河童転生~武士道とは河童になろうとも進み続ける事とみつけたり~

須方三城

零:喧伝



 人間・妖怪・物の怪・畜生、あらゆる生命いのち跋扈ばっこするこの浮世うきよ


 生者せいじゃ達は種族を問わずにれを成す。
 群れる理由・目的は様々。中でも、冒険の旅や縄張の確保・維持を目的として武力的結束を持つ群れは【鎮威群チイム】と呼ばれる。


 強い鎮威群チイムを率いる事は大変な名誉めいよ羨望せんぼう畏敬いけいを集める事ができる。
 腕自慢の者達はこぞって、強い鎮威群チイムを作る事に熱心になった。


 そして、鎮威群チイムの結成が流行はやるのに示し合わせたかのように、あるうわさが世に流れ始める。


 ――かつて、この世の全てを支配していた覇王【妖界王ようかいおう】が愛用していた【超兵器】が、現在いまもなお、何処どこかの地に眠っている――


 根も葉もありはしないただの噂。
 しかし、武力にモノを言わせる少々知性欠乏けつぼう気味の連中にはそれだけでも動くに十二分。


 妖界王の超兵器――御伽噺おとぎばなしでは【神革かく兵器】と称され「あらゆる奇跡を望むままに引き起こす」と語られるそれを手中に納め、なんとしても自慢したい。
 なにせ、そんなものを保有しているとなれば、間違い無くこの世で一番強い鎮威群チイム証左しょうさであるからだ。


 世の鎮威群チイムを率いる者達のほとんどが、神革かく兵器を求めて冒険の旅を始めた。


 そう、世はまさに、大冒険時代である――!




   ◆




 北の大地、【壊染えぞ】。
 狼王ろうおう降炎刕朧フェンリルの一派が統治する極寒ごっかんの世界。


 の出る日は希で、大地はつねに白銀の雪におおわれている。
 故に農作物は種類も量も限られ、この地に暮らす者々は主に、狩猟しゅりょうにて食糧を調達していた。


 雪星キララと言う名の【雪喜恵麗巫ユキエルフ】の小娘もまた、狩猟鎮威群チイムの一員である。
 雪にまぎれる事を目的とした美しい白髪はくはつに、血の通いを感じさせない真っ白な肌、き通った乳白色の瞳。耳は恵麗巫エルフ系特有のやじりめいたとがり耳。
 よわいはまだ六つ。
 早熟長命そうじゅくちょうめいが売りの恵麗巫エルフ系とは言え、白獣皮はくじゅうひで仕立てた服に包まれたその身は小さく、外観はまだまだ幼い。


 しかしあなどる事なかれ。


 彼女はもう、己に刻まれた遺伝子の教えを頼りに、弓や小刀を器用にあつかう事ができるのだ。
 研鑽けんさんは未だ途上だが、その本能だけでも小型の獲物なら充分じゅうぶん狙える。


「おし。お姉ちゃん、頑張ってくっからよ」


 陽の加護がとぼしい壊染えぞでも、まだ夜中だと容易に察せられる暗闇の頃。
 すやすやと眠る小さな小さな弟妹達に向けて静かに意思表明し、キララは狩猟へと向かう。


 普段は鎮威群チイム成体おとな達と共に集団で狩りをするが、そうすると、主な仕事をこなすのは経験豊富で膂力りょりょく体力共に優れた成体達。
 幼体こどもであるキララは、こうして自分で時間を見付けて単身経験を積む事が重要なのだ。


 それに、単独での猟果りょうかは丸々自分のもの。
 町へ下りて皮や肉を売り、ぜにに変えれば、狩猟ではそうそう調達できない甘味かんみなんぞにもありつける。
 弟妹たちは子供らしく、甘いものが大好きだ。お姉ちゃんとして、キララは頑張りたい所なのである。


 と言う訳で。
 両親がのこした狩猟道具を小さな身体いっぱいにくくりつけて、キララは深く積もった雪の原をザクザク進んでいく。
 雪喜恵麗巫ユキエルフは体重が軽く、加えて本能的に雪の上を歩くすべを心得ている。足を取られる事もなく、ずんずんと進めるのは当然道理。


「ゆーきやーぼんぼん、あられやがんがん、ふってもふってもまだふりやがるー」


 白い息と共に陽気な歌を口ずさみながら、キララは針葉樹しんようじゅの森へと入っていく。


「……おんろ?」


 ふと、キララは奇妙きみょうなモノを発見した。雪喜恵麗巫ユキエルフ暗視あんしもよくく。


「…………きつねの尻尾け?」


 暗闇の中、雪に埋もれた地面から……狐の尻尾によく似た何かが生えていたのだ。
 形状や雰囲気ふんいきは完全に狐のそれなのだが……断言できない理由は二つ。


 まず、狐の尻尾は地面からは生えてこない。
 そして、その尻尾らしきモノを覆っている毛並みが、見事な山吹やまぶき色なのだ。


 壊染の狐は白い。
 山吹色――この地ではそうそうおがめないあの御陽様おひさまの様な毛並みの狐なんぞ、キララは知らない。


「何か変なんだなー……さわらん方が良んだろか……」


 キララは好奇心から近寄っては見たものの、触ってみる決心は中々着かない。


「ん?」


 不意ふいに、静かな夜風に混じって、何者かの声の様なモノが聞こえた。
 キララがよーく耳をましてみると、足元から……


「……た、しゅけ、へ……」
「……えッ……だ、誰かまっとんのけ!?」




   ◆




「うぅう……散々さんざんなのじゃ……寒いし暗いし寒いしさびしいし暗いし……何故なにゆえわらわがこの様な目にわんとならんのじゃぁぁぁ……」


 キララがあわてて雪をほじくり返して救出したその少女は、中々に珍妙ちんみょうな出で立ちをしていた。


 山吹色の髪に覆われた頭の天辺には、同じく山吹毛に覆われた獣の様な三角耳が二つ、ぴこぴこ。
 涙にうるんだ三白眼さんぱくがんの瞳は紅く、わんわんわめく口の中には獣の様な鋭い牙がズラリと並ぶ。
 よそおいは触り心地の良さそうな花柄の着物を着流きながしにして、上から厚めの羽織を一枚羽織っているだけ。
 あざか何かでも隠しているのか、その両腕には指先にまで厚い包帯をぐるぐる巻きにしていた。


 まるで獣が人型種に進化した様な姿である。
 先程の狐の尻尾の様なモノは、この少女の尻から生えた正真正銘尻尾だった。


「おーしおし、泣くな泣くなー。そりゃあお、そんな格好かっこうじゃ寒いに決まっとるに。あたしの羽織もん貸してやんよ。獣の皮だからあったけぇよ。あたしは寒いのれてるから遠慮えんりょすんなぁ」
「ゅうぅううう……有り難い……かたじけないのじゃあ……助けてもらった上に、この様なほどこしまでも……! 感謝してもし切れぬぅ……この恩、返さずでおくものか……」
「そんな気にせんで良いんよ。世は情けと言うに」


 寒さと感激にふるえる山吹色の頭を、キララはポンポンと優しく叩きぜる。


「……ところで、お、何者だ? この辺の者じゃあねぇよな? あ、あたしは雪喜恵麗巫ユキエルフのキララだ」
「む? おお! これはこれは、恩人に名を名乗るのを忘れるとはとんだ無礼を! ではでは名乗ろうぞ!」
「あったかくした途端とたんに元気なもんだな」
「おかげさまでな!! して、妾の名は陽愛ヒメ! 太陽を愛すると書いてヒメぞ!! 【陽光乞子おひさまこうし】と言うほまれ高き種族の末裔まつえいである!! ちなみにこの耳は狐では無く獅子しーさーな! 間違え厳禁げんきんぞ!!」
「おひさまこーし?」


 やはりキララには聞き覚えの無い種族だった。


「知らぬのも無理は無し! 何せ我々はこの壊染より海をえた奔州ほんしゅう恵土えど、更にそこから多くの地と海を越えた先、南の果てにある龍柩りゅうきゅうの地に住まう種族であるゆえな!!」
「りゅーきゅー……あ、聞いた事あんべな」


 龍柩とは、壊染と同様、この東洋にある三大大陸の一つだ。


 狼王・降炎刕朧フェンリルが統べる極寒の大地、壊染えぞ
 魔王・赦異誕シャイタンが統べる奇跡の大地、奔州ほんしゅう恵土えど
 そして竜王・導嵐狂ドラクルが統べる豊穣の大地、龍柩りゅうきゅう


 これらを引っ括めて東洋三大大陸、又は【の国】と呼ぶ。


「えらい遠くからきたんだなー」
「うむ! 何せ妾は冒険鎮威群チイムひきいる身故な! どこまでも行くぞ!! どこにでも来るぞ!! 妾は神出鬼没迷子上等なのじゃ! にゃっはっはっはっは!!」
「へぇ、お、そのとし鎮威群チイムかしらやってんのか。えらいもんだなー……ん? んで、子分なかまさんは?」
「………………」
「………………?」
「……迷子上等、なのじゃ」


 どうやら、はぐれてしまった様である。


「えぇい、いつもしっかり妾の後を付いて来いと口すっぱく言っとるのに! 奴ら全く言う事を聞いてくれんのじゃあ!! どいつもこいつも自由気ままか!! まぁそう言う鎮威群チイムって良いよね!! ……ただ限度があんじゃろがい!! 昔はこんなんじゃなかった!! 昔は口でこそざつにあしらいつつも皆もっと妾に手厚くかまってくれていたのじゃあ!!」
「どーどー、落ち着け落ち着け」
「落ち着きたいのは山々じゃが……えぇい業腹ごうはら!! 奴らがちゃんと妾に付いて来ておれば雪に埋もれる事も無かったのに!! しかも『呼べば行くから安心しろ』とか言ってたくせに呼べどさけべど全然助けに来ないて!! 涙が凍り果てる所だったわァァァ!! ちょっと妾ナメられ過ぎじゃない!?」
「小さい身で頭やんのは大変なんだなー」
「それな!! 奴ら絶対に妾が幼体こどもだからってナメとんのじゃ!! 成体おとなになったら覚えとれよと毎日まくららす妾!! 不憫ふびん!!」
「おー、よしよし。辛かったなー」
「実家の様な安心感! さては恩人、おぬし、あやしなれておるな!! お姉ちゃん気質と見た!! 良いぞ! もっと撫でるが良い!! いいや撫でてください!!」


 のどを鳴らしながら擦り寄ってきたヒメの頭を撫でながら、キララはふと気になる事が。


「なぁなぁ、ところでさ。お陽光乞子おひさまこうしってのはどう言う手合てあいの者なんだ?」


 冒険する鎮威群チイムの頭を張ると言う事は、こんな幼体でも、それなりに取り柄はあるのだろう。
 ヒメがただよわせるこの自活力の無さそうな雰囲気からして、研鑽して身に付けた何かがあるとは考えにくい。
 となれば、やはり種族に受け継がれる特殊な能力があると思われるが……


「えッ……ぁ、う、うむ! よくぞ聞いた! 陽光乞子おひさまこうしはな! 日向ひなたぼっこが大好きな種族ぞ!!」
「………………うん?」
「あと、草履ぞうりを放って天気をうらなうと大体当たるぞ!! てるてる坊主ぼうずを作るのも得意中の得意ぞ!!」
「…………………………」
「…………えと……その……実は口からすごく熱い炎がけるぞ!! 太陽の様に熱いのをな!!」
「…………………………」
「……すまぬ……最後のはうそじゃ……見栄みえじゃ……そんな目で見ないでくれ……」
「なんでまたそんなむなしい見栄さ張ったよ……」
「…………陽光乞子おひさまこうしは元々、割と平和な龍柩の中でも一等平和な土地に生息する種族でな……その……戦いに使える機能全般、退化して消え失せとると言うかじゃな……」


 龍柩は年中温暖な気候に恵まれており、果物の類も豊富に自生している。
 つまり、自然の中に呆れる程の食糧が転がっている訳だ。
 しかも、はるか昔から竜王勢力一強状態のため、他所よそからきた冒険野郎共が時たま騒ぎを起こすか、山奥に住まう【害獣がいじゅう】が気まぐれに姿を見せるくらいの珍事ちんじが起きなければ平穏がみだされる事もほとんど無い。


 そんな龍柩の中でも、大した害獣がおらず、冒険野郎共もそうそう立ち寄らん様な地味で平穏な土地で暮らしてきた種族。それが陽光乞子おひさまこうしである。


 狩猟も闘争も必要無い生活習慣が世代を越えて続けば、そりゃあ、まぁ、そうもなると言う話だ。


「でも、なしてそんな貧弱ひんじゃく性質タチの癖に、冒険なんぞ……」
「日がな一日、陽をあがめてゴロゴロするだけの日々にえられなかったのじゃ……だから子分なかまを集めて冒険の旅に出たんじゃあ……仲間の力に頼れば妾はそんな強くなくても良いじゃん……だのにあいつらぁ……あいつらぁぁぁぁ!!」
「……あー……あれな、平和な所は平和な所で、よくわからん苦労があるんのな……」


 一瞬、キララは「……おもしかして、ろくでなしでねぇの?」と言う言葉が出かかったが、幼体相手にそれを言うのはこくだろうと飲み込んだ。


「とりあえず、まぁ、んだ。ここから真っ直ぐあっちに進むとな、あたし達の村があるから。村に入って少し行くと、入口の戸んとこにウサギっ子の皮さしてるちっせぇ家がある。そこがあたしの家だから、そこで朝まで寝とけ。朝んなったら、町の方まで送ってやっから」
「ぬ、恩人はどうするのじゃ?」
「あたしはこれから狩りに行くんだ」


 キララは狩猟道具である弓と矢筒やづつを背負い直して、ヒメに見せる。


「ほう! ならば妾が手伝ってやろうぞ!! やられたらやり返す、恩返しと言う奴よな!!」
「いいえ結構です」
流暢りゅうちょうな敬語ォ!? 田舎娘いなかむすめも思わず標準語になる程か!? 確かに妾は戦闘面ではまるで役に立たんが、鼻はくぞ!? 例えば、一口に加齢臭と言ってもその加齢臭が一体何歳のモノか、果てはその体臭主が直近ちょっきんに食した飯の内容まで当てる事が可能ぞ!! そのすごさたるや!! 現にまったく夜目よめが利かんでもうろちょろできるしな!! 雪には埋まったが!!」
「鼻なぁ。確かにそら便利そうだけんど……」
「どれ試しに……くんくん、これくんくんと……うむ!! すごく近場に何やらとんでもなく強そうな獣の匂いを感じるぞ!!」
「へ?」
「ん?」


 キララとヒメが真顔で顔を見合わせたのと、ずぅぅううううん……!! と言う重い着地音がひびいたのは、ほぼ同時だった。


「オォオオオオオオオ…………!!」
「なッ……!?」


 キララは思わずあんぐり。
 ヒメに関しては最早表情筋を動かす余力よりょくすらない。


 針葉樹をたおし、くだき、地にり立ったのはまるで山の様な巨体。
 全身を鳥の羽の様なやわらかな黒毛くろげで覆い、前脚まえあしには蝙蝠こうもりの様な飛膜ひまくを持つ巨大な蜥蜴とかげ
 蜥蜴によく似た種、【怒羅豪矛ドラゴン】が、北の大地に適応てきおうし、進化した近代新種きんだいしんしゅ


 その名は――


「わ、【羽衣馳呀舞ワイバアン】……!?」


 羽毛による体温維持、黒色の毛によりわずかな陽の光でも熱を吸収し、留めてかてとする。
 前脚とつばさが同化してしまった理由には諸説しょせつあるが、有力説として「飛行している際に稼働かどうする筋肉量を増やし、かつ停滞ていたいしている筋肉量を減らす事で、低地よりも気温の低い高高度飛行時にも充分な体温を確保できる様に進化したのではないか」と言われている。
 更に、自身の代謝たいしゃによる体内発熱機能を促進そくしんさせるために、その体重は増加の一途いっと辿たどり、なみ怒羅豪矛ドラゴン種よりも身体からだは巨大。


 最早、爬虫類はちゅうるい面影おもかげは大きくけた口と、大雑把な影の形だけ。
 それが羽衣馳呀舞ワイバアン


 ちなみに羽衣馳呀舞ワイバアンは――


「ゴォォオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオオァァァーーーー!!!!」


 ――【害獣がいじゅう】と呼ばれ区別される【善性ぜんせいと知性が欠乏した野生きわまる超危険な化生者バケモノ】の一種である。


「な、なして、あんなんがこんな所に……!? 羽衣馳呀舞ワイバアンは山ん奥に住んでいる害獣のはずじゃ……」
「……な、何故、妾はいつもこう『こんな所にいるはずのない害獣が何故!?』的な事態に遭遇するのじゃあ……これで何度目……誰かののろいかぁ……あ、あぶぶぶぶぶぶ……」
「!? ちょ、お、しっかりしろ!! 白目いてあわ吹いてる場合でねぇよ!! ほんっとに物騒ぶっそうなんに耐性たいせい無いんな!?」


 ふらぁっ、と卒倒そっとうしかけたヒメの身体を、キララがすんでの所でどうにか受け止める。


「って、不味まず……!」


 どう言う訳か、こんな所に現れた羽衣馳呀舞ワイバアン
 これまたどうしてか、そのぎょろりと剥かれた目は、すでにヒメとキララを捉えている。獲物として。


「ゴォ、ゥゴアアアアアア!!」
「ひッ……」


 キララは咄嗟とっさにヒメを引き倒し、自身のかげに。ヒメをかばって、羽衣馳呀舞ワイバアン対峙たいじしたのである。
 しかし、恐怖と驚愕で震える身体ではそれ以上は動けず。ただ目の前にせまる現実から目をそむける様に、かたまぶたを閉ざす事しかできなかった。


 そして、容赦の無い猛進もうしん羽衣馳呀舞ワイバアンの大きな口が、キララを飲み込――


神日しんじつ払暁ふつぎょうはこれ夢幻むげん泡沫うたかたごとく――抜刀ばっとう、【裂羅風刃さくらふぶき】」


 ――聞こえたのは、やや早口で、つぶやきの様な……男の声。
 落ち着きのある小声の様な響きでありながら、夜風と害獣の咆哮ほうこうの中でもしっかりと通り、キララの耳にも届いた。


疾風逸川しっぷういっせん――川形瞬斬かわのじぎりッ!!」


 次に響いたのは、力強い叫び。
 武闘家が奥義おうぎの名を叫ぶのと全く同じ様な覇気はきまとった声が、キララのすぐかたわらで響いた。


「…………え…………?」


 瞼を開いたキララが最初に目にしたのは、くれないの雪――いな羽衣馳呀舞ワイバアンが倒れした際に舞い上がった、血染めの雪が地に降り戻る最中の光景。


 一体、何の血が雪を染めたのか。
 それはすぐにわかった。


 何せ、雪にしずんだ羽衣馳呀舞ワイバアンの身体は、見事な縦四分割にり裂かれていたのだから。
 まるで、川の字を書くように斬られた様な……そんな有様である。


恵麗巫えるふの小娘。どうやら頭目とうもくが迷惑をかけた様だな」
「……ぇ、ぉ……お、は……?」


 いつの間にかキララの傍らに立っていたのは……これまた、見た事の無い珍奇者ちんきものだった。
 緑色の肌に覆われた筋肉質な肢体したいに、赤黒い……まるで血で染めた様な色合いの赤褌あかふん一丁。
 赤褌には無理くり刀のさやが差し込まれており、手には、その鞘から抜いたであろう美しい桜色のやいばがひと振り。


拙者せっしゃは【河童かっぱ】と言う種族の者だ。水辺みずべの者故、この水が流れず凍り尽くす極寒の地では、そうそうお目にかかれまい」
「……かっぱ……」


 キララがその河童の顔を見上げると、河童はかもの様な黄色いくちばしで、古びた煙管きせるくわえていた。しかし、煙をたしなむ趣味は無いのか、火はけられておらず、咥えているだけの様子。
 黒い髪はボサボサの乱れザンバラ髪だが、顔立ちは妙に凛々りりしく整っており、声もしぶく良く通る。
 河童特有の緑色の肌や嘴が大幅な減点要素だが、男前である事は確かだろう。
 男前の河童だ。
 おそらくは、この河童が……


「おが、あいつさ斬ったんか……?」
「まぁな。腕にはそれなりに覚えがある。数名がかりとは言え、長い事そこの阿呆あほうの面倒を見てきたものでな」
「阿呆……ヒメの事け? ヒメの事で間違いねぇべな。じゃあお、ヒメの鎮威群チイムの?」
「ああ、その通り。……その阿呆はどう言う訳か、害獣のたぐいを呼び寄せる体質たちでな。そのくせ、当者の腕は三流以下の盆暗ぼんくらときた。赤子の手をひねれるかも怪しい。……自然、周りの者はきたえられていくと言うもの」
「……子分は子分で苦労してんだな……」
「同情してくれるのか。優しい小娘め」


 河童はわしゃわしゃと雑に、しかし痛くはならない様に加減して、キララの頭を撫でる。


「阿呆に巻き込まれて恐い思いをしただろう……まことに申し訳ない。その阿呆、甘やかすと付け上がる故、最近はよく放っているのだが……盆暗のくせに行動力だけはある。すぐに何処どこぞへ消えてしまって、我々は捜索の奔走ほんそうよ……」


 河童の白くにごった重い溜息ためいきが、これまでヒメが積み重ねてきたろくでもない所業しょぎょうの量を物語っている気がした。


「とりあえず、迷惑の補填ほてんだ。そこの妙にデカい怒羅豪矛どらごんはくれてやる。斬った感触、肉は食えたものでは無さそうだが……あの毛皮は良い防寒具になるだろう。町で売れば、きっと大したぜにになるはずだ。柔くて甘っこい饅頭まんじゅうでも買うと良い」
「良いのけ!? 弟や妹が饅頭好きなんだぁ。有り難いなぁ」
「応。弟妹ていまいの面倒を見ているのか。優しい上に偉い小娘ときた。どれ、あめもやろう」


 そう言って、河童は何を思ったか、ボサボサの頭に手を突っ込んで少しまさぐると……一体どこからか、飴玉がいくつか和紙にくるまれたいわゆる【おひねり】を取り出してみせた。


「ぃ、今どこから取り出したんだ……? まさか頭蓋骨こうべん中から……? 遠慮します」
「違う。そんなヤバきモノではない。これをしまっていたのは河童の【皿】だ。小娘からは見えんだろうが、河童はな、頭の天辺に皿が生えておって、それには水をめる機能がそなわっておるのだ。実は水以外のもんもわんさか入るから色々と重宝ちょうほうしておる」
「そうなんけ……びっくりした……ばっちくねぇんだったら有り難くもらうよ! 本当にありがとうなぁ!」
「応」


 満面の笑顔でおひねりを受け取ったキララの頭をもう一度撫で、河童は破顔はがんと共にまたしても溜息。
 おそらく、「ウチの頭目もこれくらい愛嬌あいきょうがあれば良かったのだがなぁ……」とでも思っているのだろう。


「さて、では、仲間が待っている故。そこの阿呆を回収して、拙者はこれにて」
「あ、そうだ、河童様よ。よければあんたらの鎮威群チイムの名前さ教えてくんろ。どっかで名前さ聞いたら応援するけ」
「ほう、それは良い提案だ」


 応援と言うモノは、馬鹿にはできない。
 時に生命とは、ただの言葉ひとつで常軌じょうきいっした底力を発揮する。
 心意気と言うのは、生きる上で、何かをす上で、至極しごく重要なモノなのだ。
 この世のどこぞで可愛らしい小娘が応援してくれている、そう思えば、火事場のクソ力もよりたかぶると言うものだろう。


「我々は【望刃救光楼もうにんぐこうる】――詳しくは知らんが、この阿呆いわく『南蛮なんばん大陸の言葉で【夜明けを告げる者】と言う意味』だそうだ」



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