君の嘘は僕を救う

モブタツ

[君の嘘は僕を救う]1

  轢かれそうになった子を公園まで送り届けると、咲凜は公園にあるベンチに僕を座らせた。
「話すよ。司君」
  真剣な、それでもどこか優しく微笑んだような、そんな顔をして言った。
「この時計はね。スマートウォッチって言ってね。君が住んでる世界だとスマートフォンを使ってると思うんだけど、それが小型化されて、時計型になったものなの」
  そう言いながら、彼女は時計の電源をオンにしたようで、ピコンという、あの時電話越しに聞いた機械音が聞こえた。
「あ…やっぱり、『さっきの』で電池が切れちゃったみたい…」
  小型のモバイルバッテリーのような物を時計に挿し、数十秒ほどすると電源がついた。
  電源がオンになってしばらくすると、スクリーンが空中に現れた。
「すごっ…」
「ほんと、すごいよねこれ。私も初めて見たときはびっくりしたよ」
  咲凜は「それでね」と言って続ける。
「私が今つけてる『これ』は、少し違ってさ。時間を移動する機能がつけられた試作品なの。犯罪とかに使えちゃうから、多分発売はされないと思うけどね」
  時間を移動する機能…。
  話が大きすぎてふわふわとしている。
「実験するために、一般の人からの応募を受けて、抽選で被験者を決めたの。私、親に秘密で勝手に応募しちゃってさ」
  彼女の親か。どんな人なのか少しだけ気になる。
「移動できるのは、8年周期。好きな時間に飛べるわけじゃなくてね。まず、君が8歳の時の時間に移動したの」
  僕が8歳の時と言ったら、震災の時だ。
  ────────待て。
  彼女の言葉を聞いて、僕は一瞬、石化したかのように固まってしまった。
『大丈夫!?怪我はない?』
  あの時の、あのお姉さん…。
『はやくここから逃げないと!津波が来る!』
  一緒にいると、どこか安心するような、そんな雰囲気を持っていて…。
  フードを深々と被って顔を見せず、名前も教えてくれなかった。
「もう、気が付いたかな」
  ふふっ、と小さく微笑み、優しい眼差しをした。
「あの時、まだ8歳だった君を救ったのは…私なの」
  重いものが音を立てずに落ちたように、僕は気づいた。
『なんか、あの子、言ってることおかしくなかった?』
『僕もそう思う』
『司、『女の人』なんて一言も言ってないのに…』
  …そういう…ことだったのか。
「君が…僕を背負って走ってくれたのか」
「そ。あの時はまだこれくらいしか身長がなくてねぇ〜…軽かったなぁ」
  彼女は腰あたりに手を当て、僕の当時の身長を体現した。
  少し大げさかも知れないが、だいたいそれくらいだった気がする。
「……ありがとう。助けてくれて」
「ううん。いいの。私もあなたに助けてもらったから、さ」
  僕が君を助けた?
  僕がそう聞き返そうとしたその時。
  さっき助けた女の子と彼女の目が合った。
  咲凜がその子に向かって手を振り───
  笑顔で手を振り返してきた。
「あの子ね、7歳の私だよ」
「………えっ?」
「ボール遊びをしていた時、公園からボールが出てっちゃったの。ボールを追いかけたら道路に飛び出しちゃってね。轢かれそうになったところを、見知らぬお兄さんに助けてもらった」
  彼女の言葉が脳裏をよぎる。
『…私もね、子供の頃、死にそうになったことがあるんだ』
『震災で?』
『違うの。私は交通事故』
  それが、このことだったのか。
  遠くで無邪気に遊ぶ少女を、僕はただただ見つめながら呆気にとられていた。
「知らないお兄さんに助けられて以来、他人を助ける人になりたいと思い続けてた。…他にも理由はあるけどね。それで、私はこの時計の実験に応募したの」
  彼女に助けられた僕が、彼女を助けた。
  そして、僕に助けられた彼女が、僕を助けた。
  とても不思議な感覚だった。
「司君」
  改めて。と言っているかのように、彼女はこちらに視線を向けた。
「私を助けてくれてありがとう」

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