悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~
第43話 シラユキ(♂)と七つの大罪①
とある大病院の、超特別集中治療室。
大量のチューブが集中するその核には、かろうじて「人間」であり続ける1人の女性。
生命活動に必要な最低限の臓器だけが無傷で残されているだけの、肉塊。
そこには、皮も肉も骨も含め、人のパーツとしての原型を残している部位はほぼ存在していない。
「いやぁ、災難だったみたいだね。グレーテ。いやハンス? ……あーもう。君はどっちで呼べばいいかわからないから、面倒臭いなぁ」
そんな事を言いながら笑う、1人の少年。
褐色の肌とブルーの瞳が特徴的で、外見から推測できる年齢としては10~13歳くらい。
深く被ったフードから覗く頭髪は、緑。
面会謝絶にも関わらず、当然の様に彼はそこにいた。
彼の言葉に、返事は無い。
それもそうだ。
彼が語りかけた肉塊は、舌も喉笛も修復不可能な程に八つ裂きにされているのだから。
「しかし、本当に凄まじいね、この有様は」
ここまでされてもこの肉塊は生きている。
この肉塊を襲った者は、ショック死しない様に慎重に少しずつ肉を削ぎ、失血死しない様にきっちり正しい止血を行った、という事か。
……いや、それだけでは足りない。
こんな状態になるまで嬲りつつ生命活動を維持させるには、もっと超常的要素が必要だろう。
そういう能力か魔法を使える者による犯行か。
もしくは、どこかから医療用の魔法道具でも持ってきて、治療しながら嬲り倒したのかも知れない。
それくらいしないと、こんな状態にするまでの作業工程の中、人間を生かしておくなんて絶対不可能だ。
生命を奪うより、遥かに惨たらしい行為だと言える。
「僕じゃあ、ここまで丁寧な作業はできないよ。ここまで念入りに痛めつけられるなんて、よっぽど恐い奴の逆鱗に触れちゃったみたいだね」
ついでに、この肉塊が五体満足な頃に進めていた研究資料は、研究所ごと瓦礫の一部と化している。
本当、命以外は何もかもブチ壊してやる、という意思がよく伝わる壊しっぷりだ。
「何か、『僕ら』に美味しい商売のお話を持ってきてくれてたみたいだけど、そんなおっかない奴が絡むんじゃ、ちょっと割に合わないかな」
今回ここに来たのは、その商売の話を聞くためでは無い。
この有様だ、聞けやしないだろう。
「さて、とりあえず、脳は無事みたいだし……君の研究は無駄にするには惜しいモノだ」
幸い、その研究を無駄にしない術が、ある。
「美味しく、いただきまーす」
「ガイアさん、見てください!」
いつも通り暇で暇でしょうがない魔地悪威絶商会オフィス。
テレサはガイアに見せつける様に、自分と瓜2つの少女を指差した。
「あの後、デビコさんにもう1度指南してもらって、完璧な分身の作成に成功しました!」
「へぇ、そら良かったな」
「……でも、分身の一挙手一投足は私が操作するので、結局1人と何も変わらないです……」
「……時間の無駄ってのはこういう事だな」
等身大の自分型ラジコンが手に入っただけ、という結果に終わった様だ。
「でも分身すごい」
「……はい……私如きではとてもこんな……」
アシリアとコウメは、何をしてもノーリアクションなテレサ(分身)のほっぺやお腹をつついて興味津々そうだ。
「あ、今何時ですか?」
「ん? ……ちょうど1時回ったとこだな」
ガイアがスマホで時刻を確認したところ、現在13時01分だ。
「何か予定でもあるのか、珍しい」
「はい! 今日は久々に、お友達に会うんです!」
…………。
「お前、友達なんていたのか……」
「そりゃいますよ!?」
よく「ぼっちで寂しかった」と喚いていたので、てっきり真性の友達いない系少女なのかと思っていた。
「確かに少ない方ですけど……」
まぁ、テレサの場合育ちの関係上仕方無い部分もある。
友達ができるのは、主に学校生活の中だ。
しかし、テレサは王族。
庶民の学校とは隔絶された城内の学校で教育を受けて来た。
そして、「城内の学校」と言ってもその実情はマンツーマンの家庭教師に近いと聞く。
友達を作るのは不可能とは言わないが、至難の技なのだ。
「お隣の国のお姫様なんですけど、知ってますか?」
「知らねぇ」
「アシリアも知らない」
「私も……って当然ですよね言うまでもないですよね。無駄に酸素消費してごめんなさい」
政治活動をしている王様だの王妃ならとにかく、お姫様の事なんて自分から調べなきゃ耳には入ってこない。
「名前はシラユキちゃんです。会うのは7、8年ぶりくらいで、とっても楽しみなんです」
とても嬉しそうに、テレサが笑う。
「話の流れ次第ではここに連れてきますけど、意地悪しちゃダメですよ、ガイアさん」
「流石に一時の京楽のために、国際問題のリスクは背負わねぇよ」
……まぁそのお姫様のイジり甲斐にもよるがな、と心の中でガイアは密かに付け足した。
「じゃあ、そろそろ行ってきます!」
「おう」
「いってらっしゃい」
「気をつけてくださいね……って私が言うまでも(以下略)」
元気に出て行くテレサを見送り、ガイアはふと、ある事に引っかかる。
それは、ちょっと前に友人から聞いた話。
「あれ、ちょっと待てよ……隣の国って、確か――――
王城。
そんなにスペースを確保する必要があるのかと疑問に思える様な拾い客間に、1人分の影。
美しい雪の様な、そんな言葉が似合う、銀の長髪。
深い青色の瞳は、深海の様な神秘的雰囲気を感じさせる。
身に纏う女性向けのドレスに違和感は無く、いかにも高貴な家柄の者だとわかる。
高校生くらいだろうが、その落ち着きっぷりというか大人っぽさは幾百の歳を生きた精霊にも匹敵するだろう。
その人物の名は、シラユキ。
この国の隣国、同盟関係に当たる国の王族だ。
今回は、国王同士の会談があるという事で、それに着いてきた。
7年と129日ぶりに、『あの子』に会うために。
そんなシラユキが何をするでも無くただひたすら1人佇む客間の扉が、開く。
「こんにちわ! お久しぶりです、シラユキちゃん!」
「……久しぶり、テレサ」
元気ハツラツとしたテレサの挨拶に、シラユキは落ち着いた返事。
「わぁ、すっごく大人っぽくなってます!」
「テレサは……あんまり変わってないね」
「う……その辺はノータッチでお願いします……」
「大丈夫、可愛い」
「頭ナデナデしないで!」
外見的には結構な歳の差を感じるが、一応2人はほぼ同級生である。
「これでも私は日夜成長してるんですよ!?」
「……可愛い」
「話聞いてますか!?」
「大丈夫、可愛い」
「堂々と聞いてませんね!?」
ひとしきりテレサの頭を撫で終え、満足したのかシラユキはようやく手を引っ込めた。
「でも、本当に久しぶり。ずっと会いたかった」
「私もです」
「約束の件もあるし」
「……約束?」
テレサの表情に焦りが浮かぶ。
約束なんて、した記憶が無い。
「……え……もしかして、忘れた?」
「ひぃえ!? いえいえいえいえ!! そんな事は断じて無いですよ!?」
「そう、良かった」
そう言って、シラユキが取り出したのは、綺麗な指輪。
そして、テレサの左手を取り、
その薬指に、スっと指輪を嵌めた。
「え?」
不意に、テレサは唇に違和感を覚える。
指輪に気を取られた一瞬の隙に、その唇はシラユキの唇の重なっていた。
「んーっっっ!?!?!!?」
「……? どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ!? いきなり何のご乱心ですか!?」
「乱心なんてしてないよ?」
テレサの手を優しく握り、シラユキはうっとりとした表情を見せる。
「婚約したでしょ? 7年前」
「こんにゃ……記憶にありませんよ!? っていうか、そもそも女の子同士じゃ……」
「またまた、相変わらずテレサは変な冗談が好きだね」
シラユキはフフッと、柔らかい微笑。
そして、
「僕、男だよ?」
大量のチューブが集中するその核には、かろうじて「人間」であり続ける1人の女性。
生命活動に必要な最低限の臓器だけが無傷で残されているだけの、肉塊。
そこには、皮も肉も骨も含め、人のパーツとしての原型を残している部位はほぼ存在していない。
「いやぁ、災難だったみたいだね。グレーテ。いやハンス? ……あーもう。君はどっちで呼べばいいかわからないから、面倒臭いなぁ」
そんな事を言いながら笑う、1人の少年。
褐色の肌とブルーの瞳が特徴的で、外見から推測できる年齢としては10~13歳くらい。
深く被ったフードから覗く頭髪は、緑。
面会謝絶にも関わらず、当然の様に彼はそこにいた。
彼の言葉に、返事は無い。
それもそうだ。
彼が語りかけた肉塊は、舌も喉笛も修復不可能な程に八つ裂きにされているのだから。
「しかし、本当に凄まじいね、この有様は」
ここまでされてもこの肉塊は生きている。
この肉塊を襲った者は、ショック死しない様に慎重に少しずつ肉を削ぎ、失血死しない様にきっちり正しい止血を行った、という事か。
……いや、それだけでは足りない。
こんな状態になるまで嬲りつつ生命活動を維持させるには、もっと超常的要素が必要だろう。
そういう能力か魔法を使える者による犯行か。
もしくは、どこかから医療用の魔法道具でも持ってきて、治療しながら嬲り倒したのかも知れない。
それくらいしないと、こんな状態にするまでの作業工程の中、人間を生かしておくなんて絶対不可能だ。
生命を奪うより、遥かに惨たらしい行為だと言える。
「僕じゃあ、ここまで丁寧な作業はできないよ。ここまで念入りに痛めつけられるなんて、よっぽど恐い奴の逆鱗に触れちゃったみたいだね」
ついでに、この肉塊が五体満足な頃に進めていた研究資料は、研究所ごと瓦礫の一部と化している。
本当、命以外は何もかもブチ壊してやる、という意思がよく伝わる壊しっぷりだ。
「何か、『僕ら』に美味しい商売のお話を持ってきてくれてたみたいだけど、そんなおっかない奴が絡むんじゃ、ちょっと割に合わないかな」
今回ここに来たのは、その商売の話を聞くためでは無い。
この有様だ、聞けやしないだろう。
「さて、とりあえず、脳は無事みたいだし……君の研究は無駄にするには惜しいモノだ」
幸い、その研究を無駄にしない術が、ある。
「美味しく、いただきまーす」
「ガイアさん、見てください!」
いつも通り暇で暇でしょうがない魔地悪威絶商会オフィス。
テレサはガイアに見せつける様に、自分と瓜2つの少女を指差した。
「あの後、デビコさんにもう1度指南してもらって、完璧な分身の作成に成功しました!」
「へぇ、そら良かったな」
「……でも、分身の一挙手一投足は私が操作するので、結局1人と何も変わらないです……」
「……時間の無駄ってのはこういう事だな」
等身大の自分型ラジコンが手に入っただけ、という結果に終わった様だ。
「でも分身すごい」
「……はい……私如きではとてもこんな……」
アシリアとコウメは、何をしてもノーリアクションなテレサ(分身)のほっぺやお腹をつついて興味津々そうだ。
「あ、今何時ですか?」
「ん? ……ちょうど1時回ったとこだな」
ガイアがスマホで時刻を確認したところ、現在13時01分だ。
「何か予定でもあるのか、珍しい」
「はい! 今日は久々に、お友達に会うんです!」
…………。
「お前、友達なんていたのか……」
「そりゃいますよ!?」
よく「ぼっちで寂しかった」と喚いていたので、てっきり真性の友達いない系少女なのかと思っていた。
「確かに少ない方ですけど……」
まぁ、テレサの場合育ちの関係上仕方無い部分もある。
友達ができるのは、主に学校生活の中だ。
しかし、テレサは王族。
庶民の学校とは隔絶された城内の学校で教育を受けて来た。
そして、「城内の学校」と言ってもその実情はマンツーマンの家庭教師に近いと聞く。
友達を作るのは不可能とは言わないが、至難の技なのだ。
「お隣の国のお姫様なんですけど、知ってますか?」
「知らねぇ」
「アシリアも知らない」
「私も……って当然ですよね言うまでもないですよね。無駄に酸素消費してごめんなさい」
政治活動をしている王様だの王妃ならとにかく、お姫様の事なんて自分から調べなきゃ耳には入ってこない。
「名前はシラユキちゃんです。会うのは7、8年ぶりくらいで、とっても楽しみなんです」
とても嬉しそうに、テレサが笑う。
「話の流れ次第ではここに連れてきますけど、意地悪しちゃダメですよ、ガイアさん」
「流石に一時の京楽のために、国際問題のリスクは背負わねぇよ」
……まぁそのお姫様のイジり甲斐にもよるがな、と心の中でガイアは密かに付け足した。
「じゃあ、そろそろ行ってきます!」
「おう」
「いってらっしゃい」
「気をつけてくださいね……って私が言うまでも(以下略)」
元気に出て行くテレサを見送り、ガイアはふと、ある事に引っかかる。
それは、ちょっと前に友人から聞いた話。
「あれ、ちょっと待てよ……隣の国って、確か――――
王城。
そんなにスペースを確保する必要があるのかと疑問に思える様な拾い客間に、1人分の影。
美しい雪の様な、そんな言葉が似合う、銀の長髪。
深い青色の瞳は、深海の様な神秘的雰囲気を感じさせる。
身に纏う女性向けのドレスに違和感は無く、いかにも高貴な家柄の者だとわかる。
高校生くらいだろうが、その落ち着きっぷりというか大人っぽさは幾百の歳を生きた精霊にも匹敵するだろう。
その人物の名は、シラユキ。
この国の隣国、同盟関係に当たる国の王族だ。
今回は、国王同士の会談があるという事で、それに着いてきた。
7年と129日ぶりに、『あの子』に会うために。
そんなシラユキが何をするでも無くただひたすら1人佇む客間の扉が、開く。
「こんにちわ! お久しぶりです、シラユキちゃん!」
「……久しぶり、テレサ」
元気ハツラツとしたテレサの挨拶に、シラユキは落ち着いた返事。
「わぁ、すっごく大人っぽくなってます!」
「テレサは……あんまり変わってないね」
「う……その辺はノータッチでお願いします……」
「大丈夫、可愛い」
「頭ナデナデしないで!」
外見的には結構な歳の差を感じるが、一応2人はほぼ同級生である。
「これでも私は日夜成長してるんですよ!?」
「……可愛い」
「話聞いてますか!?」
「大丈夫、可愛い」
「堂々と聞いてませんね!?」
ひとしきりテレサの頭を撫で終え、満足したのかシラユキはようやく手を引っ込めた。
「でも、本当に久しぶり。ずっと会いたかった」
「私もです」
「約束の件もあるし」
「……約束?」
テレサの表情に焦りが浮かぶ。
約束なんて、した記憶が無い。
「……え……もしかして、忘れた?」
「ひぃえ!? いえいえいえいえ!! そんな事は断じて無いですよ!?」
「そう、良かった」
そう言って、シラユキが取り出したのは、綺麗な指輪。
そして、テレサの左手を取り、
その薬指に、スっと指輪を嵌めた。
「え?」
不意に、テレサは唇に違和感を覚える。
指輪に気を取られた一瞬の隙に、その唇はシラユキの唇の重なっていた。
「んーっっっ!?!?!!?」
「……? どうしたの?」
「どうしたのじゃないですよ!? いきなり何のご乱心ですか!?」
「乱心なんてしてないよ?」
テレサの手を優しく握り、シラユキはうっとりとした表情を見せる。
「婚約したでしょ? 7年前」
「こんにゃ……記憶にありませんよ!? っていうか、そもそも女の子同士じゃ……」
「またまた、相変わらずテレサは変な冗談が好きだね」
シラユキはフフッと、柔らかい微笑。
そして、
「僕、男だよ?」
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