君の嘘は僕を救う

モブタツ

5(終)

  彼女の嘘は僕を救った。いや、僕だけではなく、幼馴染の美乃梨や、僕の姉までも救った。
  彼女がこんなにも僕のために頑張っていてくれたこと。
  彼女が僕に告げた叶うことはない願い。
  彼女が見てきたモノ。
  彼女が僕にくれたモノ。
  それら全部が、僕と彼女との間に『思い出』という大切な物を作り上げたのだった。
  咲凜が僕に声をかけたのは、仲良くしたかったというシンプルな理由と、大震災の当日に僕を助けやすくするためだったらしい。
  そして、僕と仲良くなるために───。
  彼女は、心で泣きながら嘘をついた。
  彼女の行動の一つ一つが、僕達を救うための道筋を作っていったのだ。

「司。ちょっといい?」
  咲凜と僕が景色を眺めたその日の夜。
  美乃梨が僕の自室を訪ねてきた。
「美乃梨、具合はどうなの?」
「もう大丈夫だよ。あの…助けてくれてありがとうね」
  頬を赤らめながら言った。
「咲凜も一緒に助けてくれたんだ。彼女にお礼を…」
「言ったよ。それに、咲凜ちゃんのこと…全部聞いた」
  自室全体に重い空気が流れる。
「…あの子、未来から来た人だったんだね」
  彼女が言う『全部』と言うのは、どこまでのことを指しているのかは分からないが、大体のことは聞いたようだ。
「咲凜ちゃん、明日帰っちゃうのは知ってる?」
  それは聞いていない。
  どうせ彼女のことだし、言い忘れていたのだろう。
「それは、聞いてないな」
  でもまぁ、この世界に滞在できる期間が2週間って言う時点で、別れる時が間近に迫っていると言うことは理解していた。
  それが明日だとは思わなかったが。
「司、咲凜ちゃんと出会ってから変わったよね。なんかこう…前よりも柔らかくなった感じ」
「それ、一昨日も言ってなかった?」
「うん。言ったよ。なんかさぁ…一昨日、なんだよね。地震があって、津波があって、街が更地になっちゃって…。いろんなことがあったせいで、昨日までの平和だった時間が大昔に感じるの。司は分からない?この感じ。」
  僕は、実際に長い時間を過ごしているのでなんとも言えないが、確かにそうかもそれない。
「…そうかもね。僕もそう思う」
  咲凜が未来に帰ってしまう。少しの間だったのに、彼女との思い出はたくさんあって…別れるのが寂しく思えてしまうのは何故なのだろうか。
  美乃梨の話を聞きながらも、僕は彼女のことを考えてしまった。
「今、咲凜ちゃんのこと考えてるでしょ〜」
  幼馴染には、お見通しだったようだ。


                           翌日


  これ以上滞在すると危険だという理由もあって、咲凜は未来に帰ることになった。
『私がしなければいけない事、全部終わったから、そろそろ帰らないとね』
  そうとも言っていた。
  美乃梨と姉は僕の家で咲凜に別れを告げ、僕は咲凜を送っていくことになった。
  目的地は、あの公園だ。
  瓦礫の撤去作業が終わり、人気がなく、地震のせいで遊具も全てなくなっていた。
  今のここは『公園』ではなく『空き地』という感じになっている。
「あっという間だったなぁ…」
  後頭部に両手をかけ、やれやれという感じを、僕に見せた。
「…君は命の恩人だよ。本当にありがとう」
「堅物君だなぁもう!しかも、それ別れ際に言うセリフだよ?」
  笑いながら時計の電池の残量を確認する。「うん。満タン満タン」と満足そうに笑った。
「…もう、行くの?」
「…うん。ママにもパパにも、心配かけちゃってるからね」
  ───そうだ。
  彼女にも両親がいる。どんな人なのかは最後まで聞けなかったが。
  いつまでもこちらにはいられないのだ。
「そんな悲しい顔しないでってば」
  彼女は無理やり笑顔を作り、僕に元気をくれた。
  今回は彼女がいたから乗り越えることができた。
  次は、もうない。
  美乃梨が危険な目に遭っても、僕一人で助けなければいけない。
  果たして…僕一人で上手く出来るのだろうか。
「司君、一人で上手くやっていけるか不安でしょう?」
  僕の未来を知っている彼女には、なにもかもお見通しなのかもしれない。
  だから、彼女が僕と同い年のようには見えなかった。もっと年上の、それも様々な辛い経験を乗り越えたような、そんな大人に見えた。
  彼女は僕の方に体をまっすぐ向け、真剣な眼差しで言った。
「何かを成し遂げる者は下を向いてちゃダメなんだ。顔を上げて、前を向きなさい。どんなに過酷な状況でも笑って、手を差し伸べる者こそ、大志を抱き、それを成し遂げることができる」
  有名人の言葉…なのだろうか。
  妙に説得力があった。
「私が不安になった時、パパが私に言ってくれた言葉なの」
  えへへ、と照れ臭そうに笑う。
「……私、パパとママにすっっごく似ててさ。特に性格がね。真面目な人と話してると、すぐに『堅物君』って呼んじゃうところが、ママに似ててね。友達のことを『君』って呼んじゃうところが…パパに似てるの」
  なぜ彼女は僕に突然両親の話を───。
「……っ」
  するのか、と聞こうとしたところで、僕は黙り込んでしまった。
  そして、彼女が言おうとしてることが、僕はすぐに理解することができた。
「君が未来で不安がっている私を見た時、その言葉をかけてあげてね」
  約束だよ。と、時計の電源をつける。
  体が固まる。今までどうして気づかなかったのだろうか。
「じゃ、行くね」
  時計を操作する。ピコンという機械音が、僕の耳に届く。
「君って…もしかして…」
  消え掛けている彼女は、僕に満面の笑みでこう返した。
「今までありがとう!あと、君にとっては『これから』になっちゃうけど、先に言うね!」

「大好きだよ。パパ」

  彼女のあたりを照らすような明るい声が僕の耳に届き、彼女は。
──────消えた。
「僕の………そうか、彼女が…」
  目から涙が溢れる。そして、彼女が何者だったのかを理解し、涙を流しながらも、笑った。
「司!」
  後ろから美乃梨の声がした。
  僕の前に颯爽と現れた美乃梨は、息を激しく切らしていた。
「…美乃梨………?」
「今なら…言える気がする」
  独り言が小さく聞こえた。
「なにを───」
「司。うち、司のことが好きです。付き合ってください」
  タイミングを計ったかのように、彼女の背後からこちらに向けて勢いよく風が吹いた。
「………なるほど」
  そして、僕は全てを理解したのだった。

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