君の嘘は僕を救う
3
  美乃梨のいる世界に帰ってきた。ここは僕が住んでいる世界でもあるのだが。
  周囲からは悲鳴が聞こえ、依然として町内放送のスピーカーからは津波警報のサイレン、非難の指示の声が聞こえている。
「咲凜…君、今なんて…?」
  君のことが好きだから。そう言った気がする。
「早く行こう!今はそんな話をしてる場合じゃないよ」
  確かにそうだと、自分に言い聞かせ、走り出す。
「目指すは美乃梨ちゃんの家!津波到達まであと25分!到達する津波の高さは…15メートル」
  時計から放たれた光のスクリーンに記された文字を、咲凜は読み上げた。
「15メートル…!?」
「瓦礫から出してあげないと、美乃梨ちゃんは確実に死ぬ。君や美乃梨ちゃんのご両親のように…ね」
  胸が張り裂けるような痛みが僕を襲う。
  もう、これ以上は。
  これ以上は、失いたくない。
  姉が病気を患った時にそう思ったように、僕は美乃梨に対しても願った。
  どうか死なないで、生きていてくれ、と。
「ここを曲がったら美乃梨の家がある…!」
  そう。ここの角を曲がると、美乃梨が一人暮らしをしている家があって───。
  ───ない。
  家が、ない。
「なんだ…これ…」
  そこには、いつもの住宅街はなく。
  ───瓦礫の山が広がっていた。
「美乃梨ちゃん…」
「美乃梨の家は…確かこの角から右から二番目の…ここだ!」
  中学の頃から何度も遊びに行っていた美乃梨の家。瓦礫の山になってしまった今でも、見つけることができた。
  瓦礫の隙間を見る。
  美乃梨が…いた。
「美乃梨!」
「美乃梨ちゃん!」
  二人で名前を呼ぶが、反応がない。
「気を失っているのか…?」
「頭を強くぶつけてるみたい。司!早く瓦礫をどかさないと!津波が来ちゃう!」
  彼女は時計のスリープモードをオフにした。スクリーンは『12:00』と表示された。
「あと12分…」
「急がないと美乃梨が…」
  二人で瓦礫に手をかけた。美乃梨の体の上にのしかかっていたモノは重く、頑丈で退かす以外に方法が見当たらない。
「これでどかそう!」
  咲凜が少し離れた場所から持って来たのは、長い木材だった。
「テコの原理だね」
「げんり…ほうそくじゃないの?」
  ジェネレーションギャップだ。未来ではテコの法則と習うのか…?
  いや。今はそんな話をしている場合ではない。
  残り8分。
「うーん…!」
  ギシギシと音を立てながら、少しずつ瓦礫が浮き始める。
「よし…!このまま…!」
「美乃梨ちゃん!しっかりして!」
  あと少し。あと少しで美乃梨の体から離れる。
  残り3分。
「美乃梨ちゃんは!美乃梨ちゃんは私にとって大切な存在になるの!私といっぱい遊んで!時々本も読んでくれたりもして!美乃梨ちゃんが作る料理が美味しくて…!」
  彼女の瞳がキラリと光る。目が潤っているようだ。
「あなたがいたから、私は今の私になれた!それはこれからなの!だから、だから…!」
  その言葉を合図に、僕と咲凜は板にありったけの力を込める。
「死んじゃダメなんだよぉぉ!!」
  瓦礫が勢いよく美乃梨の体から離れた。
「やった!」
「咲凜…君って───」
「あと2分!早く君の家に!君の家があるあそこには、津波が到達しないから!」
  高台にあった僕の家を思い出す。
「…分かった。美乃梨は僕が背負う」
  未だに意識の戻らない彼女を、僕は優しく、ゆっくりと背負う。大切な、彼女を傷つけないように…。
  行こう。そう言おうとした時、僕はとなりに咲凜がいないことに気付いた。
「咲凜…?」
  辺りを見回す。いない。
  人間の気配のようなものを感じた僕は、その気配が咲凜だと確信しながら、僕は下を見た。
  彼女は、倒れていたのだ。
「ゲホッ!ゲホッ!」
  手で口を押さえながら、彼女は苦しそうに咳き込んだ。
  口から離れた手には───。
「咲凜…血が…!」
  この世界に長く居座ると、最悪の場合…死に至る。彼女の言葉が僕の脳内で繰り返された。
「はぁ…はぁ…だい…じょうぶ…だから…はやく…みのりちゃんを…」
  残り1分。
  僕は彼女に手を伸ばし───。
「僕の家に行こう。3人で助かって…また楽しく話でもしよう。美乃梨の料理も食べたいよな。美乃梨が作る料理って美味しいし。うまく言えないけど…さ。君だって死んじゃいけない。そうでしょ?」
  彼女は、僕の手を見つめたまま動かない。
「君にだって帰る場所があって、この世界にはいないとしても、君には両親だっているはず。僕や美乃梨のように、君のことを大切に思ってる人だっているんだ」
「みんなで助かろう。咲凜」
  咲凜が涙を流しながら、僕の手を強く握る。
「…ごめん。また助けられちゃった」
「一度しか助けられちゃいけないなんて、誰が言ったのさ。それと」
  美乃梨と時計から機械音とバイブの音がなる。
  海岸沿いの方にはもう、津波が到達しているようだ。
「ごめんって謝られるより感謝された方が…僕は報われるかな」
「ふふっ……ありがと。司君」
  僕達は、一切振り返らずに走った。
  背後からは、波がザーッという大きな音を立て、建物を壊しながらこちらに向かってきていた。
  それでも僕達は物怖じせずに走り続けた。
  そして、僕の家の前に着いた頃には津波は街を飲み込んでいたのだった。
「司!咲凜ちゃんも!」
  普段はおとなしい姉が、息を切らして座り込んでいた僕達を見て取り乱す。
「美乃梨ちゃん…どうしたの?」
「家が倒壊して、下敷きになったせいで意識がないみたいなんだ…。早く手当てしないと!」
「分かったわ。とにかく、二人とも中に入って」
  周囲からは悲鳴が聞こえ、依然として町内放送のスピーカーからは津波警報のサイレン、非難の指示の声が聞こえている。
「咲凜…君、今なんて…?」
  君のことが好きだから。そう言った気がする。
「早く行こう!今はそんな話をしてる場合じゃないよ」
  確かにそうだと、自分に言い聞かせ、走り出す。
「目指すは美乃梨ちゃんの家!津波到達まであと25分!到達する津波の高さは…15メートル」
  時計から放たれた光のスクリーンに記された文字を、咲凜は読み上げた。
「15メートル…!?」
「瓦礫から出してあげないと、美乃梨ちゃんは確実に死ぬ。君や美乃梨ちゃんのご両親のように…ね」
  胸が張り裂けるような痛みが僕を襲う。
  もう、これ以上は。
  これ以上は、失いたくない。
  姉が病気を患った時にそう思ったように、僕は美乃梨に対しても願った。
  どうか死なないで、生きていてくれ、と。
「ここを曲がったら美乃梨の家がある…!」
  そう。ここの角を曲がると、美乃梨が一人暮らしをしている家があって───。
  ───ない。
  家が、ない。
「なんだ…これ…」
  そこには、いつもの住宅街はなく。
  ───瓦礫の山が広がっていた。
「美乃梨ちゃん…」
「美乃梨の家は…確かこの角から右から二番目の…ここだ!」
  中学の頃から何度も遊びに行っていた美乃梨の家。瓦礫の山になってしまった今でも、見つけることができた。
  瓦礫の隙間を見る。
  美乃梨が…いた。
「美乃梨!」
「美乃梨ちゃん!」
  二人で名前を呼ぶが、反応がない。
「気を失っているのか…?」
「頭を強くぶつけてるみたい。司!早く瓦礫をどかさないと!津波が来ちゃう!」
  彼女は時計のスリープモードをオフにした。スクリーンは『12:00』と表示された。
「あと12分…」
「急がないと美乃梨が…」
  二人で瓦礫に手をかけた。美乃梨の体の上にのしかかっていたモノは重く、頑丈で退かす以外に方法が見当たらない。
「これでどかそう!」
  咲凜が少し離れた場所から持って来たのは、長い木材だった。
「テコの原理だね」
「げんり…ほうそくじゃないの?」
  ジェネレーションギャップだ。未来ではテコの法則と習うのか…?
  いや。今はそんな話をしている場合ではない。
  残り8分。
「うーん…!」
  ギシギシと音を立てながら、少しずつ瓦礫が浮き始める。
「よし…!このまま…!」
「美乃梨ちゃん!しっかりして!」
  あと少し。あと少しで美乃梨の体から離れる。
  残り3分。
「美乃梨ちゃんは!美乃梨ちゃんは私にとって大切な存在になるの!私といっぱい遊んで!時々本も読んでくれたりもして!美乃梨ちゃんが作る料理が美味しくて…!」
  彼女の瞳がキラリと光る。目が潤っているようだ。
「あなたがいたから、私は今の私になれた!それはこれからなの!だから、だから…!」
  その言葉を合図に、僕と咲凜は板にありったけの力を込める。
「死んじゃダメなんだよぉぉ!!」
  瓦礫が勢いよく美乃梨の体から離れた。
「やった!」
「咲凜…君って───」
「あと2分!早く君の家に!君の家があるあそこには、津波が到達しないから!」
  高台にあった僕の家を思い出す。
「…分かった。美乃梨は僕が背負う」
  未だに意識の戻らない彼女を、僕は優しく、ゆっくりと背負う。大切な、彼女を傷つけないように…。
  行こう。そう言おうとした時、僕はとなりに咲凜がいないことに気付いた。
「咲凜…?」
  辺りを見回す。いない。
  人間の気配のようなものを感じた僕は、その気配が咲凜だと確信しながら、僕は下を見た。
  彼女は、倒れていたのだ。
「ゲホッ!ゲホッ!」
  手で口を押さえながら、彼女は苦しそうに咳き込んだ。
  口から離れた手には───。
「咲凜…血が…!」
  この世界に長く居座ると、最悪の場合…死に至る。彼女の言葉が僕の脳内で繰り返された。
「はぁ…はぁ…だい…じょうぶ…だから…はやく…みのりちゃんを…」
  残り1分。
  僕は彼女に手を伸ばし───。
「僕の家に行こう。3人で助かって…また楽しく話でもしよう。美乃梨の料理も食べたいよな。美乃梨が作る料理って美味しいし。うまく言えないけど…さ。君だって死んじゃいけない。そうでしょ?」
  彼女は、僕の手を見つめたまま動かない。
「君にだって帰る場所があって、この世界にはいないとしても、君には両親だっているはず。僕や美乃梨のように、君のことを大切に思ってる人だっているんだ」
「みんなで助かろう。咲凜」
  咲凜が涙を流しながら、僕の手を強く握る。
「…ごめん。また助けられちゃった」
「一度しか助けられちゃいけないなんて、誰が言ったのさ。それと」
  美乃梨と時計から機械音とバイブの音がなる。
  海岸沿いの方にはもう、津波が到達しているようだ。
「ごめんって謝られるより感謝された方が…僕は報われるかな」
「ふふっ……ありがと。司君」
  僕達は、一切振り返らずに走った。
  背後からは、波がザーッという大きな音を立て、建物を壊しながらこちらに向かってきていた。
  それでも僕達は物怖じせずに走り続けた。
  そして、僕の家の前に着いた頃には津波は街を飲み込んでいたのだった。
「司!咲凜ちゃんも!」
  普段はおとなしい姉が、息を切らして座り込んでいた僕達を見て取り乱す。
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