河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~

須方三城

参:影から出ずる者



 ――届いたッ!!


「きゅぃあッ!?」


 人間やれば……ではなかった。河童やればできるもの、狙い通り、滑空かっくうする泥咽猛闇でいもんの背中に跳び乗る事ができた。


「ぁばべふ、ぎょご、ご、ゴッパム、おにゅし、覚えとれよ……!」
「何の話か見えんので無理だ……っと、うぉう」
「ききぃあ!! きあ!!」


 降りろ降りろと騒いどるのか、泥咽猛闇でいもんが奇声をあげながら滅茶苦茶な軌道きどうで飛び始めた。
 振り落とすつもりの様だな。舐めるな。両手は塞がっているが足の指がいている。足で泥咽猛闇でいもんの背肉をぎゅっとつかんで踏ん張る。


「おぉぉぉおおうあああああああ死ぬ死ぬ死ぬここらで妾そろそろ死にゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
「えぇい、さっきからやかましいぞ!! 少し黙っていろ!!」
「おぬしマジかぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!? 敵だけじゃなくて妾も見てぇぇぇぇ!! 特にこの泣きっ面をォォォ!! お願いだからァァァーーッ!!」


 構え構えと……やはりまだわっぱか。仕方の無い奴め。この畜生を叩き斬ったら構ってやる。


 では……一刀双穿いっとうそうがあらため――


疾風逸川しっぷういっせん――川形瞬斬かわのじぎりッ!!」


 足元――即ち泥咽猛闇でいもんの背へ向け、瞬間三閃の斬撃をびせる。
 肉は厚いが、河童の膂力にかかればどうと言う事はない。川の字を刻んで四つの肉塊に斬り分ける。


「ちょッ!? 馬鹿ッ、空中で仕留めた落――」


 おう? 眼下に見えるはいつの間にやら一面の木々密集地、要するに森林。
 ああ、先程、泥咽猛闇でいもんが拙者を振り落とそうと中々派手に飛び回っていたせいか。あの少々の間に随分ずいぶん運ばれてしまった様だ。


 まぁ、下が森ならば好都合。
 元々、奴を斬り殺した後は平地に飛び降りるつもりでいたのだ。緩衝かんしょう材となる木の枝葉の存在は嬉しい誤算ごさんと言うもの。是非利用させてもらおう。


「いぃぃいいいいいいいいやぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!!!」


 えぇい、誠にやかましい。
 確か先程、高い所が嫌いだなんだと言っていたが、そこまでか。


「ほれ、喜べ、もうすぐ地上だ」


 足裏で枝葉を踏み散らしながら、地に引かれるままに下っていく。


「よッッ、こら、しょっとォ!!」


 到着だ。
 さて……うむ、斬り捨てた泥咽猛闇でいもんの体はピクリとも動く気配無し。


「よし、確かに殺したぞ」


 目標達成だ。道からは随分とれてしまったが、まぁ、敵を逃がすよりはマシだと考えれば……


「……って、ん? なんぞ、貴様ら?」


 何と言うか、珍妙な格好の輩が三名……と、あっちの血まみれなのもふくめれば四名か。
 珍妙、と表現したが、正味、どこからどうみても乱破者よな。


 目の前の三名は拙者が人の頃に仕えていた城にもよくいた……つまり有り触れたこん色の忍装束。
 血まみれの方は桃色生地に袖無し短尺の忍装束……くノ一か。にしてもあでやかな色の装束だが。


 ざっと見た所、全員人間だな。
 河童になってから化生者の方が多く見ているせいで、何やら珍しく感じてしまう。


 さて、様子から察するに……この三名とあのくノ一は敵対していて、今まさに始末が着く所、と言った感じか。


「ふむ。いや、失礼した。どうやら拙者は邪魔者の様だ」


 他所の争いに首を突っ込むつもりも道理も無し。乱破同士のいざこざとあれば尚の事、部外者の出る幕は無かろう。
 刃を鞘に収め、早急にこの場を立ち去る。


「ひぃー……ひぃー……って、ちょい、少し待つのじゃゴッパム!!」
「何だ?」
「おぬし、あの娘が見えぬのか!? この状況、どう考えてもあの妙に乱破然らっぱぜんとした格好の暴漢ぼうかんらが、これまた乱破然とした女子おなごいじめている所ではないか!! この不埒千万ふらちせんばんを看過すると言うのか!?」
「よくよく考えろ阿呆。乱破が乱破を仕留めようとしているなど、どう考えても余所者が手を出すべき事柄ではない」


 乱破とは、陰をひた走る仕事だ。
 味方を助けるために、敵方の情報をスッパ抜かんと、闇の中で血みどろの殺し合いを演じる事も宿命。
 乱破の奮闘のおかげで、我々武士が戦況を有利に進められる事も多い。


 何処どこの者とも知れん他所の乱破同士の争いに手を出すなど、理不尽に誰かの戦いを妨害するも同義。


「そこの小娘も、乱破のよそおいに身を包んだ時点で、救い無き闇の中に生きて死ぬ覚悟はしたはずだ。若いから、哀れだからと助太刀するのは、その覚悟を蹴り飛ばす事にもなりかねん」
「……ふむ、いきなり降ってきた妙な河童と思えば、理はわきまえている様でござるニンな」


 ……その語尾は正気か?


「えぇい、ゴッパム! 小難しい事は知らん! 妾はな、乱破だなんだは置いて、か弱き乙女の味方をしてやれと言っておるのじゃ!! 力ある者が弱きを守るは道理のはずじゃろ!?」


 それはまぁ、その言い分はその通りではあるのだがな……
 ヒメの言い分は、前提が間違っている。


「だからな、阿呆。乱破として生きて死ぬと覚悟を決めた時点で、か弱かろうが乙女だろうが関係は……」
「……でござるニン……」


 ん? 何だ?
 今、あの小娘、何か言ったか?


「ウチは……乱破として生きて死ぬ覚悟なんて、決めてないでござるニン……!」


 ………………。


「おい、そこの乱破。どう言う事だ?」
「……確かに、そうだろうなでござるニン、マルガレータ――そこな娘は、ただ里に生まれただけ。乱破をこころざした訳ではないだろうでござるニン。しかし、覚悟があろうがなかろうが、マルはもう立派な乱破者。我らが嶽出たけだ忍軍の内情をつぶさに知り、仔細しさいは明かせないが里でも極一部の者しか知ってはならぬ事まで知ってしまった身でござるニン。生かしておく道理は無いでござるニン」
「そうか」


 事情はあい分かった。
 義理は無かったろうに説明してくれた事に感謝する。


 だが、悪いな。


「このひと振り、無銘の鈍刀なまくらなれど、我が一閃になんら鈍り無し。抜刀、行斬いざ
「ぬ……? おい、河童の者よ? 何故刀を抜いて……」
「道理が違った」
「何……? って、ぬぅおお!?」


 チッ、流石は乱破か。
 完全に不意を突いて首を狙ったのだがな、すんでの所でかわされた。


「お、ぉおおおお前!? いきなり何をするでござるニン!? あと一瞬、遅れていたら首スパーンってなっていたでござるニンよ!?」
「そうするつもりだったのだから、当然だろう」
「何故にでござるニン!?」


 何故に? 本気でいているのか?


 あの小娘の面構え、今にも泣き出しそうではないか。
 あれが乱破のする面か? そんな訳があるか。断じて有り得んだろう。


 乱破が死を前にして泣くはずがない。乱破とは、そう言う者だ。
 そうでなくては、乱破なんぞやっていられるはずも無し。


 己の生命なんぞより優先すべきものがあるからこそ、その道を選ぶのだ。


 戦う場所や戦い方は違えど、武士も乱破もそこは同じ。


 ――即ち、あの小娘は、ただの小娘でしかない。


「拙者の知る道理では、乱破の仮装かそうをしているだけの小娘を見殺しにして良い筋は無い」
「おぉ! 流石はゴッパム!」
「……おい、ヒメ、一応言っておくが、後悔するなよ。これからこの乱破衆を敵に回すと言う事は、今後、連中を殲滅せんめつするまでは常に乱破の者に狙われ続けると言う事だ」
「承知しておる。避けたい所ではあるが、だからと背を守るために腹を出す訳にはいくまい」


 ……己の背を出してまで他の腹を守るなんぞ、物好きでしか無いと思うがな。
 しかし、弱い癖に豪気ごうきよな。それだけ、拙者の腕を信頼あてにしていると言う事か? それとも、拙者がおらんでもこいつはこの調子で無謀に走るのか。
 ……おそらくは後者であろうな。阿呆だし。


 まぁ、何でも良い。頭目がやれと言い、拙者も異論は無いときた。
 ならば是非も無し。


「た、助けてくれるでござるニンか……!?」
「今のやり取りは聞いていただろう。当たり前だ」


 道理を違えて小娘をしいたげる乱破なぞ、悪漢外道あっかんげどう
 悪漢から小娘を守る、悪漢を殺してでも助ける。これは正道に違いあるまい。
 そして、主の顔に泥を塗らぬ様、正道を行く事に努めるのが武士の当然。


「くッ……まさか抜け忍を追って河童の者と一戦交える事になるとは……でござるニン……!」
いたし方ないでござるニン……!」
「…………ござるニン…………!」


 そのふざけた語尾で言葉をしめる阿呆くさい口三つ、すぐにけなくしてやろう。
 荷物ごとヒメを下ろして……ん? と言うか待て。


「語尾だけならまだしも……どこまでふざける気だ、貴様ら」


 三人揃って、その手に構えたのは厚い二枚貝を模した木細工。
 上辺を青、下辺を赤で塗って……知っているぞ、あれは南蛮の楽器だ。名は忘れたが。上辺を勢いよく打ち下ろして下辺に叩き付ける事で音を鳴らす仕組みの物。


 まだ人の身だった頃……かんかんかんかん、夜通し姫が楽し気に演奏を聴かせてくれたわ。見ているだけで懐かしく、そして腹立たしい。


「き、気を付けてるでござるニン! 嶽出たけだの乱破は、楽器を武器とするんでござるニン!」
「……成程、偽装ぎそうと言う事か」


 潜入任務をこなす事も多い乱破……確かに、趣味娯楽しゅみごらくの物である楽器ならば、様々な場所へ疑われる事無く持ち込めるだろう。理にかなっているな。


 あんなものが武器になるのか? と疑問に思うのは、であろう。
 乱破は農具であるはずの草刈り鎌に鎖を取っ付けて武器として扱う様な連中だ。


「シェェアッ!!」


 乱破の一人が両手に件の南蛮楽器を持って、勢い良く飛びかかってきた。
 推測するにあの楽器……おそらくは獣がむが如く相手の肉をはさみ、押し潰すか引き千切ちぎると言う用途だろう。接近してくるのは道理。


 しかし、何のてらいもなく間合いに飛び込んでくるとは、なんと間抜けな…………訳が無いか。


 明らかに誘いだ。


 だが乗ろう。


 乱破が奸策かんさくろうする事を得意とするならば、武士は真っ向から斬り捨てる事を得意とする。


「!」


 ぬ、刀が引っかか……、!
 何時いつの間にやら、横合いに回り込んでいた別の乱破が、拙者の刃を件の楽器で挟み込んで押さえつけていた。


 小賢しい、とだけ……言っておくッ!!


「ぬぅんッ!!」
「なッ、ござるニン!?」


 刃を掴まれたなら、掴んだ奴ごと刀を振り回すだけぞ。


 刃を掴む乱破をぶん回し、正面から飛びかかってきた乱破に叩き付ける。


「ござにッ!?」
「るニンッ!?」


 二人仲良くぎ払い飛ばす。
 さぁ、態勢たいせいを立て直す前に即座そくざに首をね……


「ぬッ」


 いきなり、木が倒れかかってきた。
 成程、残り一人の乱破が、件の楽器を使って木の根元をかじり取り、へし折ったか。


 充分に躱せる……と言う事は、躱される事を前提とし、躱した所に何か仕掛けてくるつもりだろう。
 悪いが、ここは回避するよりも武士らしくいかせてもらう。


 倒れかかってきた木を、微塵斬みじんぎりにして捨てる。


「ちょッ、マジでござるニンか!?」
「当たり前だ」


 木一本も斬れんと思っていたのか。人間の頃でもこれくらいはできたわ。武士を舐めるな。


 ……さて、大体だが、今の反応を見るに、この乱破達の実力は知れたな。
 素早く小賢しいが、その程度。正面から踏んで潰せぬ相手ではない。


 こちらも疾く、疾く、知恵を回す暇も与えぬ程に疾く殺してしまえば良いだけの事。


 おあつらえ向きの剣技をお見せしよう。


 右手で柄の端を持ち、左手で柄の尻をおさえ、構えは上段、刃を自身の顔に対して水平に寝かせる。
 誰がどこからどう見ても、刃をひねりながらきっさきで敵を裂き穿つ技――【突き】の構え。


 ああ、構えだけで気取られるは当然承知。その上で笑ってやろう。
 見切れるならば見切れば良い、と。


水魚迅通すいぎょじんつう……【穿巌激突せんがんのつき】!!」


 水中を素早く泳ぎ回る魚をも真芯ましんとらえて通る迅雷じんらいの如き一突き。
 この疾さ、凄絶せいぜつと知るが良い。


 まずは一人、確実に殺――


「なッ」


 ――それは、突然に地を穿って現れた。


 拙者の突きと乱破の者の間に割って入る様に現れたそれは――漆器しっきの如く黒くかがやく……たく、か?
 と言うかこの卓……拙者渾身こんしんの突きで……傷ひとつ、付いていない……だと……!?


「何だ……これは……!?」
「それは【鋼琴ピアノ】と言う、南蛮渡来の絡繰からくり楽器。卓の前面にある板を押すと中で木槌が動いて、琴線きんせんを叩き、音を鳴らす構造になってる」
「ッ!?」


 静かな女の声と共に、ぴあのなる黒い卓の上に舞い降りたのは、漆黒の忍装束に身を包んだ小さな影。
 見た所、人。そして、女。背はヒメとどっこいどっこいか……だが、どうしても「少女」と形容けいようする気にはなれない。


 理由は二つ。
 まず、その声色と落ち着き払った調子が、余りにも大人然としているから。
 そして……拙者を見下ろすその目……光沢の一切無い、墨溜すみだまりの底の様な瞳が……余りにも不気味過ぎる。


「自己紹介する。私は嶽出たけだ忍軍暗殺部門筆頭。姓は望尽もちづき、名は沈黄泉チヨメ。よろしく」



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