Duty
chapter 17 転生 -4
4 9月13日 お見舞い
霧島はどんよりとした空模様を見上げた。
朝のニュースでは傘はいらないと予報されていたが、このままではいつか降り始めるだろうと予感していた。
そのまま右手で抱えた紙袋を持って朝倉医院の中へと足を進めた。
患者の健康状態を気遣った温度設定になっているはずの院内であったが、どこかしらひんやりとした空気になっていると霧島は感じた。
もう一度自身の持つ紙袋のなかへと視線をやった。
中には缶ビールがいくつか入っている。
もちろん彼女へのお見舞い品だ。
しかし今の状態だと飲むことはできないだろうと霧島は思った。
何人かの点滴をしながら歩く入院患者や看護師とすれ違いながらも、霧島はとある病室の前へと到着した。
『乙黒リツカ』というネームプレートを確認すると中へと入った。
「こんにちは。乙黒さん」
ベッドに横になる乙黒を見つめ声をかけたが、返答はなかった。
夏季休暇のとき、突然陽太に襲われた乙黒は今も尚、謎の意識障害で入院している状態である。
目覚めている時間よりも、眠っている時間のほうが長い。
医者でも原因は不明といっていた。
この状態がいつまで続いてしまうのか。
霧島は素直に乙黒の容態が心配になっていた。
そして、さらに気に掛かることもあった。
それは、『神谷陽太』の存在である。
陽太は何故あのとき乙黒を襲ったのか。
また、何故襲われた乙黒はこのような状態に陥ってしまったのか。
『御影家に関する詳細』を乙黒が口にしたときから陽太の様子はおかしかった。
いやそれだけではない。
もっと前からだ。
もっと前から陽太は突然意識がなくなる症状があったではないか。
霧島は当初は気には掛けてはいなかった。
そういう病気や、また日ごろのストレス過多からそうなってもおかしくはないと思っていたから。
しかし、乙黒を襲うまでの行為はおかしい。
もしや、彼の異変は……。
霧島は頭を振り、紙袋をどさっと乙黒のベッドの上に置いた。
「乙黒さんの大好きなビールです。しっかり起きて、飲みたきゃ飲んでください」
静かに目を瞑っている乙黒をしばらく見つめたあと、霧島は、
「必ず助けます」
と呟いた。
そうして去っていこうとしたときだった。
ぴくん、と乙黒の手が動いた。
そして、
「お、……もい……」
と小さな声が漏れた。
霧島は思わず立ち止まり乙黒に駆け寄った。
「乙黒さん!?」
「……んだよ……うる、せーなー……」
「乙黒さんしっかりしてください! 大丈夫なんですか!」
「……あれ? 霧島か? なんだよ……どうしてこんなとこにいんだよ」
霧島は紙袋を持ち上げて、再び乙黒の上へとたたきつけた。
「ふぐおっ!」
乙黒は口を開け固まった。
「よかったです」
霧島は乙黒から視線を逸らして呟いた。
「……あー。そうか……私は」
その瞬間、乙黒は目を見開き霧島へとやった。
「霧島お前、審判はどうなった!」
「まだ解決できていません。また……クラスメイトが一人亡くなりました」
乙黒は目を閉じて悔しそうに小さく舌打ちをした。
「御影零……やはり彼女が何かをしっている可能性が高いですが協力してくれる雰囲気はないです。でもそれ以上に気になることがあって……」
「私もだ。おそらくだがお前が気になっていることと同じだと思う」
霧島と乙黒は目を合わせて頷いた。
共有している気がかり。
『神谷陽太』という存在。
「だがお前はその気がかりにメスを入れることは難しい。そうだろ?」
見透かしているかのように乙黒はいった。
「どうしてですか? 『審判』に勝つためなら僕は打てる手は何でも打ちます」
「いやできない。わかるよ私には。お前は『神谷陽太』を信じているからね」
「……」
「それに……」
乙黒は視線を下ろして窓の外へと目をやったあと、一度ため息をついて、再び霧島を見つめた。
「『神谷陽太』自身が『神谷陽太』の全てを知っているとは限らない」
「何を言っているんですか?」
「例えば、霧島。お前は自分がいったい何者だと聞かれたとき、なんと答える?」
「……はい?」
「霧島響哉という精神プログラムを持った一個体の人間。だが、そこに別の精神プログラムが入る隙があるとしたら」
「……? すみません。話が入ってきません。貴方はいったい何を」
そのとき、乙黒の息が荒げだした。
「乙黒さん? どうしたんですか? 乙黒さん!」
はあ、はあ、と呼吸が乱れ、瞼が静かに閉じ始める。
「ダメだ……眠い……やっぱり邪魔しやがる」
「しっかりしてください! いったい何を言いたいんですか!」
乙黒は震える手で棚から鍵を取り出した。それを霧島へと向けた。
「私の……探偵事務所の……本棚……3列目、下から4段、右から5冊目……」
「え……?」
「おそらくもう始まっている……止めてくれ……じゃないと『あの女』は……」
「乙黒さん? 乙黒さん! 乙黒さん!」
そのまま乙黒は気絶するように深い睡眠という奈落へと沈んでいった。
霧島はどんよりとした空模様を見上げた。
朝のニュースでは傘はいらないと予報されていたが、このままではいつか降り始めるだろうと予感していた。
そのまま右手で抱えた紙袋を持って朝倉医院の中へと足を進めた。
患者の健康状態を気遣った温度設定になっているはずの院内であったが、どこかしらひんやりとした空気になっていると霧島は感じた。
もう一度自身の持つ紙袋のなかへと視線をやった。
中には缶ビールがいくつか入っている。
もちろん彼女へのお見舞い品だ。
しかし今の状態だと飲むことはできないだろうと霧島は思った。
何人かの点滴をしながら歩く入院患者や看護師とすれ違いながらも、霧島はとある病室の前へと到着した。
『乙黒リツカ』というネームプレートを確認すると中へと入った。
「こんにちは。乙黒さん」
ベッドに横になる乙黒を見つめ声をかけたが、返答はなかった。
夏季休暇のとき、突然陽太に襲われた乙黒は今も尚、謎の意識障害で入院している状態である。
目覚めている時間よりも、眠っている時間のほうが長い。
医者でも原因は不明といっていた。
この状態がいつまで続いてしまうのか。
霧島は素直に乙黒の容態が心配になっていた。
そして、さらに気に掛かることもあった。
それは、『神谷陽太』の存在である。
陽太は何故あのとき乙黒を襲ったのか。
また、何故襲われた乙黒はこのような状態に陥ってしまったのか。
『御影家に関する詳細』を乙黒が口にしたときから陽太の様子はおかしかった。
いやそれだけではない。
もっと前からだ。
もっと前から陽太は突然意識がなくなる症状があったではないか。
霧島は当初は気には掛けてはいなかった。
そういう病気や、また日ごろのストレス過多からそうなってもおかしくはないと思っていたから。
しかし、乙黒を襲うまでの行為はおかしい。
もしや、彼の異変は……。
霧島は頭を振り、紙袋をどさっと乙黒のベッドの上に置いた。
「乙黒さんの大好きなビールです。しっかり起きて、飲みたきゃ飲んでください」
静かに目を瞑っている乙黒をしばらく見つめたあと、霧島は、
「必ず助けます」
と呟いた。
そうして去っていこうとしたときだった。
ぴくん、と乙黒の手が動いた。
そして、
「お、……もい……」
と小さな声が漏れた。
霧島は思わず立ち止まり乙黒に駆け寄った。
「乙黒さん!?」
「……んだよ……うる、せーなー……」
「乙黒さんしっかりしてください! 大丈夫なんですか!」
「……あれ? 霧島か? なんだよ……どうしてこんなとこにいんだよ」
霧島は紙袋を持ち上げて、再び乙黒の上へとたたきつけた。
「ふぐおっ!」
乙黒は口を開け固まった。
「よかったです」
霧島は乙黒から視線を逸らして呟いた。
「……あー。そうか……私は」
その瞬間、乙黒は目を見開き霧島へとやった。
「霧島お前、審判はどうなった!」
「まだ解決できていません。また……クラスメイトが一人亡くなりました」
乙黒は目を閉じて悔しそうに小さく舌打ちをした。
「御影零……やはり彼女が何かをしっている可能性が高いですが協力してくれる雰囲気はないです。でもそれ以上に気になることがあって……」
「私もだ。おそらくだがお前が気になっていることと同じだと思う」
霧島と乙黒は目を合わせて頷いた。
共有している気がかり。
『神谷陽太』という存在。
「だがお前はその気がかりにメスを入れることは難しい。そうだろ?」
見透かしているかのように乙黒はいった。
「どうしてですか? 『審判』に勝つためなら僕は打てる手は何でも打ちます」
「いやできない。わかるよ私には。お前は『神谷陽太』を信じているからね」
「……」
「それに……」
乙黒は視線を下ろして窓の外へと目をやったあと、一度ため息をついて、再び霧島を見つめた。
「『神谷陽太』自身が『神谷陽太』の全てを知っているとは限らない」
「何を言っているんですか?」
「例えば、霧島。お前は自分がいったい何者だと聞かれたとき、なんと答える?」
「……はい?」
「霧島響哉という精神プログラムを持った一個体の人間。だが、そこに別の精神プログラムが入る隙があるとしたら」
「……? すみません。話が入ってきません。貴方はいったい何を」
そのとき、乙黒の息が荒げだした。
「乙黒さん? どうしたんですか? 乙黒さん!」
はあ、はあ、と呼吸が乱れ、瞼が静かに閉じ始める。
「ダメだ……眠い……やっぱり邪魔しやがる」
「しっかりしてください! いったい何を言いたいんですか!」
乙黒は震える手で棚から鍵を取り出した。それを霧島へと向けた。
「私の……探偵事務所の……本棚……3列目、下から4段、右から5冊目……」
「え……?」
「おそらくもう始まっている……止めてくれ……じゃないと『あの女』は……」
「乙黒さん? 乙黒さん! 乙黒さん!」
そのまま乙黒は気絶するように深い睡眠という奈落へと沈んでいった。
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