河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~

須方三城

肆:ただの小娘



 ……ッ、は、あ……!


 ……拙者はまた、意識を失っていたのか……


「目が覚めた様であるな」
「! モリキヨ殿……ッ……」
「どうであるか。殺禍亡屠トリカブトの根から取り出した毒の成分は。一舐めでもかなり堪えるであろう?」
「えぇ……まぁ……ですが……『覚えた』」


 殺禍亡屠トリカブトの毒成分の感触と、その体内作用、そして体外に現れる症状。
 全てしっかりと記憶したぞ……!!


重畳ちょうじょう。では、次は殺禍亡屠トリカブトの毒を中和し中毒症状を解消できる成分、沼魔河豚ヌマフグの臓物より取り出した毒の成分を覚えてもらうと…………」
「……? 如何なされた?」


 不意に、モリキヨ殿がそっぽを向いて――ヒメ達がいるであろう鍾乳洞入口側の方を見て、何を……


「……マルガレータとか言う小娘……だが、妙な気配であるな」
「? マルが、どうかしたと……?」
「ああ、まさしくどうかしたのかも知れんであるな。一旦行くぞ。付いて来い」


 ……?




   ◆




「………………………………」


 何と言うか、まぁ……人の頃、旧知の友が「これが南蛮の激アツなんだぜフォォォォォオ!!」とか奇声を散らしながら目がちかちかする装いで踊り狂っているのを見たあの時のなんとも言えない気持ちと同じ感覚と言うか……


「ま、マルよ……い、一体どうしてしまったのじゃ……?」


 ほれ見ろ、あのヒメですら余りの事にロウラとドラクリアの陰に隠れておののいている。


「ふふん! ウチは変わったのでござるニンよ!!」


 ああ、まぁ、変貌したのはわかるとも。
 何やら頭は燃える炎の如き朱色になっており、肌は陽に焼けすぎた様な茶褐色。わざわざ胸元を強調する様に着崩した忍装束。
 目つきまでキリリと挑戦的になってしまってまぁ……


「ウチは今、今までのどんなウチよりも最高の状態でござるニン!! 言うなれば超究極マルガレータでござるニン! ニン!!」
「しばらく見ない間に、何処で何の病気をもらってきたんだ……?」
「あ、ゴッパム! 修行はもう済んだのか!?」
「いや、済んでいないが……モリキヨ殿が何か異変を感じたと言う事で付いて来た」


 まぁ、異変は異変だ。それも突拍子も無ければ途轍も無い。何だあれは。
 何故あんなにも落ち着き無くやたらくねくねと元気に動いて、しきりに決め顔を作っているんだあの乳出し阿呆は。脳みそを半分くらい何処かに落としてきたのか?


「ゴッパムよ。あの小娘、笑える程に妙ちきりんな事になっているが、実情、笑っている場合ではないのである」
「!」


 笑い事でしか無い様に見えるのだが……しかし、モリキヨ殿の頬を伝う汗……本当に只事ではないのか……?
 いや、確かに只事でないのはよくわかるが、そんなにも真面目な危機を感じるべき意味での「只事ではない」なのか……?


 ではひとまず、マル本人から事情を聞こう。


「おい、マル! 何があった!? 何がどうしてそうなった!? 詳しく説明しろ!」
「へいゴッパムさん! 見てわからないのでござるニン!? ウチは今、最高なんでござるニンよ!! ニンニンニン!!」


 よし、駄目だ。会話にならん。
 なんだか鬱陶しくて斬り付けたくなる程度には会話にならん。
 腕の一本でも斬り落とせば会話になるか? いっとくか?


「妙に腹立たしいのはわかるが、落ち着いて聞け、ゴッパム。触診せんと詳しくはわからんが、見た限りでもわかる所はある。あの小娘、何やら妙な物を摂取したらしい。過度の高揚こうよう状態……だけならまだしも、肉体的にも負荷が凄まじい事になっているのだ」
「! それは……」
「端的に言うと、『何か悪い物でも食ったせいで何らかの中毒作用を起こし、体に著しい変調および不調をきたしており、正常には程遠い状態』と言うのがワシの所見である。早く治療をせんと不味い予感がするぞ」


 確かに、笑い事ではなかった様だ。
 えぇい、小娘が。昼飯まで待てずに拾い食いでもしたか。ヒメか貴様は。


「むむッ!! 何やら冷ややかな視線をたくさん感じるでござるニン!! 最高なウチはそう言う気配にも敏感でござるニン!! さては皆様、ウチが最高なのを信じていないでござるニンね!?」
「良いからそこに直るのである。ワシが直々にてやるのだ。ひとまずの処置として、過剰な身体活動を抑制・正常化する薬を……」
「御薬を処方してもらう必要など無いでござるニン! ウチは最高なため病気や不調など欠片も無し!! むしろ御薬は既に服用済みでござるニン!!」
「……何?」


 薬は服用済み、だと……?


「ふっふーん、こちらをご覧くださいでござるニン♪」


 そう言って、マルが突然、自身の乳房と乳房の谷間に手を突っ込んだ。
 指で挟んで取り出したのは、細長い硝子の瓶。中には何やら金色の透き通った液体が入っている。


「この御薬は飲むだけで最高になれると言う最高の御薬でござるニン!! これを飲んだ事でウチは最高になったのでござるニン!!」
「「「「「うさんくさッ」」」」」
「ぅええ!? 皆様で声を揃えて!? そんな、うさんくさくないでござるニン!! だってお坊さんがくれたんでござるニンよ!?」
「いや、僧侶が何故そんな薬を勧める? うさんくささが増したぞ」


 僧侶が自家の家伝薬かでんやくを誰ぞに処方する事はあるが……僧侶の家伝薬と言えば決まって病や邪気を払うための代物だ。
 そんな効能がぼんやりした怪し気な薬を配る僧侶がいるか。
 いるとすれば十中八九はかたりの似非えせ坊主だ。


 まぁ、何だ。わかった事がひとつ。


「とりあえず、貴様の腹を殴り木に吊るしてでも胃内容物を一滴残さず全て吐かせてしまえば良いんだな」
「ちょッ!? 何でそうなるでござるニンか!?」


 モリキヨ殿の手を煩わせずに済む様で何よりだ。


「待て、ゴッパム。既に変容症状が出ている以上、吐かせても無駄である」


 ぬ……ではやはり、モリキヨ殿に治療してもらうしかないか。


「と言うか何なんでござるニン!? さっきから治療するとか吐かせるとか!! ウチは今最高なんでござるニンよ!? 何でそれを元のダメダメなウチに戻す気満々なんでござるニン!?」
「今の貴様は、拙者が知る限り過去最高に駄目そうだからだ」


 ほれ見ろ、ロウラもドラクリアもヒメもうんうんと頷いているぞ。


「何を訳のわからぬ事を……あ、そっか、わかったでござるニン! 具体的にどう最高なのかを見せつければ納得してもらえるでござるニンね!!」


 すると、マルは硝子瓶を谷間に戻し、腰から下げていた喇叭ラッパを取り、両手で構えた。


「最高忍法【音刃おんぱ美舞喇阿飛ビブラアト】!!」


 ぷおぉおおお……と言うやや間の抜けたラッパの音が、鍾乳洞内に響き渡る。


 吹く前の宣誓からして、何時もの音の刃を飛ばす忍法か?
 こんな鍾乳石か岩しかない場所で、一体何を斬ると――


 疑問に思った直後。


 岩が爆ぜる轟音が、連続した。


「――なッ――」


 馬鹿な……!?
 マルの出す音の刃は、木を両断するくらいはできても、岩をも裂くなんて真似はできなかったはずだ。


 だのに、今のたったひと吹きで……洞窟内の床・壁・天井、そこら中に深い斬撃の跡が……!?
 天井から吊り下がっていた砕け、鍾乳石がパラパラと降ってくる。体を弱く打つその小石の雨の感触が、これは夢ではないと物語る。


「忍法だけじゃあないでござるニン。体術だって最高になっているでござるニン。わかってもらえたでござるニン? さぁ、皆も御薬を飲んで最高になるでござるニン!!」
「え、嫌じゃが」
「ぜってェーだ」
「すみません、嫌です」
「阿呆」
「えぇッ!? 何でぇ!? どうしてぇ!? 皆様の反応が最高に予想外でござるニン!!」


 いや、そりゃあそうだろう。


「確かに見違える程に強くなってはいる様だが……どう見ても、今の貴様は正気ではない」


 マルは今、謎坊主からもらった薬を服用し、明らかな身体と精神の異常をきたしている。
 そんな状態で薬を勧められて、誰が飲むか。確実にヤバい奴だ。例え不老長寿の仙薬だと言われてもお断りだ。


 しかもモリキヨ殿曰く、笑い事では無い程の異常と来た。


「もう良いからおとなしくしろ、マル。モリキヨ殿の治療を受けろ」
「ッ……な、何ででござるニン……!? ウチ、せっかく最高になったでござるニンよ!? 今のウチならきっと、ゴッパムさんにだって劣らない武威つよさがあるでござるニン!!」
「いや、それはない」
「あるでござるニン!!」


 ……舐められたものだな。


「では、わかった。武器ラッパを構えろ、この阿呆めが」
「ちょ、ゴッパム!? 加減な!? 加減大事じゃぞ!?」
「承知している」


 仲間を斬り殺すつもりはない。
 鞘に納めたまま、裂羅風刃さくらふぶきを構える。


「軽く相手をしてやる。それで身の程を知れ。そしておとなしく治療を受けろ」


 ……やれやれ……思い出すな。
 染みるのを嫌って傷口を洗う事を断固拒否し、全力で走って逃げた幼き頃の姫。
 それを捕まえるべく、こちらも全力で走り回った記憶を。


 小娘に手当を受けさせるのは、どうにも手間がかかるものだな、まったく……


「では!! ゴッパムさんが負けたらば、皆で薬を飲んでくれるでござるニンね!?」
「それもないな。貴様如きただの小娘に、武士である拙者が負ける道理が無い」


 これ以上、舐めた事を言ってくれるな。
 侮辱ぶじょくと判断した場合、いくら小娘相手とは言えどしかる程度では済まさんぞ。


「ッ……!!」


 マルが、ラッパを吹くべく息を吸った。


 ああ、貴様の音の刃は厄介だ。まったく見えん。
 一度撃たれれば、回避はまず難しい。


 撃たれれば、の話だがな。


 息を吸っている内に、すかさず、距離を詰める。


「ひッ!?」


 ラッパの口、音の刃の発射口を目掛けて、突く。
 裂羅風刃さくらふぶき、鞘に収まったその刃を、ラッパの穴に突き入れる。


 火縄銃しかり吹き矢しかり、発射口を塞がれては、満足には弾を撃てまい。最悪暴発だ。


盲目もうもくしたな」


 貴様の技は、近距離での一対一にはまったく以て不向きだ。
 良くも悪くも仲間の補助として活きる技よ。


「う、うあ!!」


 ふん、すんなりとラッパを放棄して蹴りへ移行するか。
 ひとつの武器に執着しない、妙な薬のおかげで思い切りも良くなった様だな。


 だが、そんな自棄やけっぱちの蹴りを食らってたまるか。
 確かに疾い、だが、不意も何も突かずに正面から蹴って当たる程では無い。
 威力もかなりのものだろうな、しかし当たらなければ意味は無い。


「ひ、ほぁあ!?」


 ……やれやれ、蹴りを外して体勢を崩したか。
 完全に、力に振り回されている様だ。無様な。
 まぁ、元々、体術に優れていた訳でも無い平凡な小娘だ。急に付けた怪力を満足に扱いこなせと言うのが無理難題。


「そんな分際ものだ、貴様は」


 まったく以て、手のかかる。
 仕方の無い奴だ。


「ふんッ!!」
「あでッ!?」


 拳骨げんこつ一閃、マルの脳天に振り下ろす。
 無論、加減はした。河童の全力で殴ったら、こんな小娘の頭なんぞ花火の如く弾け飛んでしまうわ。


「きゅ、痛……ぅ、ま、まだでござるニン!! まだ、ウチは……」


 ぬ……意識を奪う程度では殴ったつもりだったのだがな。見慣れた涙目顔で頭を庇っているが、まだ元気そうだ。


 加減が過ぎたか……それとも例の薬で耐久力も上がっているのか。
 しかし……


「ほう、まだやる気とは……今の一連の流れが偶々たまたまだとでも思っているのか?」
「……!!」


 何度やっても同じだ。
 何度やろうと、拙者は貴様が音の刃を放つ前にラッパの穴を塞ぎ、すかさず貴様の脳天に拳骨を叩き込む。


「貴様の様なただの小娘が、拙者に勝てる訳が無いだろう」


 身の程を知れと言った。


「ぅ……こんなの……こんなの……おかしいでござるニン……ウチ、最高に、強くなって……!」
「そのうたい文句が真実だとすれば、その程度が貴様の最高と言う事だろう」
「そ、そんな……じゃあ、ウチは……ウチはどう足掻いても、ゴッパムさんの……皆の役には、立てないって事で……ござるニンか……!? そんなの……そんなのぉ……」


 ……はぁ?


「役に立てない?」


 何を言っているんだ、こいつは。


「貴様はあの阿呆の世話をよく見てくれている。それに朱天堂士シュテンドウジの時にも、我々を助けてくれた。充分、役に立ってくれているだろうが」
「でも、それだけでござるニン!!」


 それだけ、と来たか。


 ……あー……ああ、うむ、成程、そう言う事か。
 慎重な気性であるはずの貴様が、何故にあんな怪し気な薬に手を出したのかと思ったら……そうやって、勘違いして思い詰めた末か。


 くだらん事を考える小娘だ。


「生意気を言うな」
「……え……?」


 え? ではない。


「貴様の様なただの小娘・・・・・ならば、それだけ・・・・で上出来以上だ」
「……ただの……小娘……?」
「ん? 違うと言うのか? では貴様は何だ? 乱破なのか? 河童なのか? 母の名誉のために戦う王子なのか? 戦闘に長け武を研鑽してきた獣人の類なのか? それこそ違うだろう」


 貴様は、マルガレータ。
 忍の里にて生まれたと言う過去があり、多少、珍妙な忍法が使える。そして少々間抜けと言うか、駄目駄目な所がある。あと服がよくはだける。


 ただそれだけの小娘だろう。


 ならば、それにできるだけの事ができていれば、上出来以上と評して何もおかしい事は無し。
 ヒメとて、貴様に貴様ができる以上の働きをさせようと思って鎮威群ちいむに入れた訳ではあるまい。


「生意気に気負うな。ただの小娘にしては、貴様は充分以上にやってくれている。むしろ胸を張れ」
「ッ……本当に、そう思っているので、ござるニンか? 気を使って、そんな事を言っているだけでは? 本当はもっと、役に立てと……」
「侮辱するつもりか? 大概にしておけよ」
「!」
「仲間に嘘を吐く程、拙者は下郎ではない」


 発破や鼓舞、賑やかしのための冗談ならば、いくらでも言ってやろう。
 拙者も無粋ではないからな。


 だが、今はそんな話をしていない。
 今、話しているのは、冗談不要の真面目な事だ。
 そこで事実に無い事を言うはただの嘘になる。


 仲間に嘘を吐くなど、最低劣悪も良い所。
 貴様は、拙者がそんな分際だと言いたいのか?
 だとしたら……そろそろ本気で抜刀しなければならない案件だが。


「……仲間……」


 何をハッとした様な顔をしている?
 まさか、仲間として認められていないとでも思っていたのか?


 意味のわからん事を。
 我々は同じくヒメの子分として勧誘され、それに応じた身。貴様と拙者の関係性が、仲間以外の何だと言うのだ。


「ウチ……ただの小娘で、良いのでござるニンか……? ただの小娘でいて……良いので、ござるニンか……?」
「はぁ? 良いも何もあるか。それが貴様だろう。……まったく、拙者の言い分がまだ理解できていないのか。ならばもう一度……いや、この際だ、よく理解できるまで、何度でも繰り返してやる」
「………………いいえ。不要で、ござるニン……」
「ん? そうか。それならばし」


 手間が省けて良かった。


「ほいほいっと。一件落着の様であるな。では、ちょいと失礼するのである」


 む? モリキヨ殿? 一体何を――


「へ?」


 ――何故、いきなりマルの服を脱がせ始めているんだ、この河童。


「ほきゃあああああああああああああああ!?」
「騒ぐな小娘。誰も貴様の様な小便臭い赤子にサカってはいないのである。大体、さっきまで惜し気もなくバインバインと弾ませていたろうに。今更少し剥かれた程度で恥ずかしがるな」
「あの、モリキヨ殿。一体いきなり何を……」
「まずは診察である」
「ひゃわぁ!? ど、何処を触って……!?」
「……ふむ、触診して確信した。何の薬を飲んだかは知らんが、このまま放っておくと、おそらく三年ももたんぞ」
「え……えぇぇええええ!?」
「当たり前である。薬と言う物は便利であるが万能には決して成り得ず。貴様は今、本来なら体の負担を考えて制御されている力――いわゆる火事場の馬鹿力と言う奴を常に発揮している状態だ。全身に絶えず多大な負荷をかけて動いている状態――全身に重い岩を括りつけて延々と休む事無く走り続けてみろ、どうなる?」
「流石に死ぬなァ」
「それは死にますね」
「確実に死ぬのじゃ」
「まぁ、だろうな」
「ふぇぇッ……!?」
「と言う訳で、まずは全身くまなく過剰な身体活動を抑制・正常化する薬を塗り込んでやるから覚悟するが良いのだ。大丈夫だ、ばっちり元の綺麗な体に戻してやるのである。ただ治癒反応として数時間は凄まじい痒みを伴うかも知れんが……我慢である」
「しょ、しょんなぁぁああああああああああ!! はひぃッ!?」
「早死するよりはマシだと観念するのである」


 ……まぁ、生意気に先走った自業自得と言う奴だ。
 これに懲りたら、小娘は小娘らしく、身の程知らずな考えを持たん事だ。



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