Duty
chapter 12 輪郭 -1
1 7月8日 乙黒探偵事務所
陽太、霧島、桜の3人は宵崎高校をあとにして、そのままの足で駅へと向かった。
霧島が依頼していた探偵は、2つ駅を上った先に事務所を構えているということだった。
窓から揺れる景色を眺めながら、陽太は今後の自分たちのクラス、3年1組のことを考えていた。
正直な話、原因がどうとか、元凶となった生徒がいるのではとか、そんな話はどうでもいいというのが陽太の率直な意見であった。
何よりもまず、もう誰も死ぬところなんて見たくないというのが本心なのだった。
そのためには元凶の究明が自分たちにできることだ、という霧島の意見も最もなのだが。
原因となる自殺した生徒がいて、その生徒の恨みが『審判』として具現化し、3年1組で起こっているというのが霧島の推理なのだが、陽太にはどうにも信じることができずにいた。
もう誰にも死んで欲しくはない、またもしも桜が標的になってしまうことなんてあれば。と、陽太はひたすらに恐怖しているのであった。
「元気が無いじゃないか神谷君」
霧島がニタリと頬を上げ、陽太の様子を窺ってきた。
「上機嫌だったらおかしいだろ」
そんな霧島を横目で覗きながら、陽太は答えた。
「いや僕はそうは思わないね。キミは犯人を追い詰め、徐々に首を締め上げていく感覚というものの素晴らしさを知らないらしい」
「凡人の俺にはさっぱりだね」
「パンピーの私にもさっぱりだよ」
陽太と桜は溜息をつきながら、腕を払った。
「おやおやサイコパスは僕だけのようだね」
霧島は足を組み直した。
「ホラー映画か何かだったら、原因となる霊の供養をすれば呪いは解消されるケースが多いよね」
そういうホラー映画だったら、どれだけ刺激的なエンターテインメントであっただろうか。
「供養しても実は全く関係なかった、までがテンプレのパターンだと思うんだが」
「……さあ。どうだろうね、そこは今の僕たちにはわからないエンディングの話になるんだろうね」
「……」
「供養の仕方が間違っていたら、僕たちも勿論3年1組も、みんな死んでしまうんだろうね」
笑みを浮かべ、霧島はそう言った。
* * * * *
乙黒探偵事務所。
目の前のオンボロ建物には小さくそう書かれた看板を引っさげてある。
駅に着き、5分ほど歩いた先にその建物はあった。ぼろくて小さな建物の2階にあるらしい。
「ここかよ?」
陽太は言った
「そう……みたいだね」
霧島がすかさず返した。
「霧島君……間違えてない?」
桜は言った。
「そう……だったらいいのにね」
霧島はすかさず返した。
霧島はスマホを取り出し、約束の探偵事務所の場所を照らし合わせてみた。
「うん。ここだ」
「随分と頼りになりそうな事務所だな」
溜息混じりに陽太は呟いた。
「まあでも自殺した生徒の情報を見つけてくれたんだ。それだけの実力があるのは確かだよ」
頭を掻き、不信感漂う空気を振り払うように、霧島を筆頭として陽太と桜はその探偵住まうオンボロ事務所へと階段を上って行くのであった。
「すいませーん。依頼をしていた霧島という者ですがー」
キーっと擦れる音の鳴るドアを開けると様々な雑誌や小説などが散乱してある暗い部屋が広がった。薄汚く奥のほうは何があるのかも見えないほどに散らかっている。
「留守じゃねえのか?」
陽太が呟いた。
「そんなはずは……約束してたわけだし」
床を眺めて足の踏み場を探してみる。
「すいませーん。中に入りますよー。いいですかー?」
バンッ!
という音が突然、ゴミ屋敷の事務所内に響き渡った。
「なんだ!」
奥の机の下から手が這い出てきてコップを持ち、机に叩きつけていた。
「いーるーよー」
と続いて女性の声が聞こえてきた。
その声が聞こえたと同時に机の下から大あくびをしながら、気だるそうに20代前半から半ばほどに見える女性が立ち上がった。
アホ毛が散らばる髪を後ろで結び、ファッションセンスなど皆無であろう服装をしている。
ジャージ姿である。
「ったくよー、人が折角気持ちよく寝てたってのに。最近の高校生はタイミングも計れないのかよー」
そう言いながら、その女性は陽太たちを先導する霧島の前までノロノロと歩いてきた。
「依頼していた霧島ですが。昼寝中でしたか、すみません。そんなに暇な職業などとは思っても見ませんでした」
霧島はにやりと笑い挑発的な眼差しを女性に向けた。
「言いやがるな、ガキが」
女性は床に散らばる雑誌を重ねて椅子を作り出し、陽太たちをそこへと座るように勧めた。
「ほら座りな」
「あ、ああ……どうも」
「コーヒー、紅茶、お茶、スポドリ。どれ?」
「え……? えーっと……」
「コーヒーで」
霧島が颯爽と答えた。
「あ、私はお茶で」
「俺もお茶で」
続くように陽太と桜も答える。
小さな冷蔵庫を開け、頭をぽりぽりと掻きながら女性は言った。
「あ。わりい、スポドリしかねえわ。アタシ、昨日全部飲んだんだった」
冷めた目を女性に向け、陽太たちは部屋を見渡すように座っていた。
目の前の小さなテーブルに紙コップが置かれ、スポーツドリンクが注がれていく。
「あ、どーも」
そのまま、その女性はポケットから紙を出し、陽太たちの前に並べた。
乙黒リツカ。
その名刺にはそう書かれていた。
「どーも。この事務所で探偵やってまーす。乙黒リツカでーす。依頼何でも引き受けまーす。24歳でーす。独身でーす。心霊関係の仕事なら尚更引き受けまーす。ごひいきにしてくださーい」
呆気に取られたように名刺を持ち、陽太たちは目の前で作業的に告げられた自己紹介を眺めていた。
「えっと……じょ、女性だったんですね」
陽太が半笑いで尋ねた。
「おっさんに見える?」
キッとした睨みをきかして、乙黒と名乗った女性は答えた。
「い、いえ。あ、で、でも元刑事さんなんですよね。24歳ってだいぶ若い――」
「ああん? 24歳じゃなかったらなんか悪いの? 問題あるの? 逮捕されんの? 法律違反してんの? 探偵してちゃ駄目なの?」
「い、いえ。……えっと、す、すみません」
陽太は慌てて目を逸らし謝った。
その横で霧島は陽太に聞こえるように小さな声で言った。
「自称らしいよ。前は22歳。その前は19歳だったらしい」
「……へ、へえ」
霧島がポケットに名刺をしまい、それから陽太たちが全員それぞれ自己紹介をした。
乙黒は聞いているのかいないのか、興味無さげに相槌をしていた。
「さて。乙黒さん。早速なんですが」
「ああ」
乙黒が乱雑された中から、ファイルを引っ張り出した。
「10年前に宵崎高校で自殺した生徒の情報だろ。もっと手応えのある仕事が欲しかったね。ほらこれだよ」
机を挟んで陽太たちの向かいに座り、乙黒はファイルを向けてきた。
「ありがとうございます。助かりました」
霧島がファイルを受け取ろうとしたとき、乙黒はファイルを引き戻した。
「おっと。ちょっと待った」
「!」
陽太たちは驚き、目を丸くする。
「こんな昔の、さらに特に事件性も無い自殺した生徒の情報の詮索なんて。今時の高校生の流行りとは思えないね」
乙黒は頬を若干釣り上げて、陽太たちを見た。
「何が目的なんだい? お前ら」
「……教える義務は無いはずです」
「ふーん」
乙黒は懐から封筒を取り出し、机の上に置いた。
「んじゃこれ返すわ」
封筒の中身は依頼金であった。
「な――」
霧島から珍しく驚嘆の息が漏れた。
「これでアタシとお前らとの間に探偵と依頼主って関係性は無い。つまり、これを渡すアタシの義務も無い」
「ふざけないでください。乙黒さん」
「興味あるんだよねー。なんかお前らから禍々しい匂いがぷんぷんするよ」
「……はい?」
「アタシの脳みそが冴え渡るんだよ。ヤバイ匂いに反応して、血流が燃え上がるような感覚。……資料を渡すのは交換条件だ」
「……変態かよ」
陽太も思いはしたが、霧島はそう声に出して呟いた。
興奮しているのか、乙黒は一段と声色高く投げかけてきた。
「何故、この生徒の情報が欲しいのかを話しな」
陽太、霧島、桜の3人は宵崎高校をあとにして、そのままの足で駅へと向かった。
霧島が依頼していた探偵は、2つ駅を上った先に事務所を構えているということだった。
窓から揺れる景色を眺めながら、陽太は今後の自分たちのクラス、3年1組のことを考えていた。
正直な話、原因がどうとか、元凶となった生徒がいるのではとか、そんな話はどうでもいいというのが陽太の率直な意見であった。
何よりもまず、もう誰も死ぬところなんて見たくないというのが本心なのだった。
そのためには元凶の究明が自分たちにできることだ、という霧島の意見も最もなのだが。
原因となる自殺した生徒がいて、その生徒の恨みが『審判』として具現化し、3年1組で起こっているというのが霧島の推理なのだが、陽太にはどうにも信じることができずにいた。
もう誰にも死んで欲しくはない、またもしも桜が標的になってしまうことなんてあれば。と、陽太はひたすらに恐怖しているのであった。
「元気が無いじゃないか神谷君」
霧島がニタリと頬を上げ、陽太の様子を窺ってきた。
「上機嫌だったらおかしいだろ」
そんな霧島を横目で覗きながら、陽太は答えた。
「いや僕はそうは思わないね。キミは犯人を追い詰め、徐々に首を締め上げていく感覚というものの素晴らしさを知らないらしい」
「凡人の俺にはさっぱりだね」
「パンピーの私にもさっぱりだよ」
陽太と桜は溜息をつきながら、腕を払った。
「おやおやサイコパスは僕だけのようだね」
霧島は足を組み直した。
「ホラー映画か何かだったら、原因となる霊の供養をすれば呪いは解消されるケースが多いよね」
そういうホラー映画だったら、どれだけ刺激的なエンターテインメントであっただろうか。
「供養しても実は全く関係なかった、までがテンプレのパターンだと思うんだが」
「……さあ。どうだろうね、そこは今の僕たちにはわからないエンディングの話になるんだろうね」
「……」
「供養の仕方が間違っていたら、僕たちも勿論3年1組も、みんな死んでしまうんだろうね」
笑みを浮かべ、霧島はそう言った。
* * * * *
乙黒探偵事務所。
目の前のオンボロ建物には小さくそう書かれた看板を引っさげてある。
駅に着き、5分ほど歩いた先にその建物はあった。ぼろくて小さな建物の2階にあるらしい。
「ここかよ?」
陽太は言った
「そう……みたいだね」
霧島がすかさず返した。
「霧島君……間違えてない?」
桜は言った。
「そう……だったらいいのにね」
霧島はすかさず返した。
霧島はスマホを取り出し、約束の探偵事務所の場所を照らし合わせてみた。
「うん。ここだ」
「随分と頼りになりそうな事務所だな」
溜息混じりに陽太は呟いた。
「まあでも自殺した生徒の情報を見つけてくれたんだ。それだけの実力があるのは確かだよ」
頭を掻き、不信感漂う空気を振り払うように、霧島を筆頭として陽太と桜はその探偵住まうオンボロ事務所へと階段を上って行くのであった。
「すいませーん。依頼をしていた霧島という者ですがー」
キーっと擦れる音の鳴るドアを開けると様々な雑誌や小説などが散乱してある暗い部屋が広がった。薄汚く奥のほうは何があるのかも見えないほどに散らかっている。
「留守じゃねえのか?」
陽太が呟いた。
「そんなはずは……約束してたわけだし」
床を眺めて足の踏み場を探してみる。
「すいませーん。中に入りますよー。いいですかー?」
バンッ!
という音が突然、ゴミ屋敷の事務所内に響き渡った。
「なんだ!」
奥の机の下から手が這い出てきてコップを持ち、机に叩きつけていた。
「いーるーよー」
と続いて女性の声が聞こえてきた。
その声が聞こえたと同時に机の下から大あくびをしながら、気だるそうに20代前半から半ばほどに見える女性が立ち上がった。
アホ毛が散らばる髪を後ろで結び、ファッションセンスなど皆無であろう服装をしている。
ジャージ姿である。
「ったくよー、人が折角気持ちよく寝てたってのに。最近の高校生はタイミングも計れないのかよー」
そう言いながら、その女性は陽太たちを先導する霧島の前までノロノロと歩いてきた。
「依頼していた霧島ですが。昼寝中でしたか、すみません。そんなに暇な職業などとは思っても見ませんでした」
霧島はにやりと笑い挑発的な眼差しを女性に向けた。
「言いやがるな、ガキが」
女性は床に散らばる雑誌を重ねて椅子を作り出し、陽太たちをそこへと座るように勧めた。
「ほら座りな」
「あ、ああ……どうも」
「コーヒー、紅茶、お茶、スポドリ。どれ?」
「え……? えーっと……」
「コーヒーで」
霧島が颯爽と答えた。
「あ、私はお茶で」
「俺もお茶で」
続くように陽太と桜も答える。
小さな冷蔵庫を開け、頭をぽりぽりと掻きながら女性は言った。
「あ。わりい、スポドリしかねえわ。アタシ、昨日全部飲んだんだった」
冷めた目を女性に向け、陽太たちは部屋を見渡すように座っていた。
目の前の小さなテーブルに紙コップが置かれ、スポーツドリンクが注がれていく。
「あ、どーも」
そのまま、その女性はポケットから紙を出し、陽太たちの前に並べた。
乙黒リツカ。
その名刺にはそう書かれていた。
「どーも。この事務所で探偵やってまーす。乙黒リツカでーす。依頼何でも引き受けまーす。24歳でーす。独身でーす。心霊関係の仕事なら尚更引き受けまーす。ごひいきにしてくださーい」
呆気に取られたように名刺を持ち、陽太たちは目の前で作業的に告げられた自己紹介を眺めていた。
「えっと……じょ、女性だったんですね」
陽太が半笑いで尋ねた。
「おっさんに見える?」
キッとした睨みをきかして、乙黒と名乗った女性は答えた。
「い、いえ。あ、で、でも元刑事さんなんですよね。24歳ってだいぶ若い――」
「ああん? 24歳じゃなかったらなんか悪いの? 問題あるの? 逮捕されんの? 法律違反してんの? 探偵してちゃ駄目なの?」
「い、いえ。……えっと、す、すみません」
陽太は慌てて目を逸らし謝った。
その横で霧島は陽太に聞こえるように小さな声で言った。
「自称らしいよ。前は22歳。その前は19歳だったらしい」
「……へ、へえ」
霧島がポケットに名刺をしまい、それから陽太たちが全員それぞれ自己紹介をした。
乙黒は聞いているのかいないのか、興味無さげに相槌をしていた。
「さて。乙黒さん。早速なんですが」
「ああ」
乙黒が乱雑された中から、ファイルを引っ張り出した。
「10年前に宵崎高校で自殺した生徒の情報だろ。もっと手応えのある仕事が欲しかったね。ほらこれだよ」
机を挟んで陽太たちの向かいに座り、乙黒はファイルを向けてきた。
「ありがとうございます。助かりました」
霧島がファイルを受け取ろうとしたとき、乙黒はファイルを引き戻した。
「おっと。ちょっと待った」
「!」
陽太たちは驚き、目を丸くする。
「こんな昔の、さらに特に事件性も無い自殺した生徒の情報の詮索なんて。今時の高校生の流行りとは思えないね」
乙黒は頬を若干釣り上げて、陽太たちを見た。
「何が目的なんだい? お前ら」
「……教える義務は無いはずです」
「ふーん」
乙黒は懐から封筒を取り出し、机の上に置いた。
「んじゃこれ返すわ」
封筒の中身は依頼金であった。
「な――」
霧島から珍しく驚嘆の息が漏れた。
「これでアタシとお前らとの間に探偵と依頼主って関係性は無い。つまり、これを渡すアタシの義務も無い」
「ふざけないでください。乙黒さん」
「興味あるんだよねー。なんかお前らから禍々しい匂いがぷんぷんするよ」
「……はい?」
「アタシの脳みそが冴え渡るんだよ。ヤバイ匂いに反応して、血流が燃え上がるような感覚。……資料を渡すのは交換条件だ」
「……変態かよ」
陽太も思いはしたが、霧島はそう声に出して呟いた。
興奮しているのか、乙黒は一段と声色高く投げかけてきた。
「何故、この生徒の情報が欲しいのかを話しな」
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