河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~
弐:三の刃、竜人王子
数百年も昔の話。
禍の国・東洋三大大陸には、歴史に深く刻まれる程の危機が訪れていたと言う。
それは、たった五匹の害獣、その台頭。
互いに示し合わせたか、何者かが図ったのか、はたまた、ただ偶発的に最悪が重なってしまったのか。
未だ誰もその要因は知らないが、とにかく、超大な暴威を纏った五匹の害獣が、時をほぼ同じくして殺戮活動を始めたのである。
魔の獣、白翼金毛九尾狐。
白翼を背負う狐の化生【天狐】の特異個体。
幾千の妖術を扱う叡智と、生命の替えとなる九本の尻尾を有する。
尻尾が尽きるまで殺す、即ち一〇度殺せば死ぬ……はずだったが、尻尾を再生する妖術をも発明・習得しており、一度殺され尻尾を一本失う度にそれを再生する事で、半ば【不死】を体現。
幾度殺されようとも構わず、艶やかな笑みで嗤いながら、生命を奪い続けた。
海の獣、苦乱充蜷。
水辺に住まう大蜘蛛の化生【軟滷・庵絡撚】の特異個体。
無数の触手より万物万象を溶かし毒汁に変える粘液を分泌し、その侵行に合わせて大陸を端から毒の海へと変えていった。
大陸もろとも数多の生命を削り取り続けた。
空の獣、破呪鷲。
呪毒を含む羽を持つ鳥の化生【鴆】の特異個体。
ひと吹きされただけで万の病に侵される呪詛を帯びた瘴気の旋風を纏い、三つの大陸を縦横無尽に徘徊。
理不尽な程に気まぐれに、生者達をじわじわと蝕んだ。
地の獣、傀累辮崙彗。
巨体と獰猛性を持つ犬の化生【喰熾犬】の特異個体。
突然に地の底より現れては、三つの口で生きる者もそうでない者も等しく喰い尽くし呑み尽くす。地に潜ったと思えば遥か彼方離れた場所でまた地を穿って現れる。
そうやって広範囲をまさしく点々と移動しながら、目に付く全てを、微塵の跡形も残さずに、その腹の中へと消し去っていった。
理外の巨獣、大雲穿。
本来なら、知に富み戦闘力に乏しいはずの生物【人間】の特異個体。
星を掴みかねない程の巨体を以て、ただただ、全てを物理的に蹂躙し尽くした。
――後に【最五害獣】と呼ばれる事になる意思を持った五の厄災は、禍の国どころかこの世の全てを磨り潰すのではないかと思われた。
しかし、そうはならなかった。
五の厄災を止めるために、立ち上がった三の影があったのだ。
一つ目は【忌拔嵬魅】の王、降炎刕朧。
二つ目は【泥咽猛闇】の王、赦異誕。
三つ目は【怒羅豪矛】の王、導嵐狂。
三王はその圧倒的武力と先導力を以て同種の者達を束ね上げ、各々大軍勢を引き連れて五の厄災に挑む。
三王とその三派、全員が、当時は害獣とされ皆に恐れられていた種族の者であった。
理智なき暴虐の獣と忌み嫌われてきた者達が、自らを疎む世を守るために、生命を賭けて戦った。
三王は口々に「連中が気に入らぬだけ」「ただの暇潰しに来ただけ」「強い奴を殺したいだけ」など身勝手風な言葉を吐きながらも、知略・策略・武力・底力、ありとあらゆる手段を以て、明らかな【防衛戦】を展開、繰り広げる。
そして、長きに渡る死闘の末――三王三派は見事、五の厄災を退けてみせた。
咆哮にも似た高らかな笑い声を響かせた王達とその軍勢は、救世の英雄として称えられる事になる。
後、三王がそれぞれ防衛した土地にて統治者の立場に収まる事になったのも、英雄を称える声に推されて。
それに伴い、皆の認識は改められた。
害獣に指定されている種の中にも、偉大な英雄達の如く知性と善性を持った者がいる。
共存できるのならば当然共存体制を整えるべきだ、と。
こうして、害獣種でありながら知性と善性を持つ者に与えられる【覇偉】の称号が生まれたのである。
◆
「まぁ、僕は【覇偉怒羅豪矛】ではないんですけどね」
「何?」
雄緑村の中央、水が噴出する不思議な池を中心として長椅子がいくつも設置された広場にて。
ドラクリアと名乗った青年は、焼き団子を頬張りながら頓狂な事を言い出した。
「竜王と言うのは、覇偉怒羅豪矛なる怒羅豪矛の上位種にあたる種族なのだろう? その息子である貴様が、何故?」
「まぁ色々とありまして……ぷふぅ、ひとまず言わせていただきたい。ゴッパムさん、ヒメさん、御馳走様です、と。血に続いて食糧まで分けていただけるとは……恩を返したばかりにまた恩を作ってしまった」
「腹が減ってろくに動けんとなっては、仕方無いじゃろう」
そう、あの鱗先赤怒幡の連中が去った後、この男は「詳しく話しますね、ここでは難なので、場所を変え……きゅう」と、またしても倒れてしまったのである。
聞けば腹が減った、と言う事だったので、すぐ近場の広場へと運び、餞別の焼き団子を分けてやる事に。
そしてドラクリアが団子に食いつく最中、ヒメが「竜王の息子と言う事は覇偉怒羅豪矛なのか? 見えんのう」となんとなく聞いた返答が、さっきのあれである。
「話を戻しますが、実の所、公的には僕も【覇偉怒羅豪矛】で、擬態の妖術を以てこの姿を見せている……と言う事にはなっているんです。いわゆる、体裁と言う奴ですね。父上は余りそう言うのは気にしない豪快な方なのですが、父上の腹心、竜王一派の幹部連中はそうではなく」
「では、実際の所、貴様は何者なのだ?」
「……【怒羅豪矛入人】。怒羅豪矛種と人間種の【半合分】、即ち混血・間の子と言う奴です」
ほう、それはまた特異な……人と化生がまぐわる、と言うだけでも驚愕だのに、巨大な蜥蜴である怒羅豪矛とまぐわる人がいようとは……物好きよな。
……いや、だが、この人間と化生者が肩を並べて暮らす土地柄であれば、大して珍しくはないのか……?
そうだな。わざわざ混血種に固有の名前まで付いているのだから、然程珍しい事ではない、と考えるのが正道だろう。
「成程のう。その幹部連中とやらが王族の権威だなんだに拘る手合いであれば、王様が他種族と子を成した事を隠匿したがるのは道理じゃな。くだらん、と言って捨てるは容易じゃが……お偉いさんにも事情があるのじゃろう」
「まぁ、確かにな」
日ノ本でも、やんごとなき身分の御仁が百姓と婚姻するなど、ありとあらゆる者達が反対する事。
「ええ、理屈はわかります。特に、人間と言うのは生活面に於いては優れた技術力と発想力を持つ種族ですが、戦闘面に於いてははっきり言って下も下。戦闘能力こそ至上の価値と考える竜王一派内部では、人間を下等種とみなす風潮もある」
「そりゃあ、化生者連中と並べられてはな……」
拙者の様な武士や乱破など修練研鑽に生涯を捧げた手合いならばともかく、ごくごく一般的に溢れている人間では、化生者の足元にも及ぶまいよ。
「……と、理屈はわかるのですが……理解と納得は、別の問題です」
「!」
「父上は、母上の事を確かに愛したと言った。ただでさえ弱き人間の上に病弱の身体を持って生まれ、薄幸の身でありながら、『同情など一粒の米にも及ばぬ』と周囲からの憐憫をかんらかんらと笑い飛ばす。そんな威風堂々と気高く生きた母上を、一匹の雄として心底から敬愛し、他の妻達と変わらず愛した……と、父上は僕に語ってくれました。僕は、父上と母上の愛の結晶として、この世に生きている。それを、体面や誇りのために歪められるなど、業腹以外の何物でもない」
「ふむ……その気持ちや言い分も、もっともじゃな」
「ありがとうございます。……だがしかしてやはり、理性的な事を言えば、幹部らの理もわからないでもない」
「悩ましい所ではあるな」
「はい。悩みに悩んだ末、僕はひとつの結論に達しました」
黒い外套の裏に縫い付けた袋から取り出した布で口を拭いながら、ドラクリアは少し溜めて――
「強さこそ至上であると言うのであれば、強さで見返そう。連中が忌み嫌うこの混血を以て、大業を為してみせる――と」
「成程、それ故に、血を武器として扱う術を修めたと言う話か」
合理的だ。
強さを至上とする連中が、人との混血など弱く見られるに決まっていると隠匿するのが気に入らぬならば、隠匿する必要など無いと見せつけてやれば良い。
他の誰でも無い、人との混血である自らが、他の怒羅豪矛では到底為せぬ業を為し遂げ、証明する。
自らが両親の愛の結晶である事を、誰に恥じられる事も無く、当然として誇るために。
なんとわかりやすく、なんと痛快な目標だろう。
他所事であるはずだのに、是非とも果たされて欲しい宿願だと思える。素晴らしい。
「……まぁ、そう威勢よく竜都を飛び出し、武者修行のため冒険の旅には出てみたものの……血も腹も管理が行き届かず、行き倒れてしまいましたがね……情けない……本当に、その節は御迷惑をおかけしました」
「気にするな。先にも言ったが、拙者達は大した事はしていない」
「ま、ドラクリアよ、そうしょげるでない! その程度の失態、なんくるないさと笑い飛ばすのじゃ!! この様にな、にゃーっはっはっはっは!!」
「良い事を教えてやろう阿呆。大概の者達はな、貴様ほど失態を晒す事には慣れておらん」
「にゃんと!?」
「……ぷっ、はは……ああ、愉快な方々ですね。貴方達の旅路は、とても楽しそうだ」
「ゆ、愉快かのう……? 妾は何度か言葉の暴力で泣かされかけておるのじゃが……ん、お、そうじゃ!」
「? どうした?」
突然、「良い事思いついた!!」と言わんばかりにヒメの獣耳がピンと逆立った。
「のう、おぬし、妾達と一緒に旅をせぬか!?」
「は、はい……?」
「! ほう、貴様が自力で考えたにしては、妙案だな」
「そうじゃろうそうじゃろう!? 言い回しにちょいと引っかかる所はあるがまぁ良かろう!」
「え……貴方達と、僕が、一緒に旅を……ですか?」
「どうじゃろうか、おぬしは大業を為したいのじゃろう!? 実は妾達はかの有名な妖界王の超兵器を探す旅の途中でな?」
「妖界王の……ああ、あの噂話……【神革兵器】――又の名を【捌煉遍无ノ星子】、でしたか?」
「うむ! その別名は知らんがその通り。そこで少し考えてみるのじゃ、『妖界王の超兵器を発見した一味の一員』と言うのは中々に大業ではなかろうか!?」
「それは……確かに」
「この旅はきっと長き物になり、それなりに過酷にもなると思われる。修行の旅にもなるじゃろうし、最終的には大業を為す事に帰結する。これ即ち、おぬしの意にこれ以上なく添った物と言えるのでは!?」
「……おお……」
「どうじゃどうじゃどうじゃ!? もはやこれは据え膳に上げ膳ではないか!? 綺麗たっぷりたらふく召し上がらねば恥と言うものでは!? のう!? のうのうのう!? もう迷う事もあるまい!? 妾の子分、妾の子分にぞならんか!? なぁ? なぁぁ!?」
「落ち着けあんぽんたん」
「あんぽんたん!?」
拙者の時と言いマルの時と言い、貴様の勧誘はぐいぐいと行き過ぎだ。鬱陶しさよ。
子分を増やしたい気持ちはわかるが、少々熱くなり過ぎだろう。
「は、はは……こ、ここまで熱烈に勧誘していただけるなんて……光栄です」
「では!?」
「……しかし……その、あの……僕、未熟なので、お役に立てるかはわからないのですが……」
「構わん。拙者とあと一名いる仲間が戦闘は請け負う故、そこの阿呆が妙な事をせん様に見ていてくれる守役が欲しかった所だ」
「うむ、まぁな。ただ、守役と言う表現はやめような。こんな妾にも一応見栄ってものがあるからね?」
「それに、どうせまだまだ子分は探すだろうしな。貴様はこの阿呆の守役をしつつ、ゆっくり力と自信を付けていけば良い」
「流石にまったくの無視は良くないと思うのじゃがッ!! 聞こえておるか!? 妾はここにおるか!? なぁ!? おるよな!? へいゴッパム! 一回こっち見ようか!! せめて『黙れ阿呆』の一言くらいはくれてもバチは当たるまい!? なぁ!?」
やかましい。黙れ阿呆……と心の中で言っておく。
「……そう、ですね……とても、良い提案です。誰かと旅をする……それは、独りで旅をするよりも危険を遠ざける事に繋がり、志半ばで倒れるなどと言う最悪を防ぐ意味でも最善」
そうであろう。貴様にこの話を断る理由など…………あ。
「済まぬ。結論は少し待て。問題がひとつあった。先日、拙者は貴様の父に宣戦布告したばかりであった」
完全に忘れていた。
「ぶふぅ!? お、おぬしは本当に何やっとんのじゃぁぁぁ!?」
「勢いと言う物は大事だろう」
「若気の至り的な? あるある~……って限度ってもんがあんじゃろ!? 勢いで統治者に宣戦布告て!! あ、もしやそれもあれか! 妾が奪われた銭を取り返す時にか!?」
「ああ。あの鱗先赤怒幡共に、自分らに手を出すならば竜王に宣戦布告する物と覚悟せよ、と言われたものでな。竜王とやらも敵に回るならそれで構わんからかかって来いと宣戦布告した」
「おぬしなぁ……あぁ、戦闘となると視野狭窄の気はあっても、かろうじて常識者の範疇に在ると思っておったのじゃが……実際は血気に逸り過ぎるとんだ荒くれ者よな!?」
確かに、冷静に考えれば、売り言葉に買い言葉で大陸を統べる者に宣戦布告と言うのは……血気の勇と言われても仕方無いかも知れんな。
認めよう。……だが、向こう見ずであったとしても道理を違えたつもりはない。
「え、えぇと……詳しい事情を聞いても……?」
「詳しい事情、と言われてもな。竜王直属の部下だと名乗る鱗先赤怒幡の者達が、天下往来で不埒な真似をし腐っていたから素っ首を叩き落としただけだが。確か一四匹ほどだったか」
「! それは、竜都所属の鱗先赤怒幡小隊を、独りで壊滅させた、と言う事ですか……!?」
「まぁな。しかし、連中は酒気に当てられていた故、然程苦労はしなかったぞ」
酔っ払い連中を一党掃滅しただけ。仮に連中が武勇高名な武漢の集まりだったとしても、そう驚かれる事でもあるまい。
「多少の酒が入ったくらいで著しく弱体化するほど、竜都の兵は軟弱ではありませんよ……竜王軍の実力をよく知る身として、充分、驚くに値する話です」
「うむ、ゴッパムは腕っ節だけは確かぞ。……まったく以て物考えが足りぬと言う事が、今まさに露呈したがな!」
「そうぷんすかするな」
「ぷんすかではない、割と真面目に怒っとるんじゃい!! これからは誰ぞに喧嘩を売る時は妾に一回許可取れな!? 頭目としての命令ぞ!!」
「……チッ。面倒な事を……」
「返事!!」
「……可能な限りそうしよう」
「全力でそうしろ!!」
善処を検討しておく。
「まったく……ああ、もう、仕方無し。そもそもは妾の未熟が招いた一連の事件じゃ。……済まんな、ドラクリアよ。こうあっては、おぬしの立場上……」
「…………決めました。ヒメさん、僕を貴方の冒険鎮威群に加えてはいただけませんか?」
「え、ぁ、う、うむ。……おう? 大丈夫なのか? 色々と」
「先程の鱗先赤怒幡達の反応からして、ゴッパムさんの所業が上に伝わったとしても、それは大した問題にはならないはずです」
ああ、そうだな。
先程の連中、どうやら拙者をドラクリアの配下の者だと勘違いしていた。
図に乗り過ぎた下端が王子の配下に手を出し、不敬を理由に斬り殺された模様……とでも伝わって終わりだろう。
しかし、
「そこの話ではなく、貴様の心の問題だ。良いのか? 拙者は、貴様が敬愛する父に宣戦布告をした不敬者だぞ」
「口ぶりからして、ゴッパムさんは別に、父上に明確な敵意がある訳ではないのでしょう?」
「それはまぁ、そうではあるが」
竜王が敵に回るのなら叩き斬る。
向こうが敵に回る気が無いのなら知らん。
竜王の配下が拙者の敵とはなったが、それが即ち竜王を敵視する理由にはならん。
まぁ、「竜王の指示で連中があの無恥な振る舞いをしていた」とあれば話は変わってくるが……仮にも一天下を治める者が、自らの膝下で横暴や悪徳を容認するなぞ有り得んだろう。大陸をも治める器となれば、尚更。
あの連中の下衆めいた行為は、全てあの連中の増長が招いた独善的行為だったと考えるのが妥当。
ならば連中の首を落とした時点で、拙者側からの因縁は終わりだ。
今の所、竜王を敵と見据える理由は、拙者には無い。
竜王側からしても、拙者がドラクリアの配下の者だと勘違いされている以上、敵対視してくる可能性は低いだろう。
「前々から、竜都直属の末端兵達の驕り高ぶった振る舞いには目に余るモノがありました。力を誇る事は素晴らしい事ですが、力を我欲がためだけに理不尽に振りかざすは醜悪。正直な所、あの連中が父の名を笠に無知蒙昧を晒す様には腹立たしさを覚えていた所です」
「では、拙者に対してわだかまりは覚えぬと?」
「むしろ、竜都の鱗先赤怒幡小隊を単身で打ち破った腕前……興味があります。もしかしたら、隣でそれを目の当たりにする事で、血肉とできる物があるかも知れない……!」
……ほう、口調や物腰から、妙に気弱な風だと思っていたが……中々どうして、欲のある目もする。
「と言う、事は……良いのじゃな!? 本当に良いのじゃな!?」
「はい。未熟者ですが、どうかよろしくお願い致します」
「ガッテン承知の助じゃ!!」
こうして、ドラクリアが旅の道連れに加わった。
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