君の嘘は僕を救う
5
  4人分の飲み物を持ち、僕と美乃梨は病室に戻って来た。
「お帰りなさい。遅かったね」
  姉は、静かにそう言い、微笑んだ。
「どこの自販機に行けばそんなに時間がかかるの!おーそーいー!」
  咲凜も、いつも通りの元気で僕を叱って来た。
「お姉ちゃん、咲凜といつの間に仲良くなったの?」
  僕が姉にそう問うと、姉は一瞬、ほんの一瞬だが、咲凜を見て、少しの間を開けてから答えた。
「司が帰ってくるのが遅かったから、その間に仲良くなっちゃった」
  美乃梨の、安堵のため息が聞こえ、美乃梨の吹き出す音が聞こえ、最後に僕の舌打ちが病室に響いた。
「人使い荒いんだから…お姉ちゃんは」
「奢ってあげたんだから、文句は言わないの」
  僕は姉の正論に何も言い返せず、負けた気分になる。
「あれ?お姉さん、病気は良くなったの?」
  美乃梨の言葉を聞き、僕はもう一度姉の方に視線を向ける。
「……どうしてそう思うの?」
  姉がこうして意味深な聞き方をしてくるのは、昔からの癖だ。
 …が。確かに、姉の周りにあった機械たちが
「だって、昨日まであった機械たちが今日は一つも」
  無くなっていた。
「…気づいたのね」
  ふふっと小さく笑い、姉はこちらをまっすぐに見つめて来た。
「病気、治ったの。明日、退院だって」
  僕は耳を疑った。
「…本当に?」
  そして、次に姉の言葉の真偽を疑った。
「本当よ。奇跡だって」
  そう。姉の病気は、今の医療技術では治ることはないと言われていた病気だったから。
「奇跡…奇跡でも…よかった…!お姉ちゃん、死なないんだね!?」
  美乃梨と咲凜が見ていることを忘れ、僕は姉の手を握り、無事を大いに喜んだ。
「ちょ、ちょっと…!司、もう高校生なんだから、みんなの前でそういうのは…」
  戸惑っている姉を美乃梨と咲凜がなだめる。
「いいんじゃない?病気が治ることって、すごくめでたい話だし。司、お姉さんのことすごく心配してたからさ」
「今は司の素直な気持ちを受け止めてあげてください」
  2人の言葉を聞いた姉の手が、僕の手を強く握った。
「…そうね。ありがとう」
  そのありがとうが、誰に当てられたものなのかは分からなかったが、僕は涙を流して喜んだのだった。
  雨が降りそうな曇り空。普段ならまだ明るいはずの時間なのに、もうあたりは薄暗くなり始め、薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
  病院を出た僕達は、いつも通りの帰路をたどり、それぞれの家へと向かって歩いていた。
「よかったね、司。お姉さんの病気、良くなって」
  そう一言、美乃梨は僕に告げ、いつものあの公園で別れた。
  2人っきりになり、僕は咲凜としていた約束を思い出す。
「咲凜、一緒に行きたいところって…」
  うん。と小さく声を漏らし、咲凜は公園からさらに上に伸びる上り坂を指差した。
「あそこの上。行きたいんだ」
  坂を登りきっところに、この公園がある。そこは見晴らしが良く、ドラマの撮影などにも使われる場所だった。
  その公園から、さらに上に伸びる坂がある。そこを登ると、小さな山の頂上にたどり着く。展望台のようになっており、そこから見る街の景色はまさに絶景であった。
「うわぁ〜!!」
  少しだけ長い上り坂を咲凜と一緒に歩き、ようやく上がりきったところで、咲凜は前を向いて目を輝かせた。
「景色、すっっっごーく綺麗!」
  両手を広げて走っていくその姿は、子供のように見える。
「ここからの景色って、坂を登りきらないと見れないんだけど、その苦労を跳ね飛ばしてくれるような、そんな力があるんだよね」
「うんうん!あぁ…変わってないんだなぁ…」
  変わって…ない?
「何が?」
「いや?こっちの話だよ」
「そ、そう」
  昔から景色が変わってないと言うことだろうか。
「それで、何か思い出せた?」
「うーーん…あんまりだなぁ…」
「…そっか」
「うん。でも、ありがとうね」
  一緒に来てくれて、ということだろう。
「…私もね、子供の頃、死にそうになったことがあるんだ」
「震災で?」
  目を瞑り、優しく首を横に振った。
「違うの。私は交通事故」
「交通…事故…」
  どうして僕にこの話をしてくれるのだろうか。
「うん。交通事故。ほら、司、昔の話してくれたじゃん?だから、私も自分の話をしようと思って」
  なるほど。話してくれたから私も、ということか。
「昔にも、交通事故に遭ってたんだね」
「まぁね!あはは!確かにそうだ!」
  笑っていいことなのかは分からないが、彼女自身は楽しそうなので気にしないことにした。
「…私の住んでる場所も、通っている高校も、君に話すことはできないの。どうしても、ね」
  今日の咲凜は、話題の切り替えが早い気がする。
「…どうして?」
「それも、内緒♪もし、話す時が来たら話すよ。それまで待っててね」
  意味深な言い方をするのは何故だろう。
  また、彼女は彼女特有の独特な雰囲気を醸し出している。
「今日はありがとう。病院にも連れて行ってくれて、ここにも来てくれて。ね」
「…うん」
「またね。司」
  咲凜は僕に背中を向け、歩き出した。その背中が、どこか寂しそうな、悲しそうなオーラを出し、いつもの元気な咲凜ではないということが分かった。
「待って」
  僕が呼び止めると、彼女の歩みはピタリと止まった。
「また明日も…会えるよね?」
  このままいなくなってしまう気がして、僕はそう尋ねた。
  咲凜は何も言わず、僕と咲凜がいるこの空間だけ、時間が止まったように静かになった。
  雨が降って来た。傘を持っていない僕達は、少しずつ濡れ始める。でも、僕はそんなことを気にはせず、彼女の返答を待った。この間はなんなのか。どうしてすぐに答えないのか。
  嫌な予感がした。
「………………会えるよ」
  小さく、震えた声で彼女は答えた。
「会えるに…決まってるでしょ…?もう。そんな変なこと聞かないでよ…」
  こちらを振り向いた咲凜の目からは、涙なのか、それとも雨なのか分からない「モノ」が流れていた。
「また明日………ね」
  もう一度僕に背を向け、歩き出す。
  僕が彼女をもう一度呼び止めることはなく、彼女は遠くへ消えて行った。
  咲凜は司の見えないところまで歩いてくると、その場に崩れて泣き出した。
  咲凜は、司に大きな嘘をついていた。
  それは、心の中で何度も謝り、涙を流しながらついた嘘だった。
「お帰りなさい。遅かったね」
  姉は、静かにそう言い、微笑んだ。
「どこの自販機に行けばそんなに時間がかかるの!おーそーいー!」
  咲凜も、いつも通りの元気で僕を叱って来た。
「お姉ちゃん、咲凜といつの間に仲良くなったの?」
  僕が姉にそう問うと、姉は一瞬、ほんの一瞬だが、咲凜を見て、少しの間を開けてから答えた。
「司が帰ってくるのが遅かったから、その間に仲良くなっちゃった」
  美乃梨の、安堵のため息が聞こえ、美乃梨の吹き出す音が聞こえ、最後に僕の舌打ちが病室に響いた。
「人使い荒いんだから…お姉ちゃんは」
「奢ってあげたんだから、文句は言わないの」
  僕は姉の正論に何も言い返せず、負けた気分になる。
「あれ?お姉さん、病気は良くなったの?」
  美乃梨の言葉を聞き、僕はもう一度姉の方に視線を向ける。
「……どうしてそう思うの?」
  姉がこうして意味深な聞き方をしてくるのは、昔からの癖だ。
 …が。確かに、姉の周りにあった機械たちが
「だって、昨日まであった機械たちが今日は一つも」
  無くなっていた。
「…気づいたのね」
  ふふっと小さく笑い、姉はこちらをまっすぐに見つめて来た。
「病気、治ったの。明日、退院だって」
  僕は耳を疑った。
「…本当に?」
  そして、次に姉の言葉の真偽を疑った。
「本当よ。奇跡だって」
  そう。姉の病気は、今の医療技術では治ることはないと言われていた病気だったから。
「奇跡…奇跡でも…よかった…!お姉ちゃん、死なないんだね!?」
  美乃梨と咲凜が見ていることを忘れ、僕は姉の手を握り、無事を大いに喜んだ。
「ちょ、ちょっと…!司、もう高校生なんだから、みんなの前でそういうのは…」
  戸惑っている姉を美乃梨と咲凜がなだめる。
「いいんじゃない?病気が治ることって、すごくめでたい話だし。司、お姉さんのことすごく心配してたからさ」
「今は司の素直な気持ちを受け止めてあげてください」
  2人の言葉を聞いた姉の手が、僕の手を強く握った。
「…そうね。ありがとう」
  そのありがとうが、誰に当てられたものなのかは分からなかったが、僕は涙を流して喜んだのだった。
  雨が降りそうな曇り空。普段ならまだ明るいはずの時間なのに、もうあたりは薄暗くなり始め、薄気味悪い雰囲気を醸し出していた。
  病院を出た僕達は、いつも通りの帰路をたどり、それぞれの家へと向かって歩いていた。
「よかったね、司。お姉さんの病気、良くなって」
  そう一言、美乃梨は僕に告げ、いつものあの公園で別れた。
  2人っきりになり、僕は咲凜としていた約束を思い出す。
「咲凜、一緒に行きたいところって…」
  うん。と小さく声を漏らし、咲凜は公園からさらに上に伸びる上り坂を指差した。
「あそこの上。行きたいんだ」
  坂を登りきっところに、この公園がある。そこは見晴らしが良く、ドラマの撮影などにも使われる場所だった。
  その公園から、さらに上に伸びる坂がある。そこを登ると、小さな山の頂上にたどり着く。展望台のようになっており、そこから見る街の景色はまさに絶景であった。
「うわぁ〜!!」
  少しだけ長い上り坂を咲凜と一緒に歩き、ようやく上がりきったところで、咲凜は前を向いて目を輝かせた。
「景色、すっっっごーく綺麗!」
  両手を広げて走っていくその姿は、子供のように見える。
「ここからの景色って、坂を登りきらないと見れないんだけど、その苦労を跳ね飛ばしてくれるような、そんな力があるんだよね」
「うんうん!あぁ…変わってないんだなぁ…」
  変わって…ない?
「何が?」
「いや?こっちの話だよ」
「そ、そう」
  昔から景色が変わってないと言うことだろうか。
「それで、何か思い出せた?」
「うーーん…あんまりだなぁ…」
「…そっか」
「うん。でも、ありがとうね」
  一緒に来てくれて、ということだろう。
「…私もね、子供の頃、死にそうになったことがあるんだ」
「震災で?」
  目を瞑り、優しく首を横に振った。
「違うの。私は交通事故」
「交通…事故…」
  どうして僕にこの話をしてくれるのだろうか。
「うん。交通事故。ほら、司、昔の話してくれたじゃん?だから、私も自分の話をしようと思って」
  なるほど。話してくれたから私も、ということか。
「昔にも、交通事故に遭ってたんだね」
「まぁね!あはは!確かにそうだ!」
  笑っていいことなのかは分からないが、彼女自身は楽しそうなので気にしないことにした。
「…私の住んでる場所も、通っている高校も、君に話すことはできないの。どうしても、ね」
  今日の咲凜は、話題の切り替えが早い気がする。
「…どうして?」
「それも、内緒♪もし、話す時が来たら話すよ。それまで待っててね」
  意味深な言い方をするのは何故だろう。
  また、彼女は彼女特有の独特な雰囲気を醸し出している。
「今日はありがとう。病院にも連れて行ってくれて、ここにも来てくれて。ね」
「…うん」
「またね。司」
  咲凜は僕に背中を向け、歩き出した。その背中が、どこか寂しそうな、悲しそうなオーラを出し、いつもの元気な咲凜ではないということが分かった。
「待って」
  僕が呼び止めると、彼女の歩みはピタリと止まった。
「また明日も…会えるよね?」
  このままいなくなってしまう気がして、僕はそう尋ねた。
  咲凜は何も言わず、僕と咲凜がいるこの空間だけ、時間が止まったように静かになった。
  雨が降って来た。傘を持っていない僕達は、少しずつ濡れ始める。でも、僕はそんなことを気にはせず、彼女の返答を待った。この間はなんなのか。どうしてすぐに答えないのか。
  嫌な予感がした。
「………………会えるよ」
  小さく、震えた声で彼女は答えた。
「会えるに…決まってるでしょ…?もう。そんな変なこと聞かないでよ…」
  こちらを振り向いた咲凜の目からは、涙なのか、それとも雨なのか分からない「モノ」が流れていた。
「また明日………ね」
  もう一度僕に背を向け、歩き出す。
  僕が彼女をもう一度呼び止めることはなく、彼女は遠くへ消えて行った。
  咲凜は司の見えないところまで歩いてくると、その場に崩れて泣き出した。
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