河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~
肆:外道を斬るのも河童の役目
……森に良い感じの寝床を作れんかと思ってみたが、駄目だ。
昼間とは大違いだ、あの森。
入った途端に獣は来るわ巨大な虫は湧いて出るわ。
襲い来るものを片っ端から斬り殺しても、仲間の死骸を見て恐れるどころかその死骸を食みながらこちらも狙ってくる。
始末に負えん。
いくら河童の豪力を得た拙者と言えど、身は一つ、腕は二本、刀は一振り。処理するにも限界がある。
化生者、特に害獣と呼ばれる連中は大体夕刻から夜にかけて活発になるとは聞いていたが……あそこまでか。
この辺りの森は、夜は近寄らん方が良いな。
無論、寝座にするなど不可能。永眠を望むならぴったりだろうがな。
仕方無い。
やはり、気が付いたあの川岩の上に寝るとしよう。
「やれやれ……にしても、寝る前の運動にしてはちと激しかったな……」
夕飯、結局食わず終いになってしまった。獣や虫の襲撃で果実を取るどころではなかった。
もう、あの小娘の茶屋も閉店しておるか……混雑でも、あの時に食っておけば良かった。
幸い、河童は腹の持ちが良いらしく、余り腹は減っとらん。
今日はもうこのまま寝てしまおう。
「……あの小娘、と言えば……」
改めて考えてみて、奴の話はどこまで信じて良いものか。
町に出た時、誰ぞに話を聞いて情報を擦り合せれば良かった。
……しかしまぁ、思い出してみれば与太話も良い所よな。
あらゆる奇跡を望むままに起こすだと?
それはもはや、「どんな願いも叶えられる」と言う様なモノだ。
そんな事が、有り得るものか。
きっとあの小娘は、夢幻を集めた御伽噺に毒され過ぎている。
――だが、もしも。
もしも、万が一にでも、だ。
本当に、そんな超兵器が、あるのだとしたら?
もしかしたら……【あの日】に戻る事も、叶うのか?
殿を討たれ、師を置き去りにし、そして姫も守れなかった、あの日に。
あの日に戻って、殿を救い、師と共に戦い、姫も守る……そんな事が、できるのか?
もし、この優れた膂力を持つ河童の身であの日に戻れたならば、もしかしたら。
いや、待て、それどころではない。
もっと、もっと前にも、戻れるやも知れん。
そう、未熟な拙者の愚かな過ちが招いた、あの夜にだって――
「……阿呆か、拙者は」
拙者も毒されつつあるな。おそろしい。たった一度の接触でここまで思考を蝕まれるとは。
だから童と言うのは好ましくないのだ。少しじゃれるだけでこちらの精神年齢がぐいぐいと引き下げられる。
「………………ん?」
……何だ?
川の畔に小さな影が……あれは……
「げッ……昼間の小娘か?」
「あ……」
「!」
そこに座り込んでいたのは、昼間の小娘。
姫によく似た容姿と声で、ヒメと言う名の、実にややこしい獣耳娘だ。
だが、昼間とは大きく違う事が。
昼間は阿呆の様にけたけたと笑っていたその顔……頬は赤く腫れ、唇は噛み締め続けたのかボロボロで、血が顎まで垂れている。
そして――
「……泣いているのか?」
「にゅ、な、何の話じゃ!! わ、妾は、ふぎゅ、お、陽光乞子ぞ!! 泣く訳がなかろうに!!」
「嘘を吐け。ボロ泣きではないか。母に置き去られた乳飲み子か貴様は」
「ぅ、うる、しゃいのだ……! 泣いてなどおらぬと言っとろうが!」
「……まぁ、そう言うのなら、それで良いのだがな……」
昼間も害獣に追われて大泣きしておったしな。
どうせまた、何ぞ変なモノに襲われでもしたのだろう。
よく見れば、何処で何度もすっ転んだか、着物や腕の包帯もゆるけてはだけておる。みっともない。
「で、何をしておる。川原ですすり泣いても蛇か河童くらいしか寄っては来るまい」
「な、泣いてなど、ひぅ、おらぬと、何度も言わしぇるな!!」
「よっこらせと……まさか、懲りもせずに拙者を勧誘しに来た訳ではあるまいな」
小娘の隣に腰を下ろしながら、少々疑いの目を向ける。
「それは、もう無理じゃ」
「ふん、諦めは良いのだな」
「ああ……それに銭が、無くなってしまったからな」
「…………何?」
「……なぁ、ゴッパムよ。妾は、やはり軟弱なんじゃろうか。怠惰なんじゃろうか。身の程知らずに夢なんぞ見るから、いつも天が罰を与えるんじゃろうか」
「何を急に…………待て、貴様……その腕……」
目尻をこする、小娘の両手。
はだけた包帯から覗く肌は、まるで鬱血が染み付いた様な、濃い赤紫色。部分的にではない、覗く範囲全てが、そんな色を晒している。
腕以外の肌の色は正常、包帯で巻いて隠していた事からも考えて、その両腕が陽光乞子とやらの正常な腕だとは思えない。
「妾は、身の程は知っとるつもりじゃ。分不相応な望みを持っていると言うのもわかっとる。妾は弱い、誰よりも弱い……それこそ、誰よりも妾がわかっておるわ……このまま冒険に出るなど無謀、じゃから、努力したんじゃ……体は鍛えた、何年もずっと、鍛え続けてきた……でも陽光乞子の体質故か、全然肉が付かん。剣や弓も頑張ってみた、しかし肉が足りんから非力で上手く扱えん。指の骨が折れるまで、腕の骨が砕けるまで、足掻いて、足掻いて、足掻き続けたんじゃ……」
……ッ……成程、その変色しきった腕は、そう言う事なのか。
長年に渡り幾度と繰り返された骨折や打撲で歪み、惨たらしく変色してしまった腕を隠すための包帯だったのか。
洒落気を好む年頃の娘だろうに、そうまでして、強くなろうとしたのか。
冒険の旅に出たいと言う一心で、そこまでしたのか。
「流石にな、妾自身が強くなる事は叶わぬと悟った。そこは流石に、諦めてしまった。――しかし、憧憬は捨てきれなんだ。……おぬしにわかるか? 陽を拝み、転がるだけの毎日を退屈だと嘆いていたある日、冒険家と出会い、たくさんの話を聞いた妾の喜びが。この世にはそんな面白い事が溢れているのかと、まるで、まるで妾を覆っていた気怠い夜に、夜明けが来た……朝日が差し込んだ様な気分だったのじゃ……! 冒険譚を聞いたあの日から、この胸の逸勢は止まらぬ。今更、諦める事など到底できぬ。ならあとはどうすれば良いか、必死に考えたんじゃ……! その結論が、強き者を子分にする事じゃった……!! しかし、強き者を腕ずくで従えさせる事など当然できぬ。だから、銭じゃ……貴族とは名ばかりの貧乏じゃから、毎日毎日せっせせっせと小間使いに勤しんで、必死に貯めた銭だったんじゃ……! ……笑えるじゃろう? 力が無いから銭を求め、力無いが故にその銭を奪われ、こうして泣き蹲る事しかできぬ……!」
「銭を、奪われた……か」
まぁ、格好の的ではあるだろう。こんな小娘。
「……ふふ、ふはは! どうじゃ、どうじゃ!? 強きおぬしでは、ひぅ、永劫味わえぬ体験ぐす、ぞ……せいぜい、ぅッ、羨ましがるが良い……!!」
………………今は、慰めた所で……か。
「………………不幸自慢は終わりか?」
「……ッ……」
小娘は勢いよく立ち上がり、何処ぞへ走り去っていった。
……もしかしたら、優しい言葉なんぞ求めていたのかも知れんな。
しかし、それは、気の迷いだろう。
慰められて喜ぶのは、負け犬の性分だ。
そんなもの、貴様らしくないだろう。貴様には、絶対に合わんだろう。
「さんざ打ちのめされた気分だろうに、それでも愚痴と皮肉を吐き、走る元気があれば重畳だ」
――正直、度肝を抜かれたぞ。小娘……いや、ヒメよ。
拙者とて、腕がああなるまで修練に励んだ事は無い。
だが、貴様はそこまでやったのだろう。そこまではできたのだろう。
そこまでやらねば、物事ひとつ諦める事すらできなかったのだろう。
ならば、その性分、負け犬になぞ成り得るまい。拙者が保証してやる。
貴様はきっと、何があろうと、どれだけ転ぼうと、立ち上がり、越えられぬ壁に当たったならば、必ずや抜け道を探し出してみせるのだろう。
何度、夜闇に沈もうとも必ずまた登り詰める、太陽が如く。
幾度踏み倒されようとも、日に向かって起き上がる太陽賛花が如く。
貴様は、絶対に、挫けぬのだろう。
そんな――拙者が敬愛した姫の様に、強かな性分なのだろう。
そうに、決まっている。
だから貴様は、あの顔とあの声をもって生まれたのだ。間違いあるまい。
まったく……つくづく、ふざけた話だ。だが、悪くない気分だ。
ああ、貴様のその心意気、武士として惚れたぞ。
「さて……軟弱者、怠け者、などと見当外れに謗った無礼、詫びねば済まぬよな」
無論、言葉を尽くすなどと言う陳腐な真似はしない。
浪人……ではなく浪河童の身分なれど、拙者の心は未だ武士の矜持を持ち合わせている。
武士の詫びは、行動あるのみだ。
◆
探すのは、簡単だった。
町へ行き、酒気を求めて彷徨う通行者を適当に捕まえたら、すぐに【目撃者】を見つけられた。
念のため、何人か……いや、何体かに話を聞き、確信も得た。
「ここか」
やたらに大きな屋敷だな。これが丸々一つ、酒呑み場とは。
確かに、戸の向こうからは朱色の強い漏れ灯と、乱痴気騒ぎの声が聞こえてくる。
「失礼する」
戸を開けてみれば――ああ、いたな。連中に間違いあるまい。
鱗先赤怒幡、だったか。
夕刻に町を訪れた時にも似た化生者を見た。怒羅豪矛をまんま人の形にした様な者達だ。
形質はどいつも大差は無いが、大小は様々だな。拙者の倍からある様な巨体の者もいれば、拙者の腰の辺りに頭が来そうな豆粒まで。
数は、ひぃ、ふぅ、みぃ…………一四か。少々手間になりそうな数だな。
「あァァァん? 何だぁ? この店はぁ、俺様達の貸切のはずだぜぇ?」
「故に失礼すると言った」
「かっ!! ふてぇ態度の河童だぁ!! 気に入ったぜ!! テメェちょっとこっち来て俺様に酒を注げやぁ!!」
「ふむ、酒の嗜みは悪くない。だがその前に、ひとつ問いに答えてもらえるか」
「あぁん!? テメェこの裸河童ァ!! 兄貴に失礼だろうがぁぁ!! この兄貴を誰だと思ってやがる!! 兄貴だぞ!?」
「はっはっはっは!! いいぜいいぜ!! 別に構いやしねぇわ!! 今日は面白いモンも見れて上機嫌なんでなぁ!! 少しくれぇの無礼じゃあガミガミ言わねぇよやぁ!!」
「……ほう、面白いもの」
「ああぁ、傑作だぜ! テメェにも見せてやりたいくらいになぁ!! 面白のおすそ分けって奴だ!! こぉぉんな豆粒みてぇな金色毛のちびすけがいてよぉ、生意気だったからぶん殴ってやったんだが、その後がほとほと傑作でな!? 悔しそうに唇噛みしめて血ぃだらだら流しながらよぉ、声を殺して泣いてやんの!! でも全然呻き声を抑えられてねぇんだわこれが!! ぐすぐすひんひんと、品の無ぇ娼婦みてぇにうるさくてよぉ!!」
「ありゃあマジ傑作でしたねぇ兄貴!!」
「まったくだ! 弱ぇだけならけったくそ悪ぃが、あそこまで情けねぇと腹が痛くてしょうがねぇ!!」
……あぁ、耳が腐り落ちそうだ。
酒気に塗れた声は下卑た物になりがちだが、ここまで気分を害するものも珍しい。
昼間、拙者もヒメに対してこいつらと似た様な見当外れの毒を吐いたのかと思うと、今すぐにでも自刃したくて仕方が無い程に恥ずかしい。
「んでぇ、河童よう。テメェの質問ってのは一体何だぁ? まさか『衆道もいけますか?』何て言うんじゃあねぇだろうな? ぶあッはははははは!!」
「……らか」
「あぁん?」
「天下往来にて小娘から強奪を働くなぞ、不埒千万な真似をし腐ったのは――」
もはや、抜刀の口上など要らぬ。
拙者の戦意、いや、この殺意。わざわざ合図を出すまでもなく、もう抑えておられぬわ。
「――貴様らかと、聞いているのだ!!」
手始め、抜刀と同時、居合抜きの要領で手近にいた小柄な者から首を刎ねる。
首筋の鱗に一瞬引っかかりを覚えたが、何と言う事はない。スパッと切れた。
ああ、臓腑が煮えくり返り過ぎて、余分に力が出ている様だ。
これならば技を出すまでもなく、この下郎共を鏖殺してやれそうだ。
さて、まずは、一。
残りは、一三。
「……は……?」
状況が飲み込めておらんのか、下郎共はしんと静まりかえった。
脳に酒気が回っているのも手伝っているのだろうが、そこを考慮してやる義理など拙者には無い。
むしろ好機よな。手間が減る。
「……しかし、あの立派な小娘を害し、その上に嗤い下すだけでも充分業腹だが……更に解せぬな」
この下郎共について情報を集めている途中、何度か聞いた。
こいつらが横暴を働いたのは、ヒメだけではない。他にも多くの者達に理不尽な難癖を付け、暴行を加え、罵声や嗤いを浴びせたと。
「この地を治める殿は、貴様ら直属の上司なのだろう? その天下で不埒な所業を働くなど……化生者には殿への【忠誠】や、それに反する【恥】と言った概念は無いのか?」
自らの殿が治める土地で、殿の膝下で、殿の天下で、何故その様な酷く無恥な振る舞いができるのか。
欠片も、微塵も、ああ、まったく以て理解が及ばぬ。
「どこまで下衆だ、貴様ら」
怒りだけではない。
人の頃に培った武士としての矜持までもが、こやつらを斬り殺せと叫んでいる。
もはや、加減のかの字も期待はするな、下郎共が。
「て、テメェ!! その口ぶり……俺様達が竜都から来た竜王直属の一派、この大陸の覇者の直の子分だと知っての事かァ!? 俺様達を斬るって事は、竜王様に喧嘩を売るって事だ!! その意味が本当にわかってんのか!?」
「無論。貴様らの情報を集めている時に、さんざ忠告された」
――「あんた、今すぐにでも誰ぞ斬り殺しそうな雰囲気だが、あいつらに手を出すのはやめとけよ……?」
話を聞いた者、全員から、そう最後に忠告された。
まるでそう言うのが決まりなのかの如く、全員に言われた。
連中はこの地を治める竜王なる者の配下。
手を出せば、この地ではお尋ね者になるやも知れん。
だが、知った事か。
「貴様らは、拙者に、拙者の尊ぶ存在に害を為した。――即ち拙者の【敵】となったッ!!」
敵は、殺すものだ。殺しておいた方が、良いものだ。
「貴様らの首領も拙者の敵となるならば、その鱗に塗れた貧相な首、まとめて叩ッ斬るだけぞ!!」
竜の王が何だ。所詮、蜥蜴の親玉だろうが。
そんなものに恐れをなして、この拙者の刃が鈍るとでも思うてか。
誰ぞを侮るのも大概にしろ下衆畜生共がッ!!
「ほ、吠えやがったな!! 竜王様に宣戦布告しやがった!! 野郎共ォ!! この大咎者、今すぐぶっ殺せ!!」
「「「オォオオオオオオオオオ!!!!」」」
剣に槍……変わった形だが、あれは火縄銃の類か。
下郎が、生意気に武器を使うか。その知性を、もう少しまともには活かせなかったのか。余計に腹立たしい。
「ひゃっはぁぁぁーーー!!」
飛びかかってきたのは、最初に首を叩き落としたのとそう大差ない体躯の小物。
手に握り締めていた棍棒ごと、その身体を袈裟懸け状に斜め一閃、両断して斬って捨てる。
これにて、二。
「なッ……せ、戦具ごと……!?」
「今の拙者は、鋼鉄をも容易く刻む修羅の類と心得よ」
剣も、槍も、銃弾も、知るか。知るか。知るか。
人の頃にも、散々斬って来たものばかり。
確かに、この手には今、あの頃の名刀は握られておらぬが……代わりに、拙者には河童の膂力がある。
ならば、この程度、斬れぬとでも思うてか。
片っ端から、向かってきたものから、飛んできたものから、斬って、斬って、斬り捨てて、まだ、まだいるのならばまだまだ斬る。
安物の刃の限界か、振るう度にカチャカチャと悲鳴をあげ始めた。
だがまだ斬れる。
――刀は時代遅れだと言われた事が幾度とある。
鎧や骨など硬物を穿てば刃は傷み、血肉を切れば血脂で斬れ味を格段に落とす。
突きに振り切る事で鎧や骨の隙間を狙え、血脂の影響も軽微で済み、射程もある槍の方が優れている……など、耳にたこができる程に聞いた弁。
中には槍の道を極めた御仁の有り難い言葉もあったが……多くは研鑽を疎む者の詭弁だった。
拙者は師匠の元で研鑽を惜しまなかった。
ただ敵を斬り殺すだけの技も多く習った。しかし、重きを置いた部分は違う。
刃が激突する際に上手く力を抜く事で、刃に負担となる余分な衝撃をいなし、極力刃を傷めぬ様に硬物を穿つ要領。次の構えに移行する中で、最低限の所作を以て最大限に血脂を振り払う予備動作。
拙者の剣は、そう言った【継戦技術】を……戦場にて一本の刀で一人でも多くの敵を殺すための術を重要視し、徹底的に磨き抜いた……まさしく【殺生の剣】と知れ。
無論、槍の利便性は理解している、否定する気は無い。
だが、覚えておけ。極めた剣術は無双無敵であると。
故に、まだまだ斬れる。
ああ、問題無く斬れる。
斬る。斬り捨ててやる。
まぁ、万が一斬れなくなっても、叩き殺してやるとも。安心しろ、そのために打術も修めている。
さぁ、死ね、死ね、拙者に殺されて、死に果てろ。
「………………む」
……何だ。もう、あの一等大柄な奴一匹か。
あらゆる意味で骨が無い連中だ。まだ、手に痺れや疲れのひとつも無いぞ。
刃の方も、この調子ならあと二〇は首を落とせそうだ。
「ッ……い、イカれてんのかよ……!?」
……?
「イカれ? 拙者がか? 意味がわからんな」
「いきなり現れて、いきなりズバズバ斬り殺して……マトモじゃあねぇだろうが、どう考えてもよぉ!?」
「……はぁ?」
何を言っているんだ、この蜥蜴は。
「貴様ら、横暴を働いたのはあの小娘にだけではないのだろう? 聞き込んでいる内に、随分と悪評を聞いたぞ」
誰ぞに暴力を振るった。
誰ぞに害を為した。
誰ぞの敵になった。
ならばその時点で、何時、誰からか生命を狙われてもおかしくはあるまいよ。
多くの者に横暴を働いたのであれば、尚更。
誰ぞと敵対すると言うのは、そう言う事だ。
大体にして、敵は殺しておくべきものなのだから。
何時でも敵を殺せる様に、何時敵が殺しに来ても対処できる様に、あらゆる覚悟を決めておくのが当然であろうが。常在戦場と言う言葉を知らんのか。
むしろ、どうしてその覚悟も決めれずに誰ぞの敵になれるのか。
生命を狙われる覚悟も無しに、どうして誰彼構わず暴力を振り撒けるのか。
……こいつ、頭がイカれておるのではないのか?
「た、確かに俺様達は暴力を振るった!! だが誰も殺しちゃあいねぇだろうが!! その報復でこりゃあ、どう考えてもやり過ぎだろぉ!?」
……????
ますます、訳のわからん事を言い出したぞ。
「貴様らが不殺主義かどうかで、何故、拙者が拙者の道理を曲げねばならんのだ?」
敵を殺すも殺さぬも好きにすれば良いだろう。
物好きな話だと呆れるが、それは貴様らの自由だ。
だが、「自分達は敵が相手でも殺さんから、敵も自分達を殺すな」なんて与太話は、まかり通らんよ。
拙者は、敵は皆当然殺しておくべきだと考える。
――まだ未熟極まっていた頃、情けで見逃した敵に、肉親を鏖殺された覚えもある故な。
この考えを曲げる事は、この道理が揺らぐ事だけは、永劫、有り得はしない。有り得てはならぬ。
例えこの身が、河童に成り果てようともだ。
ただ、それだけの事だ。
それをやれぎゃあぎゃあと……まったく……何処の地に於いても、イカれの言葉は理解ができんな。
「ひッ、よ、寄るな! このイカれ殺戮中毒が!! 寄るな! 寄るなァァァ!!」
「情けない。それが一群の長としての振る舞いか。よくもまぁ、あの小娘を嗤いくだせたものだ」
その一挙手一投足に、虫唾が走る。
臓物が煮えたぎり過ぎて、口から火を吹いてしまいそうになる。
生意気に呼吸をするな、下郎が。
「わ、わかった、わかったよ! ゆ、許し、も、もう絶対に、今日の様な真似ぱひっぁ」
途中から数えておらなんだが、とりあえずこれで一四だろう。
「あ、あんた……」
「む、店主か? ……ああ、これはすまない。店を汚してしまった」
「ぁ、いえ……その……あ、と……」
うむ、完全に怯えられているな。流石に派手に暴れ過ぎたか。
店内だと言うのを考慮して、血飛沫が飛ぶ方向は一箇所にまとまる様に斬るべきだった。
まぁ、過ぎた事。深い一礼で謝罪するしかあるまい。
「誠に申し訳ない。――それと、安心されよ。無論の事、掃除はして帰る故な」
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