Duty
chapter 18 第5の審判 -2
2 9月16日 第5の審判
宵崎高校。
男子生徒が廊下の向こうからゆっくり歩いてきた。
どうやら3年1組の生徒のようである。
その足取りは重く、ふらふらと不恰好だ。髪もボサボサで、まるでずっと洗髪していないかのようで、きょろきょろと周りを見回しては何かを警戒している。
もはやその様子は周囲全てに対し『恐怖』を感じていると言ったほうが正しいかもしれない。
ずっと何かに怯えており、ぶつぶつと何かを呟いている。
そのとき、その怯えた男子生徒はとある教室から飛び出してきた女子生徒とぶつかってしまい、ともに転倒してしまった。
瞬間、男子生徒は驚愕し、動揺し、絶望し、眼球はぐらぐらと焦点を掴めなくなり、
「う、うわああああああ、ああっ! ご、ご、ごめんなさいっ! 許してください! お願いします! この通りです!」
と、その女子生徒に向かって土下座して謝り始めた。
女子生徒はその様子を見て困惑し続けているが、男子生徒は顔面を床に叩きつけるように泣きじゃくりながら、ひたすら謝り続けている。
『謝る』とはつまり罪を認識すること。
その額には血も滲み出す。
自らが『罪人』であることを認めること。
そんな学校の廊下での奇妙な異端者を周りの生徒は警戒し、「気持ち悪い」「気味が悪い」とでもいうような目付きで見下し、一定の距離を空ける。
関わり合いたくないとでもいうように。
そのとき急に男子生徒は目を見開いて、天を見上げ、大きな叫びを上げた。
「あああああああああああああああああ!」
この世の終わりとでもいうような叫びを。
「きゃああっ!」
「うわっ! 何やってんだ、こいつ!」
周りの生徒たちは男子生徒から離れていく。
男子生徒は着ていた制服のYシャツを脱ぎ捨て、自分の爪を腹部に勢いづけて刺し込んでいた。
「ぐあああ、いだい……ご、ごめんなざい……ゆ、ゆるじて……くだ、ざ……」
涙と恐怖でぼろぼろになった顔とはかけ離れ、男子生徒の指はまるで
何者かに操られているかのように
そう、それは自らの『罪』という無意識下で
腹部をえぐり裂いていく。
生温い血が男子生徒の腹部からだらだらと垂れ流れていく。
「ああああああ、あああ、あ……あ、あ」
そして男子生徒の長い断末魔は途切れ、その場に倒れこみ、絶命した。
『なんて随分とお気楽で滑稽で無様な人間』
ザー
『罪を背負った人間は裁かれなければならない。それが貴様ら底辺ゴミクズの宿命』
× × × × ×
登校してきた陽太は薄暗い3年1組教室へと足を踏み入れた。
生徒たちは恐怖し、皆怯えている。
自分たちには逃げることさえ許されない。
大きく息を吸い込み、陽太は自らの席へと歩いていく。
すれ違う生徒たちと視線すら合わない。挨拶もない。これが『審判』が生み出した慄然とするスクールカースト。
完全なる秩序。
「陽太!」
陽太は思わず肩が硬直してしまった。その聞き慣れた声の主へと振り返る。
胡桃沢桜が心配そうな面持ちで立っていた。
「陽太、大丈夫? 顔色悪いよ」
「桜……、体調よくなったのか」
「うん。散々休んだからね」
陽太は小さく頷き呟いた。
「よかった」
そのまま俯き、一瞬瞼を閉じた。その一瞬で思考を錯誤させた。そして、桜の顔を見て向かっていった。
「犯人が……わかった、かもしれない」
桜は唖然とした様子で陽太の瞳を捉えた。
「……え?」
しかし陽太の目は惨事を解決させようとしている希望に満ちた目ではなかった。
どこか、答えの先に絶望を見ているかのような。
「かもしれない、ってどういうこと?」
「そのままの意味だ。可能性を繋げていったら『あの女』しか……いなかった」
「あの女……?」
陽太は再び俯いた。
「これが真実なら終わらせることができる。でも……俺は怖い」
桜が陽太の手を見つめたとき、その手は震えていた。
「……」
桜は陽太の手を握り、呟いた。
「絶対大丈夫だよ」
「え?」
「誰を信じられなくてもいい。でも自分を信じて」
桜は陽太を見つめいった。
『キミなら大丈夫』
× × × × ×
御影零は周囲に冷たい眼差しを向けていた。
「何がそんなに楽しいのだろう。学校なんて刑務所と一緒じゃない」
御影零は誰にも聞こえないように呟いた。
下駄箱から靴を取り出し外履きと履き替える。
「刑務所には外履きは必要ないだろ」
御影零ははっとして、声の主のほうへ目をやった。
霧島響哉が相変わらずの嫌味たらしい目つきで御影零を見ていた。
「他人の独り言に屁理屈を持ち込まないで」
「悪いね。でもちょっと用があってね」
「私は貴方に用がないわ」
御影零は霧島の横をそのまま歩き去っていこうとした。
「やっぱり神谷君がいないとキミの態度は素っ気ないね」
「!」
御影零の動揺が背中からも伝わってきた。
「どうして御影さんが神谷君にこだわりを持っていたのかもわかったよ。またどうして〈第4の審判のとき神谷君を助けた〉のかもね」
「……」
御影零は霧島を睨みつけた。
そんな御影零を見てにやっと笑い、霧島は続けていった。
「『審判』を執行している『犯人』の正体を掴むことができたよ」
「? 貴方何を言っているの? 『審判』は充兄さんの恨みが具現化したものよ」
「ちがう」
御影零はたじろいだ。そして持っていた鞄を床に叩きつけた。
「兄さんを否定しないで!」
「御影充さんにはこんなことできない」
霧島は御影零の鞄を拾って、ほこりを払った。
「ついでに『審判』の仕組みも理解したつもりだ。100パーセントの確信とは言い難いが、事態は一刻を争う」
「……」
霧島は鞄を御影零に渡した。
御影零は霧島を睨み続けながらも、鞄を奪い取った。
「僕たちの3年1組に『審判』を引き起こしている犯人は――」
「きゃああああああああああああああああ!」
そのとき廊下の先から生徒の悲鳴が轟いた。
霧島も御影零もその声に驚く。霧島は顔を強張らせいった。
「そんな……まさか」
霧島と御影零は走り出した。
× × × × ×
かつての3年1組A軍だった篠原芽衣はただひたすらに怯えて暮らしていた。
あれは第2の審判のときだった。
自分たちの友人であった山田秋彦が裁かれたとき、苛立ちと怒り、恨み、様々な感情が自分の心の中にぐるぐると巻き起こり、そして最後には恐怖だけが残った。
五十嵐アキラが裁かれたとき、篠原芽衣はひたすらに彼を裁いた東佐紀への憎しみでいっぱいだった。
篠原芽衣は五十嵐アキラのことが好きだったのである。
いや篠原芽衣だけではない。
おそらくだがA軍の女子はみんな五十嵐のことを恋愛感情を抱いていたはずだ。
だからいつか東佐紀を殺してやると本当に心の底から思っていた。
でも日は経つにつれ、憎しみよりも自分のしたことへの〈罪悪感〉で胸がはち切れそうだった。
自分は人を殺してしまったのだ、と。
女子トイレで蛇口の水を出しっ放しにして、篠原芽衣は鏡の中の自分を見つめた。
あんなに可愛くてイケていた自分の姿などもうそこには無かった。
これじゃあ天国の五十嵐にフラれてしまう、とかつては考えたこともないメルヘンな思いが浮かんできた。
篠原芽衣はその場にしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
かすれた泣き声で呟いた。
そのときだった。
ピピピピピピッ
とスマホの着信音が響いた。
篠原芽衣は何も考えずに、スマホを取り、耳へとあてがった。
「もしもし……」
『貴方は罪人・東佐紀に罰を与えた張本人です。貴方は人殺しであリ、罪人です。罪人は裁かれなければなりません。死んで罪を償わなければなりません』
「ひっ!」
小さな悲鳴を漏らし篠原芽衣はスマホを床に落とした。
そのときにスマホのスピーカーボタンを押してしまったのか、トイレ中にその声〈音〉が響き渡った。
『死刑死刑死刑死刑死刑……』
「い、いや……」
篠原芽衣は耳を塞ぎ、
「いやあああああああああああ!」
その場から逃げ出した。
* * * * *
かつての3年1組B軍男子の有沢がとある教室のベランダに立っていた。
彼は第2の審判にて過去の恨みから山田秋彦を裁いた張本人である。
あのときは平森隆寛の告げ口で本当に山田を殺してやりたくなった。
でも今は自分のしたことへの後悔しかなかった。
もしも時間が戻るのならやり直したい。
もしも自分が裁かれて許されるのなら、それでも構わない。
有沢の瞳には生気がなかった。
まるで視界が0になってしまっているかのように、彼は生きた屍となってしまっていた。
彼はベランダから身を乗り出した。
ここから落ちたら、自分は救われるだろうか。
彼の持つスマホのスピーカーから、
『罪人は死ねば救われる。死刑死刑死刑……』
と音が漏れていた。
有沢はにこっと笑った。
「やった……! 俺、救われるんだって」
そして、ベランダから勢いよく飛び出した。
生徒たちが賑やかに過ごしている廊下に篠原芽衣の姿があった。
そのとき、篠原芽衣のまわりの生徒の悲鳴が響いた。
そして、誰もが篠原芽衣から距離をとった。
篠原芽衣の手元には家庭科室で使われているものであろう包丁が握られていた。
そして、ずっと小さな声で呟いていた。
「私は死刑……私は罪人……私は死ななければならない……」
そして、微笑みながら自らの首元に包丁をゆっくりと刺し込み、えぐるように深く深くへと力を込めていった。
「きゃああああああああああああ!」
「うわああああああああああああ!」
血で汚れた空間に絶望の悲鳴がこだましていた。
霧島と御影零がやって来たときは血だらけの生徒が既に死体と化している後だった。
どうやら自分の指で腹部をえぐり続けていたようである。
予想通り3年1組の生徒だった。
周りの生徒たちは悲鳴を上げて泣き叫ぶ者もいれば、スマホを片手に半笑いで撮影している輩もいた。
事態は深刻だった。最悪の状況だった。
スピーカーから聞こえる知らせが霧島たちのもとに届いたわけではない。
だが数えにして、すでに第5の審判が始まってしまったと言っても過言ではなかった。
そうしていると校舎から次々と悲鳴がこだまし始めた。
断続的に聞こえてくるなかに響く3年1組の生徒名簿に載る名前を聞き取れた。
「時間がない……」
霧島がそう呟いたときだった。
「霧島!」
背後から声をかけられた。振り向くと陽太と桜が立っていた。
「霧島君……」
霧島は怯える表情で見つめる桜に一度目をやり頷いた。
「神谷君……準備はできたか?」
「ああ……」
陽太は頷いたが、心なしか悲しそうだった。
「覚悟はできているね?」
霧島が真剣な表情で尋ねた。
「審判を――いや」
陽太は霧島の目を見て力強く告げた。
「審判の犯人……全ての元凶である『御影浪子』を止める」
宵崎高校。
男子生徒が廊下の向こうからゆっくり歩いてきた。
どうやら3年1組の生徒のようである。
その足取りは重く、ふらふらと不恰好だ。髪もボサボサで、まるでずっと洗髪していないかのようで、きょろきょろと周りを見回しては何かを警戒している。
もはやその様子は周囲全てに対し『恐怖』を感じていると言ったほうが正しいかもしれない。
ずっと何かに怯えており、ぶつぶつと何かを呟いている。
そのとき、その怯えた男子生徒はとある教室から飛び出してきた女子生徒とぶつかってしまい、ともに転倒してしまった。
瞬間、男子生徒は驚愕し、動揺し、絶望し、眼球はぐらぐらと焦点を掴めなくなり、
「う、うわああああああ、ああっ! ご、ご、ごめんなさいっ! 許してください! お願いします! この通りです!」
と、その女子生徒に向かって土下座して謝り始めた。
女子生徒はその様子を見て困惑し続けているが、男子生徒は顔面を床に叩きつけるように泣きじゃくりながら、ひたすら謝り続けている。
『謝る』とはつまり罪を認識すること。
その額には血も滲み出す。
自らが『罪人』であることを認めること。
そんな学校の廊下での奇妙な異端者を周りの生徒は警戒し、「気持ち悪い」「気味が悪い」とでもいうような目付きで見下し、一定の距離を空ける。
関わり合いたくないとでもいうように。
そのとき急に男子生徒は目を見開いて、天を見上げ、大きな叫びを上げた。
「あああああああああああああああああ!」
この世の終わりとでもいうような叫びを。
「きゃああっ!」
「うわっ! 何やってんだ、こいつ!」
周りの生徒たちは男子生徒から離れていく。
男子生徒は着ていた制服のYシャツを脱ぎ捨て、自分の爪を腹部に勢いづけて刺し込んでいた。
「ぐあああ、いだい……ご、ごめんなざい……ゆ、ゆるじて……くだ、ざ……」
涙と恐怖でぼろぼろになった顔とはかけ離れ、男子生徒の指はまるで
何者かに操られているかのように
そう、それは自らの『罪』という無意識下で
腹部をえぐり裂いていく。
生温い血が男子生徒の腹部からだらだらと垂れ流れていく。
「ああああああ、あああ、あ……あ、あ」
そして男子生徒の長い断末魔は途切れ、その場に倒れこみ、絶命した。
『なんて随分とお気楽で滑稽で無様な人間』
ザー
『罪を背負った人間は裁かれなければならない。それが貴様ら底辺ゴミクズの宿命』
× × × × ×
登校してきた陽太は薄暗い3年1組教室へと足を踏み入れた。
生徒たちは恐怖し、皆怯えている。
自分たちには逃げることさえ許されない。
大きく息を吸い込み、陽太は自らの席へと歩いていく。
すれ違う生徒たちと視線すら合わない。挨拶もない。これが『審判』が生み出した慄然とするスクールカースト。
完全なる秩序。
「陽太!」
陽太は思わず肩が硬直してしまった。その聞き慣れた声の主へと振り返る。
胡桃沢桜が心配そうな面持ちで立っていた。
「陽太、大丈夫? 顔色悪いよ」
「桜……、体調よくなったのか」
「うん。散々休んだからね」
陽太は小さく頷き呟いた。
「よかった」
そのまま俯き、一瞬瞼を閉じた。その一瞬で思考を錯誤させた。そして、桜の顔を見て向かっていった。
「犯人が……わかった、かもしれない」
桜は唖然とした様子で陽太の瞳を捉えた。
「……え?」
しかし陽太の目は惨事を解決させようとしている希望に満ちた目ではなかった。
どこか、答えの先に絶望を見ているかのような。
「かもしれない、ってどういうこと?」
「そのままの意味だ。可能性を繋げていったら『あの女』しか……いなかった」
「あの女……?」
陽太は再び俯いた。
「これが真実なら終わらせることができる。でも……俺は怖い」
桜が陽太の手を見つめたとき、その手は震えていた。
「……」
桜は陽太の手を握り、呟いた。
「絶対大丈夫だよ」
「え?」
「誰を信じられなくてもいい。でも自分を信じて」
桜は陽太を見つめいった。
『キミなら大丈夫』
× × × × ×
御影零は周囲に冷たい眼差しを向けていた。
「何がそんなに楽しいのだろう。学校なんて刑務所と一緒じゃない」
御影零は誰にも聞こえないように呟いた。
下駄箱から靴を取り出し外履きと履き替える。
「刑務所には外履きは必要ないだろ」
御影零ははっとして、声の主のほうへ目をやった。
霧島響哉が相変わらずの嫌味たらしい目つきで御影零を見ていた。
「他人の独り言に屁理屈を持ち込まないで」
「悪いね。でもちょっと用があってね」
「私は貴方に用がないわ」
御影零は霧島の横をそのまま歩き去っていこうとした。
「やっぱり神谷君がいないとキミの態度は素っ気ないね」
「!」
御影零の動揺が背中からも伝わってきた。
「どうして御影さんが神谷君にこだわりを持っていたのかもわかったよ。またどうして〈第4の審判のとき神谷君を助けた〉のかもね」
「……」
御影零は霧島を睨みつけた。
そんな御影零を見てにやっと笑い、霧島は続けていった。
「『審判』を執行している『犯人』の正体を掴むことができたよ」
「? 貴方何を言っているの? 『審判』は充兄さんの恨みが具現化したものよ」
「ちがう」
御影零はたじろいだ。そして持っていた鞄を床に叩きつけた。
「兄さんを否定しないで!」
「御影充さんにはこんなことできない」
霧島は御影零の鞄を拾って、ほこりを払った。
「ついでに『審判』の仕組みも理解したつもりだ。100パーセントの確信とは言い難いが、事態は一刻を争う」
「……」
霧島は鞄を御影零に渡した。
御影零は霧島を睨み続けながらも、鞄を奪い取った。
「僕たちの3年1組に『審判』を引き起こしている犯人は――」
「きゃああああああああああああああああ!」
そのとき廊下の先から生徒の悲鳴が轟いた。
霧島も御影零もその声に驚く。霧島は顔を強張らせいった。
「そんな……まさか」
霧島と御影零は走り出した。
× × × × ×
かつての3年1組A軍だった篠原芽衣はただひたすらに怯えて暮らしていた。
あれは第2の審判のときだった。
自分たちの友人であった山田秋彦が裁かれたとき、苛立ちと怒り、恨み、様々な感情が自分の心の中にぐるぐると巻き起こり、そして最後には恐怖だけが残った。
五十嵐アキラが裁かれたとき、篠原芽衣はひたすらに彼を裁いた東佐紀への憎しみでいっぱいだった。
篠原芽衣は五十嵐アキラのことが好きだったのである。
いや篠原芽衣だけではない。
おそらくだがA軍の女子はみんな五十嵐のことを恋愛感情を抱いていたはずだ。
だからいつか東佐紀を殺してやると本当に心の底から思っていた。
でも日は経つにつれ、憎しみよりも自分のしたことへの〈罪悪感〉で胸がはち切れそうだった。
自分は人を殺してしまったのだ、と。
女子トイレで蛇口の水を出しっ放しにして、篠原芽衣は鏡の中の自分を見つめた。
あんなに可愛くてイケていた自分の姿などもうそこには無かった。
これじゃあ天国の五十嵐にフラれてしまう、とかつては考えたこともないメルヘンな思いが浮かんできた。
篠原芽衣はその場にしゃがみ込んだ。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」
かすれた泣き声で呟いた。
そのときだった。
ピピピピピピッ
とスマホの着信音が響いた。
篠原芽衣は何も考えずに、スマホを取り、耳へとあてがった。
「もしもし……」
『貴方は罪人・東佐紀に罰を与えた張本人です。貴方は人殺しであリ、罪人です。罪人は裁かれなければなりません。死んで罪を償わなければなりません』
「ひっ!」
小さな悲鳴を漏らし篠原芽衣はスマホを床に落とした。
そのときにスマホのスピーカーボタンを押してしまったのか、トイレ中にその声〈音〉が響き渡った。
『死刑死刑死刑死刑死刑……』
「い、いや……」
篠原芽衣は耳を塞ぎ、
「いやあああああああああああ!」
その場から逃げ出した。
* * * * *
かつての3年1組B軍男子の有沢がとある教室のベランダに立っていた。
彼は第2の審判にて過去の恨みから山田秋彦を裁いた張本人である。
あのときは平森隆寛の告げ口で本当に山田を殺してやりたくなった。
でも今は自分のしたことへの後悔しかなかった。
もしも時間が戻るのならやり直したい。
もしも自分が裁かれて許されるのなら、それでも構わない。
有沢の瞳には生気がなかった。
まるで視界が0になってしまっているかのように、彼は生きた屍となってしまっていた。
彼はベランダから身を乗り出した。
ここから落ちたら、自分は救われるだろうか。
彼の持つスマホのスピーカーから、
『罪人は死ねば救われる。死刑死刑死刑……』
と音が漏れていた。
有沢はにこっと笑った。
「やった……! 俺、救われるんだって」
そして、ベランダから勢いよく飛び出した。
生徒たちが賑やかに過ごしている廊下に篠原芽衣の姿があった。
そのとき、篠原芽衣のまわりの生徒の悲鳴が響いた。
そして、誰もが篠原芽衣から距離をとった。
篠原芽衣の手元には家庭科室で使われているものであろう包丁が握られていた。
そして、ずっと小さな声で呟いていた。
「私は死刑……私は罪人……私は死ななければならない……」
そして、微笑みながら自らの首元に包丁をゆっくりと刺し込み、えぐるように深く深くへと力を込めていった。
「きゃああああああああああああ!」
「うわああああああああああああ!」
血で汚れた空間に絶望の悲鳴がこだましていた。
霧島と御影零がやって来たときは血だらけの生徒が既に死体と化している後だった。
どうやら自分の指で腹部をえぐり続けていたようである。
予想通り3年1組の生徒だった。
周りの生徒たちは悲鳴を上げて泣き叫ぶ者もいれば、スマホを片手に半笑いで撮影している輩もいた。
事態は深刻だった。最悪の状況だった。
スピーカーから聞こえる知らせが霧島たちのもとに届いたわけではない。
だが数えにして、すでに第5の審判が始まってしまったと言っても過言ではなかった。
そうしていると校舎から次々と悲鳴がこだまし始めた。
断続的に聞こえてくるなかに響く3年1組の生徒名簿に載る名前を聞き取れた。
「時間がない……」
霧島がそう呟いたときだった。
「霧島!」
背後から声をかけられた。振り向くと陽太と桜が立っていた。
「霧島君……」
霧島は怯える表情で見つめる桜に一度目をやり頷いた。
「神谷君……準備はできたか?」
「ああ……」
陽太は頷いたが、心なしか悲しそうだった。
「覚悟はできているね?」
霧島が真剣な表情で尋ねた。
「審判を――いや」
陽太は霧島の目を見て力強く告げた。
「審判の犯人……全ての元凶である『御影浪子』を止める」
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