悪い魔法使い(姫)~身の程知らずのお姫様が、ダークヒーローを目指すとほざいています~

須方三城

第15話 僕の鼻がこんなに伸びる訳がない(嘘)《前編》

「嘘を吐くと、鼻が伸びる病気?」
「何ですかそれ?」


 ある日、ガイアがメールボックスを確認すると、妙なメールが届いていた。


 件名『嘘を吐くと鼻が伸びる奇病に悩まされています』。


「聞いた事無い病気ですね」
「アシリア知ってる」
「え?」


 今日もミーちゃんを捕獲し、湯たんぽ代わりにしているアシリア。


「アシリアの里の近くの森、そこの湖の精霊に悪戯すると、そういう病気になるって、族長言ってた」
「何じゃそら……」


 それは病気じゃなくて呪いの類では無いだろうか。


「でも、病気なら私達よりお医者さんに行くべきでは無いでしょうか?」
「医者じゃどうにもならなかったんじゃねぇのか? お前の魔法でどうにかしてほしいって事だろ」
「鼻を伸びなくする魔法なんて無いですよ。鼻を無くすデフォルメ魔法とかならありますけど」
「もうそれで良いんじゃねぇの?」










「良くないよ!」


 少年の叫びを聞き、ガイアは「まぁ、ですよね」と思う。
 この少年が、例のメールの送信者、今回の依頼人だ。
 名前はピノキオというらしい。
 鼻は少し長めだが、そう騒ぐ程では無い。


「どうにか出来ないの? 魔法使いさん!」
「うーん……あ、腕の良い剣豪悪魔さんなら召喚できますよ」
「削ぎ落とす気!?」
「あ、無免許ですけど、とっても凄腕の外科医悪魔さんとかも…」
「切除は無しの方向で模索してください!」


 どうやらテレサの魔法では、鼻の病気をどうこうではなく、鼻自体をどうにかするしか出来ない様だ。


「つぅかそんなに困るモンなのか、その病気」
「うぅ……鼻が伸びる不便さを知らないからそんな悠長なんだあなた達は…」
「まぁ、知りたくもないけどな」
「見ててくださいよ……」


 ピノキオはスっとテレサは指差し、


「わっ! すげぇ巨乳!」


 どぬんっ、という怪音と共に、ピノキオの鼻がすごい勢いで伸び、ガイアの頬をかすめて後方の窓ガラスを叩き割る。


「っ……!?」


 ガイアの頬に走る一文字の薄傷。
 かすっただけで人肌を裂いてしまう、そんな勢いでピノキオの鼻が伸びたのだ。


「吐く嘘にも寄るけど、大体このくらい殺人的勢いで伸びるんだよ、この鼻」
「これは不便っつぅか……人命に関わるな……」


 下手な改造エアガンより殺傷能力があるだろう。


「……ところで、今の嘘は私に喧嘩売ってるんですか?」
「いやいや、丁度良い嘘が思いつかなくて、つい」
「つぅか、どうやったら戻るんだこれ」


 顔のすぐ横に他人の鼻っ柱があるというのも中々不思議な気分だ。


「吐いた嘘と逆の本当の事を言えば戻るよ。ちょっとずつだから連呼しなきゃいけないけど」


 ピノキオはまたしてもテレサを指差し、


「貧乳貧乳哀れ貧乳貧乳貧乳貧乳幼児体型貧乳貧乳貧乳…ほら」


 一言貧乳と言う度にピノキオの鼻はニュルニュルと縮み、その鼻が元のサイズに戻る頃には、テレサはオフィスの隅で膝を抱えて拗ねていた。


「どうせ私は……」
「いちいちイジけんなって……事実なんだし」


 まぁあれだけ連呼されるのはキツいだろうが。


「……ガイアさんだって粗○ンって言われたら傷つくんでしょう?」
「もう何よりお前がその単語を知ってる事にびっくりだよ……」


 玉の輿も知らなかった癖に。


「意味は知りません。でもディアナ姉様が言ってました」


 ディアナとは第1王子ウィリアムの妻だ。
 第1王子夫妻という事でたまに名前がメディアで出てくる事があるので、ガイアも名前くらいは知っている。
 まぁどんな人かは全く知らないが。


「『標準サイズの女を貧乳呼ばわりするクズ男には、大声でこう言いなさい。真偽問わず痛み分けに持ち込める』って」


 とりあえず第1王子夫人がどんな体型なのかは察しがついた。
 まぁその辺は触れないであげるとして、確かに、その姉様の言う通りだろう。
 真偽を問わず言われて良い気分では無いのは確かだ。


「……一応、その言葉はお前が思っている以上の破壊力あるから、今後絶対使うなよ」
「……ガイアさんの出方次第です」


 街中ではあまりテレサをイジらない方が良さそうだ。


「ねぇ、アシリア思うんだけど」


 難しい話はわかんないから、とミーちゃんと共に傍観していたアシリア。
 どうやら3人のやり取りの中で何か気付いた様だ。


「……そもそも、嘘吐かなければ良くない?」


 …………。


「……確かに」
「考えてみればそうですね」
「うぇぇ!? ちょ、ちょっと待ってよ! 困るよ!」
「正直に生きてけばいいじゃん、という訳で解決おめでとうピノキオさん」
「そうですよ、嘘吐くのは良くない事ですよ?」
「ま、待って、本当に待って! 見捨てないで!」


 ピノキオはどうにかガイア達の心を繋ぎ止めようと必死に頭を回転させる。


「そうだ! あれだよ! 漫画とかで考えてみてよ、ほら、イメージして!」










 町に迫る大魔王的な者の魔の手。


 僕にはとても大切な友達がいる。
 友人Aとしよう。
 その友人Aが、町を守るために大魔王に挑むと言い出した。


 当然、僕は止めた。しかし、彼は聞かなかった。


「何でわからないんだよ! 犬死するだけだ! 町を捨てて皆で逃げるのが最善なんだ!」
「この町は俺達の生まれ育った思い出の町だぞ!?」
「っ……思い出は、人命には代えられないよ……!」
「……この臆病者め! 俺達は戦えるんだ! 戦えるのに、守れるかも知れ無いのに、逃げるなんてゴメンだ! 1人だってやってやる!」
「友人A!」
「黙れよ臆病者。……それとも、逃げるだけでも1人じゃ怖いってのかよ? とっとと行っちまえ」
「……友人A……」




 数日後、皆が避難し終えた町で、友人Aは1人大魔王に立ち向かっていた。
 満身創痍で、そこら中に血の池を作りながら、彼は大魔王の前に立ちはだかり続けた。


「しぶといガキだ! さっさとその首を討ち落としてくれるわ!」
「っ……」


 もう、足どころか眉1つ動かすのも苦しい。


 ……ここまでか。
 大魔王が打ち下ろす刃が迫るのを感じながら、友人Aは瞼を閉じた。


 でも、終わりは来なかった。
 死という暗転は、まだ訪れない。


 不思議に思い、目を開けた彼が見たのは……


「……え……」
「……まったく……」


 僕がギリギリの所で友人Aの前に滑り込み、大魔王の一撃を止めたのだ。


 実に重い、冗談の様な一撃。
 僕の腕はもう嫌な軋み方をしている。


「何で……お前……」
「…………」
「俺、お前にあんな事言ったのに……何で助けになんか……!」
「勘違いするなよ……僕は忘れ物を取りに来ただけだ……お前を助けに来たわけじゃ…ないからな!」


 そう言い放った僕の鼻が、すごい勢いで伸びた。


「お前、やっぱり俺を助けに来てくれたのか……」
「いや、違っ…」
「でも鼻伸びてんじゃん!」
「これは違うから! 僕嘘吐いてな…」
「また伸びたぞ!」
「もう嫌!」










「ほら良い感じのシーンが台無し!」
「とりあえず長ぇよ」


 こんなどうでもいい妄想に900字近くも使ってどうする。


「台無しです!」
「アシリアが間違ってた……!」
「お前らよく今の話で感情移入できるな……」


 本当に子供ってのは素直というか何と言うか。


「何とかしましょうガイアさん!」
「……何とか、っつってもなぁ」


 具体的にどうするというのか。


「とりあえず……その病気の原因に心当たりは無いんですか?」


 とにかく情報を集める、という事か。


「え?」


 その質問に対し、ピノキオは豆鉄砲を食らった様な表情。


「どうした?」
「あ、いや原因ね? …あー、全然心当たり無いなぁ!」


 ずぼんぬっ、という怪音と共に、ピノキオの鼻が伸び、天井に突き刺さる。


「……心当たり、あるんだな?」
「……はい」


 はいを連呼し、ピノキオが鼻を戻した所で話を続ける。


「じゃあ、その心当たりとやらについて話してもらおうか」
「……ここから少し離れた森の湖に、綺麗な精霊さんがいるんだけど……」


 鼻は伸びない。今の所事実を語っている様だ。


「その精霊さんの怒りを買ってしまって……」
「何したんだよ?」
「僕は別にやましい事は……」


 どどんぬっ、という怪音と共に(以下略)。


「お尻触りました……」


 ちょっとだけ鼻が縮む。


「……その歳でどうしようも無いガキだな……」


 つい、で乳ネタに走った時点で薄々素質は感じていたが……


「すごく良い尻してるんだよ精霊さん! あ、あなたも男ならわかるでしょ!?」
「そうなんですか? ガイアさん」
「そうなの? ガイア」
「……わからなくはねぇが、実行に移した時点で男以前に人としてアウトだ」


 エロスと常識を共存両立してこそ一人前の男だ。


「ま、何はともあれ解決策は見えたじゃねぇか」


 その精霊に謝り、その病気を治してもらえばいい、という事だ。


「そう簡単に許してもらえるかな……」
「お前が反省して誠意を持って謝ればどうにかなるだろ」


 精霊って基本優しいし。


「わかった! 反省するよ! もう精霊さんのお尻を撫でたりしない!」




 ピノキオの鼻がかつてない勢いで伸びる。




「この鼻へし折って良いか?」
「良いと思います」
「アシリア手伝う」
「ひぃっ!? ご、ごめんなさい! 本当に反省します!」




 という訳で、次回、湖の精霊の元へ。


「……こんな依頼で話を跨ぐのかよ……」





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