河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~

須方三城

玖:臥薪嘗胆、因果応報



 ――ああ、成程な。
 そうか、その姿が生前と変わらんのは、そう言う事だったのか。
 その水裸形無すらいむとか言うのが持つ、変幻自在の水の身体で、生前の姿をかたどっていただけか。


 納得、納得よな。道理で、心臓があるべき場所まで刃が進んでも、血の一滴も出なければ、死にもしない訳だ。
 その身体は、人の形をしているだけの、水の塊であると。当然そこに心臓は……いや、そもそも心臓と呼べるものがあるのかすら、怪しい。


 ……笑え……ぬ……


「がッ……ぷァ……!?」
「おいおい、そう派手に血を吐く事はないだろう? 少し腹肉をえぐっただけ……あ、ごめん。貫通してるや。ちょっと加減を間違えたみたいだね」


 ふざけてくれる。斬り殺してやりたい……が、どう、やって……


 そんな事を、考えている内に……拙者の腹から断城の黒刺みぎてが引き抜かれた。


 ッ、が……随分と……無遠慮に……拙者の臓器を引き擦ってくれるな……!!


「ぐ、ぉが……き、さ……ま……!!」
「はい、これくらいの傷なら、まだ戦えるだろう?」


 そう言って、断城の足が跳ね、その膝を拙者の腹の風穴にねじ込んで来た。
 刺に引きずられて少しはみ出した腸に、膝蹴りを叩き込まれた。


「づッッッ」


 もはや、悲鳴をあげる事もできぬ。
 逆に痛くない気すらしてきた……が、確かに痛みは感じているのだろう。ただ認識できなくなっただけか。色々と麻痺した様だ。証拠に、身体が思う様に動かせん。
 踏ん張りが効かず、膝蹴りの衝撃に煽られるまま、背後へ吹っ飛ばされた。


 ……くそ……痛みを認識できなくなった事で、思考は冷静さを取り戻せたが……指を震わす事すらできずに地面を転がるしかないとは……!!


「……ぉのれ……だ、ん、じょぉお……ッ……!!」


 舌が上手く回らん。神経が混乱しているのもあるが、吐血が舌に絡みついて邪魔だ。
 怨敵おんてきの名を怨嗟えんさを込めて呼ぶ事すら叶わないとは……情けない、なんて様だ……!!


「……おや……もしかして、もう駄目? 動けないのかい? やれやれ。もう少し楽しむために胸ではなく腹を刺したと言うのに……つくづく君は、私の期待を裏切るのが得意な様だ」


 ふざけるな、普通、腹を抉られて腸をじかに蹴られて、立ち上がれるか。並の者なら死んでいてもおかしくない仕打ちだ。
 それだけ、拙者の事を評価しているとでも?
 嬉しくもなんともない。拙者を喜ばせたいなら今すぐに死ね。


 そんな悪態あくたいすら、声としてつむぐ事ができない。恨めしいにも程がある。


「まったく……じゃあ、こうしよう。君のくだらない人間性に語りかけてあげよう」


 刃を失った冥月刀とやらの柄を放り捨て、断城は顎である場所を指した。


「五つ数える。その内に立ち上がらなかったなら、私はあの崖を登り、君の連れを鏖殺おうさつしてくるとしよう」


 ――ッ――


「因果なものだよね。あの小さい獣娘、姫にそっくりじゃあないか。初めて見た時はたまげたよ。……守りたいんじゃあないのかい? 何時いつものくだらない感傷で、幾百幾千の敵を殺してでも、守り抜きたい存在なんじゃあないのかい?」


 ……何処どこまで、何処まで貴様は……!!


「ほら、一つ……二つ……三つ」


 ぐぅ、おおぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおぁあああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!


「……四つ……いつ……うん、よくできた。腐っても私の弟子だね」
「ぅ、は……腐って、いるのは……どちら、だ……!?」


 ……立てた、立ては、した。だが、どうすれば良い……!?
 かろうじて握れている裂羅風刃さくらふぶきでは、奴を殺せない。
 奴の水の身体は、斬れない。先程、刃が奴の胸までめり込んでいたのは、あの水の身体を斬って進んだのではなく、ただ押していただけ。その圧力で、奴の身体が変形していただけに過ぎない。
 打撃に切り替えても結果は同じだろう。あの柔軟性のある身体を砕く事など、不可能。変形して衝撃が逃げてしまう。


 拙者の持つ剣技では、奴を殺す事は……できない……!!


「ふはッ。良いじゃあないか、絶望しかないと言う表情だ。死にひんした者の面構えだ。ようやく、私の期待に応えてくれたね」


 何か……打つ手は……なんでも良い……どんな些細ささいな事でも良い、探せ、考えろ……!! でなければ、結局同じだ。拙者を殺した後で、この戦闘狂の腐れ下郎が何をするかなど、想像にかたくない。


 おそらく、ヒメ達を狙う。
 ただ戦いたい、それだけの理由で、まずは手頃な、この山の中にいるヒメを、マルを、ドラクリアを、ロウラを狙うはずだ……!!


 何が無くとも、こんな所で死ぬ訳にはいかんのに、そんな死ねない理由まであるときた。
 だから探せ、活路を。考えろ、打開策を。血眼なんてものではない、目が潰れるまで、探せ……!! 考えろ……!!


「そら、こちらから行こう」


 ッ! こちらが必死に足掻こうとしているのを承知の上で、それを邪魔しに来るか。
 とことん、性根の腐った男よな……!!


 とにかく、裂羅風刃さくらふぶきを振るって迎撃を……ッ、あ……!!


「はははは!! もう刀を握る力も出せないのか!! 刀を落とすなんて武士として堕ちたねぇ……拾ってあげよう、遠慮する必要は無い、師弟の仲だ。君を殺した後で、拾って、私の物にしてあげよう!! 良い刀だしね!!」


 おのれ……!! えぇい、ならば、わかった。殴る。こうなったら、殴る。
 無駄だろうな。あの水の身体、この手で殴った所で、変形はしても砕けはしまい。ああ、わかっているとも。無駄だと理解した上での足掻きをするなんぞ、武士として恥じるべき事だ。


 それでも、それでも、この男に無抵抗で殺されてやるのは我慢がならん……!!
 ッ……拳を握る力も、ないか……!! ならばもう、平手で良い!! 指を閉じる事もままならん無様な平手打ちだが、全霊を賭して、身を捻り、腕を、横薙ぎに、振りッ抜くッ!!


「ぁああ、ああああああああああああああああッ!!」
「ふん、無駄無駄、物理的な攻撃で私の身体は破壊できなぃぴはんッ」


 …………ん?
 …………おい、どう言う、事だ?


 拙者の平手がぶち当たった途端、断城の顔面が、弾け飛んだぞ。
 先程同様に圧力で変形した、とかではない。完全に弾け飛び、ばしゃばしゃばしゃと周囲に水が散った。


 断城の頭が、拙者の平手打ちで、粉々に弾けて吹き飛んだ。


「ぶ、ぶびびびぶ、ぷっは!? な、んな、ぃ、今のは一体何が!?」


 断城の方も、混乱している様だ。
 首から水の塊を伸ばして頭を再生させながら騒ぎつつ後退し、拙者から距離を取った。


 …………いや、本当に、今、何が起きた? 拙者もきたいぞ。
 裂羅風刃さくらふぶきでも斬れなかった奴の水の身体が、何故、平手打ちの一発で弾け飛んで……、……!!


 ……ああ、そうか。馴染なじみ過ぎて、すっかり忘れていた。


 拙者は、河童の身・・・・に成っていたのだったな。


「は、ははは……ははははは……!!」


 腹の穴に響くが、笑わずにはおれなんだ。
 ああ、拙者が河童に、そして奴が水裸形無すらいむに転生した事に、因果を、運命の妙を感じずにはいられない。


 奴の頭を弾き飛ばした、拙者の右手。その掌を見て、見つけた。
 勝機は、最初から拙者の手の内に……具体的には、指と指の間にあったのだ。


 ――【水掻みずかき】、だ。


 河童である拙者の手には、指と指の間には水をすくい掻き取る事に特化した膜が張ってある。
 これだ。この膜が……水を掻く事だけに特化したこの膜が、断城の水の身体を掻いて、削り取った・・・・・のだ。


 詳しくは知らんが、推測するに。
 人体の肉がもげればただの肉塊として腐り落ちていくのと同様、水裸形無すらいむの身体のにくも、削り取られてしまえばもう戻らないのだろう。水裸形無すらいむの柔く変形する水体にくではなくなり、ただのみずに戻る。
 現に、先程弾き飛ばした水は、断城の身体に戻らず、土の染みになっている。


 そう考えれば、辻褄つじつまが合う。
 拙者の水掻きに掬われ、掻き取られた事で、断城の頭は本体から分離し、ただの水に成り果て、後は振り抜いた衝撃で飛散した。


 そう言う仕組からくりだったのだろう。今、奴の頭が弾け飛んだ様に見えたのは。


 水は斬れない、道理。
 水は砕けない、道理。
 そして、水は水掻きで掻き取れる。これも道理だ。


 ……ああ、ああ、ああ!!
 本当に、本当に、因果な話だ……!!


 あの男が、水でできた水裸形無すらいむの身体で、拙者は水掻きを持つ河童の身体。


 何と言う合致。何と言う奇跡。何と言う僥倖。
 輪廻転生を司る者などと言うのがもしも本当にいるのならば、この采配さいはい、愛をいだくに値する程に素晴らしいッ!!
 まるで拙者に復讐の機会を与えるために、全てを整えてくれた様ではないかッ!!
 ああぁぁあ……もし会えるなら全力で抱きしめてやりたいくらいにッ!!


 拙者のこの手は、河童の手は……あの男を、家族の仇を、許せるはずもない腐れ外道を――殺せるッ!!
 心臓の有無など関係無い、あの水の身体を一滴残さず削り取って弾き飛ばして、殺してやれるッ!!


 途端、全身に力がみなぎってきた。希望が、喜びが、拙者の血肉を湧き踊らせる。
 神経系も回復したのだろう。腹を中心とした筆舌ひつぜつに尽くし難い激痛も脳を揺すりにきたが……悪いな、今は、そんな些事さじに構っている余裕が無い。


 奴を殺せる。ならば、殺しておかなければだろう。
 痛みよりも、何よりも、最優先で。


 拙者の意気に応えてくれたのか、身体が動く、普通に動く。いや、普通以上に動いてくれる。
 これならやれる。れる。


流之助りゅうのすけ……君は今、何をした……師である私に、何をしたァァァ!?」


 拙者はもはやただのゴッパムだ。それに、流之助だったとしても、既に貴様を師として見る道理は無い。
 故に、律儀りちぎぶって言葉を返してやる義理は無い。


 ……だが……貴様がどれ程にくそでも、貴様に習った技の数々は、素晴らしい。今までも、そしてこれからも、きっと拙者を助けてくれるだろう。
 その一点だけを買っての譲歩だ。
 せめて、心の中でだけは一言、返してやるとしよう。


 黙って死ね。


「おぉらァッ!!」
「ちょ、待て、まずは答え、ぶぴゃッ」


 まずはもう一度、水掻きを目一杯に広げた平手打ちで頭を弾き飛ばし、饒舌を封じる。
 やはり、拙者の推測は間違っていなかった。拙者の平手打ちは、河童の水掻きは、水裸形無すらいむの身体に有効ッ!!


 ならばこのまま、たたみ掛ける。


「うぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおッッッ!!!!」


 既に疲労と腹の傷で限界を越え、意気の高揚だけで動くこの身体。
 咆哮を上げて更に無理矢理にふるい立たせ、打つ。打つ。打ちまくる。
 両手を総動員して、砂山を削る様に、土壁を掘り進む様に、断城の身体を削り取り、掻き散らす。
 どんどんと、断城の身体が削れて、小さくなっていく。


 もうすぐだ、もうすぐ、もうすぐこの男を微塵の水飛沫にして、殺せるッ!!


「ぶぴぁ、ぷあ!!」


 何処から声を出しているのか……いや、水裸形無すらいむ特有の生体音か?
 まぁどちらでも良い。やかましい。


 む、小癪こしゃくな。身体の一部を先程の黒刺の如く硬物に変貌させて……
 まぁ問題無い。普通に、河童の膂力を纏った拳で打ち砕く。そして平手で削り取って、弾き飛ばす。その繰り返しだ。


「づばめ、づ、ぁ、だ、駄目、だ!!」


 ッ! えぇい、尻の所に口を作ったのか。
 そこまでして喋りたいのか。喋っていないと死ぬのか。安心しろ、すぐに死なせてやる。


「ここは、こんな所は私の死に場所に相応ふさわしくない!! 死に時に相応しくないぃぃ! 武士ならわかるだろう!? 教えたはずだ、武士道とは死ぬ事とみつけたり!! なぁ!? こんな所で私を死なせないでくれッ!! なぁ!?」


 ああ、確かに、習ったな。
 死に時と死に場所を見誤るなと。武士として最も相応しい状況で死ねと。
 貴様と言う存在はほとほと心底からくそだが、貴様の教えはどれもつくづく素晴らしい。認めよう。からす風情でも鳳凰ほうおうを生む事があるのだなと感心する。墨を踏んだ猫の足跡で富士山の水墨画が完成する様な奇跡を見せつけられた気分だ。


 そして、拙者にその教えをよくぞ伝えてくれた。ご苦労。
 感謝する気も褒めてやる気も起きないが、功績がある事は認めてやる。


 それだけ誇って死ね。


「流之助ェ! ぁあ流之助ェェ!! 私を、殺さないでくれ!!」


 ここに来て、命乞いか。醜悪しゅうあくだな。
 やれやれ……朱天堂士の方が、まだ見ていられる最期だったと言える。あれはあれで狂気だが、いさぎよさはあったからな。
 それに比べてこれは、ただただ、みにくい。


 …………仕方無い。前世からの付き合いだ。
 最期に一言だけ、手向けの言葉くらいはくれてやるとしよう。


「黙って死ね」





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