鮮獄嵐凄~思春期武士はロマンチックな恋がしたい~

須方三城

07,戦後処理は粛々と



 包帯なんて巻いたのは、何時ぶりだろうか。


 母は「あらあら~。こんな大怪我は久しぶりね~。ちゃんと男の子してるわね~。やんちゃ結構。いえーい、男の子ー。うふふふ」とほのぼのエフェクトを撒き散らしていたが、結構な大怪我だと思う。
 全身に軽微、両腕に重度の火傷。左腕は全域おそらく粉砕骨折。右腕は前腕部から先に複雑骨折が数箇所。両足は亀裂骨折が数箇所……と言った所か。


 本来なら手近な病院にでも行って、石膏だなんだで骨折箇所を保護してもらう所なんだろうけど……幸いな事に、父の鍛錬と母の食育により、僕の身体は常人よりちょっとばかし丈夫だし、回復も早い。
 骨折箇所の包帯を他より数巻多めにしておけば、日常生活に支障は無い。
 このくらいの怪我なら、完治まで一週間、長引いて二週間くらいかな。


 正直、怪我それよりも問題なのは――新学期初日から、盛大に授業をすっぽかしてしまった事だ。


 鳳蝶さんとのすったもんだの後、半狂乱に陥った僕は県境を三度ほど跨いだ所でようやく落ち着きを取り戻し、夕暮れ空の下、真っ直ぐ来た道を戻り始めた訳だが……当然、その頃には始業式など全日程終了していたので、そのまま家路に就いた。
 その後、母に「あらあらうふふ」、市姫に「父さんが生きてた頃を思い出すわー」と見守られながらミイラにされ、夕食・入浴・包帯交換・就寝と言う流れを進んだ。


「あッ」


 そして今、朝の支度を終えて予備の制服に袖を通した所で、結構重大な事に気付く。
 僕の鞄、光良に預けっぱなしだった。


 ……まぁ、光良は気が利くイケメンだし、おそらく僕の鞄を自宅へと持ち帰って保管、今日また学校に持ってきてくれるだろう。


 しかし、光良には悪い事をしてしまった。
 なんだかんだ親友を謳うだけあって、あいつは僕の事を心配してくれる。きっと昨日も一日中気にしていてくれたに違いない。
 連絡を取れれば良かったのだけど、光良はスマホを持たない主義(曰く「スケジュールと言う概念が面倒なので、時刻表示できるモノは極力携帯しない主義だ。腹時計で十二分さ」)だし、実家の電話番号は存じ上げていない。


 きっと、通学路で出会でくわせば色々と問い詰められるだろうなぁ……昨日の事、なんと説明したモノだろうか。
 ……あいつ、絶対に腹をかかえてそこら中を転げ回るだろうな……こっちはピクリとも笑えない状況なのだが、あいつは絶対に笑う。せめてもの対策として、犬の糞が集中しているポイントで話すとしよう。


「っと、不味い」


 ふと時計を確認してみると、いつもなら家を出ている時刻をとっくに回っていた。
 昨日、色々と有り過ぎて、未だに脳みそが不調気味らしい。加えて、今朝は怪我の都合で日課の早朝鍛錬を行っていない事もあり、感覚が狂っているのも拍車をかけているのだろう。
 少しでも気を抜くと、ついつい、ボーッとしてしまいがちになる。


 急ごう。急ぎたい。急ぐべきだ……が。


 ……さて、ここまで極力考えない様にしてきたが、やはりそうもいかないだろう。


 ああ、少し考えただけでも、僕はマシュマロで脳みそを圧迫される様なじんわりとした頭痛に苛まれる……それだけじゃあない。胸の奥に、脇差でもブッ刺された気分もある。


 僕が一体何に頭と胸の痛みを覚えているのか?
 決まっている、鳳蝶さんの事だ。


 当然ながら、鳳蝶さんも高校生。学校へ行くはず。
 となると、僕が校舎へ入れば、クラスは違っても廊下なり浄水器前なりでほぼ確実に遭遇するだろう。と言うか、向こうから僕の教室へ来る可能性すらある……いや、まず間違い無く来るはずだ。
 鳳蝶さんのアグレッシブさは嫌と言う程に味わった。あの迷いの無さは是非見習いたい。すごい。ますます好き。


 しかし……昨日……僕は、そんな大好きな彼女を、殺そうとした。
 いくら戦極イクサに置ける殺人は正当化されると言っても、僕はそんな事を微塵も考えてはいけないはずだった。


 だって僕は、鳳蝶さんへの恋心が本物である事を証明するために、戦極イクサに臨んだんだぞ。
 だのに、殺そうとした?


 …………結局僕は、恒ちゃんの事件の時から、何も成長してはいない。
 力を振るおうとすれば……必ず暴走して、大切な人を傷付けてしまう。
 天火刀に罪は無い。全て僕の未熟故。だけどもう二度と、僕は天火刀を抜く事は無いだろう。
 と、もう二度と間違えない様に振る舞うのは当然として……


 さて、どう取り繕える? こんな失態。
 鳳蝶さんの弁を参考に「殺すのも止む無しで形見もらえれば良いかなって思いました☆」と言うか?
 ダメだ。それは嘘になる。「嘘を吐いたと言う誤解」だけであれだけ話が拗れたんだぞ……本当に嘘を吐いてしまった日にはどうなるか……恐ッ。
 極めつけに……自慢ではないが、僕は嘘が下手だ。昔はそうでもなかったと思うんだけど、ここ数年は嘘がバレなかった試しが無い。
 一〇〇%バレる……!! そして……恐ッ。


 とにかく、嘘はダメ。
 誠実さにかけるし、何より後が恐い。マジで。
 もう三階からの紐無しバンジーや、爆撃で空高く吹っ飛ばされるのは御免だ。身体はともかく精神がもたない。


 ここは……もう素直に、謝るしかないだろう。
 元々、僕はこう言う時にあれこれ器用に立ち回るタチじゃあない。
 謝罪だ。誠心誠意、それこそ平身低頭なんて甘いモンじゃなく、土下座でも土下寝でも土下埋でもして、靴を舐めるどころか食べておかわりするくらいの気概で。


 勝ちたいと言う欲求が先走り、一時記憶が混濁する程に我を見失ってしまった。未熟にも程がある要因で、僕は貴女を手にかけようとしてしまった。
 本当に、ごめんなさい。


 そう、謝らなければ……!!




   ◆




 いつもより家を出るのが大幅に遅れてしまったせいか、通学路で光良と遭遇する事はなかった。
 まだまだ遅刻はしないだろうけど、教室で光良に昨日の事を説明して心配を解消させる時間は充分に欲しいので、少し急ぎ足で階段を登り、廊下を行く。
 程なくして、昨日は結局入る事のなかったヰ組の教室前まで辿り着いた。


 さて……光良の第一声はなんだろうなぁ……
 小のためにトイレに行ったきり疾走したから、膀胱関係で何か壮絶に弄ってきそうだ。
 あらかじめ、いくつか返しを考えておこう。やられっぱなしは癪である。


 ……? にしても……さっきから何だか、妙だな。
 不自然に、視線を感じる気がする……?
 気のせい? 自意識過剰?
 あ、もしかして首や手元が包帯ぐるぐる巻だからかな。
 まぁ、包帯を巻いて登校してくる子なんてそう多くはないし、珍しがられる事もあるか。


 その辺は置いといて、教室に入るとしよう。


 …………………………ぉう。
 この視線の集中量は、気のせいとか、包帯が原因とか言う話では片付かない気がする。


 ……一体、何なのさ……?
 な、何で、教室中のみんながみんな、僕をジーッと見る訳……?
 って、何か人数多くない? 他のクラスの子も集まっている?


 何のために?


「信市!」
「ぁ、光良。おはよう……」


 僕を眺める人垣の中から、光良が血相を変えて飛び出してきた。
 何やら慌てている風だが、恐い雰囲気は無い。眼力も正常。おそらく本物の光良だ。


「おはよう……って挨拶してる場合か。お前は一体どう言う了見だ」
「はへ? 了見、と言いますと?」
「何故そんな面白急展開の現場に俺を呼ばなかったのかと、聞いているんだァァァーーーッ!!」


 光良が何を言っているのかはわからないが、なんとなく理不尽な責め立てを受けている気がする。


「ぉ、面白急展開って、一体何の……」
「トボけるんじゃあないぞ、このミニマムスモール!! 話は全部聞いているんだぞ、御本人発信の【噂】でな!!」


 ぅ、噂ぁ……?




   ◆




 あの彩灯家の御令嬢様と、戦極イクサをして【引き分けた】奴がいるらしい。
 なんでもヰ組の雄大とか言う校史始まって以来の低身長記録保持者だそうだ。


 ――などと言う、後半の風評ちょっと待てその情報必要? と問い質したくてしょうがない風情の噂が、今、終刕高校中に拡散しているらしい。


 しかも、この噂にはこんな続きがある。
 僕と鳳蝶さんが「その引き分けから、交際を始める事になる予定である」と言うのだ。


 そして噂の【発生源】を聞かされ、僕は絡みつく視線を振り切る様に、大急ぎである場所へと向かった。
 それはヰ組から二つ隣の教室、二年組。


「ぁ、ああああ鳳蝶さんんんんんーーーッ!?」


 ハ組は鳳蝶さんの所属クラスだ。
 新学期開始前に回ってきたクラス分け表で僕は自分と光良以外にもきっちり鳳蝶さんのクラスを確認していたので知っている。ちょっとストーカーメンタルでごめん。


 ハ組の戸を開け放つと、すぐに鳳蝶さんを発見した。
 今日は日直なのか、それとも自主的なのかは知らないが、黒板下の引き出しを開け、チョークの確認を行っている所だった。


「いたァァァ!! おはよう鳳蝶さん!! 朝からテンション高くてごめんね!? ちょっと色々と聞きたい事があ……」
「おや、マイリトルダーリンではありませんか。おはようございます」
「ぶふぅッ」
「ぶふぅ?」


 鳳蝶さん、その内、僕は呼吸器系の異常で貴女に殺されるかも知れない。


「おいマイリトルグリンピース。むせていないでさっさと話を進めるんだ。俺は今ジャーナリズム精神からか猛烈にワクワクしている」


 光良うるさい。ちゃっかり付いてきてんじゃあないよ。
 ああ、でも当然の様に背中を摩りながらペットボトル入りの水を差し出してくれている辺りは流石親友、本当にありがとう。助かる。


 それと、ハ組の皆さんも「お、噂の旦那様だ」「噂のダーリングマイサンだ」とかうるさいよ!!
 ただ一部の方、なんだか「すごくむせてるけど大丈夫かな……? 包帯もグルグル巻きのファラオスタイルだし……」とか心配の声、ありがとうございます、そして朝からごめんなさい。


「大丈夫ですか、マイリトルハムハムダーリン」
「な、何か増えた……げほッ、ぁ、あの、鳳蝶しゃん……? ちょっと聞きたい事があるんですけど……?」
「今付け加えたハムハムと言うのは、貴方のハムスター感、つまりは小動物的可愛らしさを表現しようと言う試みです」
「そこは聞いてない……!」


 あと確かに、昔市姫が買っていたハムスターの公星こうせいくんの餌のヒマワリの種を好奇心から食べてみて「……割とイケじゃあねェかよ!? おかわりだ!!」ってなった事あるけど、僕は決してハムスター感なんて醸し出した覚えは無い。


「はて? では一体、私に何をお求めでしょう。何でもどうぞ。何だって答えますとも。私と貴方の仲ですから」
「……あの、その僕と鳳蝶さんの仲についての話なんだけど……ど、どうして、学校中に広まっているの……?」


 そもそもまだ、正式にお付き合いすらしていないはずだのに。


「ああ、その事ですか。……大変、申し訳ございません。自分で言うのも難ですが、私は少々、間の抜けた所がありまして……貴方との交際に至った嬉しさが抑えきれずに、至る所で独り言を大声でつぶやいてしまっていた様です」
「大声でつぶやくって初めて聞いたんだけど」


 つぶやくって小声でブツブツと言う事ではなかったっけ?


 まぁそれはともかく……そう、さっきの噂の発生源は、鳳蝶さんなのだ。
 話によれば、鳳蝶さんが昨日から今朝にかけて「戦極イクサで引き分けてしまったので、私は二年ヰ組の雄大信市さんと交際する事になるでしょう」と、その旨を大声で校内中にアピールし回っていたらしい。


「余りの朗報だったので、もう私独りの胸の中には収まり切らず、つい」
「おーおー、聞いたか信市。存外なモノだな。彼氏ができた、と言う事をそんなにも喜ぶとは。まさかの乙女要素。可愛い所もあるじゃあないか、難物玉鋼」


 光良うるさい。


「あ、しかしご安心を。まだ家族には報告していません。未熟故の情報漏洩はともかく、家族への正式な報告はきちんと戦極イクサの戦後処理……【調停】を済ませてからにすべきだと思ったので、家ではひたすら気を付けました」


 何故学校では気を付けられなかったのか。


「と、と言うか、そもそも待って鳳蝶さん……!! ひ、引き分けって……!?」


 昨日の戦極イクサは、結局決着なんて着いてな…………あッ。


「ええ、そうですね。本来ならば引き分けではなく、『決着が着く前に中心点が見えない戦場外へと消えた貴方』の【不覚悟負け】です」


 ………………他の事に気を取られ過ぎていて、完全に忘れていた。
 戦極イクサに置いて、戦場外への意図的な離脱は、戦闘放棄……武士として恥じるべき不覚悟と見なされ、敗北となる。


 つまり反則負けだ。


「……ですが、私も武士の端くれ。あれだけの力の差を見せつけられて、意気揚々と厚顔無恥に『勝った』などとは言えません」


 そう言うと、鳳蝶さんが腰に差していた蝶々鍔の刀を抜刀。その刃は、根元からへし折られて紛失していた。
 ……記憶がすごく曖昧だけど……僕が、握り砕いた……んだよね?


 次に、鳳蝶さんが指差したのは――ッ……首筋の、白いガーゼ。
 あれは、ハッキリとわかる。僕が、天火刀の刃を以て、薄皮を穿った場所だ。


「貴方の情けが無ければ、私は断頭され死んでいた。正直、私の負けです。――しかし、古来より血の鉄則とされてきた戦極イクサの規則を全く無視する訳にもいかない」


 だから、【引き分け】か。両者合意の上で、勝敗を決さない幕引き。
 本来なら反則負けの判を叩きつけられても文句を言えない僕が、その決定に異論を唱えられる訳もない。


 と、そんな事は今はさておき……!


「ご、ごめんなさい……!! あれだけ、好きだと言っておきながら……僕は、鳳蝶さんを……!!」
「お忘れですか? 私も貴方を殺そうとしました。戦極イクサとはそう言うものです。『本気で勝つためなら』、それくらいは当然なのです。しかし、それでも貴方は、直前で私を殺せなかった。それもまた、貴方が本気だったからでしょう」
「あ、鳳蝶さん……!」


 鳳蝶さんの白くて細い指が、僕の頬に触れた。
 難物玉鋼やアイアンクールビューティーなどと言われる彼女だが、その手は確かに温かい。


「貴方が本当にただ私をただ弄ぶだけのつもりだったのならば……そんな軟弱で義の欠片も無い性根だったのならば。あんな豹変を果たすほど勝ちに執着できるはずがない。そして、あそこで私を殺す事を躊躇う理由も無い。貴方の本気は伝わりました。……謝るのは、私の方です。完全に、私の早合点でした。この度は、あらぬ疑いをかけてしまい、あまつさえ無意味な戦極イクサまでさせて、大怪我まで負わせて、貴方を苦しめてしまった……本当に申し訳ございませんでした」
「そ、そんな……」


 鳳蝶さんが謝る事なんてひとつも無い。
 諸悪の根源は、僕の言葉足りなさなのだから。


 まぁ、何にしても誤解が解けて良かった……ん?
 でも、待って。僕の主張を理解してくれたのなら、何であんな噂を……?


「――ですが、全てを無かった事にはできません。戦極イクサ戦極イクサ。決着は決着。引き分けは引き分け。戦後処理はきっちりとこなさねば、先人に失礼と言うもの。彩灯家の人間として、そこはドライかつしっかりと、こなさせていただきます」


 ………………はい?


戦極イクサで引き分けた場合、両者は話し合いによる【戦極イクサ調停】を行い、お互いの要求を五分五分で通すのが規則です」
「……ご、ごぶごぶと言いますと……」
「私の場合、『雄大信市は可及的速やかに責任を取り、彩灯鳳蝶と婚姻を前提とした交際。心底より愛する様に生涯努める事』の半分。後半部はスッパリ要らないと言う事がわかったので、シンプルに前半部の『私と貴方が婚姻を前提とした交際をする』のみが妥当であろうと判断しました」
「五分!? 本当にそれ五分なの!? ねぇ!?」
「後半は完全に切り捨てたのですから、紛れもない五分です」


 何の躊躇いも無く言い切った。


 まぁ、そりゃあね、後半はわざわざ要求しなくても僕自身そのつもりだからね、必要無いね、うん。
 ……な、なんだかエモい流れからエゲつないと言うか卑怯じゃあないかな……? ねぇ鳳蝶さん? そう言う豪胆な所も素敵だけど。でもちょっと待ってお願い。


「って言うか、じゃあ僕の方の要求はどうなるの!?」


 僕が求めたのは『彩灯鳳蝶は、雄大信市が自身へ好意を寄せている事を一旦忘れ、雄大信市の方から改めて告白するのを待つ事』。
 僕の要求と鳳蝶さんの要求は、例え五分五分でも共存し得ないと思うんですが……!?


「貴方の要求には『改めて告白を待つ間、交際関係を持たない』と言う文言は存在しなかったはずです」
「へ? あ、うん、確かにそうは言ってないけど……え?」
「では、簡単です。貴方は要求の後半部分を通せば良い。それで全て円満に収まります」


 後半部分、と言いますと……『僕の方から改めて告白するのを待つ』って所?
 ……まさか……


「貴方の言う『大事な思い出とするに相応しい素敵ロマンチックな告白』、期待して待っていますよ。貴方と婚姻を前提に交際しながら」
「……め、滅茶苦茶だ……!」


 つまり、要求通り、僕からの告白は待つが、それはそれとして交際関係は持つ、と?
 そ、そんなのアリなの……!?


「何やらすごく面白そうな話になっているな。是非全貌を把握したい。レポートにでもまとめてもらおうか、信市」


 光良うるさい。



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