悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第26話 アシリアの冒険(ミーちゃんと一緒)②

「アシリアがいない?」


 昼休みももう終わるという頃。


 講堂にて、ガイアはテレサから電話を受けていた。


『部屋にもオフィスにもいないです!』
「そんな心配しなくても良いだろ」


 アシリアは元々野生児。歳不相応に心身共に強かだ。それにワゴン車を軽く持ち上げる様な怪力だってある。


 少しくらい1人で出歩いた所で…


『心配ですよう!』
「……あー、そうだ。お前アレは? デレラの時に使った、千里眼双眼鏡」


 確かテレサから借りた取説には、「髪の毛さえあれば、特定の人物を検索して覗ける」とか書いてあった。
 アシリアの毛なんぞ、ベッドを探せばすぐに出てくるだろう。


『その手がありました! ガイアさん流石です!』


 と、ここで通話が終了。


「ったく……ガキがガキの心配してんじゃ…」


 つぶやきの途中でまたしてもスマホが鳴る。


「……どうした?」
『た、大変ですガイアさん!』
「!」


 アシリアに何かあったのか、ガイアに緊張感が走る。


『あ、アシリアちゃん何かすごい事に!』
「すごい事って何だ?具体的に…」
『きゃー!? 何これきゃーっ!?』
「落ち着け阿呆! おい、テレサ!? おい!?」
『ヤバいですガイアさん! アシリアちゃん何か落っこちて…桃です! 桃にこう…スケキヨしてます! あ、ちょっと待って! 下流に、下流の方に!』


 ダメだ、全く状況が掴めない。


「…今から行くから待ってろ!」


 サボりは余りよろしくないが、状況が状況だ。


(……これで大した事無い事態だったら覚悟しろよお姫様……)












 ある所にお爺さんとお婆さんがいました。
 お爺さんは山に狩猟に、お婆さんは趣味の釣りのため川へ向かいました。


 すると、お婆さんはある物を見つけました。


「ん? あれは……」


 それは、川の上流から流れてきた大きな大きな桃。


「おお、こりゃすご……」


 ただし、ただ大きいだけの桃ではありません。
 何と、小さな女の子と猫が、頭から突き刺さっていました。


「すごい事になっとるっ!?」






「……アシリア、死ぬかと思った」
「にー……」
 ※全くだ。


 アシリア達は、前回の穴に落ちた後、どういう訳か、あの大きな桃に突き刺さった。
 そしていつの間にか桃ごと川に流され、お婆さんに拾われた。


 現在地は藁葺き屋根の小さな一軒家。


 お婆さんに桃から引き抜いてもらったアシリアとミーちゃん。
 そのまま保護され、老夫婦の家でお茶とさっきの桃をご馳走になっていた。


「桃に刺さっとった猫、それに猫みたいな女の子かぁ、変わっとるのう」
「本当にねぇ、最初見たときはおったまげて寿命が20年は縮んだよ」
「婆さんそしたら寿命尽きとるじゃろて」
「何を言うの、あと20年やそこらで死ぬモンですか」


 和気あいあいと笑う老夫婦。
 夫婦仲は良好な様だ。


「とりあえず、お腹はいっぱい」


 大きな桃をほぼアシリア1人で食い切り、盛大にゲップ。


「にー…」
 ※ここがどこで、どうやって帰るかっつぅ大問題が残ってるけどな。
「そうだ! おにぎり取り返さないと!」
「に!?」
 ※もっと重要な事あんだろ! つぅかまだ食う気かよ!?
「あ、でも猿さんどこにいるかわからない……」


 がっかりしてても仕方無い。


「にー」
 ※で、無駄だと思うがもう1回聞くぞ、ここどこだ? 帰り道わかんのか?
「うん、そうだね師匠」
「に?」
 ※お、まさか通じたのか?
「お爺ちゃんとお婆ちゃんに助けてもらったお礼しないと」


 通じて無かった。


「お礼なんて気持ちだけでいいよ、お嬢ちゃん」
「ううん、軽いことなら気持ちで充分だけど、命の恩はそれだけじゃダメって族長言ってた」


 確かにあのまま桃に刺さって大海へと旅立っていたら、命の保障は無かっただろう。


「うーん……じゃあ、そうだねぇ、ちょっと、お使いを頼もうか」
「わかった」
「にー……」
 ※もう勝手にしろい。








 ここから少し離れた所に、『鬼ヶ島』という離島がある。
 その離島に住む、鬼の一族が、少し前から衣類の通販を始めたそうだ。


 それが中々の評判で、この辺じゃ鬼印の衣類はブランド品として確立。
 老夫婦も、人気商品『鬼のパンツ』愛用している。
 丈夫で、夏は涼しく冬は暖かい。理想の下着。
 とても不思議で、そして素晴らしい一品。


 先日、遠くに住む息子夫婦から懐妊オメデタの一報を受けた老夫婦は、記念に超上質な鬼のパンツ、通称「ロイヤル鬼パン」を送ってやろうと思ったそうだ。


 しかし、鬼達との連絡が取れない。


 鬼ヶ島はかなり辺鄙な島なので、時折長期停電が発生し、電話が通じなくなる。
 今回もそれだろう。


 というわけで、ここからがアシリア達のお使い。


 鬼ヶ島に直接行って、ロイヤル鬼パンを買ってくる事。
 きっちりギフトラッピングもして貰うように頼まれた。


「……これ、本当にお金?」


 アシリアが渡された財布には、見た事無い物が入っていた。
 楕円形で平べったい、金色のコイン。
 少なくともアシリアのいた国の物では無い。


 あの老夫婦は印象的に嘘を吐く感じでは無かった。これは本当に通貨として機能する物、なのだろう。


 穴に落ちたと思ったら外国だった。
 不思議な事もある物だ。


「……あれ、そういえば、どうやったら帰れるんだろう?」
「にー……」
 ※今更かい……
「……うーん、…とりあえずお使い終わってから考える」


 という訳で、目指すは鬼ヶ島だ。








「……あれ?」


 船を借り、鬼ヶ島へとやって来たアシリア達。


 島の入口にあるという受付で注文する様に、という話だったのだが……


「師匠、誰もいないよ?」
「にー」
 ※知らんがな。


『ようこそ鬼ヶ島へ』
 そんな事を書かれていたであろう受付の看板は砕け散り、辺りに散乱。
 周辺の草木には焼け焦げた様な後も残っている。


 何より、


「……何か、恐い?」


 島全体から、異様な気配を感じる。
 殺気、の様な……




「……雉も、鳴かずば斬られまい……」




「え?」


 渋みを感じさせる重い声が降って来た。
 同時に、アシリアとミーちゃんの頭上に影が差す。


 見上げると、雉のそれに似た一対の巨翼を広げた何かが、こちらへと降下して来る所だった。




 長い長い、抜き身の刀を振りかぶって。




「!?」


 その白刃が、白い砂浜を叩き切る。
 衝撃の余り、空高くまで砂の柱が昇る。


「何!?」
「にぃっ!?」
 ※何か一気に世界観変わったぞ!?


 ミーちゃんを抱え、間一髪で凶刃から逃れたアシリア。
 しかし完璧には躱し切れず、右肩の所の布がばっくりと裂け、うっすらと縦一文字の傷が走っている。


「……避けられた……いや、『充分』か」


 巻き上げられた砂粒達が回帰する雨。


 そんな物気にせず、刃の主は静かにつぶやいた。


 大きな翼を広げるその生物は、翼の有無と異常に高い鼻以外、人間の男性と大差無い外見をしていた。
 アシリア達獣人と同じ、亜人種の類、だろうか。


「いきなり何するの? 返事によってはアシリア怒る」
「……少女、雉は、何故鳴くと思う?」


 翼の男はその手の刀の鋒をアシリアに向けながら、問う。


「あ、アシリアそれ聞いた事ある。山に子供が……」
「に」
 ※それカラスな。
「それはカラスだ」
「にー!」
 ※ツッコミ被せんな!
「で、雉がどうかしたの?」


 話の流れがイマイチ良くわからない。


「……愚かだと思わないか? わざわざ鳴かなければ、その位置を悟られず、猟師に狩られる事は無いのだ」


 ふぅ、と溜息を吐き、翼の男は少し悲しそうにつぶやいた。




「今の、君の様に」




「……あ、れ?」


 アシリアの視界が、歪む。


 立っていられず、砂の上に倒れ込んでしまった。


「に!?」
「心配するな猫。この妖刀『雉無鳴きじむめい』の刀身が分泌するのは、神経に軽く作用するだけの麻痺毒。致死性は無い」


 もっとも、数時間は呻き1つあげられんだろうがな、と付け加える。


「う……?」


 指先1つまともに動かない。
 意識が遠い。


 何が起きているのか、アシリアには理解できない。


 最初の一撃で、アシリアは肩に掠り傷を負った。
 そこから、翼の男の『妖刀』が分泌する毒が入り込んだのだ。


「少女、痛く反省する事だ」


 じゃり、じゃり、と翼の男が砂を踏む音が、アシリアへと迫る。


「雉が鳴く様に、でしゃっばった真似をしなければ…こんな目には合わなかったのに、と」












「大変なんですよう!」
「……アシリアが何か知らないけど異世界っぽい所に行っちまった、ねぇ」


 魔地悪威絶商会オフィス。
 駆けつけたガイアは、テレサが千里眼双眼鏡で見た物について詳しく聞いていた。


「しかも異世界だけに世界観違うんです! 一部地域で結構殺伐としてるんです! のほほんとした雰囲気皆無なんです! 早く迎えに行かなきゃ作品変わっちゃいます! 急がないと!」


 まぁ確かに、このお姫様がいれば、世界観規模のシリアス雰囲気すらぶっ壊してしまうだろう。アシリアの身の安全の確保、さらには作品の雰囲気を守るためには、早々に殴り込むべきだ。


「でも迎えにって…その異世界への行き方はわかんのか?」
「それはもうアシリアちゃんと同じ道を辿るしか無いです! 犬型悪魔を召喚して匂いを追いましょう!」
「……じゃあ、ちょっと俺の家寄るぞ」
「何を悠長な!」
「だってそこ、殺伐としてるんだろ?」


 ガイアは、この姫様の様に魔法が使える訳でも、獣人の様な膂力がある訳でも無い。
 丸腰では、ただの人間だ。


 万が一の時、指を咥えてみているなど冗談では無い。


「……異世界って事は、兵装規制法は無ぇんだろ?」





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