君の嘘は僕を救う

モブタツ

  揺れが収まったのは、揺れ始めてから数分後のことだった。
  かなり大きな地震だ。
  僕がまだ8歳だった頃に経験した、あの自身よりも、はるかに大きい。
  あの時の、自分にのしかかったタンスの重みが…家族を失った時の苦しみが…蘇る。
「司…?」
  咲凜は不安げに僕に声をかけた。
「手…震えてるけど…大丈夫…?」
  彼女の言葉にハッとなり、手を離した。
「ご、ごめん…」
  僕が謝ると、彼女は穏やかな顔で首をゆっくりと横に振った。
「君が手を握ってくれたから、安心できたよ」
  二人でゆっくりと立ち上がる。
  彼女は一度、ふらついたが「ずっとしゃがんでたせいだね」とクスクスと笑ってごまかしていた。
  そう。ごまかしていた。
  彼女は、日に日に弱っていっている気がする。
  本人の口からは言っていないが、見れば一目でわかった。

  間も無く、津波警報のサイレンが鳴った。
  あの時とは違う、地域によって違う、サイレンの音。
  あぁ。まただ。
  またこの感覚。
「津波がここに到達するまであと1時間…だって。司、どうする?」
「とにかく高台に逃げよう」
  そこまで言った時、僕はふとある事を思い出した。
「美乃梨…。美乃梨は…大丈夫かな」
  電話は、おそらく回線がパンクしていて繋がらないだろう。一応メールを送っておいたが、返事がない。
「…あのね、司ーーー」
「危ない!避けろ!!!」
  僕と彼女への言葉だった。ハッとなった僕たちは、遠くにいる大勢が指差す所を見る。
「……ぁ……!」
  それは、信じられない光景だった。
  建築中だったビルが、こちらに向かって傾いてきている。
  ギギギと鈍い音を立てながら、ゆっくりと倒れてきていた。
  間に合わない…。
  僕はすぐに理解した。
  あのサイズの建物が倒れてきたら、今から走っても間に合わないのだ。
「司。私の手を握って」
  なにかを悟ったように、彼女は言った。
「な、なにを言って…」
「早く!握って!」
  彼女の勢いに押され、言われた通りにする。
  前からはビルが先ほどよりスピードを上げて倒れてきていた。
  目の前までビルが来た。
  もう当たる。
  死を覚悟する。
  目を瞑り、頭に衝撃が走るのを待つ。

……………

………………………

………………………………

  いつまで経っても、僕が死ぬことはなかった。
「……ぇ……」
  ゆっくりと目を開けると、見覚えの全くない場所が、辺り一面に広がっていた。
  沢山のビル。近未来的な見た目をした車。
  咲凜がつけていた「モノ」と見た目が似ている時計をつけた人々が僕の横を通り過ぎていく。
「………よかった。間に合って」
  僕の隣から、咲凜の声がした。
「咲凜……?ここはどこなの…?」
  ついにこの時が来た。と言わんばかりの表情で、彼女は鼻をすんと鳴らした。
「司は…さ。私が未来からやって来たって言ったら、信じる?」
  …どういうことなのだろうか。
「それは、どういう…」
「そのままの意味だよ。ここはね、司君。君が住んでいる世界の16年後の世界。私からしたら、ここは8年前の世界になるんだけどね」
  突然、彼女は僕のことを「司君」と呼んだ。
「じ、じゃあ、君は…もしかして、未来から来たってこと?」
「そ。そういうこと」
  軽い口調で言うので、余計信じられなかった。
  でも、もし彼女が言うことが本当なら、納得のいく点がいくつもある。

『司…ね。私は咲凜(えみり)。よろしくね』
『咲凜…?変わった名前だね』
『…この時代ではね』
『え…?』

『連絡先、交換しとこうよ』
『え!すごい!それ、6!?古い!』
『まぁ、確かに、今は7が出てるしね…』
『いや、そうじゃなくて!だって』
『…やっぱり、何でもない』

『あ!あれすごい!』
『あぁ、ジェットコースターか』
『…じぇっとこーすたー…って言う名前なの?』
『…え?』

  彼女のおかしな言動達の謎が「未来から来た」と言う1つの事実で解ける。
  彼女の言うことを、信じるしかなかった。
「………咲凜。ちょっと待って」
  僕は、前に意識を向ける。
「どうかしたの?」
  公園がある。でも、今とは少し雰囲気が違う。
  16年後の未来の公園。という感じだ。
  遊具も見たことない形をしたものがある。
  でも、「たかが16年」と言っているかのように、僕が住んでいる世界の公園にもどこか似ていた。
  そこから、ゆっくりと、ゆっくりと道路に向かってボールが転がっていく。
  嫌な予感がする。
「…咲凜、ここで待ってて」
  地面を蹴り、走り出す。僕の名前を呼ぶ咲凜の声が聞こえたが、構わずに走り続けた。
  あと少しでボールに辿りつこうとしたところで。
  ………小さな女の子が、ボールを追いかけて道路に飛び出した。
  そこには車が猛スピードで走って来ている。
  当たったら、ひとたまりもないだろう。
「危ない!」
「………っ!?」
  女の子に飛びつき、反対側の道路に二人で……。
  飛んだ。
  車はクラクションを鳴らしながら僕の後ろを過ぎ去っていった。
「ふぅ……大丈夫?怪我はない?」
「…うん。だいじょうぶ」
「司ー!」
  遅れて着いた咲凜は、心配そうに僕を見た。
「え、その子って……」
  などと、呟きながら。
  そして、彼女は目を瞑り、ふふっと小さく笑った。
「…なるほど」
  彼女は小さく声を漏らした。

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