河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~

須方三城

漆:大遠呂智討伐戦線



 ――さて、始めるとしよう。


神日しんじつ払暁ふつぎょうはこれ夢幻むげん泡沫うたかたの如く……抜刀ばっとう裂羅風刃さくらふぶき


 口上を述べ、刃を抜く。


 戦うべき対象は、これから呼ぶ。


「せぁあああッ!!」


 周囲にまさしく斬って捨てる程に自生している木々を、斬って斬って斬り倒す。
 無数の木々が一斉に倒れる衝撃は、重く山を揺らし、拙者の居場所を山中に報せてくれる。


 まぁ、これだけでも充分だろうが……念には念を入れて……


「聞こえまするか何処どこぞにおわす朱天堂士、翁呑山おうのやまの大ムカデ……いや、大ミミズ様よッ!!」


 腹の底から全霊を以て、叫ぶ。


「拙者は望刃救光楼もうにんぐこうるなる鎮威群ちいむに所属する武士、名をゴッパムともうしまする!! この声が聞こえたのでありますれば、今ここで、拙者と果し合いをいたされよ!! まぁ、ミミズ様如きにその意気と度胸があればの話ではありまするがァァッ!!」


 ふぅー……これだけ叫べば、充分であろう。


 ……うむ、来たな。
 まわしき敵ながら、ノリが良くて助かる。


「じゃはぁ? 随分と威勢の良いさえずりが聞こえたな……」


 木々を薙ぎ倒し、いちいち山を揺らす大きな声を吐きながら現れたるは、城をも巻き取って締め壊してしまいそうな巨大蛇――朱天堂士。


 やれやれ、蛇ににらまれると蛙は動けなくなると言うが……少し気持ちがわかるな。
 ぎょろぎょろとうごめきながらこちらを見下ろす不気味な両目玉……冷静な状態で見つめ合えば、寒気がする程に気色悪い。


「わかりやすい挑発よ。貴様は差し詰め、時間稼ぎの捨て駒か? じゃははは……哀れよなぁぁ!!」
「ふん、デカブツめ……時間稼ぎは否定せんが、捨て駒と言うのは見当外れもはなはだしい」
「……何?」
「別に、拙者としてはここで貴様を倒してしまっても構わんのだがな――親の名誉がために頑張ろうと言う小童わっぱが、二名もおる。特別この戦いにす物の無い拙者は、少々自重しておこうと言う話だ」
「ほほぉう……えるではないか」


 まぁ、お察しの通り、ただの見栄張はったりだ。
 さて……時間は存分に稼ぐと豪語はしたが……せいぜい急げよ、小童共……!




   ◆




 一方。


「そんな事を言っている場合ではないとは思うでござるニンが……必要な事とは言え、山の獣達を乱獲らんかくすると言うのは少々気が退けるでござるニンね」


 血を貯めるための大量のたるを準備し終え、マルがふとそんな事をつぶやいた。
 それに対して「ぎゃはは」と笑って返したのはロウラ。


「なァに、血ィ抜いた後の肉は全部食っちまえば良ィんだよ。安心しな、俺が腕によりをかけて余す所無く最高の飯にしてやるさ!!」


 きちんと食べ、糧とする事で、それらの死に意味を与える。
 狩る側の一方的で傲慢ごうまんな理屈かも知れない。
 それでも、そこには確かに「無為な殺生で終わらせたくない」と言う誠意がる。


「悪ィ後味なんざ肉の味でり潰せ!! 飯には『うばってしまってごめんなさい』じゃあなくて『美味おいしくてありがとう』だ!!」
「ほほう! この戦いが終わったら御肉を浴びるが如く食い放題と言う事じゃな!?」
「まァ、そォなるなァ!! ぎゃっはっはっはっは!!」
「にゃっはっはっはっはっは!!」
「この危機迫る状況で食事の話ができる心の余裕が凄まじいですね……その豪胆さ、見習いたい」
「いや、それはどうなんだろうでござるニン……」


 それはさておき。


「さ、無駄話はこの辺でしまいだ! 一番身体を張ってくれてるゴッさんのためにも、さっさと血ィかき集めんぞ!!」
「ふふふ、ついに妾も活躍する時が来たな!」
「と言っても、テメェは黙って俺の背中に張り付いてるだけだがな」


 活躍するのは、ヒメが持つ「何故かそこにその時に出るはずがない害獣を呼び寄せる」と言う平時では不利益でしかない体質であり、ヒメ自身は特に何をするでもない。


「じゃな! うむ! じゃがどうあれ、妾が役立つと言う事には変わり無し! 今後二度とあるかもわからんこの好機、これ見よがしかつ自慢気にふんぞり返らせてもらうのじゃ!! ロウラの背にしがみつきながらな!! にゃぁーはっはっはっはっは!!」
「いっそ清々しいでござるニンね……」


 開き直りには定評がある。前向き燦々さんさん不撓不屈の御陽様おひさま野郎。
 それこそが望刃救光楼モウニングコウル頭目・御澄守おおみかみ陽愛ヒメの本領である。




   ◆




「じゃぁああああはっはっはっはっは!!」


 もう何度目……いや、何十度目か、朱天堂士があの身体を振り回す薙ぎ払いの大技を放つのは。
 辺りはすっかり更地さらちになってしまった。ここが元は山林のど真ん中であったと言って誰が信用できるだろう。向こうの方に切り立った崖があり、遥か彼方の雄緑おろく村、夕暮れに焼けたその町並みがぼやけて見える程に、見通しが良くなっている。


 ……などと、他所事を考えている場合ではないな。


「ずぁぁぁああああッ!!」


 守勢特化、流凌ながしの剣技。
 剛勢霧消ごうせいむしょう熾魔流避しまながし】。
 本来であれば敵の攻撃に刃をで当てて軌道を誘導し外させる技だが……朱天堂士の巨体による体当たりをらす事など、いくら河童の膂力と裂羅風刃さくらふぶきを合わせても無理難題。


 ならば逆を行くだけだ。
 朱天堂士の身体に当てた裂羅風刃さくらふぶきの刃を軸に、柄を握っている拙者の身体を逸らせて、かわすッ!!


 最初こそ不慣れな挙動のために衝撃を殺し損ねて若干の傷は負ったが、もはや恐るに足らず。
 気が遠くなる程の試行回数を越えたのだ。
 完璧に流し切って……否、流され切ってくれるわ!!


「じゃっはぁ!! ねばる、粘るなぁ!! もう何時間戦い続けている!? 辺りを見てみろ、もう夕暮れ時ぞ!! 底無しか貴様の体力は!! じゃははははは!!」


 底ならある。ただ、底を掘り抜いて進んでいるだけだ。


 朱天堂士のわらい声の通り……更地となり枝葉の天井を失ったこの近辺は、もう夕刻のあかね色のきざしに包まれている。
 時を数える余裕は無かったが……朱天堂士と戦い始めた時はまだ陽が真上にあった気がしたのだがな……まったく、小童共が、ほとほとこき使ってくれる……!!


 ああ、もう、思考と舌くらいしか万全に動かせんわ。
 疲労困憊ひろうこんぱいとはこの事か。全身の骨と肉が折れ散りそうだ。


 ……だが、まだだ。
 この後にも、一仕事残っているのだからな。


 この策のかなめは拙者の奥義。骨も肉も、折る訳にはいかん。
 ならばどうするか。


 決まっている、
 気概きがいおぎなう他に無し。


 天真爛漫てんしんらんまんなわんぱく姫の守役を務め上げた拙者の体力と意地と気合、あなどるなよ……!!
 姫に比べれば貴様など、幼少期の姫程度の手間でしかない!!


「まったく、まったく素敵な小虫ぞ! しかも、しかもしかもしかもだ!! このに及んで我の【威折无癌屠イオルムンガンド】を完璧にいなし切れるときた!! 何処どこまで期待を越えていくつもりだ貴様!! 嬉し過ぎて小便がれてしまいそうではないかぁぁ!!」
「黙れ、ただの力任せな体当たりにいちいち大層な名なんぞ付けてからにッ!! 小便でも糞便ふんべんでもれ流してくたばれ!!」
「くたばらせてみせるが良い!!」
「当然ッ!! せやァァッ!!」


 その鬱陶しい大声をつむぐ喉笛を、狙う。


 速力特化、速貫はやぬきの剣技。
 水魚迅通すいぎょじんつう穿巌激突せんがんのつき】。


 直撃。しかしやはり、堅いッ……!
 こちらの手に大きな痺れが来ているのを嘲笑う様に、朱天堂士の喉を覆う鱗には一筋……いや、一点の傷も無し。
 これももう、何十度目だろうな。本当、嫌気が差してくるわ。


「じゃははははは! いぞ好いぞ!! 足掻け足掻け!! もし我の鱗を一枚でも剥がせたならば二度と小虫とは呼ぶまい!! 戦士として認め、貴様の骨も我が戦利品の中に……勲章の中にえてやろう!!」
「要らん相談をするな!! その舌から叩き斬るぞ!!」


 撫斬なでぎりの剣技、川形瞬斬かわのじぎり
 薙斬なぎの剣技、弧駆振払こがらしばらい
 柄打つかうちの剣技、噴甚撃衝ふんじんうち
 両断りょうだんの剣技、殻猛割砕からたけわり
 斬翻きりかえしの剣技、株抜天昇かぶきあげ


 放つ、放つ、放つ。
 出せる限りの技を、ぶつけ続ける。
 どうせ朱天堂士の鱗を穿うがてはしないが、無駄では無い。意義はある。


 こんな過酷な重労働…………暴れて苛立いらだちを発散させずにいられるかァァッ!!


 と言うか誠にマジで!! 何時いつまで戦っとれば良いんだァァァーーッ!?
 確かにいくらでも時間は稼ぐと言ったァァァ!! 拙者言ったァァァ!!
 でもしかし限度って無くないかァァァ!?


 これと言うのも全部全て総じて引っくるめて、朱天堂士きさまが悪い!!
 殴る蹴るなんて次元では到底この激情は収まらぬ、とにかく斬らせろ突かせろ叩かせろ!!
 どうせ傷なんぞ付かんのだろう!? ならば八つ当たりに使っても問題あるまいてェェェ!!


「まるで修羅しゅらの様な形相ぎょうそうよな!!」
「それはそうだろう!!」


 この怒り、生半可だと思うなァァァ!!


 ――と、その時だった。


「ッ、ぬわぶッ!?」


 !!


 朱天堂士の顔面に、何かが投げつけられ、木端微塵こっぱみじんに砕け散った。
 舞い散るのは、無数の木片もくへんと、そして紅い――血ッ!!


「待たせたのう、ゴッパム!!」


 ……ああ、この声にここまで愛しさを感じる日がくるとはな。


 次々に、朱天堂士に何かが――血の詰まった樽の弾が、投げつけられ、そしてその鱗に衝突して中身をばら撒きながら砕けていく。
 あっと言う間に、朱天堂士が真っ赤に染め上げられ、その周囲には血の海ができた。


「……ようやくか、貴様らァ!!」


 歓声と怒号を混ぜ込んで叫び、樽が飛んできた方を見る。
 そこにいたのは、やたらボロボロに薄汚れたマル・ドラクリア・ロウラ、そしてロウラの背にしがみついて笑うヒメ。


「申し訳ないでござるニン!! 頭目が張り切り過ぎたせいか、想像を絶する量の害獣に囲まれてしまって、かなり手こずってしまったでござるニン!!」
「てへッ!! なのじゃあ!!」
「阿呆ォォォ貴様ァァァァァァァ!!」


 やたらに時間がかかっていたのは貴様が原因かァァァァ!!
 何を誤魔化す様に笑いながらロウラの背からずり降りている!? 絶対に誤魔化されんぞ! 後で絶対にねちねちといびり倒してやるからなァァァ!!


「ぶはッ……なんだぁこのかぐわしい匂いは……血か? こそこそ何をしているかと思えば、我に献上けんじょうする供物くもつ集めだったのか?」
「ええ、そうですね。想像以上に時間はかかってしまいましたが、おかげで充分過ぎる量を集められました。一滴も余さず、貴方に献上しますよ。まぁ、全部既に僕の眷属けんぞく化してるんですけどね」


 朱天堂士に言葉に対し、応えたのはドラクリア。
 ……ふん、中々良いぞ、その不敵な笑みに不遜ふそんな態度。実に頼もしいではないか。


「赤き水は我が眷属……反せず、抗わず、我が声に従え! いざ、血海けっかい深底しんていにて、れ者に血槌けっついの裁きくださんッ!!」


 さぁ、見せてみろ、貴様が誇る血の術を。


「妖術――【十壊閉死征ツェペシュ架墜串林充カヅィクリア】!!」


 妖術とは、不思議を意図的に起こす技。
 ……ああ、まさしく不思議よな。


 朱天堂士にこびり着き、そしてその周囲で海の如き大きな溜りを作っていた血が、一斉に隆起した。


「んなぁ!?」


 あれは――血のくいか。
 おびただしい量の血液は、一滴の例外もなくその全てが無数の巨大な杭へと変貌へんぼうした。
 本来であれば、あの杭を突き立てて敵を仕留める技なのだろうが、朱天堂士の鱗の前には無駄。
 だが、杭と杭同士がまるでしがらみの様に複雑かつ強固に組み合い、あっと言う間に朱天堂士の頭を大地にい付ける紅鉄こうてつの網へと変わった。


「ぎゅあああッ!? ぎ、ごあ、つ、血が、な、これは、妖術かぁぁぁッ!! じゃっはぁ!! 堅い、動けんと来た!! じゃはははははは!! つくづく愉しませてくれるゥ!!」


 ッ、焦るでもなく、間髪いれずにこの野郎!!
 遥か向こうで、尻尾が振り上げられるのが見えたッ!


 あの雨の如き鱗の散弾がる!!
 あれで血杭の網を破壊する気か!?


「その技については聞いているでござるニン!! 忍法【音刃おんぱ美舞喇阿飛ビブラアト】!!」


 響き渡る、ぷぉおおお……と言う、何と言うか、力の抜ける音。
 マルが武器として使っている楽器、【喇叭ラッパ】の音色。


 そして、この音は――見えぬ刃となって、遠くにある物も斬り刻む。


 朱天堂士の鱗を斬る事はできなくとも、その斬撃を浴びせる事で遠くへ弾き飛ばす事は、充分可能。
 うえに見えた炸裂前の鱗の塊が、見えない何かに横から殴り付けられ、明後日の方向へと飛び去っていった。


「な、なぁぁあああにぃぃぃいいいいいいいいい!?」
「でかしたぞ、マル!」
「えっへんでござるニン!」


 満面の笑みで無邪気なものだな。
 ……だが、


「ただ、また丸出しになっておるぞ!! 乳が!!」


 しかも、上がまるごと破れ落ちて両乳。豪快な物だな。


「へ? って、きゃああああ!? なんでウチの服も切れてるでござるニン!?」
「知らん!」


 推測するなら、血を集めている時に害獣に布を削られて薄くなっていて、そして今の攻撃を放った反動でそれが裂けてしまった……と言った所か? 駆けつけた時点で皆ボロボロだったしな。
 相変わらず間抜けと言うか、何と言ったものか。
 だが、その手柄は確かなものだ。手放しに褒めてやる、誇るが良い!


 さぁ、千載一遇のこの好機、鱗の散弾が再発射される前に、決める。


「覚悟しろ、朱天堂士!!」


 ヒメが害獣を呼び、ドラクリアが害獣の血で柵を作って動きを封じ、マルがその柵を防衛する。
 そして、とどめであるロウラの雷撃に繋げるのは、拙者の剣技ッ!!


 この一撃――正確には【乱撃】を以て、貴様の鱗を、打ち砕くッ!!


「ぐぎ……我の動きを止めた所で、貴様に何ができる!? 堅牢けんろうを極めた我が鱗を抜く事ができるとでも!?」
「ああ、できるともさ!!」


 みさらせ、万物を破砕する事に全てを置いた剣技――そして、剣技にあって斬術でない打撃剣、【峰打みねうち】の奥義。


 柄を回し、刃の背――みねを正面に構え、行く。


「その大目玉、更に刮目かつもくするが良い!!」


 ――古き時代、長大な河川は「眠りにいた竜の仮初かりそめの姿」と考えられていたそうだ。
 故に、河川の氾濫はんらん――即ち水害すいがいいとなみを飲み喰らう濁流だくりゅうは、竜が目覚め荒れ狂っているのだと恐れられた。


此処ここ顕現けんげんするは荒ぶる竜の怒号!!」


 これは、町ひとつすら簡単に蹂躙じゅうりんし、一夜の内にほろぼしてしまう水害りゅう暴威ぼういを体現する剣技なり


牙無数乱滅打がむしゃらめった――【大狂竜迫武だくりゅうせん】!!」


 人の頃から敵にも味方にも恐れられた鬼人乱舞きじんらんぶ――河童の膂力りょりょく神日刀しんじつとうを得た今、我が剣技は鬼人を越える。
 そう、言わせてもらおう。これは鬼神乱舞きしんらんぶであると!!


「うぅぅうううううおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおるぅうううああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああッッッ!!!!!!」


 ひたすらに、つ、つ、つ、つ、つ、つ、穿つ、つ、つ、つ、つ――


 ――砕くうつッ!!


「ぎゃああぅがッ!? んな、我の鱗、がぁああああああ!?」
「おおおおお!! 本当に砕きおったぞ! 流石はゴッパム!! 我が第一の子分!!」


 当たり前だ、できると言っただろうがッ……って、っぬぉおあ!?


「ゴッさんッ!?」


 ッ、蛇の癖に最後っ屁かッ!!
 わずかに動かせる首を振るって、頭突きをかましてきた……!!


 咄嗟とっさに刃を盾にしたので怪我はないが、吹っ飛ばされ……って、づぉおおおおおヤバ、こちらは崖、落ちぃぃいいいいッ……ぶ、っはぁ……!
 す、すんでの所で踏み止まれた。危なッ。あと半歩分で落ちていたと言うか、かかとがもう既に崖から飛び出しているではないかッ……!


「ふ、ふぉぉ……よ、よし、ロウラ、拙者は大丈夫だ、構うな!」


 朱天堂士の頭、ここから見ても一目瞭然いちもくりょうぜん。泥色の鱗が剥げ落ち、薄ら赤い柔肉があらわになっている。
 有言実行、完璧であろう。


下拵え・・・はしかと整えた! あとは貴様の手番ぞ! 料理仕度・・・・は得意であろうッ!?」
「ははァ! 粋な事言うじゃん!! あァおうよォ!! やァッてやるぜ!!」


 さぁ、両親の仇、その手で――いや、足で、討てッ!!


「さァ、かますぜ、炸雷足さかた!! 【禁解きんとき】だァ!!」


 禁解……昨日言っていた、あの甲掛戦具さかたの決戦形態かッ!!


 ロウラが叫び、地面に手を着いて四足の獣の様な構えを取った途端、落雷が来た。


 ……いや、落雷が来たと思える程の雷電が、ロウラが足にまとった戦具から吹き出した。
 決戦形態、成程……差し詰め、短時間的に雷電の増幅量を更に飛躍的に上昇させたと言った所か!


「おぉおお、おおおおおッ!! じゃは、じゃはははははは!! こんな事が、こんな事が起きるのか!!」


 柵をどうにか外そうとのたうち回りながら、朱天堂士は――笑っていた。


「小虫が束なっただけで、群れを成しただけで――いや、そうか、違った、認識をたがえていたか!! 貴様らは、小虫などではなかったか!! じゃはッ! じゃははははははははははははは!!」


 死にひんしている事を悟って狂った――訳ではないな。
 奴の目は、変わっていない。


 思い返せば、最初からそうだ。
 朱天堂士は、自らを殺した者でさえ、憎むよりもたたえる事を優先する。
 まるで、死を怖れてなどいないが如く。


「面白い、素晴らしい、素敵だ、愛おしいぃぃッ!! ああ、動けん、動けぬとも、この拘束を破壊する手立ても無ァい!! そして我が頭は剥き出しだ!! 殺せるか!? 殺せるなぁ今なら!! おそらくはもう再生する事もないように丁寧に殺す気だなぁぁ!? さすれば、さぁすればぁ……おおぉぉおお!! 奴らの娘よ、今ならば貴様の宿願が、仇討ちと遺骨の奪取が今ならば叶うぞぉぉぉ!?」
「ああ、言われなくても、やッッたらァァァァ!!」
「じゃは、じゃははははははははははは、じゃああああはははははははははは!! 因果、因果因果因果いんがいんがぁぁぁ!! 奴らに敗北してから一〇年以上の時を越え、奴らの娘とその仲間によって殺される!! 無念なれど、とてもい!! 趣向がらされておる!! 生とは、そして死とは、生命の在り方とは、こうも刺激的でなければだよなぁぁぁぁ!!」


 ――生命をもてあそぶ事をしとする、悪辣の者。
 そして、その弄ぶ生命の範疇はんちゅうには、自らの生命すら含まれていた……と言う事か。


 盛大な狂笑きょうしょうが夕染めの山を揺らす中、ロウラが、跳んだ。


うなり散らすぜ黄金おうごん雷鳴ほうこうッ!! バッチバチのグッシャグシャにくたばりやがれ!!」


 足にびた膨大な雷電は、きらめく黄金の翼の様にも見えた。
 ロウラは空中で錐揉きりもみの如く回転し、その黄金の翼を、黄金の竜巻へと変貌させる。


螺旋戦陣ラセンジン金雨流電錐突刳ゴウルデンキックッ!!」


 黄金の竜巻が、莫大量の雷電が、朱天堂士の剥き出しの頭皮へと突き刺さる。


「ぎゃぱ、ああああああああああああああああああああああッ!!!?」
「うぉおぉぉぉおおおるぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!」


 ロウラの咆哮と雷電のとどろきが、朱天堂士の断末魔を塗り潰す。


 そしてロウラは止まらない。叩きつけた雷電の竜巻の中を蹴り分けて進み、その蹴りを直接、朱天堂士の頭に叩き込む。それも一発では無い、連打だ。
 超大な雷電で焼き焦がしながら、豪力による無数の蹴りで肉をえぐり、そして更に焼き焦がしていく。


「くたばり、やがれぇぇぇッッッ!!」


 一際大きな雷光がほとばしり、そして、朱天堂士の頭が、弾け飛んだ。
 まさしく爆裂四散、散った血肉は一片……一微塵の例外もなく、未だ減勢げんせいを知らぬ雷電に焼き払われていく。焼き尽くされていく。


 それからしばらくの間をあけて、雷電は収束した。


 跡に在ったのは、頭が跡形もなく吹き飛んだ朱天堂士の亡骸なきがらと、勝利の証と言わんばかりに拳を突き上げて笑う、ロウラ。


「……美事みごとだ」


 ――勝った。


 ロウラの、我々の、勝利だ。


 後は、朱天堂士の移動の跡を辿り、ロウラの両親の骨を見つけるだけ……


 …………ん?


 なんぞ? 今、ビシッ、と言う音が。
 まるで、地に亀裂が入る様な音だな。
 そう、丁度、拙者が今立っているこの崖。この崖が崩れるとしたら、今の音の様な予兆音がするのでは――あ。


「ぬぅぅぅうおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!?」
「ぇえええええ!? ゴッさァァァん!?」


 んな馬鹿な。何故に、何故に突然、崖が崩れる?
 ……あ、いや、割と突然でもないか?
 ついさっきまでここでは朱天堂士が大暴れし、いちいち大声で地盤を揺らし、そして今のロウラの大技。


 崖が多少崩れても、まぁ不思議では無い気がしないでもな……ッ、いや、違う。


 落ちながら見えた、崖の断面。
 余りにも、のっぺりとしていた。


 これは、崖が崩れたのではない。


 ――誰かが、崖を……斬った・・・……!?


「って」


 そんな事を考えている場合じゃ、なぁぁぁああああああああああああああああああああああああッッッ!?




   ◆




 ――ッ、ぬ、おお、ぉおぉお……け、結構、落ちた、な……


 この頑丈な河童の身ですらあちこち痛む……朱天堂士との戦闘の負荷を差し引いてもかなりのものだ。
 人の身だったら死んでいたのではないか、これ……と言うか、下も森になっていて枝葉の緩衝が無ければ河童でも死んでいた可能性があるな。運が良かった。


 おう、見上げてみれば拙者が落ちてきたと思われる崖の端は霞んで見える程に遠い。


 む、こちらを覗き込むあの金色の豆みたいな頭は……ヒメかロウラか……


「高ァァァッ!? ちょ、ッ、恐ッ、む、無理じゃ無理無理無理!!」


 ああ、ヒメだな。


「大丈夫でござるニンかー!?」


 代わってこちらを覗き込んできたのは……遠過ぎて顔は見えんが、今のイカれた語尾はマルか。


「ああ、無事だッ! すぐに戻る道を探す! 小屋にでも戻って待っていろ!」


 よっ、こらせ……っと……


「……まったく、勝利の余韻よいんもクソもないな……」


 あれだけ苦労したと言うのに、割に合わん。


 しかし……上の山林よりも……何と言うか、不気味な雰囲気だな。
 湿気が強いと言うか、魔気まきが強いと言うか……夜が近付いているのもあるか。


 夜行の者達に囲まれる前に、小屋に戻れる道を見つけねば……
 裂羅風刃さくらふぶきを鞘に収め、早速探索を始めよう。
 やれやれ……重労働で疲れ切った身体では、歩くだけでも億劫おっくうだな……まぁ、愚痴っても始まらん、さっさと……


流之助りゅうのすけ


 ……は?


「いや、先程の名乗り……ごっぱむ、と呼んだ方が良いのかな?」


 ――この声を、拙者は知っている。
 何処どこかでよく聞いたと言う確信がある。
 何処で――ああ、思い出した。
 ……だがしかし……


「勝利の余韻を台無しにしてしまう様な無粋ぶすいですまないね。そう言う性分なんだ。よく、わかっているだろう?」


 まげう手間を嫌い、荒縄で軽く束ねただけの黒い長髪。
 ひたいから鼻筋を抜けて右頬まで届く斜め十文字の大きな古傷ふるきず
 開けているのかどうか定かでない糸の様な目。
 常に弧を描く不敵な口元。
 無数の線で水の流れを表す家紋かもんが入った、黒の紋付羽織袴もんつきはおりばかま


 ――ああ、変わらぬ。夜闇に溶け込んでしまいそうな、黒偏愛くろへんあいのその出で立ち。
 不変である事が違和感でしかない程に、その御姿は拙者の記憶の中のそれと寸分違わぬ。


「……師匠せんせい……!?」


 永都ながとくに・軍事高官。
 四万頭しまづ魅墨守みすみのかみ断城だんじょう


 拙者が……人間だった頃の、師である。





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