悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第39話 グリ(ム)とグラ④

 俺様が亡霊と化し、妙なチビっ子と暮らし始めてから、1週間ほどが過ぎた。


「どうしたんですか? ボーッとしちゃって?」
「……暇ダカラナ」


 木内3LDKのすぐ近く。
 大きな湖のほとり。


 草の船を浮かべて遊ぶグラの姿を、ただただ俺様は眺めていた。


「退屈なら、無理に私に付き合わなくても良いんですよ?」
「…………ドウシテ様ガ、俺様ノ勝手ダロ」
「暇、なんでしょう?」
「……俺様ノ勝手ダッツッテンダロ」
「変なの」
「ウルセェ」


 ぷかぷかと水面に浮かぶ草の船。
 静かな風に揺られ、ゆっくりゆっくりと湖の中心の方へ進む、というか流されていく。


 グラは楽しそうにそれを眺める。


「……ツゥカ、オ前モ、ンナモン見テタッテ暇ダロ」
「暇を楽しむのもプロです」
「何ノプロダヨ……」
「ぼっちのプロです」
「…………」


 実情はどうあれ、何だかんだ部下に囲まれていた俺様は、ぼっちとしては修行不足という事……なのだろうか。


「そんなに暇なら、やってみます? 草船作り」
「……コノ指デ、ンナ器用ナ真似デキルカヨ」


 俺様が入っている器は、戦闘用の機械人形。
 その指先には、敵を引き裂くためだけに特化した黒鋼の大爪。


「じゃあ器から出れば良いじゃないですか」
「余計ニ無理ダロ」


 亡霊としての俺様の形態は生前の縮小版。
 縮小版と言っても、平均的人間の軽く10倍近い巨体だ。
 そんな体に相応しいサイズの指で、草なんぞイジれるものか。


「じゃあその器でどうにか頑張りましょう!」
「……ヤラネェヨ」
「やってみましょうよ。初めて出来た時は達成感すごいですよ。もうこうドバーッと溢れます。達成感が」
「…………」


 ドバーッと溢れる達成感、か。
 よくわからんが何やら面白そうな響きだ。


「……ヨコセ」


 まぁ良い。暇だし、やってみるとしよう。






「……惨状ですね」
「……ダカラ言ッタンダ」


 俺様を中心に広がる細切れの草の山。
 草だからまだいいが、これ1つ1つが小動物の類だったらと考えると、相当惨い光景だろう。


「でも、さっきのは惜しい所まで行ったじゃないですか。さぁもう1トライ!」
「モウ疲レタ」
「子供じゃないんだから!」
「……コンナンヲ、ムキニナッテ作ル大人ハイナイダロ」
「グダグダ言わない! もう1度お手本見せますから。ほら」
「…………」








「見なさいグリム。諦めなくて良かったでしょう?」


 数時間後。
 見てくれは悪いが、一応船としての体裁を保った物が出来上がった。


「……アンマ達成感トカ無イゾ」
「マジですか!?」


 ああ、そりゃあもう、こっちがビックリするくらい何も感じない。
 やっと造船地獄から開放される、という安堵はあるが。


「とにかく、湖に浮かべてみましょう」


 そう言ってグラは草のボロ船を湖へ。


「……オオ」


 俺様の船は、ちゃんと浮いた。
 そよ風に煽られ、ゆっくりと進む。
 この光景には、何か不思議な感覚を感じた。
 上手く言えないが、グラの船が浮かんでいたのを見ていた時には感じなかった、何か。


 これがグラの言っていた達成感なのだろうか。


「……マ、即座ニ沈没スルヨリハ、イクラカマシカ」


 そうつぶやいた時だった。
 湖の中から、巨大なナマズが現れた。


 ナマズはひれで水飛沫を立て、俺様の船を攻撃。
 俺様の船はあっさりと湖の底へと消えた。


 気のせいだとは思うが、ナマズは去り際にこちらを一瞥し、鼻で笑った様に見えた。


「…………」
「ぐ、グリム? ナマズさんも悪気があった訳では無いでしょうから、何かこの殺気みたいなの引っ込めましょう? 枯れてるから。あなたの周りの草が枯れ始めてるから。何か森全体もザワめき始めて……」
「……湖ゴト埋メ立テテヤロウカ……」
「怒り過ぎですよ!? あんなに思い入れ無さそうにしてたのに!」
「浮カベル前ト後トデ、大分心変ワリシタンダヨ畜生ガ!」
「も、もう1回作りましょう! ほら草ですよ~!」
「上等ダ! 水飛沫ゴトキジャ沈マン様ナ一級艦ヲ作ッテヤル!」
「その意気です!」


 宣言通り、水飛沫では沈まない程の船は作れた。


 が、今度はナマズが体当たりで沈めに来る事など、俺様は予想すらしていなかった。








 夜。


「……アノ魚野郎……次会ッタラ絶対目ニ物見セテヤル……!」


 日課となった犯罪者狩りしょくじを済ませ、犯人から奪った金でグラ用の菓子を買い、俺様は森の中を歩いていた。


「……ッテ、俺様ハ何ムキニナッテンダ……」


 ふと冷たい夜風にさらされ、冷静になる。
 たかが工作物を壊されただけでは無いか。


 それも、壊されたって何の問題も無い駄作を。


(……そういや、何かを作るってのは初めて、だったな)


 今まで、壊す事はあっても作る事は無かった。


(……自分が作ったモンを壊されるってのは、中々腹立たしいモン、なんだな)


 被害者になって初めてわかる事もある、という事か。
 生前の俺様では、決して知り得なかった感覚だろう。


(それに……)


 鋭く研がれた機械の爪を眺める。


 こんな指で、俺様はあの船を作った。


 ……あの時は、特に何も感じなかった。
 だが、今思い返してみると、またあの時間に戻りたいという思いが湧いてくる。


 この感覚を、俺様はよく知っている。


(あの時と、同じだ)


 倦怠の中、ただただ世界に呆れ、昔感じた刺激的な日々を、『楽しいと思っていた時間』を思い出した時。
 あの時に感じた、過去への回帰願望。


 それと同じ感情が今、俺様の中にある。


「……フン」


 どうやら、心のどこかで、楽しいと思っていた様だ。
 草の船を作っていた、あの時間を。


「……イヤ、違ウナ」


 俺様は、きっと船を作っていた事を楽しんでいた訳では無い。
 グラと過ごしていた時間を、楽しんでいたんだ。


 その証拠に、グラと飯を食いながらした雑談の記憶や、森の中を駄弁りながら散歩した時の記憶を思い返しても、同じ気分になる。


 亡霊になってからの1週間。
 あいつといる時の事は、いつの間にか全て『楽しい記憶』に分類されていた様だ。


「……本当、ココデノ暮ラシハ悪クナイ」


 生前に知らなかったモノが、ここにはたくさんある。
 その最たるモノが、グラという存在だ。


 俺様を、『対等』として扱う、身の程知らずな精霊の女王。


 殺ろうと思えば、いつでもあのチンチクリンなんて殺せる。
 俺様の記憶を見たと言う事は、それを充分わかっているという事。
 なのにあいつは、俺様を恐れる素振りを一切見せない。


 どれだけ俺様が強かろうと、生物の本能的恐怖を煽る存在だろうと、関係無い。
 殺せる力があろうと、俺様は無意味に生物を殺さない。それを、理解している。


 あいつは俺様の『力の大きさ』では無く、『俺様』を見ている。
 俺様を、「自分と同じ様なモノ」だと、あいつは本気で思い、接している。


 そんな奴、生前は全くいなかった。


 どいつもこいつも、俺様から滲み出る『力』だけを恐れ、『力』を敬った。


『俺様』を見て態度を決めた奴なんて、いなかった。


 だから、だろう。
 俺様を真っ直ぐに見据え、対等な態度を示してくれるあの小娘に、とても前向きな感情を抱くのは。


 その感情が、楽しいという感情の発端になっている。
 きっと、これが人間でいう『好意』という物なのだろう。


 同族のメスにすら向けた事の無い感情を、あんなチンチクリンに向ける事になるとは、我ながら予想外だ。


「……対等ニ接シテクレルダケデ好意ヲ抱クトハ……俺様モ結構チョロイオスダナ」


 自嘲気味に笑う。
 その事実も、悪くないと思える。


(……もしかしたら、これが『幸せ』という奴なのかも知れないな)


 今まで知らなかった、特別な感情。
 その感情を寄せる相手がいる。
 それは何故か、とても満足感を覚える事実。


 この現状が、きっと世間でいう『幸せ』なのだろう。


「悪クナイ」


 早く、あの3LDKに戻ろう。
 この袋に詰まった菓子を食いながら、今日も他愛の無い話をしよう。
 それを、また楽しかった事として記憶に刻もう。


 今も過去も、きっと未来も楽しい。
 それが、『幸せ』というモノだ。


 そう、思った、瞬間だった。




 俺様の進行方向。


 グラの待つあの巨木の方から、『声』が、聞こえた。




 聞き間違えるはずが無い、グラの声。




 グラの、悲鳴。









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