鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~

須方三城

12,美しさを求める男



 私立棲朧賀するが大学附属高等学校。
 いわゆるマンモス学園であり、お坊ちゃま学校な男子校。「文武両道の極みへ到達する者を育成する」と言う現代ではやや有りがちな教育方針を掲げているが……そのガチ度は群を抜いている。
 全学年全寮制、徹底された弛み無きスケジュールの管理体制は、さながら軍隊か刑務所か。加えて、評定に置いて学業面・武道面両方に【最優】が三つずつ以上無ければ自由時間や休日の外出すら許されない。
 劣等者に対しては基本的人権すら無視しがちな程の【教育】が、この学園には渦巻いている。


 逆に、優秀な人材への優遇措置もまた格別。
 進級必須単位の低減と授業時間割カリキュラムの自主選択作成による時間の融通。校内施設の自由使用の許可。校外活動に置ける全面的な保証人代行・活動資金の援助。


 優秀な生徒は、校内に置いてありとあらゆる特権が許され、更なる挑戦を支援してもらう事ができる。
 ただし、それはあくまで「優秀な生徒である」と言う評価があっての事。もし成績が落ちれば、何の容赦も無く全ての権限を剥奪される。


 はっきりと優劣を付ける事で、優秀なる者には常に緊張感を、劣等なる者には常に向上心を。
 それが棲朧賀大附属高校の是である。


 この性質上、優秀な生徒が望めば【秘書官】として都度事務員を雇用・斡旋する事もあり、校内には学生でも教員でも無い人間も少なくない。


「あぁー……もぉぉ……ここどの辺ですかね……って言うか、あの人は一体何処へ……?」


 困り果てた様にキョロキョロしながら早足で廊下を歩く一人の女性。
 レディースのビジネススーツ姿からして学生ではないし、そもそも棲朧賀大附属高校は男子校だ。


 彼女の名は綾部原あべはら真元梨まもり
 つい先日とある優秀生の関係者として、棲朧賀大附属高校敷地内での行動を許可されたばかり。故に、校内の何処に何があるのかを完全には把握しきれていない。
 加えて、ここは教育機関。基本的に外部の人間が単独で彷徨く事は想定されておらず、当然、大型デパートなんかと違ってそこら中に敷地内地図がある訳も無い。


 真元梨も、慣れるまでは独りで校内を彷徨くべきではなかったのだが……「連絡が付かない……まぁ、【彼】の教室の場所は知ってますし、大丈夫でしょう」と気軽に校内に乗り込んだ所、目的の人物は行方が不明。級友の子から「北館の方へ向かうのを見た」と言う証言を得て、慌てて北館へ向かう道を探している内に、彷徨える者と化してしまったのだ。


 ――「全寮制の男子校を若い女性が独り彷徨いて色々と大丈夫なの?」と言う心配に関しては無用。
 彼女は生まれつき、周囲に女性らしさを感じさせない事に定評がある。……哀愁。
 もはや生まれ持った素養は仕方無いと本人も半ば諦めている節があり、化粧は雑だし髪型も日によってはアホ毛が踊っていたりする。今日も二房ほどぴょろんと跳ねて触覚みたいになっているが、比較的少ない方だ。


「うぅ……一体何処へ行ってしまったんですかー……教室には鞄も無かったし……メッセは既読付かないし……早く見つけないと、次の予定が……次の予定がずれ込むと、夜に入っている【お仕事】の方にも支障が出る危険性が……!! ひょわっ」


 突然、曲がり角からぬっと現れた大きな影に、競歩なら反則ギリギリの半走りだった真元梨は慌てて急停止……が、間に合わず。
 慣性のまま、真元梨は曲がり角から現れた相手に衝突。


 まるで岩の壁にぶつかってしまった様な衝撃、反動に負け、真元梨はそのまま尻餅を突きそうになるが……


「おっと」


 細く引き締まった逞しい腕が素早く真元梨の肩に回り込み、彼女の転倒を防いだ。


「はひぁ……あ、ありがとうございま……って、あッ!?」
「廊下を走っちゃあダメですよ。真元梨さん」


 真元梨が衝突した大きな影。
 二メートルの大台に迫る長身に、高密度の筋肉を搭載した細く長くも逞しい理想的なモデル体型。
 囁かな隙間風にもサラリサラサラ美しく揺れなびく栗色の長髪は、シャンプーやリンスのCMに引っ張りだこなのも頷けるクオリティ。
 何より、その甘い王子様顔。例え加齢を重ねようとも、どうせ渋いおじ様路線に突き進む事を約束されているのだろうと確信できる眉目秀麗な顔立ちである。
 腰に差した刀の柄は黒く、鍔は雄々しい角を生やした牡牛の意匠。


 今話題沸騰中、子役劇団員上がりの現役高校生マルチタレント・忌河いまがわ美求よしもとである。


「忌河さん!!」
「はい。お久しぶりです」
「昨日ぶりですよ!! 何処に行っていたんですか!?」


 そう、実は真元梨は、美求の所属する事務所の職員であり、先日産休に入ってしまった彼の専属マネージャーの臨時代行を務めているのである。
 美求は事務所の稼ぎ頭であり、本来なら真元梨の様なド新人甚だしい挙句にドジっ子素養も高い人間がマネジメント業務を務めるべきではないのだが……何故か任命されてしまったものは仕方無い。急な事であてがえる人員が自分しかいなかったのだろう、と真元梨は推測している。


「んー……そーですね。言うなれば、ひとつの美しくも……悲しきかな、叶わぬ恋に終止符を打ってきた、と言う所でしょうか」
「……はぁ?」
「ところで、真元梨さん、今日ってこの後、事務所に行く予定あります?」
「? はい。一応……」
「じゃあ、これ、事務所にあるボクのファンレターボックスに入れておいてもらっても良いですか? 後日まとめて持ち帰ります」


 そう言って、美求が真元梨に渡してきたのは……封筒だ。
 薄桃色の封筒で、心臓の形状を実物寄りにデフォルメしたらしい左右非対称のハートマークシールで封をされていた。


「今日はこの後、部活から直で撮影行く予定ですし、長時間持ち歩いて万が一にでも失くしちゃったりしては、しのびないので」
「はぁ……えッ、って言うかこれ……もしかして……」
「ん? ああ、はい。ラブレターですよ。ボク、顔だけは美しいし、割と有名人だしで、実は結構モテるんです。嬉しい事に」
「いや、忌河さんが腹立つくらいモテモテなのは当然知っていますけど……」


 要するに、美求はこのラブレターで呼び出しを受け、今、その対応をしてきた、と言う事なのだろうが……


「……ここ男子校……あ、もしかして生徒じゃない誰かから……」
「いえ、先輩の方からでした」
「…………………………」
「言わんとしている事はなんとなくわかりますが、瑣末な問題ですよ。まぁ、確かに、ボクだって一般的な男性同様、男性の身体より女性の身体の方が性的には興奮しますが……性的興奮と恋愛感情は別です。一昔前の子孫継続しか脳に無い原始人類じゃああるまいし、恋に性別など関係ありません」


 歳下だのに、身長だけじゃなく精神面も大きな人だなぁ……と真元梨はちょっと感心。


「にしても、恋と言う感情は美しい……親の意向とは言え、芸能界なんて俗にまみれた世界に身を浸していると、ありとあらゆる美しい物に一際の尊さを覚えます」
「ふぅん……でも、終止符を打ってきたと言う事は……」
「ええ、丁重にお断りしました」
「まぁ、お仕事に支障が出ちゃいますもんね」


 相手方にはお気の毒ですが……と真元梨が付け加えようとすると、


「? いいえ。そう言う話ではありませんよ。もし仕事が恋の邪魔になるのであれば、ファンの皆さんや真元梨さん達には申し訳ありませんが、ボクは迷わず恋を取り、仕事を捨てると思います。ボクも人間ですからね。無理の無い範囲ならともかく、苦渋を伴う自己犠牲は御免被ります」
「えッ……じゃあなんで……」
「悲しい事に、彼の顔は余り美しくなかった。なので光速でごめんなさいしてきました」


 …………………………。


「どうしました? 急にゲス野郎を見る様なぶちゃい顔をして。せっかく平均よりもややマシな美しさを持っているお顔が台無しですよ、真元梨さん」
「……いやー、何と言うか、テレビや雑誌のインタビューで受けていた印象とは大分違った一面をお持ちだなと思って……」
「そりゃあ、ああ言う仕事は事務所の作った設定表を読み上げているだけですからね。今はマルチタレントで演技の仕事は比率が下がったとは言え、元はごりっごりの役者畑出身なので。キャラ作りは得意なんです」
「さ、然様で……」
「そう言えば、真元梨さんは今年からの新人さんだからまだ知らないんですよね。事務所の方針なんですよ。ボクは自分の言葉を公共の電波や誌面には乗せないし載せない」


 まぁ、正しい判断なのかも知れない。
 この人に自由な主張をさせていたら、多分今ほどの万人人気は出ていなかっただろう。それでも、一定の濃いファン層は獲得できそうなタイプではあるが。


「ん? って言うかさっき、何気に私の顔を褒めました?」
「はい。とても良いと思いますよ、その身の程を弁え、社会人として無礼にならない程度の最低限の化粧しかしていない顔。造形だけを見れば平均以下だと思いますが、潔さを感じる所が大きな加点要素。『自分の身の丈にあった飾り方を把握している』と言うのはとても好印象。結果、総合評価は【やや美しい顔】です。ちなみに、わざわざ真元梨さんをマネジ代行に指名したのは、その潔さが他の人よりも断然に美しかったからですよ。大体、なんですかアレ。最初に提示された選択肢が『メンズコスメなんてくだらないと吐き捨てる原始人』か『もはや仮面レベルの化粧と言うのも烏滸がましい汚物の塊を顔面に貼り付けた化物』しかいないって。マネージャーは表に出ないからってあの人選は無い。絶対に無い。だってマネージャーは一番ボクの傍にいてくれる人間なんですよ? 美しさの微塵も無いマネージャーなんて絶対に有り得ない……一瞬【引退】の二文字が脳裏を過ぎりましたが? 本当、真元梨さんがいてくれて良かった」
「……私も、間接的に事務所の戦力維持に貢献できた様で何よりです」


 ああ、うん、さっきまでは「かも知れない」がついていたが、もう断言できる。
 事務所の判断は正しい。この人を衆目の前で自由に喋らせてはいけない。
 悪意の無い本音と言うのは、本当にタチが悪い。悪意と言う後ろめたさが無いから簡単に表に出てくる。


「で、何で真元梨さんはボクを大慌てで探していた風なんですか? 確か、今日はドラマの夜ロケがあるくらいですよね?」
「えぇ!? いやいやいやいや!! 何を言っているんですか!! 今朝、忌河さんがメッセ送ってきたじゃあないですか!!」


 真元梨が突き出したスマホに表示されている文面は『真元梨さんにどうしてもお願いしたい事があります。今日の放課後は戦極イクサ道部で他校との合同稽古があるのですが、放課後に別の予定が入ってしまいました。どうしても外せない予定なので、行きの学校バスに乗れないかも知れません。大変申し訳無いのですが、車を回していただいてもよろしいでしょうか』。
 おそらく、今朝下駄箱辺りに先程のラブレターが入っていたため、真元梨にこのメッセを送ったのだろう。


「あ、そう言えば新学期恒例の合同稽古、今日でしたっけ……今朝までしっかり覚えていたのに、何故かいつの間にか明日と勘違いしていました……ありがとうございます」
「……忌河さん、結構抜けていると言うか、天然気味の所、ありますよね」
「んー……まぁ、よく言われる事なので強く否定はできませんが……何でですかね、真元梨さんに言われると釈然としない」
「放っといてください。……で、合同稽古、何処へ送れば良いんですか?」
「ちょっと待ってくださいね。確か、戦極イクサ道部のグループメッセに……って、真元梨さんめっちゃメッセ送ってきてる(笑)」
「(笑)じゃあないですよ!? 私がどんだけ焦ったと!?」
「あはは、申し訳ない申し訳ない。基本始業後はサイレントマナーモードにして放課後まで一切触らないもので……っと、あった」


 美求がパッパとスマホを操作。
 すると、真元梨のスマホに戦極イクサ道部のグループメッセージの一部が転送されてきた。地図の画像付きだ。


 その地図に記されていた場所は……


「えーと……終刕おわり高校、ですね。承知しました」
「はい。よろしくお願いします」

コメント

コメントを書く

「コメディー」の人気作品

書籍化作品