瑠璃の誘惑。メロンパンの誘惑。

本宮 秋

第2章 憂虞、高揚、危機 -5-

第5話

身体が固まった。

どう見ても黒い毛の動物の足が、目の前に。身動き出来ぬまま考えた。

『熊の足にしか見えない。動いたらヤバいか、でもこのままでもヤバそう。逃げ場は無い。川に飛び込むしか』

ただ熊の様な足の動物は、じっと動く気配も無い。声もしない。自分が動いた途端に襲ってくるのだろうか……

数秒……

自分的には凄く長い時間に感じた。
四つん這いの姿勢のままの自分。その体勢がとても辛く、限界だった。

そっと、

そっ〜と顔を上げた。
何かあったら川に飛び込む気持ちで。

……熊  だった。紛れも無く。

ただ…… 怖いと言うよりかは、少し拍子抜けした感じ。
何故かというと……

小さかった。

一瞬、ぬいぐるみかと思う程。
「子熊? 」

「子熊ってこんなに小さいのか? 」

大きめのテディベアのぬいぐるみと変わらない大きさ。
その姿に思わずキョトンと見入ってしまった。先程まであった恐怖など全く感じる事無く。
それでも熊は熊。子熊であっても噛まれたりしたら……  静かに四つん這いの体勢から片膝立ちに。
『これで何かあっても、すぐ川に飛び込める』

熊は相変わらず、微動だにせず。
とりあえずその場を離れる事を考えたが…石が、折角の黒曜石。
『瑠璃黒曜』の可能性がある石をこのまま持って帰らずにはいられなかった。
黒曜石は今、自分と子熊がいる岩の真ん中の窪みにある。

微妙な位置に……

そのままの状態にして、とりあえずこの場を去り後で取りに来る事も考えたが、この場所は白い橋より更に下流。
流されて何とか辿り着いた岩の上。
簡単には来れない所なので何とか石を手にしたかった。その時ふと思った。

『どうやってこの場から去ればいいんだ? 川に飛び込む覚悟はしていたものの、また流されたら何処まで流されるのか? 川から出られるのか? 』

来ようと思って此処に来た訳では無い。
死ぬ思いをして流されて、この岩にしがみ付いただけなのに。

しかし今の状況。

子熊とはいえ野生の熊。追い払って何処かに行ってくれるのか。
大体ナカさんは、人の気配を感じたら熊の方から逃げるって言ってたのに…… 子熊だから? 何故、近寄って来たのか。
ここら辺は、既に熊の縄張りなのか。

子熊に睨みをきかせて、去ってくれないか試してみる。

微動だにせず。

困った…… が、何故かその感情の他に別の思いが、

『なんか…… かわいい』

かわいいなど思っている場合では無いが、微動だにしない小さな子熊を見ているとつい……

あまりに動かないので大丈夫かも知れないと思い、そっと石に手を伸ばす。

『大丈夫そう、いけるかな? 』

後、少しで石に手が届きそうな時、それまで全く動かなかった子熊が、

「ぽっ〜〜 ! 」

突然の熊の咆哮に驚き、怯んだ。
やっぱり熊だ、子熊といえ野生の熊だ。

「ガオ〜〜 ! 」と、

威嚇をする様に咆哮…… ⁈

『ん? ガオ〜〜 じゃ無かった様な。ゴォ〜〜 でも無い。えっ? ……ポ〜〜って聞こえた様な。そんな訳無い、聞き違いだ!極限の緊張状態で聞き間違いただけだ』

暫く子熊と自分が向かい合ったまま無言の時間が流れる。
もう一度そ〜っと手を伸ばして黒曜石を取ろうとしてみる。

「ぽっ〜〜 ! 」

子熊の咆哮。

『やっぱり言った! ポ〜〜っと言った。えっ、子熊ってポ〜〜っと鳴くのか? 』

また子熊と自分が向かい合う時間が流れた。ただ自分は、顔がニヤついてしまっていた。
「ポ〜〜って。かわいい」
見かけだけでも、ぬいぐるみの様でかわいいのに…… ポ〜〜って鳴くとは。
思わずその可愛さに見とれていたら突然、子熊が立ち上がった。

『うそっ! ヤバいのか? 襲ってくるのか? でも…… 何か勝てそうかも』

二足で立ち上がった子熊だが、立ち上がってもかわいかった。益々ぬいぐるみの様に思えて。

と、子熊が立ち上がったまま一、二歩前に進み窪みに置いてあった黒曜石を手で掴んだ。

「あっ! 」

と思ったが、その瞬間…… 子熊は振り返り逃げて行った。石を持ったまま。
呆気に取られ何も出来ないまま子熊を見ていた。
子熊は土砂崩れのあっただろう岩や木が崩れている崖を器用にスタスタと登って行った。上まで登り森の中に消えた。

「ゆ…… め…… ? 夢じゃ無いよな? 何で熊が…… それも小さな子熊が黒曜石を持って行くんだ? 自分に危害も加えず
…… 何で? 」

茫然とするしかなかった。
折角、手にした『瑠璃黒曜』らしい石。死ぬ思いをして川に流されながらも石だけは手放さなかったのに。

なのに……

変な子熊が突然現れて、何かをする訳でも無くただ、ポ〜と鳴き黒曜石を持ち去って逃げて行くって……

悔しさをどうしていいのか分からなかった。あの子熊に対して悔しさをぶつける気もしなかった。あの子熊があまりにかわいかったから。

熊に会ったのに、狐につままれる感じ。

しかし自分には、まだ問題が残っていた。どうやって帰ろうか。あの子熊の様に崖に崩れている岩や木をつたって上まで登れるのか? どう見ても無理そう。崖の上までは、かなり距離がある。
ウェーダーを脱ぎ捨てたので、泳いで行けるだろうか。とりあえずその場に居てもしょうがないのでゆっくり川に入り川沿いを歩く。掴まる物も無くなり崖の斜面に沿う様、歩く。

「何処か川から抜け出せる場所は、無いのか? 」

遠くを覗き込む様、見てみる。
その時、足を滑らす。
ウェーダーの履いていない靴下の状態。
強い流れとヌルヌルとした岩盤に足を取られ、また流される。自分の行きたい方向とは逆の方へドンドン流される。

「マズい! 」

川の真ん中辺りにある岩に向けて流される。「マズい! 」と言った二、三秒後、岩に激突した。流れに逆らっていたせいで後ろ向きにぶつかった。

「うっ! 」っと、出た声と共に……

意識が飛んだ。

第5話   終

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