悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第17話 無表情の本音(片想)

 ……私は、私の11歳までの人生を、呪う。
 毎日、常闇の中で重い鎖に全身を雁字搦めにされている様な気分だった。
 望んだ訳でもないのに、物心ついた頃、私は『国賊』なんてモノの一員になっていた。


 でも、どういう訳か、私は12歳の誕生日に、人生の転機を迎えた。
 その日から、私は幸せに満ちている。


 優しい人に救われ、平和な衣食住と職を与えてもらった。


 そして、『王子様』に出会った。


「君、僕と同い年くらいなのに、メイドなの?」
「……何か文句あんの?」
「い、いや、そういう訳じゃないけどさ……」


 その『王子様』は、私に手を差し出して、笑った。


「よければ、一緒に遊ばない? 今、とっても退屈してるんだ」
「あんた、友達いないの?」
「いるよ! でも友達だって生き物だから予定が合わない日だってあるんだよう!」
「…………ふん。まぁ、良いわよ。相手してあげる」


 私が彼に特別な想いを抱くのに、そう時間はかからなかった。




 そして、それが叶わない、叶えるべきでない想いだと気付くのにも、そう時間はかからなかった。










 チャールズの私室。


 ゆっくり紅茶を楽しむチャールズ。


「……良い紅茶だ……」


 …………。


「シンデレラ……」


 ちょっと前の失恋を大いに引きずっている模様。


「チャールズ王子」
「どぅわ!?」


 天井からの声。


 チャールズは思わずティーカップをひっくり返してしまう。


「し、シノ!?」
「はい」


 天井からワイヤーを使って蜘蛛の如く垂れ下がってきたのは、いかにもスパイっぽいボディスーツの女性。


 いつだって無表情、自称忍的スパイ。シノ。


 普段は至って普通の無表情系メイドとして勤めている。
 複雑な家庭事情があり、幼少期より城で働いているので、チャールズとは幼馴染に近い。


「テレサ姫の活動記録、ここ1週間分です」
「あ、ああ……そういえばそんな物を頼んでいたね」


 シノから大きな茶封筒を受け取り、チャールズは一つ気になることを聞いてみる。


「……ちなみに、どうやって入ってきたの?」
「普通にドアから差し脚忍び足で」
「一応王子じょうしの部屋だからね? ノックしようか」


 本当、スパイスキルは素晴らしいのに、やたら謎の行動を取る人だ。


「大丈夫です王子。性的な意味で覗いてはいけない事をしていた場合は、そのまま無言でシャッターを切って立ち去ります」
「聞き逃せないワンステップがあった気がするんだけど……っていうか、普通に入ってきたならせめて普通に声かけてくれない?」


 シノは少し考え、


「……それは、少々面白味に欠けるのでは?」
「これ仕事だから、面白味求めてないよ?」
「仕方ありません、反省します」
「反省って仕方無くする物だっけ……?」


 相も変わらず色々と掴めない奴だ。
 とりあえず、封筒の封を切り、中身を確認。


「うわぁ、ガッツリ写ってるなぁガイアさん」


 結構な量の写真群。
 ちょいちょいテレサと一緒に写っている大学生くらいの男性。
 この人が例のガイアだろう。


「……この拗ねてるテレサの頭撫でてるのとか、兄上に見せたら絶対ヤバイよなぁ」
「私供には、どう見てもテレサ姫が子供扱いされている様にしか見えませんが」
「テレサが関わる事で、兄上に俺達の常識は通じない」


 あの人ならこれだけで発狂できる。
 チャールズにはそう断言できる。


 という訳でもちろんこの1枚は破棄処分だ。




 しばらく写真を整理するチャールズ。


「……こんなもの、かな。今回はわざわざありがとう。ご苦労様」
「いえいえ」


 ガイアの写っている写真を一通り弾き、チャールズは残った写真をまとめる。


「あと、これまとめ終わったら兄上に届けて欲しいんだけど、大丈夫?」
「はい、承知しました」
「じゃあお願い。あ、くれぐれも、ガイアさんの事は兄上に喋っちゃダメだよ?」
「…………」
「待ってシノ、返事。返事重要だよ今のは」
「冗談です。流石の私も悪ふざけで人命を失わせるつもりはございません」
「ならいいけど……ん?」
「何か?」


 写真をまとめる作業中、チャールズはある事に気付き、写真の裏面を次々に見返していく。


「これ、1日分抜けてないかい?」
「!」


 写真の裏に印字されている日付。
 ここ1週間分と言っていたのに、整理してみると6日分しか無い。


「ちっ、……無駄にめざとい」
「無駄にって……で、何かあったの?」


 シノは少し悩んだ様な顔をして、


「……あー…、あれです。私がド生理の日だったので勝手ながらお休みを」
「そ、そうなんだ……聞いちゃ不味い系だったね、ごめん……っていうか君はもう少しオブラートという物を活用しよう」


 チャールズは知らない。
 実は、シノがシノなりに気を遣ってくれている事を。


「……テレサ姫に悪気は無かったのでしょうが……」
「何か言った?」
「いえ。私に気を使わせるなんて生意気だわこのアホ王子、なんて決して思ってません」
「え!? 何!? わざわざ言うって事は思ってる節があるの!?」
「思ってないと言っているでしょうアh……チャールズ王子」
「い、今……」


 …………。


「もういい。多分君の本音を聞いたら俺は死ぬ」
「……失礼な」
「そうでもないと思うけど」


 シノは結構辛辣だ。
 ただでさえシンデレラの事で傷心気味の今の状態で、シノの罵倒に耐えられる自信など無い。


「じゃあ、くれぐれもよろしく」
「はい」








「全く……あの王子は、妙な所で鋭い……」


 シノは廊下を歩きながら、チャールズに渡さなかったとある写真群を取り出す。
 チャールズが指摘した、「足りない1日分」。
 それは、テレサ達がシンデレラと会ったあの日の物。


 一応写真は撮ってあったのだが、シンデレラの件で傷心気味のチャールズには彼女関係の写真は見せない方がいいか、と判断したのだ。


 シノなりの気遣いだ。


「本当、失礼な人ですよ。私の優しさに感謝して欲しい物です」


 シノは、ちゃんと加減を心得ている。
 チャールズを馬鹿にする時は、細心の注意を払う。
 彼が精神的にへし折れる様な事は、思っても決して口にはしない。


 幼馴染、だから。


 なのに、あの王子は「シノの本気の罵倒を聞いたら心折れて自殺する自信がある」的な事を言い出しやがった。
 こっちの想いも知らずに。


「私があなたにそんな酷い事言うわけ無いでしょう……アホ王子」


 少しだけ寂しげな、彼女のつぶやき。


 それは、純粋な罵倒とは違う、彼女の特別な感情がにじみ出た物。
 人に言えない様な出自、そんな理由もののせいで、もう何年も胸の内に閉じ込めている、彼女の本音。


 こんなにも想っていようと、想うだけでは彼に伝わってはくれない現実が、寂しい。
 そして、言葉に出来ない、してはいけないという現実が、辛い。


(…………おっと……私とした事が、らしくありませんね)


 諦めは、とうの昔についたはずだ。


 シンデレラ関係の写真をポケットに収め、軽く深呼吸をしてスイッチを切り替える。


 寂しさの面影を全く感じさせない、いつも通りの無表情。


「……さて、お仕事に戻りましょう」


 ウィリアムに写真を届けたら、いつものメイド服に着替えて、お庭の掃除だ。











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