悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第29話 アシリアの冒険(ミーちゃんと一緒)⑤

「数が増えた所で、所詮は少女2人……! 何が出来ようか!」


 巨大な翼を広げ、天狗の天冠はいくつもの竜巻を生み出す。


「貴様らは私に近づく事さえ不可能! 大人しく、私の竜巻に、飲まれて消えろ!」


 無数の竜巻が、テレサとアシリアへ向け、放たれる。


「来た…! あの竜巻、しつこい」
「大丈夫ですアシリアちゃん! 目には目を、風には風です!」


 テレサが指を鳴らすと、ぼふんっという音と共に、大きな影が出現した。


 それは、体長軽く3メートルを越える、黒い熊。
 何か赤いTシャツを着ており、胸には大きく「風神」と印字されている。


「やっちゃってください! 『風熊のフーさん』!」
「うおっすでごわす」


 熊の胸が大きく膨張。その肺に、大量の空気を溜め込んでいるのだ。
 そして、


「ふぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅうぅうぅぅぅぅううううううううううっっ!」


 熊の口から放たれた突風が、無数の竜巻と衝突し、相殺される。


「なっ、そんなふざけた技で私の風が…!?」
「ふざけたとは何ですか! フーさんも私も至って真面目にやってます!」
「そうだぞこの野郎でごわす」
「黙れ! とっとと吹き飛ばしてやる!」


 天冠は勢い良く上空へと飛び立ち、滞空。


「『限廻突風トップ・ギア』……!」


 テレサ達の遥か上空、天冠はフーさんの吐息に負けない程の竜巻を生成すべく、風を集める。


(奴らは飛べない、接近は不可能! この距離ならば飛び道具を撃って来ようと防御・回避共に可能!)


 万全の防御・回避準備を整え、最大の一撃を備える。
 戦術的に、天冠にミスは無い。


 ただ、相手が悪かった。


「そいやっ!」
「む?」


 テレサが指を鳴らすと同時、天冠の股間の辺りで、ぼふんっ、という音が発生。


 そこに顕現したのは、1本のトンカチ。


 テレサは、知っている。




 男の弱点は、「そこ」だと言う事を。




「っっっ!!!!?」


 次の瞬間、天冠を強襲する壮絶な激痛。
 余りの激痛に全身の力が抜け、滞空状態を維持できなくなる。


「し、まっ……ぐ、あっ」


 ドサッ、と地に落ちた天冠。


「ぐ、うぅぉう……ひ、卑劣、な……!」


 股間を押さえ、内股で立ち上がった天冠。
 そんな彼が見たモノは、


「アシリア、チャンス到来」
「っ」


 一瞬で天冠の眼前に迫り、拳を振りかぶった、猫耳少女の姿だった。


「き、き…貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!? ひでぶぅあっ!?」
「今度は! 気絶するまで! 殴るの! やめない! もん!」
「ちょ、ぐぇあ!? 待っ、べぇば!? ごぅ、あ…マジやめでぶぁっ!? や…ぎゃばぁはぁっ!?」




 子供特有の容赦の無さを、甘く見ては、いけない。














 虚空に現れた、5つの紅い球体。
 サイズは野球ボールと同程度。


「『奇未弾5キビダン・ファイブ』」


 ガイアに聞かせる様に、紋々太郎はその球体の名を口にする。
 そして、浮遊する球体の1つに触れながら、卑しく笑った。


「昔ー、なんちゃら童子って妖怪にならった妖術でなー。これがまた面白いんだー」


 奇未弾と呼んだ球体の1つを、横合いの木へ向け、放つ。奇未弾が木に着弾すると同時、変異が起こった。
 木が、大きく揺れ、そして、


「こいつを喰らった物は、俺の忠実なお供になんのさー」


 木の根が大地を引き裂き、土上へ。無数に散らばっていた根は2本に集約し、足の役割を担う。
 枝もいくつかまとまり、腕へと変化。


 木製の巨人の出来上がり、だ。


「残念なのは、自分の意思で動く『動物』には余り効かないという点だなー。一瞬だけ動きを止めるくらいなら出来るけどー」


 そう言いながら、5つの奇未弾を全て岩や木に着弾させ、下僕を増やしていく。


「退屈してたんだー。少し、俺に遊ばれてくれよー、『玩具』くん」


 木の巨人が3体に、岩の怪物が2体。
 そして紋々太郎の仲間の大きな銀狼が1匹。


 対するガイアは、1人。


「…………面倒くせぇ展開だな」


 ガイア的には紋々太郎とやり合う理由は無い。
 さっさとテレサと合流し、アシリアを連れて元の世界に帰りたい所だ。


 しかし、紋々太郎の方はそうさせてくれる気は無い様だ。


「……この数相手だと、逃げるより倒した方が早ぇな」


 ガイアは魔法の指輪から、ある物を取り出す。


 それは、細部まで木で造られた、1本のスピア。
 唯一、柄の先端に嵌め込まれた宝玉だけが、木では無い部分として異彩を放つ。


「木槍? えらく古式な武器だなー」
「ただの木槍じゃねぇよ……まぁ、それは置いといて、1つだけ聞きたい事がある」
「んー? んー……まぁいい。メイドさんのお土産って奴だー。答えてやるよー」
「お前、この島を支配して、何をする気なんだ?」


 ガイアの質問に、紋々太郎は一瞬考え、にんまりと笑った。


「あは、聞きたいー? 俺の大いなる計画」


 紋々太郎は自身が羽織る虎皮のマントの端を掴み、ガイアに見せつける。


「ここの鬼達は、特殊な技術を有している。周りの温度に合わせ防熱防寒耐火耐氷と性質や通気性を変化させる、そんな特殊で、非常に丈夫な生地を生み出す技術なー」


 鬼のパンツはとても丈夫で、夏は涼しく冬は暖かい。 
 そこには、そんな鬼達の超科学技術が詰め込まれている。


「このマントも、虎皮の様に見えるけど、鬼達に作らせた一品でよー、すごいんだぜー。これさえあれば、火炎放射器をぶっかけられようが、液体窒素のシャワーを浴びせられようが、簡単に防ぎきれる」


 それだけじゃない、と紋々太郎は続ける。


「この生地、銃弾すら弾くし、神業物の一振りを使って全力で斬りつけても、傷1つ付かない」


 浴びた衝撃に合わせ硬化、もしくは軟化し、ダメージを殺すか受け流す。


「こんな素晴らしい技術を、被服だけに使わせておくなんて、勿体無い、もっと面白い事に使えると思わないかー?」
「……戦争にでも使う、とかか?」
「その通り! 君は優秀だなー」


 紋々太郎の笑みが、一段と深くなる。
 ここからが、彼の本願。
 鬼達を支配するという手間をかけた、本当の目的。


「今、俺は鬼達に鎧を作らせている。Tシャツやジーンズの様に軽く、下着の様に肌にフィットする。なのにその防御性能は従来の鎧と一線を画す程に高次元のクオリティ。鬼の生地を活用した、『私服装甲プレーンアーマー』さー」


 甲冑以上の防御力を得ながら、その動作はラフスタイル並に柔軟かつ身軽。
 そんな物を全身に纏った兵士を千も揃えれば、化物兵団の出来上がりだ。


「その私服装甲プレーンアーマーを量産してー、俺は万の軍を率いる。そしてこの『ヤマト国』を世界一の軍事国家にすんのさー。近い将来、俺が世界の覇権を握った時、異国の民は俺を恐れー、ヤマトの民は俺を富国強兵をもたらした『英雄ヒーロー』として崇める」
「…………」
「俺が町を歩くだけでー、どいつもこいつも俺に跪いて頭を垂れる……最高に面白そうじゃん?」


 それが、紋々太郎の目的の全貌。
 生来の支配欲に身を任せた、ある意味愚直な青年の、歪んだ夢。


「……くっだらねぇ」
「んー? 何? 声が小さくて聞こえねぇぞー?」
「いや、でも安心したわ」
「?」


 今の話を聞いて、何を安心したと言うのか。
 紋々太郎にはガイアの思考が理解できない。


「最近、漫画とかで増えてるだろ。悪役が実は良い奴でしたー、みたいなの」


 ガイアは、ゆっくりと木槍を逆手に構え、それを地面に突き立てた。


「俺、あーいうの苦手なんだ。せっかく悪役ぶっ飛ばしても、爽快感が減るっつぅか、後味悪いっつぅか」


 だから、安心した。


「……『こいつ』を使っても、相手がお前みたいな利己的な野郎なら、いくらか気が楽だ」


 いくら向こうから喧嘩ふっかけて来たとは言え、人間相手にこの『反則地味た武器』を使うのは気が退けていた。
 だが、紋々太郎が純粋なエゴイストだと判明したおかげで、少しは気分が楽になった。


 ……まぁ、それでも、『こいつ』はエグ過ぎて、まだ少々気は進まない。


「ほれ、久々の出番だぞ……相棒」


 ガイアが地面に突き立てた木槍。
 その柄の宝玉が、輝く。


「対竜兵装、『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』!」


 ガイアの叫びと同時、木槍全体が緑色の淡い光を放った。
 緑光は、槍先を伝い、土中へと流れ込む。


 そして、紋々太郎達の足元の地面を突き破り、何かが吹き出した。


「なっ……植物!?」


 それは、無数の植物群。
 葉の形を見る限り、ハーブ系。


 その植物達は、一斉に紋々太郎や銀狼、奇未弾によって生み出された下僕達に絡み付く。


「むがっ!? ぐぅ…何だこんなもの…! 下僕共! こんなも、の…さ、っさ……と……?」


 紋々太郎の声が、次第に力を失っていく。


「な、ん…ら……こ………れ……!…?」


 声、だけでは無い。
 全身の力が、抜けていく。
 思わず、膝を着いてしまう。


「アーティミシア・ワームウッドって知ってるか」
「あ……て…?」


 紋々太郎だけでは無い。
 植物に絡め取られた下僕達も同様、体の力が抜け、身じろぎ1つ起こせない状態に陥っていた。


「この対竜兵装の名前の由来になってる、ハーブの事だ」


 対竜兵装とは、魔法の力を宿す天然性の宝玉、『魔宝玉まほうぎょく』を埋め込み、魔法の力を得た事で、「竜にも対抗できる」段階まで昇華された兵装の事。
 ガイアの持つ木槍も、それ。


「知ってたか? ハーブ系の植物って、繁殖力やら生命力が強すぎて、『自分が生えてる一帯の栄養分を独り占めしようとする』んだ」


 その生命力の強さは、周りの植物を枯らしてしまう程。


 そして、そんなハーブの一種の名を冠した『まぁまぁ平和的な木槍グングネイル・アーティミシア』。
 この兵装が獲得した魔法は、実にえげつない。


 極力戦闘を避けるため、平和的かつ効率的に相手を『無力化』するためだけの魔法。


「ま、要するに、この槍が生み出す魔法のハーブは、触れた物のありとあらゆる力を、『奪う』って話だ」


 この木槍が生み出す植物に触れたら最後。
 あらゆる力を、接収される。


 勇者っぽさなど欠片も無い。
 ガイアがこの兵装を使う事を余り好んでいない理由の1つだ。


「っ……な……」


 当然、あらゆる力を奪うと言う以上、それは体力だけでは留まらない。


(目、が見えなく……それに、耳も……!?)


 視力も、聴力も、何もかも、根こそぎ奪っていく。


「ひ、ぃ……た、しゅ……け……ゆる、ひ…へ……」


 地を這い、泣きながら許しを乞う紋々太郎。


 徐々に暗転へと進む視界、音を失っていく耳。
 それは、大の大人が泣き叫ぶ程に恐怖を伴う現象。


 体力さえ残されていれば、紋々太郎も狼も、狂った様に泣き叫び、のたうち回っていた事だろう。


「……安心しろ。お前ら全員拘束したら、体力以外はちゃんと『返す』から」


 この兵装を使い、泣きながら許しを乞う相手を見るたび、ガイアは思う。
 相手がどんだけクズでも、これ、本当に後味が悪い。
 ……正統派の『勇者』には程遠い勝ち方だ、と。 










 縛り上げられ、地下牢にぶち込まれた紋々太郎一派。


 鎧造りから開放された鬼達は、口々にアシリア達に礼を言った。


「ありがたや、本当にありがたや!」


 族長らしい老いた鬼が、地に膝を着いてアシリア達に頭を垂れる。


「いえいえ、良いんですよ」
「そう。アシリア、お礼よりパンツが欲しい」
「はい。我らが誇る最高品質の『ロイヤル鬼パン』。既に製造を再開しております。30分以内には出来立てほやほやを用意します。当然、料金は不要。最高級のギフトラッピングも、是非こちらでサービスさせていただきたい」
「お爺さん達、喜ぶ」




「……何はともあれ、一件落着か……」
「にー」
 ※やれやれだぜ。


 ガイアの重い溜息に、ミーちゃんも心底同意する。


 何かとっても長かった気がする。
 具体的に言うと5話くらいかかった気がする。


「アシリアのお使いとやらが済んだら、さっさと帰ろうぜ」
「えー、少しこっちの世界を観光しましょうよう!」
「……ダメだ。物騒な地域多いんだろ、この世界」


 さっさと平和で安穏とした祖国というか世界に帰りたい。


「……ん? ……待てよ」
「どうしたんですか、ガイアさん?」


 ……ああ、そういえば、重大な事を忘れていた。


「……帰るためには、あの穴探さなきゃいけないんだよな?」
「探すって、さっき出てきた砂漠に戻れば……あ!」


 そう、あの穴は、風に乗って移動するのだ。
 ガイア達がこの世界に来て何時間も経っているし、もうあの砂漠には無いだろう。


「つまり、穴を探しながら観光できますね!」
「ポジティブだなお前は……」


 こうして、元の世界へ戻るための穴探しの旅が始まった。




「大丈夫ですよ。コメディのお約束的に、次回には何事も無かったかの様に元の世界です!」
「……そうだと良いがな」





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