究極の捕食者 ~チート融合スキルで世界最強~

神庭圭

第16話 倒すべき敵は

「イデア……」

 その名を口にしてみた。どこかで聞いた覚えがあるのだが、どこだろうか。ああ、そう言えば、ローグランドってあれだよ! 王族のファミリーネームじゃなかったっけ?
 じゃあこの娘が王族? 改めて、木の上から飛び降りてきた彼女を観察してみる。
 鎧は軽装だがえらく豪華だ。無骨なブーツだが腕は剥き出しで、活発なスポーツ少女を思わせる。だが顔の雰囲気は王族を思わせる高貴なものがある。艶めかしい漆黒の髪は僅かな太陽の光を独り占めしているかのように神々しく美しく輝いている。顔は幼さが残るものの、信じられないくらいに美人だ。
 そして、印象的なのはこれら全ての美点を台無しにする馬鹿っぽいドヤ顔。この子はなにを勝ち誇っているんだろうか。いや、一体誰と戦っているのだろう。

「さて……今お前が倒したモンスターはこの辺りでは5本指に入るほどの強力なモンスターカッパーロード。それを倒すなんて、どんな技を使った?」

「えっと、内なる闇を解放して……あれ?」

 正直に答えてみた。だが、それは彼女にとっては不満だったようで、ドヤ顔が苛立った顔に変わる。

「普通に戦ってカッパーロードに勝てるモンスターが今まで無名でいる訳ないだろうがっ」

「あーちょっと待って」

「なんだ!?」

「ちょっと勘違いを正したい。君は俺のことを魔物だと思っているね?」

「思っているも何も、そうだろう?」

「それが実は違うんだ。俺は見た目は魔物だけど、中身は人間なんだ」

「何っ!? 見た目が魔物なら、魔物ではないのか?」

「実はそうじゃないんだ。色々あってね」

 実際はもう自分のことを人間とは思っていないけれど、心だけは人間だということにしておこう。そういう設定でもって、俺は包み隠さず今までのことを話した。
 彼女の兄であろうガルム王子によって異世界からやって来たことを。
 融合のスキルを使い続けて見た目が魔物になったことを。
 彼女は全てを信じてくれたようだった。最後の方は親身になって聞いてくれていた。馬鹿なのか、それとも俺の話が上手だったのか。いや、きっと人が良いのだろう。心根の優しい、良い子なのだこの子は。

「そうか。ガル兄に異世界拉致されて来たのか。災難だったな」

 物凄く気の毒そうな顔をされた。しかも、融合で見た目が変わったところじゃなくて、異世界召喚されたことに関して。

「確か私が小さい時にも奴は異世界とやらから奴隷を大量に呼び出していたぞ。いや、1人2人レベルなら、今でもよく呼び出していると聞いた事があるな」

「え、ちょっと待ってその話詳しく!」

「お、おう……? お前、奴隷の割には馴れ馴れしいな」

 別段嫌そうではないといった様子で肩をブッ叩かれた。痛い。って、奴隷!?

「いや、奴隷じゃないって。前の奴等は奴隷として呼ばれたかもしれないけれど、俺達は勇者とその仲間として呼ばれたんだから」

「だからそうだろう。勇者とは奴隷と同義だ」

 少しだけ、気が遠くなるのを感じる。それは、深い話か? 勇者とは何もしない国民の奴隷とか。ちょっと捻った感じのRPGの設定的な話だろう?

「ふむ……お前の心臓には紋章の力が及んではいないようだな。良かったな。おそらく融合とやらで体を作り変えたのが良かったのだろう!」

 俺の体にちょっと手をかざして、そして嬉しそうにイデアは笑った。そしてうんうん頷くと笑顔を崩さずに言う。

「ところで、すぞら! お前、私の家臣にならないか? 丁度ガル兄の紋章の力も及んでいないようだしな。カッパーロードを倒せるレベルならば文句はない。大丈夫だ大丈夫だ。見た目なんて私は気にしないぞ! 私は器が大きいからな!」

「ちょっと待って」

「なんだ? 私の家臣というのは不服か?」

「いや、家臣とかどうでもいいって。それよりも、君がさっきから言っていることがわからない。紋章の力? 奴隷? どうも話が繋がらないんだけど」

「ガル兄から聞いていないのか?」

「だから、俺が、俺達があの人から聞いたのは、異世界から召喚された勇者とその仲間としてこの国の為に頑張って欲しいってことで」

「なんだ、全部聞いているではないか。異世界召喚者とは戦う為の奴隷。お前の言う異世界召喚とはガル兄お得意の奴隷召喚術だ。召喚された奴隷の心臓には全員ガル兄の紋章の力で刻印が打ち込まれている」

「紋章って?」

 俺の問いに、イデアは「ああ」と答えながら左手の甲を見せてくれた。彼女が少し魔力を込めると、家紋の様な模様が浮かび上がる。

「コレが紋章だ。王家の王子王女にのみ与えられる特別な力だ。各々で効果が微妙に異なるが、様々な魔法やスキルが内臓されている。ガルム兄はこの紋章の力と呪術を組み合わせて、心臓に隷属の刻印を打ち込むのを得意としているのだ」

 背中に汗が流れているのを感じる。まるで羽毛布団でも着込んでいるみたいだ。自分が今は鳥人間になっていることなどすっかり忘れ、俺は思考する。
 奴隷。嫌な言葉だ。古代ローマではそこまで酷い扱いではなかったらしが、奴隷という言葉に良い印象がある日本人なんていないだろう。俺達が奴隷? 奴隷として召喚された? そんな時、どこかで聞いた言葉が浮かび上がってきた。

―「ガルム王子が言ったの。『責任は私が取ろう。近々、また異世界から勇者候補を呼び出そうと思う。そこから補填しよう』って言ったのよ。信じられないでしょう? それとも、王族ってそういうものなのかしら。人の命を……私の大切な仲間を……なんだと思っているのかしら」


 人だなんて……初めから思われていなかったのか?

「ねぇイデア……聞きたいんだけど」

「イデア様……だろう?」

「くっ、イデア……さま。紋章についてもう少し聞きたいことが」

「いいだろう。私の紋章の能力のことだな?」

 何「やっぱり知りたいんでしょ?」的なドヤ顔をしてやがる。お前の能力なんてどうでもいい。話の流れからわかるだろう。

「ガルム王子の紋章の力について。心臓に刻まれた刻印だっけ? その効果は?」

 別段気を悪くした様子も無く、イデアは口を開いた。

「私が知っている限りではあるが、教えてやろう。お前の必死さは何か私の心を動かすものがある」

 そう言って、少し考えるような仕草をしてから、再び口を開いた。

「ガル兄の操る隷属の刻印。それは紋章を触媒とした高レベルの呪術だ。心臓の強制的な破壊。また、心臓の振動数を使って魔力を増幅させ、一時的に数倍の戦闘力を引き出すことも出来るらしい。まぁ、そんな無理を心臓に強いれば、奴隷の命はすぐに尽きてしまうのだが」

 命が尽きるというというワードが耳に痛い。

「だが、ガル兄の隷属の刻印の最も凄いと思うところは、奴隷に反発心を抱かせないことだ」

「え……それってどういうこと?」

「奴隷の反乱というのは王族にとっては一大事だ。それが異世界から召喚した強力な奴隷とあれば尚更だ。だが、ガル兄の紋章の力は、奴隷に反逆を許さない。洗脳なんて面倒な手を使わずに、奴隷に自分を信じ込ませることが出来る」

 わかり辛い。

「それって、心臓に打ち込まれた刻印のせいで、ガルムの言うことは疑えないってこと?」

「そうなるな。ちょっと考えればおかしいとわかることも、ガル兄が言えば、おかしいと感じない。 流石に月を指差して「あれは太陽だ」なんて嘘を信じ込ませることは出来ないが。だが、ガル兄は言葉巧みに誘導し、奴隷にそのつもりがないまま奴隷として操る」

 ゴキブリの脳を溶かしてゾンビにしてしまう蜂の動画を見た時の様な、そんな不快感が頭をじわじわと冷やす。まるで痺れたように手が震えている。こんな気持ちの悪い感覚は久々だ。

「……」

 この世界に初めに来たときのことを思い出す。あの時、みんなは元の世界に帰して欲しいと思ったはずだ。戦いなんてありえない。ましてや自分の命を危険に晒すなど。
 だが、姫川を始め、いつのまにか乗り気になっていた。そもそもいくらクラスのリーダーの姫川が言ったからって、いくら強いと言われたって、いくらスキルがあったからって……。納得するか普通? 日本の普通の高校生が? 一人ならまだしも、30人も? 出て行った狩野君は、何かに気が付いていたんだろうか? いや、そもそも今彼は無事で居るのか?

 背筋が寒い。いいや、考えてみればもっと前だ。戦う戦わない以前よりずっと前。

 そもそも、俺達は何故ここを異世界だと信じたのだったか。

 目の前に見慣れない服を着たイケメン王子が立っていたから?

 不思議な建物の中にいたから?

 いいや違う。

―「ようこそ異世界の戦士達。我々は君達を歓迎する」

 そうガルムが言った瞬間、俺は異世界に来たと、勝手に思わなかったか?
 普段だったら……普通だったら。流石に異世界に来たなんて思わない。狂った奴に拉致されたと思うだろう。それか、テレビのドッキリか。
 そうだ、あの時から、始まっていたんだ。

「どうした? 寒いのか。震えているぞ? こっちに来るか?」

 いつの間にか心配そうな表情をしたイデアが近寄ってきて俺の背を擦っていた。「お、案外気持ちいいじゃないか」という台詞で俺を心配する感情が動物を愛でる的な感情に変わった気がするが、今はそれどころじゃない。
 思い当たる節はあった。だが。

「怖い話をしてしまったな。だが、怯える事はないのだぞ? もうお前はガル兄の呪縛から解放されている。そんなに震えなくても良いのだ」

 後ろからギュッと抱きしめられ、そんな言葉を投げかけられた。くるしいけれど、温かい。その人肌の温もりが、今はありがたかった。
 そうだ。何も恐れることは無いじゃないか。俺は既に解放されている。ガルムなんて知らん。騙していたことは憎たらしいが。

「そうだよね……あはは。そうさ。もう俺には関係の無いことだ」

―私達にはこの世界のあり方を正すという、地球に居た時よりも大きな使命があるのよ!―

 そんなとき。勇者という言葉が最も似合う女の子の姿が、少しだけ頭を過ぎった。彼女はこれからも、ガルム王子の言うことを疑いもせず信じ、それが正しいことでも間違ったことでも、気づく事も出来ずに戦い続けるのだろうか。疑念を抱きつつも、逆らえないまま。

 この世界にいる人々を救えると信じて?

 そんな彼女は、ガルム王子に奴隷なのだと言われたら、どんな顔をするのだろうか。泣きそうな顔をするのだろうか。その時に俺は……どこに居る?

 一人この安全な森で、魚でも食べているか?
 自分ひとり助かってラッキー! か?

……違うだろう?

「イデア……さま。教えてくれてありがとう。お陰でやるべきことがわかったよ」

「ほう……だがすぞら。お前、危ない目をしているぞ?」

「所詮鳥人の目だよ。獣の目さ。ところでイデア……さま。その心臓の刻印ってのは、ガルム王子を倒せば解除されるんだよね?」

「ああ……術式は紋章を通じて魔力と命令が送られて初めて発動する。魔力と命令の供給源であるガル兄本人が死ねば術式は解除されるはずだが……すぞらお前」

「そうか。そうかそうか、そうか。ゴメンね。僕は君の兄さんを、殺さなくちゃいけないみたいだ」

 恐らく俺は相当の殺気を放っていただろう。彼女がもし邪魔をするようならば。俺は彼女を人質に、ガルムのところへ乗り込むつもりだったのだから。
 だが、イデアの反応は俺が予想していたものとは違った。彼女はその美しい顔を意地悪く歪めながら、悪い笑顔を作る。馬鹿ぽくて可愛い笑顔だった。

「ガル兄を殺す……フッ、ならばすぞら。お前は私の仲間だ」

 イデアは手を差し出す。握手のつもりだろうか? 俺がその手をどうしたものかと考えている内に、さらに喋り続ける。

「私の目的は我が姉、第二王女ミスラ・エル・ローグランドに王位を継いでもらうこと。その為に上の王族達に死んでもらうことだからな!」

 彼女の手を握ろうとして、ようやく自分が鳥人だったことを思い出した。手を握れずに戸惑っていると、俺の羽の様な手をイデアは両手でがっちりと掴んだ。
 少女の手の軟らかい感触が伝わってくる。

「私と共にガルムを倒そう!」

 俺は迷わず頷いた。それを見たイデアは不敵な表情を崩す。そして歳相応の可愛らしい笑顔で、嬉しそうに微笑むのだった。

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