悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第22話 転ばぬ先の杖(予防接種)

 お昼過ぎ、ガイアは病院の自動ドアをくぐり、ふぅ、と溜息。


「……バイトって面倒くせぇよなぁ、色々と」


 最近、強力な新型インフルエンザが流行っているらしく、ガイアのバイト先に、本店からお達しが来た。


『従業員全員に、予防接種を受けさせろ』との事。


(ま、注射が恐いなんてガキみたいな事は言わねぇし、費用も本店負担だからいいけどさ)


 病院まで足を運び、特にする事も無い待合室で過ごすというのは、中々楽しい物では無い。


 特にこういう時期は、ガイアと目的を同じくする者が多い。
 そのため、結構な時間待たされる。


 もう既に待合室は人だかりが出来ていた。


「……あー、面倒くせぇ……」


 受付に診察券を提示し、適当な安物ソファーに腰かける。


 すると、すぐにナースからお呼び出しがかかった。
 ……今座ったばかりなのに、と少し不満げにガイアは受付へ向かう。


「えー、ガイアさん? 今日はどの様な?」
「あー、新型インフルの予防接種で」
「はーい、では、受付しますね。順番が来たらお呼びしますので、あちらのソファーでお待ちください」
「うっす」


 その時だった。


「注射嫌だってばぁぁ! ジルの馬鹿ぁぁぁ!」


 診察室から走り出てきたのは、テレサと同い年くらいの桃髪少女。


 どうやら予防接種が怖くて途中で逃げ出した様だ。


 しかし、無茶苦茶長い聴診器が投げ縄の如く放たれ、少女の体に絡みつき、捕縛。


「うにゃっ!?」
「ふっふっふ、甘いぞ少女。私は予防接種の鬼、『ドクトル・キッドナップ』……」


 聴診器を放ったのは、白衣を纏ったサングラスの女性。
 白衣を着ているからには医者なのだろうが、雰囲気が物凄く医者っぽくない。
 顔面にファイヤーパターンのタトゥーとか入っているし。


「私は、決死の抵抗を見せる幾多の小児患者を捕縛し、強制的に施術してきた。いわば小児のスペシャリストだよ。私から逃げられるお子様など、この世に居はしない。大人しくさっき教えた念仏を唱えなさい」


 何だあのラスボスの居城とかにいてもおかしくなさそうなテンションの医者は。


「くぅ! 私が何者か知らない様ね……! 私らはインフルなんて……」
「いや、俺達もインフルにはかかるから。つぅかお前去年死にかけただろ、ジャバ」


 保護者っぽい紫髪の青年は呆れた様に溜息。青年の頭には小さいが角の様な突起物が見える。


「うぅ! そんなの記憶に無いも…痛たたた!? 引きずるなぁーっ! せめて抱えてよジルの馬鹿ーっ!」
「引きずってるのは俺じゃねぇよ、いいから静かにしろ」


 何かボス臭い医者と紫髪の青年により、桃髪少女は診察室へ連行されていった。


「先生、今日も張り切ってるわね」
「…………」


 ……何かあの人に注射されるのは、すごく不安だ。








「あー、終わった終わった」


 予防接種を終えたガイア。


 ドクトル・キッドナップ、その診察は意外と普通だった。


 というか、あれは恐らく名医の部類だろう。
 痛みを感じさせないと噂のモスキートニードルでも無いのに、ほとんど痛みは無かった。


 小児のスペシャリストを名乗るだけはある。
 捕獲術だけでなく、『痛くない治療』の研究にも日夜取り組んでいるに違い無い。


 まぁその辺は置いといて、とりあえず、診察代を払うべくガイアは受付へ。


「領収書お願いします」
「はーい」
「…………」


 ふと、待合室のテレビが映していたニュースに目が行った。


 丁度、今まさにガイアが予防接種を受けた新型インフルの話題。


 ……どうやら、死亡者が出てしまった様だ。


「…………」


 どこの誰とも知らない相手の訃報というのは、聞いていて悲しくなる事は少ない。
 その人の事を全く知らないから、「人が死んでしまった」という、実感が薄い。


 ドラマの中の登場人物が死んでしまったって、余程のめり込んでいない限り悲しくなんてならない。
 自分から余りに遠すぎて、欠落感を感じ無いから。
 酷い話だが、それに近いのだろう。


 この事を考える度、当然ながら自分は聖人君子とやらには程遠いな、と思う。


 しかし、だからと言って決して楽しい物ではない。
 それが、自分に身近な原因による物となれば、尚更。


(……最近のインフルってのは、馬鹿にできねぇな……)


 ガイアが小学生くらいの時は、インフルなんて「ちょっとキツイけど公的に学校休める病気」くらいの認識しか無かった。
 まぁあの頃の自分が馬鹿なガキだっただけ、なのかも知れないが。


「インフルエンザって、恐いですよね」


 ガイアがニュースを見ていたのに気付き、領収書を差し出しながらナースがつぶやく。


「風邪の様に簡単に発症してしまうのに、命に関わる事態にまで至る事があるんですから」
「……そうっすね」
「特に小さいお子さんとか、高齢者の方は驚く程簡単に死に直結してしまう…本当に恐い病気です」
「………………」


 小さいお子さん、か。








「なぁテレサ」
「何ですか?」


 予防接種を終え、魔地悪威絶商会オフィスにやって来たガイア。
 通り道のコンビニで買った雑誌を広げ、何気ない感じで、ちょっと話題を切り出してみる。


「お前、新型インフルエンザの予防接種は済ませたか?」
「いっ……え、えええ! も、もちろんですよ!」
「……嘘だろ」


 相変わらずのわかりやすさだ。


 ま、だろうとは思っていた。
 絶対注射嫌いなタイプだこいつは。


「う、嘘じゃないです! ……去年、ちゃんと受けました!」
「去年じゃもう意味ねぇよ」


 新型っつったろうが。


「……何で毎年毎年あんな恐怖体験しなきゃいけないんですか! 義務教育過程を終えたら注射打たなくて良くなるって話はどこに!?」
「そんなホラ話をどこで聞いたか知らんが、仕方無いだろ」


 文句なら、毎年毎年形態を変えて襲ってくるインフルエンザウイルスに言えという話だ。


「っていうか、そんな調子でよく去年は受けたな」
「去年は、チャールズ兄様とディアナ姉様とシノさんが徒党を組んで私を……魔法で必死に抵抗したんですが、力及ばず」
「魔法まで使ったのかお前は……」


 どんだけ注射恐いんだこのお子さんは。


「ガイア、よぼーせっしゅって、何?」
「病気にならない様に、前もってワクチンって言うのを打つ事だ」
「打つ?」
「ああ、注射でな」
「注射……」


 おそるおそる、アシリアはガイアに問う。


「……それ、アシリアも受けなきゃダメ……?」
「……ああ」


 ガイアの肯定に、アシリアはがっくりと肩を落とす。
 すごく絶望感が漂っている。


「…………アシリア、よぼーせっしゅ行く前にお肉をお腹いっぱい食べたい。…あ、やっぱりお寿司が良い」
「本気の目でお願いするな。注射で死にはしねぇって」


 本当に子供って、どうしてこんなにも注射を恐るのだろうか。
 というか、注射=死ぬかも知れないと思っているのに、抵抗せずに覚悟を決めるとは、アシリアは中々度胸がある。
 伊達に厳しい自然界で生きていた訳では無いという事だろう。
 ガイアが自分達のためにならない事を無理強いする訳が無い、という信頼の様な物もあるだろう。


 それに比べてこのお姫様は……


「知ってますかガイアさん! 予防接種のワクチンって、弱ったウイルスの事なんですよ! 何かあったらどうするんですか!?」
「アナフィラキシーの事か?」
「あ、あなふぇら……?」
「打ち込まれたワクチンが体に合わなくて、強烈な拒否反応アレルギーが出ちまう事だ。あとアナフィラキシーな。今の言い間違いは、下手したら規制モンだぞ」
「よ、よくわかんないですけどそれです」
「……あのな、接種前にテストがあるから」


 ※アレルギー等の持病の無い方でも、受付の際にお願いすれば、簡易パッチやプリックテスト等の事前検査を行って貰えるそうです(天の声)。


「とにかく嫌です! 意地でも抵抗しますよ私は! この肌にあの狂気の針が刺さる最後の刹那まで、私は諦めません!」
「その覚悟をもうちょっと別の所に使えんのかお前は……」
「アシリア、覚悟できてる」
「ああ、お前はな……そうだ」


 あんまり子供を利用するというのは好きでは無いが、仕方無い。


「テレサ、お前アシリアに『自分が大人だ』って所、見せるんじゃねぇのか?」


 現状、すぐに覚悟を決めたアシリアとみっともなく抵抗を続けるテレサ、どちらが大人らしいかなど一目瞭然だ。
 諦めない美学もあるのだろうが、残念ながら物事にはTPOという物がある。


「っ……! その話を今持ち出すなんて…惨い……! 惨い仕打ちですよガイアさん…!」


 なら大人しく予防接種を受ければイイのだ。


「大体、何でそんなに予防接種させたがるんですか! ガイアさんは困らないでしょう!?」
「…………お前の場合インフルになったら『ガイアさん看病してください』とか言い出すだろ。迷惑だ」
「そんな事言いませんから! メイドさんがいますもん!」


 メイドさんの手間を増やすな。
 それに、ガイアは口ではああ言ったが、看病云々の問題では無いのだ。


「……ニュースとか見てねぇのかお前は」
「ニュース?」
「とにかく、マジで予防接種は受けろ。付いてってやるから」
「………………」
「……テレサ」
「………………」
「テレサ」
「…………わ、……わかりました」


 いつに無く本気のガイアの迫力に圧され、テレサは渋々了承。


「あぅ、でもやっぱ……!」
「往生際悪いなお前は……」












 この後、「やっぱり無理ですごめんなさい!」とテレサは診察室から逃げ出そうとした。
 …が、あのドクトル・キッドナップがそれを阻み、熱い死闘を繰り広げた末、どうにか予防接種を完遂した。



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