ファンキー昔話~キューリー恐い太郎~
ファンキー昔話~キューリー恐い太郎~
今は昔の話。
外夜頓さん家の英義くんが天下を統一したばかりの時勢。
河童が人と並んで座って団子を食らい、巫女さんが魔術を以て明日の天気を予想するなんてのが日常だった頃のお話です。
場所は川に囲まれた小さな村。
その村一番の力持ち、百姓の川助と言う男がいました。
川助は田畑仕事の手伝いに牡河童を一人、家事を取り仕切る役目に牝河童を一人と共に暮らしています。
牡の河童と牝の河童がひとつ屋根の下でくらせばまぁ自然の摂理。
ある年の冬の日、川助の家の牝河童がとてもとても小さな赤子河童を生んだそうで。
それを見た川助、眉を顰めて顎をさすりながら、
「おいおい、なんてちっちぇんだ、これじゃあ河童じゃなくて蚊虫の子だ。こりゃあ大人んなってもひ弱な河童になっちまうだろうよ。力仕事は期待できねぇな」
なんて言いやがります。
しかし、悪態めいた言葉を吐きながらもこの川助、実はただの天邪鬼。
口は悪いが根っこは心優しい青年なもんで、小さな小さな赤子河童の事が心配で仕方無いったらありゃあしない。
河童共に隠れて独りでうんうん悩み、胃痛すら覚え始めた所で川助は決めました。
「【巫女王】様に相談するとしよう」
川助の暮らす村には他所の巫女なんぞ比べるべくもない凄腕の若巫女がいます。
自称は巫女王。国を統べる外夜頓さん家なんぞ知らんわと言わんばかりに王様を名乗る不遜な輩ですが、それにも見合ってしまうと思える程の魔術の腕があるのです。なんでも遥か彼方の未来の世、魔術が衰退したと思いきやまたしても再興した時代から暇潰しで来たら居心地が良くて居着く事にしたとかなんとかで。
魔術で生理機能もイジっているらしく、川助が物心ついたばかりの頃から見た目は変わらず若いままなのも不思議な所。
まぁ、とにかく凄い魔術の使い手である訳です。
大抵の事は指先ひとつとブツブツ延々と続く不気味な呪文でどうにかしてくれる便利な御仁。
そんな巫女王様は「魔導を修める者は夜行性が基本よ」と訳のわからない主義を掲げているので、その晩、月が頭上天辺に来た頃合を見て、川助は早速巫女王様のお屋敷に向かいました。
しんしんと雪が降り積もる夜。
皆が寝静まってしばらくな時間帯、当然誰が雪かきをしてくれる訳もなく。
雪で埋もれた道は歩き辛い事この上ない。
しかし川助は難儀な雪道に愚痴のひとつもこぼさず、無心に一直線、巫女王様のお屋敷へ。
「あらま。こんな雪の深い夜に、ご苦労様な事ね。村一番のツンデレ野郎」
つんでれとやらが何の事だか。
曰く未来の世では常備品である【じゃーじ】と言う小豆色の衣に身を包んで蜜柑の皮をむしる巫女王様の開口一番の意味はよくわかりませんが、川助は構っていられません。
「巫女王様、相談があるんです。ウチに住んでる河童共が子宝に恵まれたんですが……」
「あらあら、それはめでたいわね。おめでと山で~す。ん? もしかして祝儀の催促? 良い度胸ね。でも良いわ、好きよー、そう言う図々しい感じ。私って外法を修めちゃってる感じだから、道理がどうとか道徳がこうとか義理作法礼節うんぬんだとか、とにかくお上品な……今風だと『奥ゆかしい』って言うの? そう言うのは嫌いなタチなの。……でも生憎様。今、手元には大したものがないのよ。……ケチなものをやって粗末な評判が立ってもヤだしなぁ……」
「あ、いえ、そう言う訳では……」
「一応良さ気なモノとしては、できたてほやほやの新刊はあるのだけれど……薄い春画本なんてリア充河童には不要でしょうしねぇ。ひさかたぶりに困ったわ」
「新刊ができたんで!? ……じゃなくて、それがどっこい、めでたい話じゃあないんですよ!」
「? 何で? 詳しく詳しく。私、気になりまするん」
「生まれた赤子が、こんなちんまい奴だったんですよ!」
「えぇ!? そんなにちんまいの!? きゃわたんだけどヤバたんじゃないそれ!?」
「そうですよ、こんなにちんまいんです! きゃわたん? で、ヤバたん? なんですよ!」
たんたんたんたん、巫女王と川助はひとしきり騒ぎ終えると、
「多分あれね、未熟児って奴。この時代だとまだ概念が無いのかしら。理論や確率で考えればこの時代でも一定数ありそうなケースなのだけれど」
「未熟、じ? はぁ……」
相変わらず、巫女王の言う事は半分も理解はできない川助ですが、とにかく巫女王はあの異様にちんまい赤子について知識がある様子なので一安心します。
「しかしそのちんまさ……かなりヤバたんね。すぐに私の所に来たのは正解よ。きっと今日の夜冷にも耐え切れないもの。早速手を打ちましょう」
「ああ、そいつは僥倖だ! 早速頼んます!」
「ええ、でも、その前に決めなくちゃいけない事があるわ……【名前】よ」
「名前、ですかい?」
河童には、命名と言う文化がありません。
河童同士ならば念話で対象を絞ったやり取りができるため、特別個体に名称を付ける必要性が乏しいためです。
なので、人間が呼び分けるための愛称を付ける事はあっても、基本的に名前は無いのです。
「名前と言うのは魔術的にとても重要なモノなの。人間が魔術を使えて獣や妖怪には使えない確固たる所以ね。そして、名前を利用する事で魔術の効果は上がる。魂のうんぬんに干渉するには、名前を利用した魔術しかないわ」
「す、すんません、俺、凡庸な百姓なもんで魔術には疎くて、意味がよく……」
「別に理解しなくても大丈夫。ただ私は説明責任を果たしてるだけだから。こう言うのは【実施する側が説明をしたと言う事実】と【影響を受ける側が説明を聞いたと言う事実】が重要なの。【理解】は然程重要じゃない。自分で言っててなんだけど、これだから詐欺って無くならないんだと思うわ。まぁ、私は詐欺なんてケチな悪事は働かないから安心なさい」
「は、はぁ……」
「話がずれたわ。とにかく、件の未熟児には『【名前】にこれでもかと言う程に【意味】を持たせて無理矢理【魂】に【重み】を与え、身体から抜けたくとも抜けられない状態に陥らせる魔術』を施すわ」
「????????」
「要するに、名前を利用して魂が身体から出にくくする、死ににくくするって事。身体が港、魂が船だとすれば、名前を重い重いそれは重い錨にしてしまおうって話……あ、ダメだ。この村、圧倒的内陸だから船の例え絶対に伝わんないわ」
「は、はぁ……とにかく、あの子は助かる、って事ですよね? それならもう大概の事はどうでもいい、是非やってください。必ずやお礼はします」
「その意気や良し。では、早速命名会議よ。名前を考えてやりなさい。名前が決まったら、すぐにでも術を施しにいきましょう」
「名前……名前かぁ……」
さて、困りました。
何分、川助は未だに未婚、何のてらいもなく言えば童貞です。
しかも、家にいる河童二人には『かぱ男』と『かぱ女』と言う実に安直な愛称しか付けていません。
つまり、命名に関しても実質童貞なのです。命名の素人童貞です。
「人の世に置いて名前は【存在の証明】に等しいわ。基本的には、その存在に深く結びつく単語を選ぶ、そしてそれを元にしてモジったり語感をイジったりすると良いでしょうね」
「おお、流石は巫女王様」
薄い春画本以外にも分厚い伝奇本も手がけるだけあり、名を考える上での基本はきっちり押さえているらしい。
「存在に深く結びつく単語……河童と言えば……やはり【胡瓜】ですかね」
「うん、安直だけどそれでこその味もあるわ。はい次」
「次?」
「言ったでしょ? 名前にこれでもかって程、意味を持たせるって。でも、赤子の状態を聞く限り、じっくり熟考する時間は無い。ダブルやトリプルやクワドラブルなニーミングを考えている余暇は無いの。事は急。なら、こねくり回してビシッとした名前を付けるより、とにかく単純に、名前に入る【意味を持った言葉】の量を増やすのが一番手っ取り早いわ。河童の存在に結びつく意味を持っている単語、じゃんじゃん挙げなさい。それを全部つなげて、後で名前っぽく聞こえる様に音をイジるから。ほら、ほら!」
「は、はぁ……では、【緑】……」
「はい次」
「え、えぇと……【川流れ】……」
「はい次ー」
「ぅえええ……えと、あー……」
「急がないとヤバたんよ?」
「!! えぇとあの、【皿】!」
「はいもっともっと!」
「【角力】!!」
「ノってきたぁ? 次次ぃ、どんどんいっちゃおー」
◆
――キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケ。
「……何の呪文で?」
「悪ノリが過ぎた感は否めないわ。でもまぁ、確実性を取ったと言う事で。これなら重みに不足は無いでしょうし」
「むしろ『手当たり次第に突っ込みました』と言う軽薄な感じがしないでもないんですが……」
「気のせい☆ さ、行くわよツンデレ野郎! 時間は無いのだから! いざ、前途ある赤子をば救いに!」
「え、あ、はいさ!!」
若干の疑念は覚えつつも、時間が無いと言われては考え込む暇もありません。
何かをごまかす様に飛び出した巫女王様のあとを追いかけて、川助もキューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケが待つ自宅へと走る事にしました。
◆
時は流れて一〇年程。
村には春が訪れ、暖かな気候と豊かな緑に恵まれます。
おや……ああ、なんという事でしょう。
キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケは元気で逞しい極一般的な子河童に成長していました。
最近キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケを見る度に巫女王が「本日も結果オーライを確認」とつぶやく意図は川助にはわかりませんが、とにかく喜ばしい事です。
「キスケは今日も元気だな、憎たらしい限りだ」
まさかの名付けの親に名前を大胆に省略されてしまっていますが、地の文は譲りません。
キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケが元気に庭を駆け回る様を眺める川助の表情は、言葉とは裏腹に柔らかです。
「川助どの、川助どの!」
「おう、どうしたキスケ。またろくでもない悪戯でも思いついたか」
「いいえ、とてもとても良い事を考えたのです!」
キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケは子河童らしい小さな身体で身振り手振り、特別意味もなくパタパタしながら川助に言います。元気が有り余っている様です。その様子が川助の破顔を加速させます。
「川の向こうの山のそのまた向こうにある村が、とてもとても恐い、それは恐い【天狗】めの襲撃を受けたと聞きました!」
「ああ、そうだな、ここ最近は天狗どもの話題ばっかりだ。それも胸糞悪い事ばかりときた。嫌になる」
近頃、川の向こうの山のそのまた向こうの遥か先にある大きな山を根城にする天狗どもが、人の里を襲ったと言う話題が絶えません。
天狗は襲った村々で残虐の限りを尽くすと言います。
飼い犬の首輪を外して野に放ったり、人の家の壁に色取り取りの墨で落書きをしたり、有機栽培を売りにしている畑に農薬をまいたり、橋の銅看板を盗んで換金したり……数える気にもなれない程の所業の数々、それはそれは酷いものだと。
「僕はもう一〇歳になります! 仕事のできる歳です! しかし、この村には充分な人と河童がいて、僕の様な子供にお鉢が回ってくる事はほとんどありません! つまり手すきなのです!」
「ガキはガキらしくアホみたいに飯食って寝て起きたら走り回ってすっ転んで泣いてを繰り返してりゃあ良いって事だ」
「そう言う子供扱いが僕的にはこうカチンとくるのです! なので、僕は決めました! 他でもないこの僕の手で、悪い天狗どもを退治してやります!!」
「…………はァァァッ!?」
キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケの余りに予想外な発言に、川助は思わず着物がはだけてしまいます。
「おま、は? キスケおま、何を馬鹿な事を言っているんだ。良いか、天狗は恐ろしい奴らなんだぞ? 積極的に刃向かってみろ、きっと顔中に墨で落書きをされる! それだけではすまんだろう、おそらくお前が大嫌いな饅頭もたんと食わされるぞ! 奴らはそう言う酷い事を平然とする奴らなんだ! 絶対ダメだ! 絶対ダメだからな!」
「いいえ川助どの、僕はもう決めました! 河童に二言はありません! 僕は今までの一〇年間、この村の皆さんにとてもよくお世話をしていただきました! その村の皆さんが不安になっているのです! これはもう、恩返しとして天狗めらを討ち滅ぼすしかないでしょう、河童的に!!」
「えぇい強情な……あのちんまいのが河童道を語るなんざ立派な口叩く様になりやがって……」
「!? 何故泣いているのですか!? どこか傷むのですか!?」
「ぐ、泣いてねぇよクソガキがッ! とにかく、ダメったらダメだバカが! どうしても聞かねぇってんなら俺にも考えがあるぞ! 俺がお前より先に天狗どもを滅ぼす」
「川助どのにはお仕事があるではないですか!」
「じゃあ日帰りで滅ぼしてくるわ。仕事に影響は出さねぇよ」
川助は完全に目が据わっています。ヤバい兆候ですね。
「イヤに積極的!? いきなりどうしたのですか川助どの!? 大体一農夫である川助どのが妖怪に太刀打ちできるはずが……」
「今の俺は農夫じゃあねぇ、子を守る父親だ」
「川助どのにはお子はいませんよね!? やだ、なんか今日の川助どの最高におかしい!!」
◆
川助では色んな意味で話にならない、そう判断した名前はバカみたいだけど賢いキューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケは夜に家を抜け出し、巫女王様の元へと向かいました。
夜ふかしはダメだと戒められているので、さっさと行ってさっさと話を済ませなければなりません。
「はぁ? 天狗退治ぃ?」
じゃーじに身を包んでお腹をぼりぼりかきながらボリボリと煎餅をかじる巫女王。
その姿は一〇年前からまったく変わっていません。
「はい。巫女王様の許可さえあれば、川助どのも認めてくださると思うんです!」
「ああ……あのちんまいのが村のためを思って河童らしく振る舞うなんてご立派を言うまでに……なんか感動しちゃうなー、うん」
感動する、と言う割にはどーでもよさそうな顔で煎餅をかじり続ける巫女王。
「でもでもでもー、却下でーす。はい、残念無念諦めてん」
「えぇ!?」
「だってー、そんな許可出したらさー……私があのツンデレ大魔神に退治されちゃうっての。私、属性的には悪タイプだからー……善性の者に本気で来られたらジャンケン的な相性関係でひとたまりもないのよねー」
「つ、つんでれだ、じゃんけんて……? とにかく、お願いしますよう! もう頼りは巫女王様しかいないんです! 僕は皆の役に立ちたいのです!」
「きゃー良い子系ショタ萌えー……でもダメなものはダメー。せめて確実に天狗どもを一方的にボコれる保証でもあればあのツンデレ大魔神を納得させられなくもないんでしょうけどー、それに足る魔術を仕込むのってかなり面倒と言うかー……私って基本さーオタッキーでだからー? 夏と冬以外はテンション上がんない種族なんだよねー。祭典的な意味で」
「ああんもう……道理で先月の冬時にお会いした時よりも数段だらけてらっしゃる訳で……」
「脱稿いえ~い……解放の喜びを噛み締めつつー、巫女王ちゃんはごろりんとだらしなーいぽよぽよ御腹を晒しながら寝転がるのであったー、まる」
煎餅の詰まった袋を抱いて、巫女王はのそのそと寝転がります。
寝転がる仕草すら億劫そうです。
無気力の塊、むしろ無気力に過ごす事に全霊心血を注いでいる、巫女王はそんな様子。
下手したら来週辺りには頭にコケが生えているかも知れません。そんな勢いのある怠惰っぷり。
「うぅ……お願いです巫女王様……僕はもうこのまま能天気ではいられないと気付いてしまったのです……このまま前の子供らしい日常に戻るなんてできません……どうか……どうか……」
「やーん、しょげながら御腹つつかないでよー。時代が時代なら坊やでもセクハラですぞー……まったく……河童ってのはどうしてどの子もあの子もその子も正義感強いかなー。さっきも似た様な事を言ったけど私どっちかってーと陰の存在だからそう言う陽的なの勘弁なんだけどもなもしー……あんなにちんまかったのに河童の子は河童かー……あー……ん? お、そだ、良い事を思いついた」
「?」
「チミに、とっておきの魔術をかけてしんぜよーう。あのツンデレ大魔神でも多分納得してくれる凄い奴を」
「!! 本当ですか!? でもさっきは面倒くさいって……」
「よくよく考えてみたら、仕込みは既に終わっている様なものだもの。ちょちょいと出力プログラムを……えーと、この時代で言うと……ダメだ、適語が思い浮かばないと言うか思考があんま仕事しにゃい。とーにーかーくー、下準備は終わっとる訳ですよ、一〇年も前の冬の日にー」
「一〇年……?」
一〇年前の冬と言えば、キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケが生まれた頃です。
「君の名前ですよう、キューたん。君の名前にはねー、私の魔術がたんまり仕込まれている訳です。もうこれだけ健康体なら魂の固定なんて必要ないしー、その術式をイジってー、『名前を楔に位置付けて魂と肉体を固定する魔術』から『名前を起動呪文に位置付けて戦闘用の奇跡を発現させる魔術』に変換しちゃおうって訳ですよー。要はそのまま、内部出力を外部出力に変えるのサ☆ それなら割と手間かかんないし」
「よ、よくわからないけど……僕のこのクソ長い名前が役に立つって事ですか!?」
「クソ長ってチミ……もしかして今の御名前、お嫌い?」
「はい、名付け親の川助どのの前では嘴が裂けても言えませんが……ぶっちゃけ大嫌いです。無駄に長いし、意味不明だし」
「……うにゅう……実は私も命名に一枚噛んでいると言うか、発案と監修はズバリ私ちゃんなんですが……ちょい凹みんぐ……」
「えぇ!? そうだったんですか!? ごめんなさい! でもどうしてこんなトチ狂った名前を!? だらけ過ぎて脳にコケが生えている状態で考えたんですか!?」
「謝りつつも容赦ないなチミ……」
それはさておき、巫女王はちょいちょいっとキューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケに魔術をかけます。
本当に魔術がかかっているのか疑問に思える程のちょいちょいぶりです。
「さて……更にダメ押し。私の頼もしい使い魔ちゃん達も君に貸し出してあげませう。こんだけ加護盛ればあのツンデレ大魔神も納得でしょう」
「巫女王様の使い魔!? すごいや!! どんなんですか!?」
「まずは黒猫」
「ニャー」
「かわいい」
「次にコウモリ」
「キー」
「これまた可愛い」
「毘沙門天」
「ビッシャァ」
「毘沙門天」
◆
仏様には大雑把、四つの階級がございます。
上から【如来】・【菩薩】・【明王】・【天】の順番です。
如来の仏様以外は基本的に【悟り】を開けておらず、修行中の身です。
つまり菩薩・明王・天に所属する仏様は悟りを開く修行のため、俗世の者の頼みをよく聞いてくれるのです。
毘沙門天は確かに偉い偉い仏様ではございますが、仏界で見れば最下の【天】に属する仏。言うなれば新進気鋭の駆け出し組です。
なので、巫女の頼みも河童の頼みも修行の一環として基本的に快諾してくれる訳です。
と言う訳で、キューリーキューリー……あーもう面倒くせぇ。
キスケはお供を連れて天狗の住処である山を目指します。
「ニャーニャー♪」
黒猫が陽気に歌います。
「キーキー♪」
コウモリも陽気に合わせて歌います。
「ビッシャビッシャドォォォン!! ビッシャビッシャドォォォン!!」
毘沙門天が迫力満点の合いの手を入れます。
賑やかこの上無し。
これにはキスケも……おや、苦笑い。もうさっきからずっと毘沙門天が怖くて仕方無い様です。
天に属する仏は「上の位の仏様を守る役目」も持っています。言うなれば護衛役・戦闘要員です。守るためにたくさんたくさん戦います。
なのですごく屈強、筋骨隆々、顔も恐い。
まだまだ齢一〇のキスケが怯えるのも無理はありません。
まぁ、心強い事は確か。
その心強さたるや、「……あれ? もしかして毘沙門天だけで良いんじゃないかな?」と思えるほど。
しかしいくら心強くとも、頼り放しと言う訳にはいきません。
せめて毘沙門天の補助くらいはできなくては、天狗退治の言いだしっぺであるキスケは面目が立たない。
戦いの補助をするためには、やはり毘沙門天の事をある程度は知っておくべきだとキスケは考えます。
「あ、あのう、毘沙門天……さん」
「ビシャア?」
「す、好きな食べ物とか、ありますか……?」
「ビシュヌァ、ヴァイシュラヴァァァ」
どうやら毘沙門天はキュウリが大好きみたいです。
「ほ、本当!? 実は僕もキュウリが大好きなんです!!」
「ビャシャ、ビシャモンモン」
毘沙門天に取って、キュウリは好物である上に力の源である、と語っています。
お腹が空くと力が出なくなってしまいますが、キュウリを一本、いいやほんの一口いただければ、怪力無双を具現するのだそうです。
いやはや、にしてもキスケは打って変わって満面の笑み。
共通して好きなものがあると、なんだか妙に親近感がわくもの。これは上手くやれそうですね。
とかなんとか言っている内に、天狗の山に到着しました。
「おう、おうおうおう!! なんだァそこの河童のガキと黒猫とコウモリと……毘沙門天」
「毘沙門天」
キスケ一行を発見した門番らしき天狗が二匹、勢い良く啖呵を切ってきましたが、毘沙門天を一目見て固まってしまいました。
まぁ、そりゃあそうでしょう。
「ビッシャオラァァァーーー!!」
と言う訳で、毘沙門天の豪力一発、極太の腕で門番めいた天狗二匹を掴み上げ、頭から地面に突き刺します。
「ようし皆!! 一気呵成に畳み掛けよう!!」
「ニャー」
「キー」
「汚物消毒ッ!!」
キスケ一行は毘沙門天を先頭にずんずんと進みます。
次々に現れる天狗を掴んでは埋め掴んでは埋め。
目指すは天狗の大将の首です。それ以外に興味はありません。
……しかし、そう話は上手くいきません。
山の中腹あたりで、事件は起きてしまいます。
「……ブッダム」
お腹空いたぜガッデム。
そう一言だけつぶやいて、毘沙門天が座り込んでしまいました。
「ええ!? ちょっとビシャモンモン!? ちょ、やばいやばい天狗きてる天狗きてる!!」
「ディーバダッタマジファック」
お腹が空きすぎてもうどうにもならない様です。
考えてみたら村を出てから一切食事を取らずにここまで来ていました。
「え、えぇい仕方無し!! むしろビシャモンモンばかりに任せ過ぎてた! ここからは僕達の力でやってやるさ!!」
◆
無理でした。
と言う訳で、キスケ一行は山の天辺にある祭壇に縛り付けられてしまいました。
「ひぃー……毘沙門天が来たって聞いた時は思わず念仏を唱えたが……どうやら悪党にも奇跡はあるみてぇだな」
大きな天狗が額の汗を拭いながら安堵の息を吐きます。おそらく天狗の大将でしょう。ついさっきまで本気でビビっていた様です。
「ひぃん、畜生……僕も黒猫さんもコウモリさんも可愛いだけだった……」
「ふにゃあ……」
「ぷきぃ……」
「スイブツシンケツゥ……」
「クカカ、まぁ結果よろしければなんとやらだ。さてさて、このゴキゲンな侵入者共、どうしてやろうか……そうだ、たっぷり悪戯をしてやるぜ」
「うぅ……」
「さぁ、悪戯の定番と言えば……そうだな、まずは『嫌いな物をけしかける』とかどうよ? 良い案じゃん? じゃあお前。嫌いなもんを言えよ」
「けしかけられるとわかってて言うもんか……って、ん?」
ふと、ここでキスケは小賢しく閃きます。
「そうだ……僕達はみんな、キュウリがとっても恐いんだ!!」
「キュウリィ? この緑色の野菜か?」
天狗の大将は丁度手に持っていたキュウリをキスケに突き出します。
「ひぇッ、キュウリ恐い!! やだやだ!! 近付けないで!! いやぁぁぁ!」
「おうおう、河童はキュウリが好きだって聞いてたんだが……変わった河童もいたもんだ。それに嫌がる男の子ってなんかそそるな。うりうり、キュウリだキュウリだ」
「ひぃぃぃ、お助けぇ、お助けぇ」
「カカッ、愉快愉快。キュウリを頬にぐりぐりしただけで良い声で鳴きやがる。……ところで、みんな嫌いって事は……」
天狗の大将はおそるおそる、毘沙門天の方にキュウリを差し出します。
毘沙門天の様な屈強な者が怯える姿を見てみたい、と言う好奇心。
それこそが、キスケの狙いでした。
「ビッシャモン!!」
引っかかったな大マヌケが!!
毘沙門天は高らかに叫び、差し出されたキュウリにかぶりつきました!!
「あひぇぇッ!?」
これには天狗の大将、失禁ものの大吃驚。
そりゃあそうでしょう、仏がいきなり手元に噛み付いてくるなんて、大型犬がいきなり噛み付いてきたとか言う次元の遥か上を行く恐怖です。
「ムォオオオ!! イッサイカイクゥゥゥゥゥッ!!」
キュウリを一口でも食べれさえすればこちらのもの。そう言わんばかりに毘沙門天が筋肉を膨らませて縄を内から千切り飛ばします。
毘沙門天が縄を千切った衝撃で、キスケと黒猫とコウモリを縛っていた縄も微塵に弾け飛びました。
「ようし! さすがは我らのビシャモンモン!! やいやいやい、図に乗った天狗共め、目にもの見せてやるからな!!」
先程は使うまでもなく天狗に囲まれて捕まってしまいましたが、キスケには巫女王から授かった【秘密兵器】があります。
それは、キスケのくっそ長い本名を詠唱する事で発動する凄い魔術です。
天狗達が毘沙門天から逃げ回るのに必死でこちらに構っていられない今が好機でしょう。
「キューリーキューリーミドリーヌカワナガレツラシ・サーラスモウファイヘイケノオンネン・ナンデアンナニカッコイイノニニンキデナイノオカシイ・カワニスンデルヌルヌルヌールタブンリョウセイルイ・カッパハモットヒョウカサレルベキ・イガイトオチャメデミョウヤクヤバタン・チョウキュウメイノチョウスケ!!」
よし、言い切った、これで魔術が発動するぞ!!
と思いきや……
「ビッシャモン」
「あ、もう終わってる」
キスケが詠唱している間に、天狗達は毘沙門天の手で全員埋められていました。
こうして、悪い天狗達は退治され、村々には平和が戻ったそうな。
御後がめでたしなようで。
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コメント
ノベルバユーザー601496
凄くおもしろくて見事にはまりました。
呪文やダジャレのような所が飽きさせてくれない!