。


 それなりに歳は食っているが、テレサは心身ともにまだまだ子供。
 結婚なんて言葉が人生に絡んでくるのは初めてにも程があるのだ。


「っていうか何げにファーストキスが……」


 シラユキが男だったという事実に気を取られ過ぎて忘れていた。


 どっかのペンドルトンの様に颯爽と唇を奪われてしまった。
 流石に泥水で口を洗うような真似はしないが、ちょっとショックは受ける。


 シラユキの事は嫌いではないが、嫌いではないからと言っていきなりキスされて良い訳では無い。
 キスを挨拶程度に捉えられる程、テレサはフレンチでは無いのだ。


 そんなこんなで、かれこれ2時間程この個室に篭っている。


「うぅ……」


 でもまぁこのままではラチが開かない。
 とりあえずシラユキと落ち着いて話し合おう。


 そう判断し、個室から出る。


 ガイアがいたら「何故トイレにこんな豪華な窓を……」とつぶやくだろう荘厳な装飾の窓からは、既に夕日が差し込んでいた。
 初春の夕暮れは意外と早い。


 テレサは陰鬱とした重い足取りで手洗い場の方へと向かう。
 丁度その時、青髪の女性がトイレにやって来た。


「あ、エキドナさん。こんにちわ」
「ん?」


 騎士団の副団長、エキドナだ。
 元がドラゴンだけあり、牙や角が目立つ。


「…………」


 あれ? とテレサは違和感を覚えた。


 いつもなら、「おお、第1王女。相変わらず元気だけはあるようだな」的な返事があるはずなのだが……


 この後、エキドナの口から放たれたのは、信じられない言葉だった。




「誰だ、貴様は?」








 何かが、おかしい。


 テレサがそれを理解するまでに、そう時間はかからなかった。


 おかしい。


 城内の誰に話かけても、「誰?」「迷子?」「勝手に入っちゃダメだろ?」的な返事ばかり。


 仮にも、テレサはこの国のお姫様。
 民衆の中での認知度は低いが、城に出入りする者で知らない者などいるはずが無い。


 何より、確実に知り合いであるはずの人物にも、忘れられている。


「な、何がどうなって……」


 そんな時だった。


 廊下の曲がり角から、メイド長のシノと談笑しながら歩くチャールズが現れた。
 談笑と言っても、チャールズが話す事をシノが無表情ながらちゃんと聞いている、というだけだが。


「チャールズ兄様!」


 流石に、兄なら忘れてなどいないはずだ。


 そう、思っていた。


「え、えーと、兄様って俺の事?」
「少女、何か、勘違いしているのではありませんか?」


 2人のリアクションは、完全に赤の他人と相対した時のそれだった。


「兄様……!? シノさんまでですか!?」
「……? 何故私の名前を?」
「皆、何で私の事を覚えて無いんですか!?」
「シノ、知り合いなの?」
「…………いえ、そんなはずはありませんが……私、記憶力は良い方なので」
「……っ……こんなの、やっぱりおかしいです!」
「あ、ちょっと君!」






 ダメだ。


 城の中には、テレサを記憶している者はいない。


 テレサは城を抜け、夕暮れに染まる街の中、ある場所へと向かった。


 そこは、自分の会社。
 魔地悪威是商会のオフィス。


 城で起きている異変を、ガイア達に相談しよう。
 そう思っていた。


 しかし、オフィスへと向かい走る中、ふと、とてもとても嫌な予感が胸を過ぎった。


 ……そんな訳は、無い。


 ガイア達まで、自分の事を忘れてしまっているなんて、あるはずがない。


 そう言い聞かせながら、走る。


 そして、頭の悪そうな社名を掲げるビルにたどり着き、階段を駆け上がり、オフィスのドアを開け放つ。


 オフィス内には、出て行った時と変わらずガイア・アシリア・コウメの3人が顔を揃えていた。


「ガイアさ……」
「んお、客か?」


 ……その一言で、テレサは充分に察してしまった。


 ここでも、同じ異変が起きている、と。


「な、んで……」
(理解、できねぇか?)
「!?」


 ふと、頭の中に響いた声。
 一部の魔族などが使う、テレパシーという奴の類だろう。


 ガイア達にばかり意識が行っていて、気付くのが遅れた。


 オフィス内で起きている、最も重大な異変に。


「……あなたは……!?」


 テレサのデスク。
 このオフィスのボスの席であるそこに、堂々と座す者がいる。


「シラユキ……ちゃん……!?」
(惜しいねぇ)


 そこでニタニタと下衆な笑いを浮かべるその顔や髪色は、シラユキのそれにとても近い。


 しかし、脳内に響く声は、シラユキの鈴を鳴らす様なそれとは違い、とても低く荒い。
 外見的にも髪が短かくなっているし、顔の微細な印象も異なる。
 テレサの知るシラユキより、目つきがとても鋭く感じた。


(俺ぁ、シラユキに限り無く近いが、シラユキじゃねぇよ)


 ぎゃは、とテレサの脳内に低い笑い声が響く。


(『シラユキの強欲グリード・マモン』とでも呼んでくれや)
「グリード、マモン……?」


 そうだ、とマモンを名乗るシラユキそっくりのそれは、テレサの脳内で囁く。


(俺ぁ『強欲』そのもの。『あらゆるモノを、俺のモノにする』)


 それが、強欲を司る、このシラユキによく似た男の『特殊能力』。


(お前のモノ全部、俺のモノにさせてもらったぜ)


 とてもとても楽しそうな笑い声が、テレサの脳内で炸裂した。


 そう、皆、テレサの事を忘れた訳では、無いのだ。
 ただ、差し変わっている。
 テレサとの記憶が、全て丸々、このグリード・マモンという男との記憶に。








 王城、図書室。


「君は、きっと僕を嫌いになるだろう」


 静かにつぶやいたシラユキの手元には、一冊の文庫本。


 タイトルは、『愛しいあの娘を落とす108の方法』。


 彼が開いているページの見出しは、『頼られる男になろう』。


「でも、大丈夫。だって、もう君を受け入れるのは僕しかいない。君は、僕にすがるしか無いんだ」


 少しばかり嫌われようと、構いはしない。
 彼女から、選択肢を奪ってしまえばいい。


 彼女が生きるには、自分を頼る他無い。
 そんな状況に、追い込む。


 それに、ちゃんと幸せにしてあげれば、好きになってくれるはずだ。


「……さて、そろそろ行こうか」


 文庫本を棚に戻し、シラユキは歩き出す。


 2人の明るい未来に相応しい『新居』の準備に向かう。


 そして、そんなシラユキの後に従う、6つの影。


「ああ、楽しみだなぁ」





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