悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第27話 アシリアの冒険(ミーちゃんと一緒)③

 鬼ヶ島。
 その中心にある鬼達の集落。


 族長の家だった少し立派な木製の屋敷に、その男はいた。


「あぁー、上手い具合に行き過ぎて逆に退屈だわー」


 武士風の格好に、虎の毛皮のマントを羽織った軽薄そうな青年。


「まー、流石は俺って事だわなー」
「うす、その通りでさぁ」


 いちいち間延びする青年の言葉に賛同する巨大な影。
 猿、の様だが、その肉体は異常に筋骨隆々としており、猿というよりビッグフットと表現した方がしっくりと来る。


「がふ……」


 気だるそうに吠える巨大な銀狼の頭を撫でながら、青年は重い溜息。


「でもマジ暇だわー。もーちょっと手こずると思ったんだけどなぁー、この島の制圧」


 青年は『ある目的』のために、鬼ヶ島を侵略、鬼達を支配下に収めた。
 鬼達が想像以上に温和な生物だったために、簡単に支配は完了した。
 それが逆に物足りない。


「……あー、刺激的な事起きねーかなー」
「失礼します」


 開け放たれていた大窓から、翼を背負った男が入室。


「よう天狗野郎、随分長い小便だったな」


 大猿が馬鹿にした様に笑う。


「…黙れ大猿。私は限界まで溜めて厠へ行く主義だ。……それに、厠の帰りに侵入者を発見した」
「おー、侵入者ー? 強かったー?」
「いえ。猫の様な耳と尻尾を生やした少女と猫が1匹です。既に捕らえ、牢に」
「何でー、つまんねぇのー」


 青年は残念そうに溜息。
 しかし、天狗の言葉に大猿が意外な反応を見せた。


「……猫の様な耳と尻尾?」
「何だ、大猿。興味があるのか?」
「……少し、知り合いかも知れねぇわ。ちょっと見てくら」


 出て行く大猿に「行ってらー」と青年は軽く手を振り、本日何度目かの溜息。


「あー、もう早く『完成』しないかなー。超暇だわー」
「少々の辛抱です」
「がふ」
「うーん……わかってはいるんだけどねー」


 大きく背伸びし、青年は少しだけ笑みを浮かべた。
 まるで明るい未来を思い描く様であり、同時に姦計を巡らせている様な陰も感じるその微笑。


「待ち遠しいなー、このランドール・紋々太郎ももたろう様が、『英雄ヒーロー』と呼ばれる時代が」










「どうですかガイアさん! 何か悪そうな人が見えるでしょう!?」
「確かに何かボスっぽいな、この紋々太郎とか言う奴」


 アシリアの毛を読み込ませているので、テレサの千里眼双眼鏡はアシリアをサーチし、その周囲を見る事が出来る。
 ガイア達はそれを利用し、鬼ヶ島とやらの現状を把握した。


 どうやら島の原住民は、今映っていた紋々太郎とやらの一味に武力支配されてしまっている模様。
 経緯は不明だがアシリアは紋々太郎の支配下にある島に入り、その部下に捕まってしまったらしい。


 で、アシリアの現状はと言うと、牢屋の中で呑気に眠っていた。


「とにかく、捕まってるとは言え一応無事っぽくて安心した」
「でも、何があるかわかりません! 急いで助けに行きましょう!」
「まぁ、そうなんだが……」


 千里眼双眼鏡をテレサに返しガイアは周囲を確認する。


 現在、ガイア達がいるのは、地平線の果てまで続く黄色い砂漠。


「……ここどこだよ」


 アシリアを追跡し、丘の大穴に辿り着いたテレサとガイア。
 意を決し、大穴に飛び込んだ訳だが……


「……誤算です。まさか入口が可動式とは……」


 テレサが見上げた青い大空には、ばっくりと黒い穴が空いている。
 しかも、その穴は風に乗り、どんどん移動していた。


 あれがガイア達が通って来た異世界への門的な物である。


「とりあえず、千里眼双眼鏡にはナビ機能があるらしいので……ガイアさん、操作お願いします」
「そういや機械音痴だったなお前」


 取説を軽く読み、ガイアはナビモードを起動。
 目的地は当然アシリアが捕らえられているという鬼ヶ島。


「えーと、これでいいのか?」


『ピー。目標方角、南南西。目標までの直線距離、約421.95キロメートル』


「…………」


 時速100Kmで歩けば5時間も掛からない距離だ。


 ……うん、無理。
 計算の前提が馬鹿げてる。


「こんな時こそ私の魔法です! そいやっ!」


 テレサがパチン! と指を鳴らすと、一畳分くらいの小さな絨毯が出現。


「空飛ぶ魔法の絨毯です!」
「砂漠でこのアイテムはやたらアラビアンな感じがするな……」
「とんでも無い速度で飛びますが、当然魔法のおかげで空気抵抗とかは感じないです。快適かつスピード感溢れる空の旅ですよ!」
「相変わらず便利だよな、魔法」


 ガイアはそう言いながら右手の指輪を弄る。
 これは先程、テレサから借りた魔法の指輪だ。


 別空間の倉庫にアクセスする事が出来る、魔法の指輪。
 結構な量を収納できるらしく「いつでもどこでもくつろげる様に、ふっかふかのソファーベッドやクッションも入ってるんですよ!」とか言っていた。
 今はガイアの『武器』も収納している。


 本当、便利だ。


「ただこの絨毯、『ばーどすとらいく』? っていうのには気を付けなきゃダメだそうです」
「……わざわざそういう事言うとフラグになるから辞めろ」


 何か鳥と衝突バードストライクして激痛に悶えるテレサの未来が見えた気がする。










 集落から少し離れた場所にある、鬼ヶ島の唯一の地下牢。
 一応造った物の、使う機会無く数百年が経過した施設。


 そのため、緑色の壁紙や絨毯かと思うほどコケや雑草が生い茂っている。


「うーん……ん?」


 そんな自然の香り溢れる地下牢の中。
 ゆっくりと瞼を持ち上げ、アシリアの意識が覚醒する。


「うぅ……ちょっと、動き辛い?」


 やや手足に痺れを感じるが、起き上がるくらい問題無い。
 しかし、


「……縄?」


 アシリアの手足は、荒縄で縛り上げられていた。


「ここどこ?」
「にー」
 ※牢屋だ。
「あ、師匠おはよ。師匠も縛られてる」
「にー……」
 ※あぁ、最悪の気分だよ畜生……


 翼の男は、毒に倒れたアシリアとミーちゃんを拘束し、この牢に運んだ。
 いくら侵入者とは言え、子供と猫の命を奪うのは気が退けたのだろう。


「……うーん、……あ、思い出した」


 意識がはっきりとし始め、アシリアは先程の海岸沿いでの出来事を思い出す。


「……喧嘩で、族長とお兄ちゃん以外に初めて負けた、悔しい」
「にぃ……」
 ※喧嘩っつぅのかアレ。


 アシリアは結構負けず嫌いだ。
 あんな不意打ち地味たやり方でも、負けてしまった事は悔しい。


「おう? あの天狗にやられたにしちゃ元気だな」
「!」


 格子の向こう側に現れた、大きな影。
 紋々太郎一味の大猿だ。


「……誰? あの羽の人の仲間?」
「……に…?」
 ※あれ、こいつ……
「誰、は無ぇだろうよ、おにぎりの嬢ちゃん」


 大きな口を開け、大猿が笑った。


「おにぎり……? ……あ!」


 その筋骨隆々とした巨大なシルエットに見覚えは無い。
 しかし、その顔や声には、少しだけ面影を感じる。


 アシリアのおにぎりを盗み、先に穴へと落ちた、あの猿だ。


「思い出したか? 2年振りだし、確かに俺は大分変わっちまったがよぉ」
「2年ぶり?」


 何の話だ。
 アシリア達が穴に落ちてから、まだ数時間しか経っていないはずだ。


「にー」
 ※まさかあの穴、時間までブッ飛ぶんじゃ……


 ミーちゃんの予想通り、あの大穴は数日周期で繋がっている時代が変化する。
 アシリアが落ちる直前まで、あの穴は2年前のこの世界に繋がっていた、という事だ。


「この2年間、地獄の様な日々だったぜぇ……こっちは向こう程平和じゃねぇからよぉ……!」


 生き残るため、猿は必死に鍛錬し、今の巨体を手に入れた、という事だろう。


「紋々太郎の旦那に拾われるまでの間…俺が味わった地獄…その根源はテメェだ、おにぎりの嬢ちゃん」


 何を思ったか、大猿はコケだらけの格子を掴む。
 そして、その筋肉量から生み出される圧倒的パワーを駆使し、格子を捻じ曲げた。


「ちょっくら、復讐ってモンをさせてもらうぜぇぇ……」
「にー!」
 ※なっ…そもそもテメェがおにぎり盗んだのが始まりじゃねぇか!


 飛んだ逆恨みだ。
 しかし、大猿は本気。


 血走ったその巨大な目は、アシリアをいたぶる事しか眼中に無い。


 広げられた格子の隙間から、大猿の丸太の様な足が牢内に侵入する。


「……よくわかんないけど、アシリア、大人しくやられるタマじゃない。族長のお墨付き」
「あぁ? ほざけよ。その荒縄は天狗の一族に伝わる業モンって話だ。テメェみてぇなチンチクリンに千切れる訳…」


 大猿の言葉を遮る様に、ブチィッ! と派手な音を立て、アシリアの手足を拘束していた縄が弾ける。


「このくらい、平気」


 まだ手足に痺れは残っているが、僅かな物。
 この程度のパフォーマンスは問題無く発揮できる。


「なっ……このバケモンが!」


 荒縄を破る膂力は予想外だが、関係無い。
 2年間厳しい環境で鍛え上げたこの肉体ですり潰してやる。


「ぐぅおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!」


 雄叫びを上げ、大猿がその破壊的拳をアシリアへ向け放つ。
 自身の半身程もあるその巨拳を、アシリアは難なく受け止めて見せた。


「なっ!?」


 2年やそこら厳しい環境で鍛えたから何だ。
 アシリアの体を構成するのは、厳しい環境でその生涯を生き抜くべく、幾千の時の中で洗練され続けた獣人族の細胞だ。


「アシリア、あの羽の人に用事がある」
「この……!」
「アシリアは、やられたままで終わるの、嫌い」
「知った事じゃねぇ!」
「邪魔」


 アシリアの目の色が、変わる。
 それは、獣人の末裔として生まれ持った、狩人の目。
 一撃で獲物を仕留める未来、そこへと繋がる道筋だけを見つめる瞳。


 アシリアの疾風の様な飛び蹴りが、大猿の喉を深く抉る。


「ひゅ、…ぎぃ……あぁ…!?」


 ロクな悲鳴も上げれず、大猿の巨体が崩れ落ちる。
 死んではいないだろうが、しばらくは起き上がれないだろう。


「アシリア、普通に喧嘩したら絶対負けない」
「にー……」
 ※人は見かけによらねぇな……
「行こう、師匠。お使い済ませて、あの羽の人と勝負する」


 一応第一目標は忘れてはいない。


 アシリアはミーちゃんの縄も引きちぎり、牢屋を後にした。









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