鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~

須方三城

10,初デートについて考える



 朝のHR終了後、一限目開始前の準備時間。
 未だ、好奇の視線は絶えず。やはり、昨日の今日と言う事か。注目の的だね……


 教室のそこら中で散発している雑談から、ちょいちょい僕や鳳蝶さんの名前も聞こえる。
 ……ちょっとそこ。「雄大くんさ、今朝、彩灯さんにものすっごい引きずられてたよ、身長差がエゲつないよ。身長差が生む歩幅の差とそれ故の歩速差のせいで雄大くんがさながら散歩を拒否する犬の様に引きずられてたよ……!」とか変な事実を流布しないで。


 あれはね、僕だって必死に抵抗したんだよ?
 まず「さぁ、恋人らしく手を繋いで登校しましょう」と提案された時点で抵抗したよ。
 いくら学校中に関係が知れ渡っているとは言っても、手を繋いで歩いている所を見られるのは何だかまだ気恥ずかしいから。


 でも、確固たるNOの意思表示を続けていると、鳳蝶さんが「私と手を繋ぐのには抵抗がある……そう言う事ですか……」と突然しゅんとしてしまい、母と市姫が示し合わせた様に「あーあ……」みたいな空気を……!!
 あの状況でレジスタンス活動を続けられる様な鋼の精神があるのならば、そもそも手繋ぎ登校を恥ずかしんだりしません。


 そして何よりの不運は……鳳蝶さんが何やら上機嫌と言うか、興奮気味だった事だろう。
 まるで、前々から欲しかったゲームをプレイする機会に恵まれた少年の様に、目がキラキラと輝いていた。


 そのため、僕が知っている普段の鳳蝶さんより歩調がかなり速かったのである。「鳳蝶さん速っ、は、速い速い!! もっとゆっくりお願い!!」と懇願しても「申し訳ございません。でも可愛らしいですよ」と一瞬歩調が緩くなるだけで、すぐにまた加速を繰り返した。
 もう途中で「あ、これ頑張って追随してぴょんぴょこ跳ね回ったり足の回転数上げてジタバタするよりも大人しく引きずられた方がみっともなくないや」と僕が悟ってしまうのは仕方の無い事だと思いませんか? 思いませんか……


 多分、鳳蝶さん、初めての手繋ぎ登校でさぞかし興奮しておられたんじゃあないかな、うん。
 明日以降はもうちょっとお互い冷静に歩調を合わせられると信じたい。


 ……まぁ、歩調を合わせられたとしても「歳の離れた姉弟にしか見えなかったよ。外見年齢差が如何ともし難いよ」と言われるのは目に見えているけど。


 恋愛面でも僕を苦しめるのか、身長……!!
 みんな初めは小さな小さな受精卵だった癖に……!!


「どうした散歩を拒否するも無理やり引きずり出された小型犬ハムスター。この世の全てに復讐でもし始めそうな雰囲気だぞ」


 光良ひかるうるさい。


「で、どうだ。鳳蝶嬢とは上手くいきそうか? ……と言っても、昨日正式に交際が決まったばかりでは、まだハッキリとはわからんか」
「あー……うん、まぁ……今の所は……うん、上手くやれそう、なのかな……?」
「初デートの約束くらいはしたか?」
「一応、週末に何処か行こうか、って話にはなっているけど……」


 一昨日、男子トイレでの強烈なアグレッシブ行為の時から提案されていた事だ。
 まだ何処に行くかは決めてないけど……何処が良いのかなぁ……こう言うのって、やっぱり男側の僕が率先して意見を出すべきなんだろうか。デートプランの構築は男の腕の見せどころ、なんて話を聞いた事もあるし。


「そうか。では、今後の進展報告に期待しているぞ。どんな細かい事でも是非報告してくれたまえ。俺は非常にワクワクしている」


 面白がって…………ま、そうは言いつつも、光良の事だ。
 多分「どんな細かい事でも報告しろ」と言う弁の中には「どんな小さな事でも相談しろ」と言うニュアンスも含まれているのだろう。
 光良は人の悩み事を茶化す風でいながら、きっちりと話を聞き、なんだかんだ真っ当な助言を出してくれる奴だ。


 一昨日の鳳蝶さんに関する恋愛相談だって「まぁせいぜい頑張れ」程度の結論でも締めれた話を、「まだ若いんだから諦めて別の恋を探したらどうだ?」と具体的な意見を出してくれた。
 結果論では「諦めなくて良かったさぁ」と言う話ではあったのだが……あの時点では光良の助言はごもっとも。
 しかし、いくらごもっともであっても誰かの恋心に「諦めろ」と冷水をブチまける様な発言をするのは普通、気が引ける事だ。半端な気持ちで相談に乗っていたのなら、例え思っても、そんな踏み込む様な事は言わないのが人の性。
 それでも光良が「諦めろ」と言ってくれたのは、口ではなんだかんだと言いつつも、心中ではしっかりと僕の相談に乗ってくれていたからだろう。


 そう言う奴なのだ……と、僕は光良を解釈している。


 良い様に深読みし過ぎなのかも知れない。
 でも、その方が素敵じゃあないか。


 どうせ人の心なんて読めないんだし、相手の行動や言動は良い方向に解釈した方が気味が良い。


「あ……そうだ。進展かどうかはわからないけど、一緒に住む事になったよ」
「……はぁ? 一緒に……と言うのは、つまり同棲と言う事か?」


 うーん……同棲……と言うのはどうなんだろう、現状。
 母や市姫もいるせいか、そう言うイベント感は湧かない。それに理由も理由だし……「同棲」と言うか、今の所は「同居」と言った方がしっくりと来る。


「同棲と言えば同棲なのかもだけど……鳳蝶さんのお家が跡形も無く吹き飛んじゃったらしくて、宿泊場所の提供、的な……」
「……一体、何がどうしたんだ?」


 僕とほぼ同じ反応である。
 とりあえず、昨夜の流れを簡単に説明する。


「ふむ、居候ではなくわざわざ民泊形式とは律儀と言うか……我が朱日家もそれなりに格のある家だが、そこまで徹底はしていない。名家とは大変面倒だな」


 つくづく僕と同じ感想である。


「しかし、そうか。そう言う形では、確かに同棲と言うのはしっくり来ないな。……鳳蝶嬢、存外に乙女かと昨日は思ったが……要所要所で恋愛脳には程遠い。何やら、独特の価値観を持っている様だな」


 うん。まぁね。
 男子トイレでのカップル成立でも問題無いと言い切ったり、事実上の同棲に対して「相互理解を深めつつ、花嫁修行もできる良い機会」と言う認識しか持っていなかったり。
 なんかこう……一般的な素敵胸キュンイベントに余り執着が無い……と言うよりも、どう言うモノが「素敵な恋愛」なのか、そもそも知らない様な感じがする。


 ……待てよ。


 もしかしたら、なんだけど……鳳蝶さん、恋愛を主題とした創作物を余り見ていないんじゃあないだろうか。
 たまに読んでいる本も、分厚いファンタジー伝記だったり、大判サイズの推理小説とかばっかりだし……だから「一般的に、恋愛に置いてどんなイベントが起き、その中でどう言うやり取りがあると素敵ロマンチックなのか」と言う感覚が、わからない。


 そう、真っ当なSF作品をほとんど見た事の無い僕では「SF作品の良い所……? えーと、よくわかんないけど、宇宙空間を戦闘機がぴゅんぴゅん飛び回ってビームばんばん撃ってると、わーすごーいかーっくいーと思う」程度の感覚しか無い様に。
 鳳蝶さんは「恋愛作品の良い所……ですか。そうですね。余り造詣が深い方ではありませんが、手を繋ぐなどして親し気に振る舞う男女または同性カップルの仲睦まじさを楽しむもの、だとは聞き及んでいます」くらいの感覚しか無い……


 そんな可能性は、考えられないだろうか。


 そう考えると、今までの鳳蝶さんの発言や行動が、実にしっくりくるのだ。


 彼女は「交際関係に至り、早急に相互理解を深めていく事」を重要視している口ぶりだった。
 告白はただ「交際を始める宣言」でしかない……告白そのものが一大イベントであると言う認識が無いのではないか。
 だから、告白されるシチュエーションやロケーションに拘ったりしない。拘る意味がわからない。
 その割に、交際関係になった事を喜び、学校中に情報を漏らしてしまったのは「恋人ができる事」が「結婚と言う誰でもわかる一大イベント」へ続く「めでたく嬉しい第一歩」であると言う認識はあったから。


 今回の同棲の事に関しても、彼女は年頃の男女が同じ屋根の下に住まう事を「恋愛に関する事」だと認識していないのでは?
 ただただ「共にいる時間を増やして相互理解を早めつつ、家事炊事を手伝う事で家庭的スキルを身に付けられる機会」としか考えていない。
 だから、事務的に淡々とウチへの宿泊を決めた。


 そしておそらく、街中で見かけたカップルか何かから「手を繋いで歩く事」が恋人っぽい行動であるとは見知っていたのだろう。
 故に今朝は手を繋いで歩く事だけが目的と化しており、僕が散歩嫌いの犬みたいになっていても構わず歩き続けた。
 手を繋いで歩く事はわかりやすい恋人同士のアイコンであり、親しさを象徴する行為、愛する者の手に触れるスキンシップ=興奮する事。そんな認識だけでの行動だった。
 手を繋いで並んで歩き、その一時そのものを楽しみながら歓談に興じる、なんて発想は無かったのだ。


「………………!」
「? どうした。急に考え込んだと思ったら、途端に何か重要な事に気付いた小さな名探偵の様なリアクションをして」


 相変わらず「小さな」が余計じゃあないかな? ねぇ? そう思わない?
 まぁ、今はそれは置いといて……


「光良……もしかしたら……鳳蝶さんは、物凄く恋愛事に疎いのかも知れない……!!」
「ん? ああ、まぁ、あの難物玉鋼なんぶつたまはがねが恋愛慣れしているなどとは誰も始めから思ってはいないが」
「……もしかしたら、僕や光良の想像を絶する程かも知れない……!!」
「……マジにか……!?」


 とりあえず、今の一連の仮説を説明してみると……


「成程な……鳳蝶嬢は象徴的な『恋人らしさ』は把握しているが、それが何故に恋人らしいと言われるかは把握していない可能性が高く……それ故に、恋を尊ぶ乙女的な一面を持ちながらも、一方で恋に纏わる重要事をないがしろにするチグハグさが生まれてしまっている、と」


 そう、鳳蝶さんは、ロマンチックな恋に憧れていない訳ではないんだ。
 ただ、どう言う事がロマンチックなのか、いまいちピンと来ていない。


「だとすれば、初デートで行くべき場所は決まりだな」
「え? そうなの?」


 ぉう、光良が肩透かしを食らったみたいにガクンとズッコケかけた。
 多分、「うん!」と言う快活な同意でも期待されていたのかも……ごめん、ちょっとわかんない。
 何故ここで初デートの話題に戻るのか。


「……お、お前な……鳳蝶嬢は恋愛事に疎い、それは『今までの人生で恋愛を主題とした創作物に触れる機会が少なかったからではないか』……と言うのが、お前の仮説だろう」
「うん」
「だとすれば、このままの状態ではお前の理想とするロマンチックな思い出多き恋愛など不可能だ」
「うん」
「では、お前がすべき事は、鳳蝶嬢の恋愛事への疎さを解消し、ロマンチックを共有できる様にする努める事だ」
「まぁ、そうだよね」


 さっきから、光良は何をわかり切った事を言っているんだろう。


「……それが叶う『デートの定番』があるはずだ。少し考えてみろ」


 そんな「いい加減に気付け」と呆れ顔されましても……鳳蝶さんの恋愛事への疎さを解消できる『デートの定番』?
 デートの定番と言うと……遊園地、喫茶店、あとは映画館とか……


「……あッ! そうか! 恋愛映画だ! 恋愛映画を一緒に見に行けば良いんだね!?」
「ああ……まるでクイズ番組で正解発表前に難問を解いたかの様なスッキリ笑顔満開で何よりだ。もう二・三ステップ早く気付けとも思うがな」


 光良うるさい。
 そんなポンポンと話題と話題が繋がる光良の方がすごいだけだ。


 まぁなんにせよ、だ。


「ありがとう、光良。僕がんばるよ」
「……ただ、一つ問題もある」
「え?」
「俺は特段、映画の話題に敏感と言う訳ではないので断言はしないが……今、何か良い恋愛映画がやっていたか? 記憶に無いぞ。少なくとも話題作は無い」
「……ぉおう……」


 ……それは……確かに、問題である。

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