悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第40話 グリ(ム)とグラ⑤

 グラの事だ。


 きっと「ゴキです! 黒いGです! バ○シィです!」とか、そんな風に騒いでいるだけだ。


 そうに決まっている。


 しかし、とても嫌な予感がする。


 暗い森を走る俺様の足は、どんどん加速していく。
 焦りが、足を速める。


 そんな訳無い。
 そう思っているはずなのに。


 嫌な予感だけが、先行する。


 森が、開ける。


 眼前には3LDKを内包する巨木。


 そして、


「おや?」


 2つの、人影。
 大きさ的に、グラの物ではない。
 1つは白衣を着た人間のメス。研究者、という輩によく似ている。


 もう1つは、


「……!?」


 全身が紅蓮の鋼で形成された、人型の機械。
 俺様の器とは配色と細部のデザインが異なるだけのアンドロイド兵器。


 機械の眼球が緑色に光り、俺様を睨みつける。


 だが、そんな事はどうでも良い。


 俺様が驚愕したのは、メスの研究者でも、この機械野郎の見てくれでも無い。


 機械野郎が握っている、モノ。


 何かが静かに滴り落ちる、赤い物体。
 中心にクリスタルの様な、淡く光る石が嵌め込まれたそれは、ドクン、ドクンと脈打っていた。


 知っている。


 俺様は、アレを何と言うか、知っている。




 心臓、だ。




 それも、成人の物では無い。
 小さい。


 その心臓の元々の居場所は、機械野郎の足元。
 そこに転がる、少女の胸の中、だったのだろう。


「何ヲ……シテイル…………?」


 状況が、飲み込めない。


 いや、飲み込めている。
 理解できている。
 疑問を口にするまでもない。


 何でそうなっているのか、大体の予想も瞬時に着いた。
 この研究者は、あの不思議な石ころが狙いなのだろう。


 そして、こうなった。


 でも、理解できているからこそ、信じたくない。


「あなたが、『グリム』?」
「……!? ……何故、俺様ノ事ヲ知ッテイル……!?」
「知ってるだろうよ」


 研究者の口調が、変わる。
 穏やかなメスのそれから、荒々しいオスのそれへと。


「そこのガキ、精霊の女王が、ずーっとグリムグリムとうるさかったんだからなぁ」


 研究者が喋り終わったのと、俺様が後方へと吹き飛ばされたのは、ほぼ同時だった。


 背中から木に衝突し、その木をへし折り、止まる。


「…………ハ……?」


 胸部が、大きく凹んでいる。
 服の上からではわからないが、亀裂も入っている様だ。


 鋼の塊である、このからだが?


「へぇ、DGBの一撃を受けてまだ命があるのね。女王が頼りにするだけはあるわね」


 研究者の口調が元のメスの物に戻る。


 いつの間にか、その隣には機械野郎が並び立っていた。


 脈打つ心臓をしっかりと握ったまま、空いている手は拳としてこちらに向けられている。


 ……成程、理解した。


 俺様は今、あの機械野郎に瞬速と表現すべき挙動で殴り飛ばされたんだ。


「でも、どれだけ強かろうがこのDGBには勝てないぜ」
「そうよ。何故なら、このDGBは最強だから」


 コロコロと口調を変えながら、研究者は笑う。


「…………」


 そんな事より、気だるい。


 何だろうか。もう、動きたくない。


 器は器だ。
 この機械の体がどれだけ欠損しようが、俺様にダメージは無い。


 でも、もう、動けない。


 ……残念な事に、俺様の理解力はとても高い。
 どれだけ理解を拒んでも、現状を冷静に脳内処理してしまう。


 あの物言わぬ肉塊と化した少女が誰なのか、視覚的情報から、それを理解してしまっている。


 そのせいだろう。


 妙な気だるさが、俺様に纏わりつく。


 生命の死。
 その自然現象は、簡単に受け入れられる。


 そういう環境で生きていたから。


 でも、この喪失感は、初めての感覚だ。


 グラを失った。その感覚が、俺様から全ての活力を削ぎ落としている様に感じる。


(……俺様が、望んだからか)


 やりたい放題、散々何者かを不幸にしてきたであろう『悪役』が、『童話の主人公』でも無いくせに『幸せ』なんぞ望んだからか。


 だから、こんな事になっているのか。




『悪には必ず罰が訪れる。とてもお似合いな、醜悪で、残酷な罰が』




 俺様自身がどれだけ傷つけられようと、俺様は苦しまない。


 だから、こんな『罰』になってしまったというのか。


 俺様がやっと見つけた『幸せ』を砕く。
 そういう『罰』に。
 こんな、余りにも惨い仕打ちに。


「さて、あなたも殺しておきましょうか。一応」


 ……好きにすればいい。


 どうせもう、1度は死んでいる。
 そして、偶然に得た新たなる生も、今では得た事を丸ごと後悔している。




 そんな事を考え、意識を投げ出そうとした時だった。




「…………?」


 声が、聞こえた気がした。
 グラの、声が。


(……幻聴か)


 それ以降、声は聞こえなかった。


 ただただ草木が静かな風に揺られる音。
 研究者の息使い。
 機械野郎の稼働音。
 ドクン、ドクン、と脈を刻む心音。


「……ア?」


 そういや、ずっと、そうだ。
 さっきから、ずっと、動いている。


 グラから抉りだされたであろう、精霊石フェアリアルの埋め込まれた、あの心臓は。


「…………」


 心臓としての機能が、未だ死んでいない。
 何故かはわからないが、とにかくまだ動いている。


 精霊石フェアリアルという奴の恩恵か。


「…………」


 あの心臓はまだ動いている。
 血液循環を、行える。


 グラの体細胞が壊死する前に、あの心臓をどうにか戻せば、もしかしたら、蘇生できる可能性が、ある。




 いつの間にか、俺様は立ち上がっていた。


「へぇ、やる気なんだ」
「馬鹿な奴だなぁおい」
「…………ウルセェ」
「不愉快で不思議な声ね。気分が向いたら研究対象にしても良い所だけど」
「生憎俺達には余裕が無ぇ」


 こいつらの事情など知らない。
 今の俺様の目的は、1つだ。


「ソノ心臓、ヨコセ」
「渡す訳無いだろうが」
「……ナラ、奪ウマデダ……!」
「勝てると思ってるの?計算上、あの『悪竜の王』、ドラングリムさえ仕留められるのよ。このドラングリムバスター-PTプロトタイプは」
「……アァ……?」
「悪竜の王を討った自称勇者。そいつから買い叩いた対竜兵装。その魔宝玉から抜き出した戦闘記憶を元に算出した確かなデータだ。だから余計な抵抗はやめとけ」
「…………」


 何か知らんが、アホなのかこいつは。


「……人間ガ、アマリ俺様ヲ舐メ腐ルナヨ……」


 森が、騒めく。
 おそらく、力を放出し始めた俺様を恐れ、拒絶しているのだろう。


 植物は逃げ出すことも抵抗もできない。
 だからただ必死に騒めく。


(悪いな……少し不愉快だろうが、我慢してくれ)


『力』で、森全体の『闇』を支配する。


 亡霊になろうと、俺様の力は衰えてはいない。
 むしろ、寿命間近だった頃より、増している様にさえ思える。


「……え?」


 俺様の背後で蠢く『闇』を見て、傲慢そうな研究者も流石に気づいたのだろう。
 生物的な、圧倒的実力差に。
 俺様が、そんな機械では到底届かない場所にいる事に。




「人間如キトノ戦イデ、俺様ガ本気ヲ出シテイタトデモ思ッテイルノカ?」










 診察時間が終了した、夜の病院。


 診察室には、1人の女性。
 衣服は実に医者っぽい。
 しかしその顔にはサングラスとファイヤーパターンのタトゥー。


 実に医者らしからぬ面の女性。
 ドクトル・キッドナップ。


「うむ。では、ちゃちゃっとまとめて帰ろうか」


 本日来た患者のデータ等々をまとめ始めようとした時、自動ドアが開く事を知らせる音がなった。


「……新米ナースめ。また終了の看板を出し忘れて帰ったな……」


 足音は、真っ直ぐに診察室へ。


 ドアが乱暴に開け放たれる。


「!」
「オ前ガ、医者ダナ?」


 キッドナップは、その黒ずくめにも程がある人物を知っている。
 知っていると言っても、新聞で見た、というだけだが。


 その黒ずくめは、片手で少女を抱き、もう片方の手には、脈打つ心臓を握っていた。


「コイツヲ、治セ……イヤ、治シテクレ……!」


 黒ずくめの声は、聞くたびに心の中で負の感情が呼び覚まされる、不愉快な物だった。


 しかし、それ以上に、その声にはある物が含まれていた。


 必死に希望にすがりつく様な、叫びにも似た、何かが。


「…………」


 状況から、キッドナップは黒ずくめがどういう用件かを察した。


「随分乱暴に抉られた様だな……『普通』に考えて、この子はもう助からん」
「コイツガ死ンダラ、八ツ当タリデ人間共ヲ皆殺シニスンゾ……!」


 本気で言っている。


「……やれやれだな」


 溜息を吐き、キッドナップは立ち上がった。


「オペ室に行く。付いて来い」


 何も考えず引き抜かれた心臓。
 それを体内に繋ぎなおすなど、到底不可能だろう。


 普通の医者なら。


「私の元へ来た事は褒めてやろう。実に運が良い」


 こういう術式オペは、実に久しぶりだ。


 手術室に入り、キッドナップはあるスイッチを入れる。
 壁が回転し、そこに現れたのは、無数の器具。


「……ソイツハ……」
「見てわかるか。目が肥えている様だな」


 全ての器具から、微量の魔力が溢れ出している。


 対竜兵装と同じ、魔宝玉の力を借りた『魔法道具』。
 扱いが余りにも難しい、まず普通の医者には扱えないそれらが、ここにはある。


「宣言してやろう。『必ず』その子を助けてみせると」








「クソ、クソ……クソ!」


 とある研究所。


 何とか逃げ延びた中年女性の研究者は、薄暗い私室で乱暴に上着を脱ぎ捨てた。


 とにかく着替えよう。そう思い、ロッカーを開ける。


 しかし、もう洗濯済みの着替えは無い。


「……もういい!」


 怒りに任せてロッカーを蹴りつける。


 彼女は下着姿のまま、デスクに座り、頭を抱えた。


 精霊の女王が持つという『精霊石フェアリアル』。
 それは、無限にエネルギーを供給する伝説の逸品。


 偶然にも、彼女はその伝説の逸品を持つ女王の居場所を、噂に聞いていた。


「『奴ら』なら、きっと高く買ってくれただろうに……!」


 研究所を立て直すためには金がいる。
 あの石を手に入れ、『奴ら』に売れば、それだけの金が手に入っただろう。


 しかし、その金を得るための行為で、彼女は貴重なテスト機すら失ってしまった。


「どうすればいい……どうすれば……」


 そう頭を掻きむしり始めた時だった。


 私室のドアが、力任せに破壊される。


「!!?」
「……ヨウ」


 現れたのは、グリムとかいう黒ずくめの男。
 数時間前、あの森で、彼女の計画を台無しにした、怪物。


「な、何でここが……!?」
「……コノ器、オ前ガ作ッタンダロ?」


 そう言って、グリムはその仮面を外す。


「なっ……DGB……!? 黒塗りと言う事は、失敗作の……」
「ツイサッキ、アイツガ目ヲ覚マシタンデナ、コノ器ヲドコデ拾ッタカ聞イタラ、此処ダッタ。ソレダケダ」


 仮面を被り直し、グリムは静かに女の元へと近寄る。


「な、な、何者だよ、お前マジで!?」
「こ、来ないでよ!」


 2人分の口調で叫びながら、女はイスごとひっくり返り、地を這う形で逃げようとする。
 しかしそこに出口は無い。
 壁にぶつかる。


「……俺様ガ何故、オ前ヲ逃ガシタカ、ワカルカ?」
「ひ、ぇ?」


 あの場で、グリムはこの女を充分に仕留める事が出来た。
 それをしなかった、理由。


 それは、あの時は時間に余裕が無かったから。


「今ナラ、ジックリジックリ…オ前ヲ嬲レルダロウ」
「ひ、や、め……こ、こっちに、こっちに来るなぁ!」


 女は近くに落ちていたペンを投げつけるが、当然、効かない。


 邪魔なデスクを片手で払い飛ばし、グリムは女の目の前に立つ。


「サテ、マズハドウシテヤロウカ」
「い、いの、ひ、だけは……」
「アァ?」
「命、だけは……助けて……! 謝る、いくらでも謝るから……お願い……! もう2度とあの女王にも手を出さないから……」
「…………」


 少し考え、グリムはゆっくりとしゃがみ、優しい動作で女の手を取った。


「……良イダロウ」
「ほ、ほんとに…」


 喜びの声を上げようとした瞬間、グリムの手が、女の手を握り潰す。


「ぎぃあぁぃ、あぁぁあぁぁぁぁぁあぁあぁぁっ!?」


 薄汚い鮮血が、辺りを汚す。


「ひぎ…ぅぁ、な、んでぇ!? 助け、て、くれるってぇ…言っ……!?」


 潰れた手をかばいながら、女は喘ぎの混ざった声でグリムに訴える。


「命、『ダケ』デ良インダロウ?」
「っ」


 女は、気付いた様だ。


 自分がどれだけ馬鹿な命乞いをしてしまったかを。


「サァ……悪党ニハ、覚メナイ『悪夢』ヲ」


 命乞いなんてしなければ良かった。
 そう思える、最高の悪夢をプレゼントしてやろう。










「酷い目に遭いましたよ、全く!」


 3LDK。
 拾い物のベッドの上で療養しながら、グラはプンスカと可愛らしく怒っていた。


 ……心臓を抉り取られたにしては怒り方が軽い気もするが。


精霊石フェアリアルを欲しがる方は希にいますが、いきなり心臓を抉りとろうとする様な人は初めてですよ」
「……スマナカッタナ」
「何でグリムが謝るんですか?」
「……俺様ガ、『幸セ』ナンゾ望ンダカラ、キット……」
「幸せ?」
「……オ前ト居ルト楽シイ、幸セダ。キットソンナ事ヲ考エテイタカラ、コンナ事ニナッタンダロウ」


 悪には必ず罰が下る。


 きっと、グラが死にかけたのは俺様への罰だろう。


 そんな気が、するのだ。


「……ダカラ、守リ抜ク」


 グラの側から離れよう、そう思った。
 グラが元気になったら、出ていこうと。


 しかし、嫌だ。


 そんなの、嫌なのだ。
 ただの我侭。
 だが、偽りなく揺るぎない、本心。


 だから、決めた。


 運命なんぞ知るか。因果応報などクソ喰らえ。


 俺様は、元々やりたい放題生きてきたのだ。
 罰に怯え逃げるなど、俺様らしくもない。


 必ず罰が訪れる?
 上等ではないか。


 俺様に歯向かうのなら、天罰だろうと片っ端から叩き潰してやる。


「モウ、コンナ目ニハ絶対遭ワセナイ。オ前ニ襲イカカル物ハ全部俺様ガ排除スル」


 だから、


「俺様ヲ、此処ニ居サセテクレ」


 どれだけ好き放題やると言っても、此処に留まり続けるかどうかは、グラの答え次第だ。


 グラが笑っている、それを見るのが、楽しい。
 グラが俺様を拒むのなら、そもそも此処にいる意味が無いのだ。


「……何を言っているんですか」


 グラは、呆れた様に笑った。


「ここに一緒に住もうと提案したのは、私の方ですよ?」


 グラは、あの時と同じ、陽だまりの様な笑顔を向けてくれた。


 ……ああ、俺様はきっと生まれて初めて、皮肉の無い本当の意味でこの言葉を口にする。


「……アリガトウ」






 天罰なんぞに、侵させてたまるものか。


 エゴだとしても、絶対に守り抜いてみせる。


 俺様の、幸せを。





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