悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第23話 デカけりゃ良いってモンじゃない(戒め)

「ガイアさん! 私決めました!」


 昼過ぎのオフィス。


 出勤早々、テレサが宣言する。


(今日こいつが騒ぐ様なイベントって何かあったっけか)


「私、巨乳になります!」
「……待て、本当に何があったんだ今日」
「事の始まりは昨日です!」
「昨日?」


 ガイアはバイトのため休んでいた日だ。






 昨日、テレサはお城の庭で工具箱を拾った。
 専属の大工の物だろう、と大工の元へ届けた所、


「ありがとよう姫様。…あぁ、そうだ。お姫様のお気に召すかはわかんねぇが、こんなモンで良けりゃ礼として受け取ってくれい」


 と、大工が差し出したのは、小さな可愛らしい巻尺。
 何でも新しいトンカチを買ったら、おまけで付いてきた物らしい。


 測り紐を伸ばし、ボタンを押すと、測り紐がすごい勢いで巻尺本体の中へと戻る。
 子供に取っては中々面白味がある代物。


「ありがとうございます!」


 という訳でテレサは嬉々として巻尺を貰っていった。


 その流れでオフィスにやってきたテレサ、デスクの端から端、テレビ、ソファー、色々な物のサイズを測って遊んでいた。


 そして、ちょっとした思い付きで、自分の体の成長具合を確かめてみる事に。


「何してるの?」
「あ、アシリアちゃんも測りますか?」
「面白そう」
「はいはい、ではでは万歳してください」
「こう?」
「はい、ではちょっと上着の中に失礼して……こ、これは……」






「僅差……僅差だったとは言え、アシリアちゃんに、私の胸は……私の胸は……!」
「ああ、わかったから皆まで言うな。……聞くに耐えねぇ」


 要するに、非常に微差での敗北を喫した、という事だろう。
 確実にテレサより年下であろうアシリアに、アレのサイズで。


 どんぐりの背比べ、という感じはしないでも無いが、テレサ的にショックがデカいのは、まぁわかる。


「アシリア、何か悪い事した?」


 よくわからない様だが、少し申し訳無さそうなアシリア。


「アシリアちゃんは悪く無いです! どうせ私がダメダメなんです! 所詮旧時代の洗濯用具です! 所謂まな板です!」
「もうそれ以上自分を傷つけるなよ……あとその流れで言うなら洗濯板だろ」


 まぁ似たような意味だが。


「私、もう本当、何としても今日中に巨乳になってみせます!」


 いくらなんでもハードスケジュール過ぎないか。
 突貫工事なんてレベルじゃないぞ。


「という訳でガイアさん!」
「…………」
「無言で目を逸らさないで下さい!」


 この流れで男のガイアを呼ぶ。
 何かすごく嫌な予感がする。


「断る」
「まだ何も言ってないです!」
「……じゃあ言ってみろよ」
「私噂で聞いたんです、男の人に揉んでもらったら大きく…」
「やっぱりな! 断る!」


 それはよく聞くだけの都市伝説だ、この阿呆。


「うぅ……では、またしてもガイアさん!」
「また俺かよ」


 この問題でまだ男を頼りにする余地があるのか。


「……俺にどうしろってんだよ」
「何でも良いんで、巨乳になる方法を教えてください!」
「心の底から言うぞ、…知るかっ!」


 せめて女に聞け、とガイアは全力で思う。


「…あ、そうだ! ガイアさんのお友達の中に巨乳の方とかいないですか!?」


 どうやら、そいつから根掘り葉掘り色々聞いて実践するつもりの様だ。


「まぁ標準より少しデカいくらいの知り合いならいなくもないが……」
「お願いします、聞いてみてくださいよう!」
「聞いてみて、ってお前なぁ……」


「どうやったらお前みたいに巨乳になんの?」なんて聞いたら2度と関わりを持ってもらえなくなりそうだ。
 その人だけでなく、その人の周りの人にも。


「……あ、1人大丈夫そうなのいるわ」
「是非!」
「ったく……でも絶対参考にはならんと思うぞ」
「聞いてみなきゃわかんないです!」


 仕方無ぇ、とスマホを操作し、電話をかける。
 気は進まない。こんな事を聞いたって問題無いだろうが、あんまり電話したくない相手なのだ。


『……何の用よ。弟とは言え、野郎が気軽に電話かけてきてんじゃないわよ』


 開口一番、男になんの恨みがあるんだと聞きたくなるお言葉。


 通話相手は、ガイアの実姉。
 良い大学出の公務員といういかにもエリートな感じで、尚且ミスキャンパスとか取っちゃう様な人物だ。……欠点をあげるならば、例え身内だろうと「男」を異常に毛嫌いする所か。


「…あー、姉貴? 今時間ある?」
『本当に少しなら時間もあるけど……うーん…まぁ野郎相手とは言え腐っても肉親、仕方無いわね。手短な話なら聞いてあげるわ』
「相変わらずだな……」
『私の肉親に生まれた幸福を噛み締めなさい。で、何?』
「……突然妙な話になるけど、姉貴って胸デカい方じゃん? ……胸をデカくするコツって何かある?」
『…………』


 無言。
 流石に身内とは言え、こんなセクハラまがいな事をいきなりは不味かったか。


『ガイア、私、確かにあんたが妹だったら…妹だったら……! と常日頃から思ってたけど、別にアレよ? 弟だからってそんな……とにかく早まらないで、落ち着きなさい、今すぐそっち行くから話合いましょう。どこにいるの? 早く、早く言いなさい! もうこの際お姉ちゃん全力で謝るから思い留まって! 生まれ変わった元息子なんて見たら、母さんぶっ倒れるわよ!? お姉ちゃんね、それぞれの生まれ持った性別にはきちんと意味があると思うの…だから落ち着いて考え直すのよガイア! 聞いてるの!?』
「お前が落ち着け」


 どうやらこのお姉様、質問の意図を妙な方向に深読みした様だ。
 有らぬ誤解が生まれてしまっている。


『待ってなさい今…くっ、離せ部下共! 私の弟が…いや、弟の息子あれが緊急事態なのよ! この後の会議? 知るかそんなもん! 始末書? そんなもん後で100枚でも200枚でも…』
「落ち着けってば!」


 姉が部下達の制止を力尽くで振り払う前に、大至急、事の顛末を説明する。


『…何だ、そんな……てっきり私の女尊男卑主義に嫌気が差してヤケになったのかと……』
「そんな心配するなら、もう少し俺に優しくなれ」
『……見当しておくわ』


 意外にも素直な返答。
 勘違いだったとは言え、自分のせいで弟がすごい決断を下してしまった焦燥感を味わったせいだろう。


『で、さっきの質問の答えだけど……まぁ、あれよね、一種の気合よ』
「ああ、予想通り参考にならなくて逆に安心したよ」


 ガイアの姉は所謂「勉強は出来る馬鹿」という奴だ。
 学業以外の事を聞いても大抵「気合」か「根性」しか答えない。


『あ、待って、そういえば最近部下がその手の話で面白い事を言っていたわ』
「面白い事?」


 姉からの情報は、確かに中々面白い物だった。


「ありがとよ」


 礼を言って、通話を終了する。


「どうでした!?」
「ああ、良い話が聞けたよ」
「それは一体どんな?」
「……イソフラボンっていう成分に、美容・バストアップ効果があると言われている、ってさ」


 イソフラボンとやらは、女性ホルモンに近い働きをしてくれるらしい。
 更年期障害や骨粗鬆症防止、乳がんの予防、生理不順の改善、そして豊胸効果等の効能が見込めるそうだ。


「すごい! イソノフランソン様々です!」
「イソフラボンな」
「で、その成分は何に含まれているんですか!?」
「大豆」


「……え?」


 以前(第9話)、テレサは確かに言っていた。
 豆は、嫌いだと。


「さぁ、テレサ。今日は俺が腕によりをかけて、大豆料理を振舞っちゃうぞ☆」
「ガイアさんがかつて無い程楽しそう!?」


 そりゃあそうだ。
 イジる機会と「前々からの心配の種」を解決する機会が同時に訪れたのだから。


「巨乳になりたいんなら食うよな?」
「いえ、生憎私お夕飯はおウチで……」
「……気付いてないのか?」
「へ?」
「? …ガイア、アシリアがどうかしたの?」


 楽しそうに笑うガイアが視線を送った先には、アシリア。


「……はっ! まさか、ガイアさん……あなたは…!」
「そうだ……お前がどこで飯を食おうと関係無い事実が1つある……」
「?」


 何の話してるの? と首を傾げるアシリア。


「アシリアの飯を作るのは、俺だ……!」


 それはつまり、アシリアに大豆料理を振舞う事が可能、という事。
 アシリアはほとんど好き嫌いなどしない子供の鏡(食い意地が張ってるだけとも言えるが)。
 大豆料理だろうと喜んで食うだろう。


「さぁ、お前が大豆を食わん間にアシリアが大豆を摂取し続ければ、どうなると思う?」
「くっ、姑息な……! 意地が、意地が悪過ぎますよ今のガイアさんは……!」
「うるせぇ、いい加減バランスを考えた食事を取りやがれ」


 毎日毎日、肉やら甘いもんやらばっかり貪りやがって、見ているこっちが心配だ。
 どうせ城での食事も野菜類を避けて食っているだろう。


「大体、そんな不安定な食生活だから幼児体型のまんまなんじゃねぇのか?」
「ぐふぅ!?」


 思わぬクリティカルブローに、テレサは片膝を着いてしまう。


「…………今晩のお夕飯、ご一緒させていただきます……」
「素直でよろしい」


 今夜は大豆パーティだ。










「ガイアさん! 豆乳って意外と美味しいです! 大発見です!」
「そら良かったな」
「でも、この大豆まみれの煮物は少し手加減が欲しかったです……豚肉増やすとか」
「コラ、ひじきどけんな。一緒に食え」
「絶対に嫌です! ひじきには磯野フランソワは入ってないんでしょう!?」
「……大豆とひじきを一緒に食うと、イソフラボンが活性化するらしいぞ(適当)」
「マジですか!?」
「ああ(適当)」
「……適当な事言ってません?」
「とか何とか言ってる間に、アシリアがバクバク食ってんぞ」
「っ!? 負けませんよアシリアちゃん!」
「むぐ? …よくわかんないけど、アシリアも負けない」


(最近、ガキ…というかこいつらの扱いに慣れてきたな……)









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