鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~
18,ロマンチックはまだ遠い
僕は特に足を動かしていないのに、周囲の光景がどんどん流れていく。
ここは楽市商店街、終刕高校の近くにある商店街だ。
さて、何故に僕は一歩も動かしていないのに、商店街の両脇に連なる店々がどんどん流れていくかと言うと……大地が流動している……訳では無い。
僕が鳳蝶さんに手を掴まれて引きずられているのだ。
一応誤解無き様に言っておくが、これは恋人同士の手を繋ぎである。
そうは見えないと学校中でもっぱらの噂だけどね!
「あははー、鳳蝶さんって本当にテンションが歩調に現れるよねー、あはははー」
「そうですか? 自分ではわかりませんが、ダーリンがそう言うのであればそうなのでしょうね」
うん、いつぞやの通学路の如く僕が追随を諦めて大人しく引きずられるのに徹する程度にはね、鳳蝶さんは今超速移動していますよ。競歩の世界大会中継でも中々見ない歩速だよ流石は鳳蝶さん。
まぁ、今の僕に鳳蝶さんのハイテンションを咎める権利は無いけどね。
僕もかなりテンションが上がっているからだ。
今日は、待ちに待った初デートなのだから。
僕達が目指しているのは、この商店街にある個人経営の映画館、楽座シアター。
そこで復刻上映されている【白い陶器と小さな恋音】と言うラブコメディ映画を見る、と言うのが、本日の第一目標である。
◆
鳳蝶と信市から少し離れた電柱の陰にて。
「ふむ、相変わらず、恋人と言うよりも姉弟と形容した方がしっくり来る光景だな」
そこにいたのは、信市の親友、朱日光良。
そして、
「ひゃー、先輩達、身長差エグいッスねー」
終刕高校一年の天佐居信九朗。
更に、
「あぁ……信市くゥん……無抵抗のままに引きずられる姿も愛らしい……」
ハンチング帽・色入り眼鏡・白いマスクの芸能人変装三大アイテムで顔を隠した長身の男、忌河美求。
普段美求は変装などしないが、本日のこの三人の目的上、間違っても目立つ訳にはいかない。
この輩共が野郎三人雁首そろえて何をしているか。
ズバリ尾行である。
良く言えば、友人・後輩・恋のライバルとして、信市と鳳蝶の初デートを見守りに来た。
「はぁ……見た目も可愛い上に、ボクを頭から拒絶しないその懐の深さにも感服だ……信市くゥん……はぁはぁ……」
「顔をほぼ全隠しでその言動は完全に不審者ッスね」
「いや、イケメンを丸出しにしていてもギリギリしょっぴかれる領域だと思うがな」
先日の戦極、結局、美求の敗北後、信市と鳳蝶は和議の末に引き分けとなった。
望みに関しては、「お互いに取り下げる」と言う事で決着。
よって、美求はこうして信市に関わっていても問題無い。問題になりそうではあるが。
「そう言えば、今日のデートコースってどんな感じなんスか?」
「まずは恋愛映画を見て、次に小動物ふれあい喫茶に行くそうだ」
「あっはァッ!! 信市くゥんと小動物……!! 鳳蝶ちゃんめぇ、わかってるなァ……」
「おい、やっぱりこいつを誘ったのは失敗ではないか? 道行く人々の視線が辛いぞ」
「高身長の男が身悶えする姿ってこんなに見苦しいもんだったんスね……」
「ふぅ……ふぅぅ……しかし、初デートから映画観賞とは中々攻めているね。映画デートはスケジュール管理が楽、+本編前に別の映画の予告が差し込まれるのでそこから次のデートに繋げられるかも知れないなどのメリットはある反面……当然観賞中には会話ができないために会話によって親睦を深められる時間が限られるし、鑑賞後の感想ディスカッションで趣味や価値観の違いが露呈してしまうと言う大きなリスクもあると聞くよ」
「流石ッスね美求さん」
「全部、恋愛ドラマに出させてもらった時に原作の先生から聞いた受け売りだけどね」
「まぁ、あの二人には距離を縮めるよりも先にやるべき事があるからな」
「?」
「鳳蝶嬢はおそらく、恋愛関係の知識が絶望的に欠如している」
それは以前、信市と光良が立てた仮説。
鳳蝶はおそらく、恋愛経験がゼロなだけでなく、恋愛に関する感性すらほとんど発達していない。
現に、彼女自身「恋愛が主題となっている創作物はほとんど見た事がない」と発言している。
そのため、彼女は大雑把な「恋人っぽさ」は把握しているが、何故にそれが「恋人っぽいとされるのかと言う所以」をサッパリ理解していない。
故に、ロマンチックな恋を尊ぶ信市との間に絶望的な齟齬が起きているのが現状だ。
何せ、信市の「便所で告白成功なんて嫌だ!! 全然ロマンチックじゃない!!」と言う主張に、鳳蝶は小首を傾げるレベルなのだ。
信市と鳳蝶が一時期戦極までする羽目になったのも、元はと言えば「便所で告白成功したなんて嫌だから告白をやり直したい」と言う信市の主張と、それを理解できない鳳蝶がとんでもない勘違いをしてしまった結果の騒動である。
なので、恋愛映画を見る事で、鳳蝶にロマンチックな告白とは、ロマンチックな恋の始まりとは如何に素敵なものかを理解してもらう。
それが今回の映画デートの主旨である。
「なるほッス。なので、恋愛映画を見て、二人の間でロマンチックとはなんたるかを共有していこうって魂胆なんスね」
「ああ、ちなみに、今日見る映画は美求に縁があるものだぞ」
「ボクに?」
「【白い陶器と小さな恋音】。お前が子役時代に出演した映画なんだろう?」
「えッ……あれを見るの?」
「……何?」
美求の微妙な反応に、光良は眉を顰めた。
「レビューによると、『恋愛が確固たる主題ではあるが決して重過ぎず、過剰な性的表現も無く、時折爆笑できる喜劇面もある。恋愛偏重ラブコメディで学生にもオススメの作品』で、公開当時はメガヒットもしたんだろう?」
「あー、うん、それはその通りなんだけど……【告白シーン】に言及するレビューは無かったの?」
「ネタバレに厳しい時勢だったらしく、詳しく触れているものは無かったな。ただ確か……『告白シーンに一癖あって衝撃的』、だったか、そんな感想はあった」
「衝撃的かー……随分と濁されているね。あれは中々あれだよ。賛否両論あるとボクは思うなー……ちなみに当時も今もボク個人の所感としては……『絶対にこれは無い』、だね」
「……一体、どんなシーンなんだ……?」
あの余程の事が無い限り何かをディスらない美求にそこまで言わせる告白シーンとは、一体……
「実はその作品ねー……」
◆
――【白い陶器と小さな恋音】――
端的に言うと、陶器職人を目指すクールな女性と、それを支える幼馴染の少々頼りない感じのナヨナヨ系音楽青年による恋愛物語。
陶器職人の女性は、ある種類の陶器を作る事に生き甲斐を感じていると言う設定。
その陶器と言うのは――【便器】。
そう、この物語は便器作りに生涯を捧げるヒロインと、その懸命な姿を愛するちょっと奇特な音楽青年の恋愛を少々コミカル風に描いた作品なのである。
物語の中枢には、執拗な程に便器が絡んでくる。
便器を作る職人がヒロインなのだから当然である。
トイレを中心に巻き起こるコメディシーンもさる事ながら、恋愛作品を書き慣れた脚本家によって紡がれる恋愛ドラマ面もまた重厚。
出演陣の豪華さ=演技力平均値の高さもそのクオリティを後押し。
さっきまであんなに笑っていたはずだのに、気付けば息を飲み目頭を熱くさせられる程に迫真の感情吐露が始まっている。
コメディとマジラブの緩急が生み出す精神への往復ビンタ。
中盤最後の山場を抜けた途端に始まる怒涛の伏線回収、シナリオ構成の妙は圧巻の一言。
人類が用を足すために、尻を拭くために、現在のトイレの在り方を築くまでに、どれだけの創意工夫があったかを体感できるヒストリー要素さえも内包。
ああ、一体自分は何の映画を見ているんだろう。
そう思い始めた頃に「待たせたな」と言わんばかりに再開される王道のラブストーリー。
便器に執着する自分の事を変な女だと卑屈に構えるヒロイン、その心の壁を砕かんと、ヒーローは熱舌を振るう。
何故、貴女は貴女の魅力に気付いてくれないんだ。
貴女の魅力に気付いてくれ、どうか、どうか――
ヒーローの悲鳴にも似た叫びは、一切のカット無しに九分間も続けられる。
人は演技でこんな必死な声を出せるのか。
人は演技でこんなにも必死な形相を浮かべられるのか。
熱演と言う賛辞すら過小に感じられる怪演。
貴方は引き込まれ、きっと忘れてしまうだろう。
――その告白シーンが、ヒロインの作った便器が設置された公衆の男子便所で展開されていると言う事を。
◆
「……………………」
「……………………」
ああ、終わった。映画が終わった。
うん、面白かった。
胸が熱くなる良い作品だったと思う。
美求くんが子役時代からイケメンだし身長もあったと言うのも印象的だ。
……ただ、本当に、もうね。本当に、もう……もぉぉおおおおおおおッ!!
「ダーリン。告白シーン、男子便所でしたが」
「……………………」
「男 子 便 所 だ っ た ん で す が」
……ロマンチックな恋と言うのは、中々どうして難しい様だ。
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