河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~
漆:大遠呂智討伐戦線
――さて、始めるとしよう。
「神日の払暁はこれ夢幻泡沫の如く……抜刀、裂羅風刃」
口上を述べ、刃を抜く。
戦うべき対象は、これから呼ぶ。
「せぁあああッ!!」
周囲にまさしく斬って捨てる程に自生している木々を、斬って斬って斬り倒す。
無数の木々が一斉に倒れる衝撃は、重く山を揺らし、拙者の居場所を山中に報せてくれる。
まぁ、これだけでも充分だろうが……念には念を入れて……
「聞こえまするか何処ぞにおわす朱天堂士、翁呑山の大ムカデ……いや、大ミミズ様よッ!!」
腹の底から全霊を以て、叫ぶ。
「拙者は望刃救光楼なる鎮威群に所属する武士、名をゴッパムと申しまする!! この声が聞こえたのでありますれば、今ここで、拙者と果し合いをいたされよ!! まぁ、ミミズ様如きにその意気と度胸があればの話ではありまするがァァッ!!」
ふぅー……これだけ叫べば、充分であろう。
……うむ、来たな。
忌まわしき敵ながら、ノリが良くて助かる。
「じゃはぁ? 随分と威勢の良い囀りが聞こえたな……」
木々を薙ぎ倒し、いちいち山を揺らす大きな声を吐きながら現れたるは、城をも巻き取って締め壊してしまいそうな巨大蛇――朱天堂士。
やれやれ、蛇に睨まれると蛙は動けなくなると言うが……少し気持ちがわかるな。
ぎょろぎょろと蠢きながらこちらを見下ろす不気味な両目玉……冷静な状態で見つめ合えば、寒気がする程に気色悪い。
「わかりやすい挑発よ。貴様は差し詰め、時間稼ぎの捨て駒か? じゃははは……哀れよなぁぁ!!」
「ふん、デカブツめ……時間稼ぎは否定せんが、捨て駒と言うのは見当外れも甚だしい」
「……何?」
「別に、拙者としてはここで貴様を倒してしまっても構わんのだがな――親の名誉がために頑張ろうと言う小童が、二名もおる。特別この戦いに賭す物の無い拙者は、少々自重しておこうと言う話だ」
「ほほぉう……吠えるではないか」
まぁ、お察しの通り、ただの見栄張りだ。
さて……時間は存分に稼ぐと豪語はしたが……せいぜい急げよ、小童共……!
◆
一方。
「そんな事を言っている場合ではないとは思うでござるニンが……必要な事とは言え、山の獣達を乱獲すると言うのは少々気が退けるでござるニンね」
血を貯めるための大量の樽を準備し終え、マルがふとそんな事をつぶやいた。
それに対して「ぎゃはは」と笑って返したのはロウラ。
「なァに、血ィ抜いた後の肉は全部食っちまえば良ィんだよ。安心しな、俺が腕によりをかけて余す所無く最高の飯にしてやるさ!!」
きちんと食べ、糧とする事で、それらの死に意味を与える。
狩る側の一方的で傲慢な理屈かも知れない。
それでも、そこには確かに「無為な殺生で終わらせたくない」と言う誠意が在る。
「悪ィ後味なんざ肉の味で塗り潰せ!! 飯には『奪ってしまってごめんなさい』じゃあなくて『美味しくてありがとう』だ!!」
「ほほう! この戦いが終わったら御肉を浴びるが如く食い放題と言う事じゃな!?」
「まァ、そォなるなァ!! ぎゃっはっはっはっは!!」
「にゃっはっはっはっはっは!!」
「この危機迫る状況で食事の話ができる心の余裕が凄まじいですね……その豪胆さ、見習いたい」
「いや、それはどうなんだろうでござるニン……」
それはさておき。
「さ、無駄話はこの辺で終いだ! 一番身体を張ってくれてるゴッさんのためにも、さっさと血ィかき集めんぞ!!」
「ふふふ、ついに妾も活躍する時が来たな!」
「と言っても、テメェは黙って俺の背中に張り付いてるだけだがな」
活躍するのは、ヒメが持つ「何故かそこにその時に出るはずがない害獣を呼び寄せる」と言う平時では不利益でしかない体質であり、ヒメ自身は特に何をするでもない。
「じゃな! うむ! じゃがどうあれ、妾が役立つと言う事には変わり無し! 今後二度とあるかもわからんこの好機、これ見よがしかつ自慢気にふんぞり返らせてもらうのじゃ!! ロウラの背にしがみつきながらな!! にゃぁーはっはっはっはっは!!」
「いっそ清々しいでござるニンね……」
開き直りには定評がある。前向き燦々不撓不屈の御陽様野郎。
それこそが望刃救光楼頭目・御澄守陽愛の本領である。
◆
「じゃぁああああはっはっはっはっは!!」
もう何度目……いや、何十度目か、朱天堂士があの身体を振り回す薙ぎ払いの大技を放つのは。
辺りはすっかり更地になってしまった。ここが元は山林のど真ん中であったと言って誰が信用できるだろう。向こうの方に切り立った崖があり、遥か彼方の雄緑村、夕暮れに焼けたその町並みがぼやけて見える程に、見通しが良くなっている。
……などと、他所事を考えている場合ではないな。
「ずぁぁぁああああッ!!」
守勢特化、流凌の剣技。
剛勢霧消【熾魔流避】。
本来であれば敵の攻撃に刃を撫で当てて軌道を誘導し外させる技だが……朱天堂士の巨体による体当たりを逸らす事など、いくら河童の膂力と裂羅風刃を合わせても無理難題。
ならば逆を行くだけだ。
朱天堂士の身体に当てた裂羅風刃の刃を軸に、柄を握っている拙者の身体を逸らせて、躱すッ!!
最初こそ不慣れな挙動のために衝撃を殺し損ねて若干の傷は負ったが、もはや恐るに足らず。
気が遠くなる程の試行回数を越えたのだ。
完璧に流し切って……否、流され切ってくれるわ!!
「じゃっはぁ!! 粘る、粘るなぁ!! もう何時間戦い続けている!? 辺りを見てみろ、もう夕暮れ時ぞ!! 底無しか貴様の体力は!! じゃははははは!!」
底ならある。ただ、底を掘り抜いて進んでいるだけだ。
朱天堂士の嗤い声の通り……更地となり枝葉の天井を失ったこの近辺は、もう夕刻の茜色の兆しに包まれている。
時を数える余裕は無かったが……朱天堂士と戦い始めた時はまだ陽が真上にあった気がしたのだがな……まったく、小童共が、ほとほとこき使ってくれる……!!
ああ、もう、思考と舌くらいしか万全に動かせんわ。
疲労困憊とはこの事か。全身の骨と肉が折れ散りそうだ。
……だが、まだだ。
この後にも、一仕事残っているのだからな。
この策の要は拙者の奥義。骨も肉も、折る訳にはいかん。
ならばどうするか。
決まっている、
気概で補う他に無し。
天真爛漫なわんぱく姫の守役を務め上げた拙者の体力と意地と気合、侮るなよ……!!
姫に比べれば貴様など、幼少期の姫程度の手間でしかない!!
「まったく、まったく素敵な小虫ぞ! しかも、しかもしかもしかもだ!! この期に及んで我の【威折无癌屠】を完璧にいなし切れるときた!! 何処まで期待を越えていくつもりだ貴様!! 嬉し過ぎて小便が漏れてしまいそうではないかぁぁ!!」
「黙れ、ただの力任せな体当たりにいちいち大層な名なんぞ付けてからにッ!! 小便でも糞便でも垂れ流してくたばれ!!」
「くたばらせてみせるが良い!!」
「当然ッ!! せやァァッ!!」
その鬱陶しい大声を紡ぐ喉笛を、狙う。
速力特化、速貫の剣技。
水魚迅通【穿巌激突】。
直撃。しかしやはり、堅いッ……!
こちらの手に大きな痺れが来ているのを嘲笑う様に、朱天堂士の喉を覆う鱗には一筋……いや、一点の傷も無し。
これももう、何十度目だろうな。本当、嫌気が差してくるわ。
「じゃははははは! 好いぞ好いぞ!! 足掻け足掻け!! もし我の鱗を一枚でも剥がせたならば二度と小虫とは呼ぶまい!! 戦士として認め、貴様の骨も我が戦利品の中に……勲章の中に据えてやろう!!」
「要らん相談をするな!! その舌から叩き斬るぞ!!」
撫斬の剣技、川形瞬斬。
薙斬の剣技、弧駆振払。
柄打の剣技、噴甚撃衝。
両断の剣技、殻猛割砕。
斬翻の剣技、株抜天昇。
放つ、放つ、放つ。
出せる限りの技を、ぶつけ続ける。
どうせ朱天堂士の鱗を穿てはしないが、無駄では無い。意義はある。
こんな過酷な重労働…………暴れて苛立ちを発散させずにいられるかァァッ!!
と言うか誠にマジで!! 何時まで戦っとれば良いんだァァァーーッ!?
確かにいくらでも時間は稼ぐと言ったァァァ!! 拙者言ったァァァ!!
でもしかし限度って無くないかァァァ!?
これと言うのも全部全て総じて引っ括めて、朱天堂士が悪い!!
殴る蹴るなんて次元では到底この激情は収まらぬ、とにかく斬らせろ突かせろ叩かせろ!!
どうせ傷なんぞ付かんのだろう!? ならば八つ当たりに使っても問題あるまいてェェェ!!
「まるで修羅の様な形相よな!!」
「それはそうだろう!!」
この怒り、生半可だと思うなァァァ!!
――と、その時だった。
「ッ、ぬわぶッ!?」
!!
朱天堂士の顔面に、何かが投げつけられ、木端微塵に砕け散った。
舞い散るのは、無数の木片と、そして紅い――血ッ!!
「待たせたのう、ゴッパム!!」
……ああ、この声にここまで愛しさを感じる日がくるとはな。
次々に、朱天堂士に何かが――血の詰まった樽の弾が、投げつけられ、そしてその鱗に衝突して中身をばら撒きながら砕けていく。
あっと言う間に、朱天堂士が真っ赤に染め上げられ、その周囲には血の海ができた。
「……ようやくか、貴様らァ!!」
歓声と怒号を混ぜ込んで叫び、樽が飛んできた方を見る。
そこにいたのは、やたらボロボロに薄汚れたマル・ドラクリア・ロウラ、そしてロウラの背にしがみついて笑うヒメ。
「申し訳ないでござるニン!! 頭目が張り切り過ぎたせいか、想像を絶する量の害獣に囲まれてしまって、かなり手こずってしまったでござるニン!!」
「てへッ!! なのじゃあ!!」
「阿呆ォォォ貴様ァァァァァァァ!!」
やたらに時間がかかっていたのは貴様が原因かァァァァ!!
何を誤魔化す様に笑いながらロウラの背からずり降りている!? 絶対に誤魔化されんぞ! 後で絶対にねちねちといびり倒してやるからなァァァ!!
「ぶはッ……なんだぁこの芳しい匂いは……血か? こそこそ何をしているかと思えば、我に献上する供物集めだったのか?」
「ええ、そうですね。想像以上に時間はかかってしまいましたが、おかげで充分過ぎる量を集められました。一滴も余さず、貴方に献上しますよ。まぁ、全部既に僕の眷属化してるんですけどね」
朱天堂士に言葉に対し、応えたのはドラクリア。
……ふん、中々良いぞ、その不敵な笑みに不遜な態度。実に頼もしいではないか。
「赤き水は我が眷属……反せず、抗わず、我が声に従え! いざ、血海の深底にて、痴れ者に血槌の裁きくださんッ!!」
さぁ、見せてみろ、貴様が誇る血の術を。
「妖術――【十壊閉死征・架墜串林充】!!」
妖術とは、不思議を意図的に起こす技。
……ああ、まさしく不思議よな。
朱天堂士にこびり着き、そしてその周囲で海の如き大きな溜りを作っていた血が、一斉に隆起した。
「んなぁ!?」
あれは――血の杭か。
夥しい量の血液は、一滴の例外もなくその全てが無数の巨大な杭へと変貌した。
本来であれば、あの杭を突き立てて敵を仕留める技なのだろうが、朱天堂士の鱗の前には無駄。
だが、杭と杭同士がまるで柵の様に複雑かつ強固に組み合い、あっと言う間に朱天堂士の頭を大地に縫い付ける紅鉄の網へと変わった。
「ぎゅあああッ!? ぎ、ごあ、つ、血が、な、これは、妖術かぁぁぁッ!! じゃっはぁ!! 堅い、動けんと来た!! じゃはははははは!! つくづく愉しませてくれるゥ!!」
ッ、焦るでもなく、間髪いれずにこの野郎!!
遥か向こうで、尻尾が振り上げられるのが見えたッ!
あの雨の如き鱗の散弾が降る!!
あれで血杭の網を破壊する気か!?
「その技については聞いているでござるニン!! 忍法【音刃・美舞喇阿飛】!!」
響き渡る、ぷぉおおお……と言う、何と言うか、力の抜ける音。
マルが武器として使っている楽器、【喇叭】の音色。
そして、この音は――見えぬ刃となって、遠くにある物も斬り刻む。
朱天堂士の鱗を斬る事はできなくとも、その斬撃を浴びせる事で遠くへ弾き飛ばす事は、充分可能。
空に見えた炸裂前の鱗の塊が、見えない何かに横から殴り付けられ、明後日の方向へと飛び去っていった。
「な、なぁぁあああにぃぃぃいいいいいいいいい!?」
「でかしたぞ、マル!」
「えっへんでござるニン!」
満面の笑みで無邪気なものだな。
……だが、
「ただ、また丸出しになっておるぞ!! 乳が!!」
しかも、上がまるごと破れ落ちて両乳。豪快な物だな。
「へ? って、きゃああああ!? なんでウチの服も切れてるでござるニン!?」
「知らん!」
推測するなら、血を集めている時に害獣に布を削られて薄くなっていて、そして今の攻撃を放った反動でそれが裂けてしまった……と言った所か? 駆けつけた時点で皆ボロボロだったしな。
相変わらず間抜けと言うか、何と言ったものか。
だが、その手柄は確かなものだ。手放しに褒めてやる、誇るが良い!
さぁ、千載一遇のこの好機、鱗の散弾が再発射される前に、決める。
「覚悟しろ、朱天堂士!!」
ヒメが害獣を呼び、ドラクリアが害獣の血で柵を作って動きを封じ、マルがその柵を防衛する。
そして、止めであるロウラの雷撃に繋げるのは、拙者の剣技ッ!!
この一撃――正確には【乱撃】を以て、貴様の鱗を、打ち砕くッ!!
「ぐぎ……我の動きを止めた所で、貴様に何ができる!? 堅牢を極めた我が鱗を抜く事ができるとでも!?」
「ああ、できるともさ!!」
みさらせ、万物を破砕する事に全てを置いた剣技――そして、剣技にあって斬術でない打撃剣、【峰打】の奥義。
柄を回し、刃の背――峰を正面に構え、行く。
「その大目玉、更に刮目するが良い!!」
――古き時代、長大な河川は「眠りに就いた竜の仮初の姿」と考えられていたそうだ。
故に、河川の氾濫――即ち水害、営みを飲み喰らう濁流は、竜が目覚め荒れ狂っているのだと恐れられた。
「此処に顕現するは荒ぶる竜の怒号!!」
これは、町ひとつすら簡単に蹂躙し、一夜の内に滅ぼしてしまう水害の暴威を体現する剣技也。
「牙無数乱滅打――【大狂竜迫武】!!」
人の頃から敵にも味方にも恐れられた鬼人乱舞――河童の膂力と神日刀を得た今、我が剣技は鬼人を越える。
そう、言わせてもらおう。これは鬼神乱舞であると!!
「うぅぅうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおるぅうううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」
ひたすらに、打つ、撃つ、叩つ、衝つ、撲つ、殴つ、穿つ、割つ、壊つ、潰つ、破つ――
――砕くッ!!
「ぎゃああぅがッ!? んな、我の鱗、がぁああああああ!?」
「おおおおお!! 本当に砕きおったぞ! 流石はゴッパム!! 我が第一の子分!!」
当たり前だ、できると言っただろうがッ……って、っぬぉおあ!?
「ゴッさんッ!?」
ッ、蛇の癖に最後っ屁かッ!!
僅かに動かせる首を振るって、頭突きをかましてきた……!!
咄嗟に刃を盾にしたので怪我はないが、吹っ飛ばされ……って、づぉおおおおおヤバ、こちらは崖、落ちぃぃいいいいッ……ぶ、っはぁ……!
す、寸での所で踏み止まれた。危なッ。あと半歩分で落ちていたと言うか、踵がもう既に崖から飛び出しているではないかッ……!
「ふ、ふぉぉ……よ、よし、ロウラ、拙者は大丈夫だ、構うな!」
朱天堂士の頭、ここから見ても一目瞭然。泥色の鱗が剥げ落ち、薄ら赤い柔肉が顕になっている。
有言実行、完璧であろう。
「下拵えはしかと整えた! あとは貴様の手番ぞ! 料理仕度は得意であろうッ!?」
「ははァ! 粋な事言うじゃん!! あァ応よォ!! やァッてやるぜ!!」
さぁ、両親の仇、その手で――いや、足で、討てッ!!
「さァ、かますぜ、炸雷足!! 【禁解】だァ!!」
禁解……昨日言っていた、あの甲掛戦具の決戦形態かッ!!
ロウラが叫び、地面に手を着いて四足の獣の様な構えを取った途端、落雷が来た。
……いや、落雷が来たと思える程の雷電が、ロウラが足に纏った戦具から吹き出した。
決戦形態、成程……差し詰め、短時間的に雷電の増幅量を更に飛躍的に上昇させたと言った所か!
「おぉおお、おおおおおッ!! じゃは、じゃはははははは!! こんな事が、こんな事が起きるのか!!」
柵をどうにか外そうとのたうち回りながら、朱天堂士は――笑っていた。
「小虫が束なっただけで、群れを成しただけで――いや、そうか、違った、認識を違えていたか!! 貴様らは、小虫などではなかったか!! じゃはッ! じゃははははははははははははは!!」
死に瀕している事を悟って狂った――訳ではないな。
奴の目は、変わっていない。
思い返せば、最初からそうだ。
朱天堂士は、自らを殺した者でさえ、憎むよりも讃える事を優先する。
まるで、死を怖れてなどいないが如く。
「面白い、素晴らしい、素敵だ、愛おしいぃぃッ!! ああ、動けん、動けぬとも、この拘束を破壊する手立ても無ァい!! そして我が頭は剥き出しだ!! 殺せるか!? 殺せるなぁ今なら!! おそらくはもう再生する事もないように丁寧に殺す気だなぁぁ!? さすれば、さぁすればぁ……おおぉぉおお!! 奴らの娘よ、今ならば貴様の宿願が、仇討ちと遺骨の奪取が今ならば叶うぞぉぉぉ!?」
「ああ、言われなくても、やッッたらァァァァ!!」
「じゃは、じゃははははははははははは、じゃああああはははははははははは!! 因果、因果因果因果いんがいんがぁぁぁ!! 奴らに敗北してから一〇年以上の時を越え、奴らの娘とその仲間によって殺される!! 無念なれど、とても好い!! 趣向が凝らされておる!! 生とは、そして死とは、生命の在り方とは、こうも刺激的でなければだよなぁぁぁぁ!!」
――生命を弄ぶ事を好しとする、悪辣の者。
そして、その弄ぶ生命の範疇には、自らの生命すら含まれていた……と言う事か。
盛大な狂笑が夕染めの山を揺らす中、ロウラが、跳んだ。
「唸り散らすぜ黄金の雷鳴ッ!! バッチバチのグッシャグシャにくたばりやがれ!!」
足に帯びた膨大な雷電は、煌く黄金の翼の様にも見えた。
ロウラは空中で錐揉みの如く回転し、その黄金の翼を、黄金の竜巻へと変貌させる。
「螺旋戦陣・金雨流電錐突刳ッ!!」
黄金の竜巻が、莫大量の雷電が、朱天堂士の剥き出しの頭皮へと突き刺さる。
「ぎゃぱ、ああああああああああああああああああああああッ!!!?」
「うぉおぉぉぉおおおるぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」
ロウラの咆哮と雷電の轟が、朱天堂士の断末魔を塗り潰す。
そしてロウラは止まらない。叩きつけた雷電の竜巻の中を蹴り分けて進み、その蹴りを直接、朱天堂士の頭に叩き込む。それも一発では無い、連打だ。
超大な雷電で焼き焦がしながら、豪力による無数の蹴りで肉を抉り、そして更に焼き焦がしていく。
「くたばり、やがれぇぇぇッッッ!!」
一際大きな雷光が迸り、そして、朱天堂士の頭が、弾け飛んだ。
まさしく爆裂四散、散った血肉は一片……一微塵の例外もなく、未だ減勢を知らぬ雷電に焼き払われていく。焼き尽くされていく。
それからしばらくの間をあけて、雷電は収束した。
跡に在ったのは、頭が跡形もなく吹き飛んだ朱天堂士の亡骸と、勝利の証と言わんばかりに拳を突き上げて笑う、ロウラ。
「……美事だ」
――勝った。
ロウラの、我々の、勝利だ。
後は、朱天堂士の移動の跡を辿り、ロウラの両親の骨を見つけるだけ……
…………ん?
なんぞ? 今、ビシッ、と言う音が。
まるで、地に亀裂が入る様な音だな。
そう、丁度、拙者が今立っているこの崖。この崖が崩れるとしたら、今の音の様な予兆音がするのでは――あ。
「ぬぅぅぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「ぇえええええ!? ゴッさァァァん!?」
んな馬鹿な。何故に、何故に突然、崖が崩れる?
……あ、いや、割と突然でもないか?
ついさっきまでここでは朱天堂士が大暴れし、いちいち大声で地盤を揺らし、そして今のロウラの大技。
崖が多少崩れても、まぁ不思議では無い気がしないでもな……ッ、いや、違う。
落ちながら見えた、崖の断面。
余りにも、のっぺりとしていた。
これは、崖が崩れたのではない。
――誰かが、崖を……斬った……!?
「って」
そんな事を考えている場合じゃ、なぁぁぁああああああああああああああああああああああああッッッ!?
◆
――ッ、ぬ、おお、ぉおぉお……け、結構、落ちた、な……
この頑丈な河童の身ですらあちこち痛む……朱天堂士との戦闘の負荷を差し引いてもかなりのものだ。
人の身だったら死んでいたのではないか、これ……と言うか、下も森になっていて枝葉の緩衝が無ければ河童でも死んでいた可能性があるな。運が良かった。
おう、見上げてみれば拙者が落ちてきたと思われる崖の端は霞んで見える程に遠い。
む、こちらを覗き込むあの金色の豆みたいな頭は……ヒメかロウラか……
「高ァァァッ!? ちょ、ッ、恐ッ、む、無理じゃ無理無理無理!!」
ああ、ヒメだな。
「大丈夫でござるニンかー!?」
代わってこちらを覗き込んできたのは……遠過ぎて顔は見えんが、今のイカれた語尾はマルか。
「ああ、無事だッ! すぐに戻る道を探す! 小屋にでも戻って待っていろ!」
よっ、こらせ……っと……
「……まったく、勝利の余韻もクソもないな……」
あれだけ苦労したと言うのに、割に合わん。
しかし……上の山林よりも……何と言うか、不気味な雰囲気だな。
湿気が強いと言うか、魔気が強いと言うか……夜が近付いているのもあるか。
夜行の者達に囲まれる前に、小屋に戻れる道を見つけねば……
裂羅風刃を鞘に収め、早速探索を始めよう。
やれやれ……重労働で疲れ切った身体では、歩くだけでも億劫だな……まぁ、愚痴っても始まらん、さっさと……
「流之助」
……は?
「いや、先程の名乗り……ごっぱむ、と呼んだ方が良いのかな?」
――この声を、拙者は知っている。
何処かでよく聞いたと言う確信がある。
何処で――ああ、思い出した。
……だがしかし……
「勝利の余韻を台無しにしてしまう様な無粋ですまないね。そう言う性分なんだ。よく、わかっているだろう?」
髷を結う手間を嫌い、荒縄で軽く束ねただけの黒い長髪。
額から鼻筋を抜けて右頬まで届く斜め十文字の大きな古傷。
開けているのかどうか定かでない糸の様な目。
常に弧を描く不敵な口元。
無数の線で水の流れを表す家紋が入った、黒の紋付羽織袴。
――ああ、変わらぬ。夜闇に溶け込んでしまいそうな、黒偏愛のその出で立ち。
不変である事が違和感でしかない程に、その御姿は拙者の記憶の中のそれと寸分違わぬ。
「……師匠……!?」
永都の領・軍事高官。
四万頭魅墨守断城。
拙者が……人間だった頃の、師である。
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