鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~

須方三城

16,醜悪なマガイモノ



 一体、前世でどんな業を抱えればここまで酷い状況に陥るのだろう。


 何? 僕の前世は寺でも燃やしたの?
 それくらいの非道のツケじゃないと割に合わないと思える状況だ。


土生氾鬼どしょうはっけ万兵濁流陣ばんぺいだくりゅうじん


 流石は役者業も多くこなす芸道達者と言った所か。
 美求くんの声は、落ち着きがあって静かな風情があるのに、よく通る。


 それはまるで大地震の到来を告げる小さな地鳴りの様に感じられて、聞き惚れる心の余裕は無かったが。


 美求くんが、その手に持っていた銅色の刃を地面に突き立てた。


 ――来る。


「オォオオオオオオオオオオオオオオ!!」


 大きな地鳴りと咆哮を伴って、グラウンドのそこら中が隆起する。


「ッ……!」


 僕は、知っている。
 見てくれは知らなかったが、彼が抜刀の際に宣言した刀の銘を、知っている。
 なにせ、有名なひと振りの姉妹剣だ。きっと、適度にテレビを見る習慣がある者なら、見るか聞くかした事があるはず。


 大群刀だいぐんとう犇鬼ひしめき


 刀剣カタナ型の戦極武装イクサブースター
 僕が今、鞘に納めたままに構えている天火刀てんかとう逸式いつしきに並ぶ、超級の【業物】。
 その中でも更に【天下三剣てんかさんけん】と特別に数えられる超大業物【大群刀だいぐんとう王伽おとぎ】の姉妹剣である。


 誇る特性は、単純明快であり、実に強烈至極。


 ――大地を支配し、己の【軍勢】と変える。


 隆起した土のドームを破って顕現したのは、牛頭を掲げた土色の足軽兵達。
 ああ、一体どれだけの数がいるのだろう、数える気にすらなれない。


 グラウンドを埋め尽くして犇めく様に、無数夥しい牛頭の土兵が、次々に誕生していく。


「……大規模かつ、壮観な戦極武装イクサブースターですね。これは後で一騎討ちをする際には骨が折れそうです」


 負けじと、鳳蝶さんも無数の爆弾蝶を自らの周囲に展開。


 そこ、変な所で張り合わないで。


 ――にしても、不味い。実に不味い。


 グラウンドと言う潤沢な土がある戦場を選んだのは、そう言う狙いか。
 美求くんめ、地味に抜け目が無い。


 そして何よりも不味いのが、この陣容。


「鳳蝶さん!! 今からでも思い直してくれたりとかしませんかね!?」
「何をですか?」


 ああ、この状況ではひとつしか無いだろうに。
 鳳蝶さんがそれをわからないはずがない、わかった上で今の疑問なんだろう。
 つまりは愚問。望み薄。


 相手陣営は、目が本気色の鳳蝶さん+水を得た河童状態の美求くんとその愉快な軍勢フォロワー
 対する僕は、孤軍。


「さぁ、信市くん。君も刀を抜くと良い。見た感じ、その刀は相当な業物だろう? 大群刀に匹敵する代物と見た」
「ま、まぁ……確かに……それはそうなんだけど……」


 父が天火刀を振るう様を見た事がある。
 あれはまるで火山の体現。日輪の神の炎舞を具象する。その気になれば、一瞬の煌きで山を一つ禿げさせる。
 天下三剣には及ばずとも、影響を及ぼす規模で言えば超級の名に決して恥はしない。


 ……しかし……それを使うためには、抜刀する必要がある。


「あれがダーリンの矜持スタイルですよ」
「……そうなの? ボクには……そんな立派な物には、見えないけどね」


 ……?
 まただ。教室の時と同様、美求くんの目に剣呑とした色が混ざる。
 あれは、どうやら戦意や敵意では無い。戦意や敵意なら、名乗り上げが始まってからここまで、あの色が見えなかった説明が付かない。


 一体、美求くんは何を……


「……やっぱり、少し判断をはやったかも知れないなぁ……まぁ、イイや。じゃあ、イくよ」


 美求くんが、地面から大群刀を抜き、そのままの勢いで天高く掲げた。


「潰せ」
「「「オォオォォォオオオオオオオーーーーッ!!!!」」」


 掲げられた刃はさながら軍配か。
 号令と共にその刃が振り下ろされた瞬間、牛頭の土兵達が唸りを上げ、一斉に飛びかかってきた。


「このッ……!!」


 所詮は土くれを固めた人形。数が多いだけ……とは言うが、その「数が多い」と言うのが、大群刀の強みだ。


 試しに、鞘に納めたままの天火刀を、横薙ぎにぶん回す。
 鞘に当たった連中はもちろん、その後ろから雪崩込んできていた連中も風圧に吹き飛ばされて、土砂へと還る。
 だが、その土砂を引き裂き踏み付けて、更に後陣に構えていた土兵達が突っ込んで来る……!!


「あぁぁぁもぉぉぉぉおおおおおお!! どうしてこうなるんだァァァーーーーーー!!」


 対策はひとつしかない。暴れる事。
 幸い、相手は土くれの塊。いくら叩き壊した所で誰も傷付きはしない。干した敷物を叩くものと思えば良い。


 四方八方から濁流の如く押し寄せる土兵達を我武者羅滅多に天火刀を振り回して叩き散らす。
 土兵達が雪崩込んで来るよりも、早く、速く、疾く、滅多滅多に打ちまくる。


「おお、すごい。まるで三面六臂の剣勢けんせいだ。あの小さな体に一体どれだけの肉を詰め込んでいるのやら」
「ダーリンは脱いだら凄いんですよ」


 鳳蝶さんッ、誤解を招く言い方はやめてッ!!
 って、そんなツッコミを入れている場合じゃあない。


 上から、来る。鳳蝶さんの爆弾蝶!!


「っとに、もぉぉ!!」


 鳳蝶さんのその迷いの無さ、本当に素敵だと思います。
 ただ、この状況だと悪いニュアンスの溜息が出ちゃう。


 あの爆弾蝶の威力は身を以て知っている。対処法もだ。
 僕の体に当たる前に、何かしらを叩きつけて起爆させれば良い。
 幸い、叩きつけるものはごまんと溢れている所だ。


 剣筋を意図的に緩めて、土兵一体分の隙を作る。
 すぐさま、そこにヒャッホイと喜ばんばかりに一体の土兵が飛び込んで来た。
 その飛び込み兵の足に蹴手繰りを叩き込んで、脚部だけを叩き砕く。


「オォオ!?」


 転げて覆いかぶさって来た土兵を勢いよく肩で掬い上げて、そのまま天高くへと押し上げる様に打ち上げる。
 身代わりよろしく、と言った所だ。


 頭上で爆発音が響き、ぱらぱらと砂の雨が降る。


 狙った現象だ。目視で確認する必要も無い。
 息を吸い込み、また土兵を叩き散らす作業に専念する。


 ……この土兵達を叩き潰した所で、土に還るだけ。
 また美求くんが戦極武装イクサブースターを使えば、あっさりと軍勢は立て直される。


 だが、無駄では無い。一時的にでも数を減らせば【突破】できる。
 この土兵の包囲を突破して、どうにかして美求くんの戦極武装イクサブースターを破壊するんだ……!




   ◆




「いやぁ、すごいすごい。獅子奮迅、疾風怒涛、猛烈至極。生まれ持ってしまった小さな体格を補うためかな? どれだけ無茶苦茶な鍛え方をすれば、人間はあんな動きができる様になるんだろうね」
「……それより、少々やり過ぎではないですか? もしあの土兵がダーリンに一文字でも掠り傷を付けたら、この休戦状態は即時解消、そのにやけ面を吹き飛ばしますよ」


 微笑みを貼り付けた美求の横で、鳳蝶は若干不満そうに眉を顰める。


「大丈夫。ボクは生まれてこの方、【約束】を違えた事は無いよ」


 ――実はこの二人、開戦前から話を付けていた。
 信市の賭ける望みを聞き、二人の利害は一致した。
 まぁ、武士の矜持に拘る者二人、肩を組んでがっつり共謀するなどと言う狡猾な真似はしていない。


 二人の間にあったのは、僅かなやり取りだ。


 ――「私はまず、ダーリンを速やかに、かつ可能な限り無傷で退場させます。貴方にこれを邪魔立てするメリットは無いでしょう。手出しをすれば、万に一つの生命の保証すら無くなると考えてください」
 ――「ふむ、まぁ、概ね同意するよ。敵を多く作る望みを賭けた者は孤立する。多数で行う戦極イクサにおいて当然の極みだしね」
 ――「では、そう言う事で。ダーリンを退場させた後、武士として、後腐れの無い一騎討ちをしましょう」
 ――「……ねぇ、少しだけ、ボクに時間をくれないかな」
 ――「……時間?」
 ――「懸念事項がひとつある。それを確かめ、可能なら――……まぁ、とにかく、少しだけ信市くんと切り結びたいんだ」
 ――「ふざけているのですか? そんな話を許容するとでも?」
 ――「無論、君の望み通り、彼を傷を付けない様に努める……いや、徹底すると約束しよう」
 ――「!」
 ――「だから、少し時間を」
 ――「………………その約束、違えれば、わかっていますね?」


 一分にも満たない囁き声の応酬で締結された休戦条約。


 美求の声や瞳から誠実性を肌で感じ、約束に関しての信用こそはしたが……鳳蝶はやや怪訝。
 聞いても答える風では無かったので詮索を控えたが、美求が一体、信市の何を確かめるつもりなのかが気がかりなのである。
 考え方には多少の違いはあれど、同じく信市を愛好する者。
 傷付けないと言う約束もある以上、信市のデメリットになる様な事はしないとは思うが……


「さて、君の協力もあって彼の腕前は大体把握できた。膂力に関してはボクよりも遥かに上だが、筋が荒削りだ。と言うより、あれは『お手本となるべきものはしっかりと知っているが、力を制御できずに大きくはみ出している』と言う感じかな? 何にせよ、技術はボクの方に大きな分がある。数合程度なら、まともに打ち合っても流せるだろう……まぁ、彼の方から打ち込んでくるかは疑問だけどね」
「……………………一応の信用すると決めましたが、私の蝶は何時でも貴方を狙っている。そこは努々ゆめゆめ、お忘れなく」




   ◆




 くッ、本当に多いなぁもう!!
 勢いが落ちてきているのは感じるが、まだまだ土兵の壁は分厚い……!!
 こうしている間に土兵の減勢を察した美求くんが土兵を追加してきたら不味い。
 これはイチかバチかの突破を図った方が良いか……!?


 って、ん?


「やっほー」
「ッ!?」


 土兵の群れを抜けて、突っ込んできたのは――美求くん!?


 何考えて……どぅわ!?


「反応早いね。流石だ」


 ちょッ……いきなり首を狙って斬りかかって……危なッ!?
 どうにか天火刀で受けたけど、不味い、早く払わないと土兵の濁流が…………、……?


 ……土兵達が、止まった?


 僕と美求くんを円形に囲んで、土兵達が棒立ちになっている。
 ……美求くんが、止めたのか?


「ボケっとして、意外と余裕ある?」
「ちょッ、待っ」


 ぉおう!? わお!? ほほう!?
 めっちゃ打ち込んでくる!? 美求くんめっちゃ斬りかかってきてる!?


 ……すごい。
 凄まじい勢いで振るわれているのに、太刀筋がとても綺麗だ。
 まるで戦極イクサ道の演舞を見せつけられている様。
 猛烈な程に迅速に繰り返されるその所作には不思議と、闘争の荒々しさを感じない。まさしく芸術競技のそれ。
 洗練されている。美事な程に。


 流麗で、静かで、そして疾い。
 少しでも見蕩れれば、首を飛ばされる……!!


「いやぁ、本当に反応すごいな。これ全速力なんだけど。普通に受け続けられるなんて初めて過ぎる」


 全速力、と言う割に声も顔も涼し気だね!?


 ……でも、これはチャンスだ。
 どう言う意図かは知らないが、向こうから来てくれた。


 なら、その刃をへし折って、終わらせる……!!


 受けて、受けて、受け続けて……隙を見付けて、天火刀でその銅色の刃をぶっ叩く。


 ……今だ、そこ……、ッ!!


「のわッ!?」


 ちょッ……本当に何を考えてるんだこの人……!?
 いきなり大きく身を翻して、僕の一撃と銅刃の間に体をねじ込んできた……!?


 まるで刃を守るために、自分の体を盾にする様な真似だ。
 意味がわからない、正気の沙汰じゃあない。
 今、僕が全力で手を止めなかったら、この紅蓮の鞘は確実に美求くんの頭をかち割っていただろう。


「やっぱり反応早いね……そして……やっぱり止めるんだね……これは、【確定】かな」


 ……? 何を肩を落としてがっかりして……いや、そんな事より……


「な、何を考えてるんだ……! 今の、止めなかったら死んでたよ……!?」
「何を考えているんだ、はこっちの台詞だ」


 ッ……まただ、また、さっきの剣呑とした瞳だ。
 間近だと、すごい迫力を感じる。


「君は、どう言うつもりで、その刀を握っている?」
「ぇ……?」
「鞘から刃を抜かない……ああ、素晴らしい矜持だ。……もしそれが、本当に矜持であるとするならば、だけど」


 不意に、息苦しさを覚えた。
 息を、吸い辛い。吐くのも、やや苦しい。


 気圧されているんだ。
 美求くんの、僕を睨む目に。
 明確に負の感情の篭った強い視線が、僕の喉を貫いて、塞いでいる。


 体温調節の汗とは明らかに違う……冷たくねっとりとした汗が、頬をずり落ちていく。


「君のは違うだろう。君の姿からは、強い意思を感じない。君はただ『仕方無く』そうしているだけ」


 刃を抜きたくは無い。
 しかし、素手ではどうにも立ち回れない。
 だから、仕方無く、鞘ごと刀を構えている。


 そう、美求くんの言う通りだ。


「それは、矜持とは言わない。君のそれはただの【怠慢】だ」
「……怠、慢……?」
「暴力を振るう事も振るわれる事も、どちらも恐れる気持ちはわかる。それは優しさと言うものだ。そしてそれを貶すつもりは無い。むしろ、尊い部類の感情だと言う事も理解しているよ。その感情への理解は、人に必要なものだ。それ自体は良いんだ。すごく良い……でも、その感情を前面で掲げるのなら、何故に君は【武士】なんだ? 争いを嘆くなら、そもそも刀を持つべきじゃあないだろうに」
「で、でも……それは……」


 帯刀を拒否する人間は、最初ハナから戦極イクサを拒否している状態。
 戦極イクサを拒絶する事で受けるのと同じ冷遇を常に浴び続ける事になる。


 ――しかし、そうすれば確かに、争わなくても良い。


「このご時勢だ。重度の障害がある訳でも身重でもない者が武士で在る事をやめれば、その批難は育て主や付き合いのある者達にまで及ぶだろう。自分だけでなく周囲の人間にすら迷惑がかかる。それで躊躇う気持ちもよくわかる」


 日本国に籍を置き続ける限り、人は選ばなくてはならない。


 武士として普通に生きるか。
 批判を覚悟して平和に生きるか。


 ――……ああ、そうか。


 美求くんが言いたいのは、そう言う事か。


「周囲への迷惑をおもんばかって、武士をやめられない。それはわかる。でもそこから先が、わからないよ。躊躇って迷って、それでも皆に迷惑をかけないためと武士で在る道を選んだのなら、以降は躊躇いも迷いも捨てるべきだ。だのに何故、君はそれをしていない?」


 潔く、どちらかに振り切るべきなんだ。


 武士として戦いを是として生きるか、それとも否か。


 いっそ、自分だけ国外へ移住してしまうと言う選択肢だって存在する。
 戦いを非とし、非暴力を前面に訴えて生きるならば、それとは真逆の国是を掲げるこの国にしがみつく方が異端。
 国単位での軍事保有すら拒絶する平和な小国にでも行けば良い。


 その選択肢があるにも関わらず、この国で武士として生きると決めたならば、なおの事、半端は許されない。


「何故なんだ、どうして、何故、何故、何故? 疑問が止まらない。武士として生きると決めておきながら、どうして完全な平和を強請り続ける? それを君の周りの人々はどう見ると思う? 家族はどう思う? 何より、将来妻になるかも知れない、鳳蝶ちゃんの気持ちは?」
「……!!」
「『ああ、あの人は本当は嫌なのに、私に迷惑をかけないために泣きながら柄を握っている、刃を振るっている』――悲しまないと思うのか? 嘆かないと思うのか? その辛い気持ちを、君自身に伝える事ができると……必死に震えて頑張る愛しい人に『無理しなくて良い』なんて、顔面にバケツで冷水をぶっかける様な無粋を言えると、本当に思っているのか?」
「それは……」
「? 意外だな。何か、言い訳があるのかい?」
「…………………………」


 …………何も、思い浮かばない。


「皆に迷惑をかけないために武士として生きると決めたのならば、それを貫き通すべきだ。武士以前に、人間として、自分が決めた事には責任を持って当然。他人を理由ダシに使うのなら、尚更ね」


 …………何も、言い返せない。


「君の臆病それの根源は、優しさなんかじゃあない。人として尊ぶべきものとは全く異なる。ただの【怠慢】だ。武士を辞して批判される事は恐れつつも、武士を続ける事で避けては通れない戦いも忌避する。自分の選択に伴った責任を履行する事に、明白な不満を見せている、それが君の現状だ。……ふざけるなよ」


 ここまでギリギリで穏やかさを保っていた美求くんの語気に、明確な刺が生まれる。


「どれだけ争いが嫌いでも、皆のために武士を続けると言うのなら、堂々と立てよ。誰にも弱みを見せるなよ。日向で泣くなよ。誰かの前で呻く事すら恥だと思えよ。それが『武士で在る』と言う事だ……まさか、まさか……こんな事すら理解していないだなんて、いくらなんでも予想外……ああ、見た目も瞳も、そんなに美しいのにどうしてこんな……」


 ……ああ、美求くんの瞳に宿った剣呑の感情の名が、ようやく、僕にも理解できた。


 敵意でも、戦意でも無い。


「……ボクは普段【この言葉】は使わない様にしているが……もうダメだね。君は【この言葉】でしか、形容できない」


 美求くんが僕に向けるその感情の正体は――【侮蔑】だ。




みにくい」





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